白血病で入院している子どもの撮影が終わって廊下に出ると、他の病室に入院していた母親が写真を撮ってくれと言ってきた。
(バクダッド・マンスール病院小児科白血病専門病棟)

 マンスール病院を訪ねた。'98年5月に訪問した時に撮った入院患者の写真を持っていくと「この子も、この子も亡くなった」と医師たちは平然と言う。死が日常化している。この病院では「毎日4〜6人の子どもが亡くなって行きます。湾岸戦争前の10倍です。白血病患者は10倍になっています。白血病になれば殆どの子どもが死んでしまう。
 こうした異変の原因が「湾岸戦争当時代使われた劣化ウラン弾によるものだ」と医師の誰もが言う。

写真・文:森住 卓(もりずみ たかし)氏 http://www.morizumi-pj.com/index.html





 ファアアの大きく膨れた、お腹に針を刺すと苦痛に耐えかねた少女の悲鳴が廊下に響きわたった。
(バクダッド・マンスール病院小児科白血病専門病棟)




 「劣化ウラン弾による影響で腎臓や肝臓が炎症を起こし、腹水が溜まりもう手の施しようがない」と医師は言った。
(バクダッド・マンスール病院小児科白血病専門病棟)

写真・文:森住 卓(もりずみ たかし)氏 http://www.morizumi-pj.com/index.html





イラク南部の都市バスラの町の外れに墓地があった。
 ここは湾岸戦争以後作られた新生児から10才までの子供専用の集団墓地だ。埋葬されている子どもの数は正確には解らない。誰も墓地を管理しているものがいないからだ。数千とも数えきれない。昨夜乗ったタクシーの運転手が言っていた「この国では子供がたくさん死んでゆく」という意味がはっきり分かった。若夫婦が墓参りに来ていた。よく見ると小さな土饅頭の上にタイルの破片でできた粗末な墓標が乗せられていた。墓は隙間なく掘られていた。先ほどから歩いていたところが土饅頭の上だったのだと気づいたとき、思わず後ろを振り向き合掌してしまった。
 夕焼けに染まる墓地の脇の広場では子どもたちが裸足でサッカーに興じていた。歓声を上げながらボールを追いかける子どたちがいつか、ここに眠ることになるかも知れない、貧しい子どもたちの運命を見てしまったようで悲しみがこみ上げてきた。
 私がカメラを提げて墓地から出てくると子どもたちに捕まってしまった。イラクの子どもたちはカメラを見るとどこでも集まってきて、パニック状態になってしう。彼等を納得させるためにはシャッターを何度か押すしかない。先ほどのセンチメンタルな心は、押し寄せて来た元気な子どもたちによって一気に吹き飛ばされてしまった。この時にシャッターを押した一枚がこの写真である。現像があがったフィルムをルーペで覗いた時、写真に写っている子どもたちと背後の子ども専用墓地とのギャップにぎょっとしてしまった。

写真・文:森住 卓(もりずみ たかし)氏 http://www.morizumi-pj.com/index.html





 米陸軍環境政策局によれば大口径の劣化ウラン弾1400発以上が湾岸戦争で消費され、A-10対地攻撃機などからの30ミリ劣化ウラン弾は94万発も発射された。使用総量は800トンに上るという。「広島に落とされた原爆の1万4千倍から3万6千倍の放射能原子」(矢ヶ崎克馬・琉球大学教授)がばらまかれたことになる。
 (右)破壊されたイラク軍戦車の部品を取り外す砂漠の民ベドウィン。劣化ウラン弾で汚染されているかも知れない戦車の部品は、町で売る。劣化ウラン弾の事を彼らは知らない。(イラク−クエート国境非武装地帯)
 (左)サウジアラビアに石油を送り出すポンプステーションは激しい爆撃にさらされた。(A10対地攻撃機から発射された劣化ウラン弾)

写真・文:森住 卓(もりずみ たかし)氏 http://www.morizumi-pj.com/index.html





 生後1時間たった無脳症の赤ちゃん。懸命に呼吸しているが、もうダメだと医師は言った。手の施しようがない。妊婦はこれまで3回出産し、全て奇形児出産だった。全員死亡している。
(バクダッドのサダム産科病院・12月4日)
 週末は4日間ほど南部のバスラとクエート国境のDMZ(非武装地帯、ここは国連とイラクが共同管理している)に行った。今日から、バクダッドの病院などの取材を始めた。イラクは4回目の取材だが、すごく被害が広がっていることを実感した。

写真・文:森住 卓(もりずみ たかし)氏 http://www.morizumi-pj.com/index.html