研究の目的・背景
Ⅰ 科研課題
「古代日本と渤海中期王権の交流と流域遺産に関する歴史環境学的研究」
≪2015年度-2019年予定≫
研究目的(概要)
本研究は、8・9世紀に「もう一つの遣唐使」として「北の回廊」で結ばれた日本・渤海国の交流特性と往来路の地域拠点に分布する「流域遺産」の歴史的環境と背景の解明を目的とする。698年~926年の約230年間、東北アジアに「海東盛国」(新唐書)を築いた渤海の王城が、建国地の東牟山(旧国)から中京城(顕徳府)に遷る8世紀中葉以降、上京城(龍泉府)・東京城(龍原府)を経て再び上京城に戻る9世紀中頃に至るまで、Ⓐ日本・渤海国の政権・王城段階ごとの交流特性、Ⓑ往来路(渤海路・日本道)に位置する両国の流域文化遺産に焦点をあて、編年資料の集成と歴史環境学的な考証を行う。
❶ 研究環境
奈良時代の聖武政権と渤海3代王大欽茂(737~793)を中心とする渤海中期王権の外交・内政の検討を軸にして、最新の調査報告が相次ぐ中国の図們江(吉林省)・牡丹江流域(黒龍江省・吉林省)の王城・王墓遺産と日本海沿岸の主要発着地(湊・津・駅)の歴史的関連と背景の究明を課題とする。
渤海中期王城に相当する中京顕徳府・東京龍原府と王族墓誌の発見で注目される貞孝公主墓のある龍頭山古墓群は、吉林省東部の日本海に近い図門江流域に、また詳細な墓誌銘が出土した同省西部の貞慶公主墓や第一次上京龍泉府(黒龍江省寧安市)は、鏡泊湖から南北に通じる牡丹江流域に分布する。これらの流域に分布する歴史遺産は、往時の「日本道」(渤海⇒日本)・「渤海路」(日本⇒渤海)で結ばれ、王権の拠点が対外交渉を展開し易い地勢に恵まれたことを物語っている。
中国東北部の渤海遺産に関する最新調査の情報公開は、近年、図們江流域では中京顕徳府址の『西古城』(吉林省文物考古研究所編、2007年)、東京龍原府址の『八連城』(同、2014年)、牡丹江流域では上京龍泉府址の『渤海上京城』(黒龍江省文物考古研究所編、2009年)、貞慶公主墓の全容を示す『六頂山渤海墓葬』(吉林省文物考古研究所編、2013年)が相次ぎ刊行され、魏存成『渤海考古』、朱威『渤海遺跡』、魏国忠『渤海国史』、王禹浪『神秘的東北歴史与文化』(単著)『渤海史新考』(王禹浪・魏国忠共著)『東北的歴史与空間』(王禹浪・王文軼主編)等の研究成果と併せて、資料的環境が整ってきている
❷ 研究活動と着想
代表者は2005年~2009年、文部科学省学術研究高度化推進事業(ORC)による研究課題「北東アジアと北陸地域の経済・文化交流に関する学術情報の集積と学際的研究」の代表として、中国延辺大学・牡丹江師範学院・黒龍江省図書館・大連大学等と協同研究を進めてきた経緯をもち、中国東北部と古代日本の人的・物的交流の関係性に留意してきた。
同時に、日本海沿岸の対渤海拠点であるⒶ石川県の金沢港周縁遺跡(金石・畝田・寺中・加茂遺跡等)、Ⓑ山形県最上川中・下流の「水駅」遺跡(野後・避翼津)、Ⓒ福井県敦賀市の松原遺跡、Ⓓ京都府京丹後市の横枕遺跡(丹後国竹野郡津)が海・川・湖に隣接する流域に展開した点を重視し、8世紀の日本海圏を舞台とし日本の聖武天皇と渤海第3代王大欽茂の時代における記録・遺跡・遺物・壁画等を編年的に資料集成する。


目標
❶ 流域遺産の資料集成
日本海沿岸は対岸アジアへの発着点となった石川県金沢市臨海部の遺跡群(金石本町、畝田・寺中、畝田ナベタ、戸水大西・加茂各遺跡) を中心に、各地沿海部と河川流域に分布する港・津関係遺跡など、対岸アジアは、図們江流域の中京顕徳府址・東京龍原府址、牡丹江流域の上京龍泉府址等を対象とする。
❷ 渤海交流資料の集成
日本・中国東北地区における8・9世紀の「渤海遺産」を文字・画像両面でデータ化し、情報誌『東アジアの交流と文化遺産』とホームページの公開と共同論集の発刊を企図する。

研究の特色・意義
❶ 最新資料の集成
近年、日本海沿岸の河川流域で古代の「津」「水駅」遺跡の発見が相次ぐと共に、20世紀後半を通じて本格的な発掘調査の継続してきた中国東北部の渤海王城遺址・王族墓・山城址の調査成果が相次ぎ公刊され、成果活用の可能な段階を迎えている。代表者はその成果に依拠すると共に、遼寧師範大学・大連大学・黒河学院等の客座教授としての研究交流(学術論壇等)を通じて、研究協力を推進し歴史的環境の考察に生かしたい。
❷ 東北史研究の連携
渤海王城址の調査は1930年代に東亜考古学会を中心に実施され、20世紀中葉から中国東北の各省文物考古研究所等を中心とする本格的調査を経て、『渤海上京城』『西古城』『八連城』等の成果刊行が実現した。数年来、大連・牡丹江・ハルビン・黒河・延吉市の学術機関・研究者と交流を継続してきた経緯にたち、最新資料の成果を反映した共同研究の推進に期待を寄せている。本研究には、王禹浪(大連大学→黒河学院・中国東北史)、魏国忠(黒龍江省社会科学院・渤海史)、黒龍(大連民族大学教授・東北少数民族研究院)、謝春河(黒河学院教授・黒龍江流域歴史与文化研究所)氏らの参画を予定し、東北古代史の日中協力研究として今後への展望を拡げたい。
❸ 流域遺産の集成
8~9世紀の東アジア圏において、日本側は遣渤海使の主要発着地が越前国加賀郡の「大野津」(現、金沢港)や能登半島の福良津(現、福浦漁港)にあり、大野津周辺遺跡から数十棟の建物群と「天平二年」「津」銘墨書土器・「天平勝宝四年」銘木簡が、隣接する河北潟周縁の加茂遺跡から『万葉集』に見える「深見村」銘木簡が検出された点をふまえ、当該地域が海港・行政・迎賓機能を併せもつ外交拠点として果たした役割を歴史的、考古学的に考証する。
日本海沿岸と海・川・陸を通じて連なる渤海中期の王城(中京顕徳府・東京龍原府)は、ともに日本海―図們江―同沿道によって連接しており、日本・渤海国の執政者・王城段階ごとの遣使往来を把握し、渤海中期王権と奈良朝政府の外交展開の方法と特質の究明を試みる。
❹ 文化遺産データの活用
日本・渤海往来路における流域遺産のうち、①遺跡、②文物、③金石文、④駅址、⑤壁画古墓を軸に資料整理をはかる。本資料は、研究・教材・観光分野の共有資源として多面的な活用が期待でき、出版・ホームページ等による成果発信を目指す。

