空想科学シリーズ 1

リアルパーマン


 私は藤田良治。出版社で人事部の係長を務める34歳。妻と、5つになる娘がいる。 自宅の購入に踏み切るかどうか迷える程度の蓄えがある。至って平凡な男だ。
だが、こんな平凡な私にももう一つの特徴がある。それは、私がパーマン8号であるということだ。

 事の起こりは、3ヶ月前に私が少し酔いすぎて、裏通りに嘔吐をしようと迷い込んだときのことだ。ゴミの山に一心不乱に嘔吐し、胃液も出なくなって肩で息をしていると、空からマスクをかぶり、マントを羽織った工員風の何者かが降りて来るではないか。

 とうとう私も幻覚を見るほどになったか・・・・・・と非常なショックを受けたが、よくよく考えてみると最近、この千葉でも有名になりつつあるパーマン、というものではないかということに思いあたった。

一種の超人であるらしいパーマンは、その怪力と飛行能力で世間を騒がせていた。そして、その正体が謎につつまれているということでも、ミステリアスで興味深い存在であった。

私は、ゴミ袋の山に隠れて、降下してくるパーマンをじっと見つめていた。そうして見ていると、パーマンはやにわにマントを脱ぎ、バッジをはずし、そして・・・・・・マスクを脱いだ!
 その顔はどこから見てもごく普通の工員にしか見えない。これが世間を騒がせているスーパーヒーロー(もしくはたんなる怪人物)の正体か・・・・・・。私は拍子抜けして座り込んでしまった。その時、尻で空き缶をはじいてしまったらしい。大きな音が起こり、それを聞いた工員のパーマン(もしくはパーマンの工員か?)がものすごい形相でこちらに走ってくるのを見て、私は座り込んだ体勢のまま腰が抜けて動けなくなっていた。

 この後、パーマンの親玉みたいな存在が現れて、私の記憶を完全に消去するなどとぬかすのを、妻と娘の事を思い出し、必死になって説得したあげく(だいたいこのミスはパーマンのやらかしたことではないか)、なぜかパーマン8号に任命されてしまった。ただ働きのうえ、正体が完全にばれたら遺伝子刺激銃で獣にするとか脅しやがるし。完全ではなく、ばれかけなら、被害に遭うのは私のような状況に出くわした側の方なのか。なんという連中だ。

 以上の顛末により、私は3ヶ月前からパーマンをしている。例のまぬけなパーマンはひとつ先輩に当たるパーマン7号の山寺隆という。職業が工員で、まだ若い。たしか・・・・・・25だったか。正義感は強いが、うっかりもので、やや粗暴なところがある。妙に先輩風を吹かしたがるのが、いかにも青い。このような男に強大な力を持たせて良いものかどうか非常に疑問があるのだが、パーマンの元締めであるバードマンの考えていることはよくわからない。

 ところで、パーマンセットには3つの物がある。一つ目はマスク。素顔を隠すと同時に、身体のパワーアップを行うのだが、力は最大で6,600倍ほどになるという。これが、あまり想像もつかない数字で、例えば私は若い頃に少々空手をやっていたのだが、この間部下に誘われてゲームセンターに入ったときに、パンチ力を測定するゲームをしてみたところ、パンチ力120kgという数値を叩き出し部下に尊敬の目で見られ、おっと脱線しかかった。話を戻そう。そう、たとえば先ほどの数値、120kgの6,000倍にしてみよう。単純計算で792.000kg−790tである。実際にこんな単純な計算が働くとは思えないが、それでも瞬間的な衝撃力で、数十tの威力は出るのではないか。

こんな力を何相手にふるえというのだ。戦車が相手でもない限り無用に強力なだけではないか(だいたい、このくらいの力が働くと、通常なら自分の体の方がミンチ肉になりかねないところだが、この辺りも考えられていて、異常な力の増大とともに体の耐久力もやはり異常に増大しているらしい)。とにかく、相手が人間ならばあっという間にミンチ肉にしてしまいかねないではないか。そのような疑問をバードマンに問いただしたところ、力が最大で6,600倍になるだけで、普段は深層意識の働きに応じて高度に調整されている、ということだったが・・・・・・。これは酒が入っていたりするとうかつな真似はできないような気もする。

二つ目は、マントである。これを着ると自由自在に空を飛べる。時速は90kmくらいまでは出るらしいが、車の運転すら恐ろしく、ペーパードライバー歴十数年の私には大変な恐怖で、恐らく最高速度に達したことはない。揚力で飛行するわけではないらしく、恐らくは脳波を感じ取ってそれに応じて重力を遮断するなどして飛行しているのではないか。これも酒が入ると非常に危険であろう。三つ目にバッジがある。これは、パーマン同士の強力な通信網の端末であると同時に、口にくわえれば酸素ボンベになるというなかなか便利な小道具である。酔った後など酸素を吸うと気分が良くなり、大変に気持ちがいい。

 最後に、コピーロボットがある。これは、ボタンを押すことで、押した人間の遺伝情報を読みとり、瞬時にクローン人間のごとき存在になるという気味の悪い代物だ。出動時には、欠かせない。額をくっつけるだけで、人格や記憶までコピーされるらしく、これさえ備えていれば急な出動にも何の支障もない・・・・・・との説明を受けていたのだが、案の定、いろいろな問題があった。まず、これは普段は50cmくらいの人型をした何の変哲もない人形なのだが、どこに置いておけばよいのか。結局、ロッカールームしかなかったのだが、人に見られないようにするのに非常に気を使う。また、呼び出しの度にロッカールームに行くことを怪しまれはしないか。さらに、どういう設計ミスかは知らないが、このコピーには、鼻が薄赤いという特徴が出てしまう。これを隠すために、肌色のファウンデーションまで買ってきたが、それでも鼻の辺りが不自然らしいのは仕方がない。アル中に思われるよりはましである。まあ、すでに疑われているような気もするが。

 これらのグッズを駆使して、世界の平和を守れというのがバードマンの教えらしい。だが・・・・・・私は仕事で疲れた。今日はもう酒を飲んで寝ようと思う。最近は娘の寝顔も見ていない。次の日曜は遊園地にでもつれていこうか。出動がなければいいが。
ああ、眠い・・・・・・・・・・・・




戻る