ヤン・ファン・エイク
Jan van Eyck (1390-1441)
フランドル  初期フランドル派

ヤン・ファン・エイクの前半の生涯は詳しくわかっていない。おそらく、写本装飾画家としてスタートしたのではないか、と言われている。

1425年以降、フィリップ善良公のもと、ブリュージュで宮廷画家兼侍従となった。

ヤンの兄、ヒューベルトも画家であったが、その生涯もよく分かっていない。

油絵具を改良し、表現方法を大きく前進させた、彼らの功績は大きい。ここから、油絵具はヨーロッパへ広がっていったのである。

ヤン・ファン・エイク 「聖堂の中の聖母子」 1425頃 |31x14cm |ベルリン国立美術館
ヤン・ファン・エイク 「聖堂の中の聖母子」 1425頃 |31x14cm |ベルリン国立美術館  

ヤン・ファン・エイク 「聖痕を受ける聖フランチェスコ」 1438-40頃|12.7x14.6cm|フィラデルフィア美術館
ヤン・ファン・エイク 「聖痕を受ける聖フランチェスコ」 1438-40頃|12.7x14.6cm|フィラデルフィア美術館

ヤン・ファン・エイク 「枢機卿ニッコロ・アルベルガティ」1430-31/35頃|34.1x27.3cm|ウィーン美術史美術館
ヤン・ファン・エイク 「枢機卿ニッコロ・アルベルガティ」1430-31/35頃|34.1x27.3cm|ウィーン美術史美術館  

ローマのアルベルガディは、1426年枢機卿に任命された。百年戦争の調停のため、1431年教皇庁から使節として派遣された。ヘント・ブリュセルに滞在していた。

ヤン・ファン・エイク 「ティモテオス」1432|33.5x18.8cm|ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ヤン・ファン・エイク 「ティモテオス」1432|33.5x18.8cm|ロンドン・ナショナル・ギャラリー 古代ギリシャの音楽家ミレトスのティモテオス。ブルゴーニュの宮廷の楽匠ジル・バンショウがモデルになっている。

ヤン・ファン・エイク 「ヘントの祭壇画(両翼が開いた時)」1432|各146x51.4cm|シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー
ヤン・ファン・エイク 「ヘントの祭壇画(両翼が開いた時)」1432|各146x51.4cm|シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー
現在も当時のまま、ベルギーのヘントのシント・バーフ大聖堂にある祭壇画。ファン・エイクは油彩技法を完成させた。その輝くばかりの色彩と細密な筆さばきは、奇跡である。

銘文には「誰1人としてしのぐ者のない偉大な画家フーベルト・ファン・エイクが着手し、技術においても彼に続く弟ヤンが、ヨース・フェイトの要請のもとに仕上げた」とある。

今日でもなお、ファン・エイク兄弟のどちらが、どの部分を担当したか、論争がある。

兄のフーベルトは資料がなく、以前はその存在自体を疑問視する説もあった。フーベルトという名前はヘント近辺ではあまりない名前なので、外国生まれではないかという説もある。

絵は表翼と裏翼を合わせると24枚にも及ぶ。



豪華を極める衣装と宝石類は、キリスト教世界の力を表している。

全体を眺めると、時間軸に従っているのが分かる。

アダムとエヴァが人類の始まり。聖母マリアと洗礼者ヨハネが、キリストの生涯を示唆している。その両側に天使たちが音楽とともに、祝福をしている。

下段ではキリスト自身は描かれていなくても、キリストの犠牲と復活が、すべての時を包み込むように描かれている。

カインとアベルの絵も、キリストの死を象徴している。アベルは聖書の中では最初の犠牲者で、キリストの殉教と重ねあわされる。
上段 左から
(上)カインとアベル  (下)アダム



ヤン・ファン・エイク 「アダム (細部) 」 シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー

カインとアベル

アダムとエヴァの最初の子供たちはカインとアベルであった。カインは定住農耕者でアベルは遊牧の羊飼いである。

この絵は神への供物を描いている。カインは供物として穀物の束を持ち、アベルは聖餐として子羊を捧げている。

神はアベルの供物を選び、カインの供物は拒否した。

アダム

アダムとエヴァの表情は注目に値する。中央の全能の神に向かっている。「聖母マリアと全能の神」と「アダムとエヴァ」の対比は、全く異次元に住む者たちのようである。

合唱の天使

羽の無い天使は、天上に住む天使を表す。

しかめ面で歌う天使たちに関しては、いろいろな説がある。音のトーンを表しているという説もある。

初期ネーデルランド絵画とイコノグラフィーで有名なパノフスキーは、天使の表情は、神の五つの属性と対応していると書いた。以下に記す。

「神の栄光への賛美」 「神の慈悲への希望」 「神の慈悲に対する信心」 「神の正義への畏怖」 「神の慈悲の前での嘆きと悲しみ、悔い改め」
細部

聖母マリア

聖母マリアは天上の女王として、冠を抱いている。

全能の神

キリストが右手を上げて、指を二本立てているのは、祝福のポーズ。あるいは、審判を下すポーズ。

「審判者キリスト」と「全能の神」のダブル・イメージ

下方の、詳細に描かれた豪華な冠は、北ヨーロッパの特徴。

その冠の下段には、「神秘の子羊」の画中にある聖霊。
ヤン・ファン・エイク 「全能の神(細部) 」 シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー

洗礼者ヨハネ

洗礼者ヨハネは、毛皮の衣服の上に、緑色のローブをまとっている。

奏楽の天使 

『ヨハネの黙示録」5:11−15より
天使たちとすべての生き物が「神の子羊」を歌い、24人の長老たちが子羊の前にひれ伏した。

エヴァ

ヤン・ファン・エイク 「エヴァ(細部) 」 シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー

アベルの殺害

神はカインの供物を拒否し、アベルの子羊を選んだ。カインはアベルを殺してしまう。ここでは凶器は驢馬の顎骨である。

アベルの死は、キリストの死の予型とみなされ、カインはユダに譬えられた。

下段 左から
正しき裁き人

キリスト教会の権力を表している。

キリストの騎士 

「正しき裁き人」の後に付いて来るのは、キリストの騎士である。









神秘の子羊と生命の泉 

『ヨハネの黙示録』に書かれている、諸聖徒日(天上諸聖徒と殉教者をまつる日、11月1日)を描いたものとされている。

中央の祭壇上にいるのは、犠牲の子羊である。キリストの犠牲を象徴している。胸から聖なる血が流れ、聖杯に注がれている。天使たちは磔刑の十字架と受難具を持って祭壇を囲んでいる。

さらに、下方には、キリストの復活を象徴する「生命の泉」がある。洗礼杯から水が流れているのは、このシント・バーフ大聖堂にミサの礼拝に来た人々の罪を洗い流すのである。

上部の聖霊から出る光は、集い来る礼拝者たちに注がれている。

右側には12使徒たちで、赤いローブをまとっているのは、殉教者たちである。

右側後方には、処女聖人がシュロの葉を持ち、殉教の勝利を表している。

左側には旧約の時代の異教徒たちが描かれている。キリスト教会の救済を意味している。

左側後方には、迫害にも屈せず信仰も守った証聖人たちが青のローブをまとい集い来ている。

背景は詳細に描かれた街並みで、シント・バーフ大聖堂も描かれている。全体には天上のエルサレムを想起させる。

上段の全能の神と、下段の聖霊の鳩、犠牲の子羊(贖罪者キリスト)で、三位一体を表している。

左右の絵には、この諸聖徒日に集うために、遠くから駆けつけている騎士や巡礼者たちが描かれている。
ヤン・ファン・エイク 「神秘の子羊と生命の泉(細部) 」 シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー

隠修士たち

巡礼者たち

聖クリストフォロスが、巡礼者たちを率いている。

ヤン・ファン・エイク 「ヘントの祭壇画(外翼)」1432|350x223cm|シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー
ヤン・ファン・エイク 「ヘントの祭壇画(外翼)」1432|350x223cm|シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー
上から、旧約の律法下の世界から、預言者や異国の巫女が描かれている。

中央は受胎告知で、キリスト誕生による新約の恩寵の世界への移り変わりを描いている。

下段の洗礼者ヨハネはキリストに洗礼を施し、旧約から新約へ移行を示唆している。

福音書記者ヨハネは聖書を書いた。

寄進者の夫妻は、15世紀当時の北ヨーロッパを告げる。

大いなる時間の流れが、この祭壇画には描かれている。
上段 左から
預言者ザカリア
名前が後ろの帯に描かれている。

エリュトレイアの巫女

受胎告知に関連した巫女

クマエの巫女 

受胎告知に関連した巫女

予言者 Micheas

中段 左から
予言者ザカリア と 受胎告知の天使 

ヤン・ファン・エイク 「受胎告知の天使」 シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー 大天使ガブリエルが、百合の花を持ち、マリアに受胎告知するために現れた。
金色の文字で言葉が描かれている。

アーチ状の窓から見える景色

白いタオルと洗面用具

聖母マリアの純潔を表す。

預言者 Micheas と受胎告知のマリア
大天使ガブリエルから告知を受けるマリア。言葉は金色の文字で、マリアの耳元に描かれている。
彼女の組まれた腕、そして、聖霊の鳩の十字形は、キリストの磔刑を暗示している。

下段  左から 寄進者
寄進者  ヨドクス・フェイト

洗礼者ヨハネ

ヘント市の守護聖人。子羊を抱いている。

ヤン・ファン・エイク 「福音書記者ヨハネ」 シント・バーフ大聖堂、ヘント、ベルギー 福音書記者ヨハネ

寄進者フェイトの守護聖人。聖杯を持っている。黙示録を書いた。(神秘の子羊の題材)

寄進者の妻

ヤン・ファン・エイク 「赤いターバンをかぶった男の肖像」1433|25.5x19cm|ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ヤン・ファン・エイク 「赤いターバンをかぶった男の肖像」1433|25.5x19cm|ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ファン・エイクの自画像とされている。ルネサンス期最初の自画像の一つとなる。

上部のフレームにある文字には 「As I can, but not as I would」 とギリシャ語で書かれている。

ヤン・ファン・エイク 「アルノルフィニ夫婦像」1434|81.8x59.7cm |ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ヤン・ファン・エイク 「アルノルフィニ夫婦像」1434|81.8x59.7cm |ロンドン・ナショナル・ギャラリー
レンブラントの「ユダヤの花嫁」同様、作者自身による題名はわかっていない。この絵に関しては多くの説がある。

パノフスキーが解釈した、アルノルフィニ夫妻の結婚証書としての絵で、画家はその場所に立ち会っている、というのが一般的である。多くのキリスト教の象徴が用いられている。

歴史家は、描かれている女性が、「質」の役割で、契約結婚とも言えるという。

フェミニストの見方では、女性は男に頭を垂れている。男は直立して右手を上げている。これは、女性を拒否しているそぶりにも見える。それに対し、女性は手のひらを見せて、受容性を表している。

いろいろな解釈があるが、ここでは一応、一般的な解釈を上げていく。

夫妻の間にあるシャンデリアには、一本だけろうそくが灯されている。これはすべてを見通す神の目を表している。あるいは、ベッドがあるので、子孫繁栄を促すろうそくでもある。

ベッドは、特に王侯貴族の間では、血を絶やさない、という重要な意味があった。赤は情熱を象徴する。

ジョバンニ・デ・アッリゴ・アルノルフィーニはイタリア出身の銀行家で、1421年頃、ネーデルランドのブルッヘに移り住んだ。

服装は当時の宮廷の流行。フィリップ善良公の宮廷で働き、後に、ノルマンディの財政官になり財をなした。

ジョヴァンナ・チェナーミは、イタリアの裕福な家の出身であった。しかし、子宝に恵まれなかった。

緑色の衣服を着ている。緑色は献身を表す。

鏡の隣に水晶のロザリオがある。水晶は純潔の象徴である。ロザリオは新郎が新婦に贈る。当時は典型的な贈り物。

鏡の上部には、美しい署名がある。「ヤン・ファン・エイクここにありき。1434年」と描かれている。

右端に見えるのが、聖マルガレータである。ペッドサイドに掘られている。足で竜を踏みつけたマルガレータは、妊婦の守護聖人である。

箒があるので、主婦の守護聖人、聖マルタという説もある。

凸面鏡は、当時、特にお店で使われた。全体が見渡せるので、盗み防止のためである。鏡は店の主人の目であった。そのことから、キリスト教では、神の目として解釈された。

鏡の周囲には、キリストの十字架の道行きの14場面が描かれている。

鏡の中には、ファン・エイク自身が描かれているとされる。

15世紀、2人の証人がいれば、結婚はどこでもできた。鏡の中に2人の証人を描いているので、この絵は、結婚の証明書とされている。

キリスト教の結婚式では、手をつなぐことが、2人が一つになったことを意味する儀式であった。

オレンジは南国の果物で、当時、北ヨーロッパでは贅沢品であった。アルノルフィーニがイタリア出身であったことを示すと同時に、エデンの園の禁断の果実を示す。

犬は忠実と地上の愛を表す。

犬の毛並みの筆致は、奇跡ともいえるほどの離れ業である。

脱ぎ捨てられたサンダルは、結婚の宗教的儀式を表す。

ジョヴァンナのサンダルは、ベッドの近くにある。裸足で床に立つのは、献身を表す。

ヤン・ファン・エイク 「ロランの聖母子」 1435 |66x62cm|ルーヴル美術館
ヤン・ファン・エイク 「ロランの聖母子」 1435 |66x62cm|ルーヴル美術館   ヤン・ファン・エイク 「ロランの聖母子 細部 天使 」 1435 |66x62cm|ルーヴル美術館 





聖母子と注文者を、描く場合、聖人が仲立ちするのが普通なのだが、ここでは、同一空間に描いている。かなり、大胆なことである。

しかし、よく見ると、寄進者の宰相ロランは、非常に写実的に描いているのに対し、マリアとイエスは、こころもち、尺度が違っていて、別次元にいるようでもある。

イエスの頭部に広がる背景は教会の塔の林立で、宰相ロランの側の背景には、民家がひしめいている。

このことでも、聖なる人(マリアとイエス)と俗なる人(宰相ロラン)を分けている。

見方によれば、マリアとイエスは、宰相ロランの想念の像なのかもしれない。

イエスが、赤ん坊としては、大人びた表情である。中世芸術の名残である。イエスは「神性」を持った存在で、人間の王者として、描かれているのである。

細部描写に優れているのは、ファン・エイク兄弟の特徴であるし、フランドル絵画の特徴でもある。

背景のバルコニーから、景色を眺めているのは、ファン・エイク兄弟ではないか、という説もある。この二人も、いいアクセントになっていて、どこまでも続く背景へと目がいく。

ヤン・ファン・エイク 「ジョヴァンニ・アルノルフィーニ 」 1435頃|29x20cm|ベルリン国立美術館
ヤン・ファン・エイク 「ジョヴァンニ・アルノルフィーニ 」 1435頃|29x20cm|ベルリン国立美術館

ヤン・ファン・エイク 「ボードワン・ド・ランノワ」 1435頃|26x19.5cm|ベルリン国立美術館
ヤン・ファン・エイク 「ボードワン・ド・ランノワ」 1435頃|26x19.5cm|ベルリン国立美術館 モランペエの領主。リールの知事。金羊毛勲爵士に任命された。

ヤン・ファン・エイク 「受胎告知」 1435-37頃|93x37cm|ワシントン・ナショナル・ギャラリー
ヤン・ファン・エイク 「受胎告知」 1435-37頃|93x37cm|ワシントン・ナショナル・ギャラリー   ヤン・ファン・エイク 「受胎告知 細部 床 」 1435-37頃|93x37cm|ワシントン・ナショナル・ギャラリー 細部 床   

ヤン・ファン・エイク 「ルッカの聖母子」 1435-37頃 | 66.5x49.5cm |シュテーデル美術研究所、フランクフルト
ヤン・ファン・エイク 「ルッカの聖母子」 1435-37頃 | 66.5x49.5cm |シュテーデル美術研究所、フランクフルト

ヤン・ファン・エイク 「ヴァン・デル・バーレの聖母子」 1436頃 | 122x157cm |ブルッヘ市美術館
ヤン・ファン・エイク 「ヴァン・デル・バーレの聖母子」 1436頃 | 122x157cm |ブルッヘ市美術館  ヤン・ファン・エイク 「ヴァン・デル・バーレの聖母子 細部 」 1436頃 | 122x157cm |ブルッヘ市美術館  ヤン・ファン・エイク 「ヴァン・デル・バーレの聖母子 細部 」 1436頃 | 122x157cm |ブルッヘ市美術館

ヤン・ファン・エイク 「ティッセンの受胎告知 | 各39x24cm|ティッセン=ボルミネッサ・コレクション、マドリード
ヤン・ファン・エイク 「ティッセンの受胎告知 | 各39x24cm|ティッセン=ボルミネッサ・コレクション、マドリード  灰色系単採画

ヤン・ファン・エイク 「キリストの磔刑と最後の審判」1438-40頃 | 各56x19.7cm|メトロポリタン美術館、ニューヨーク
ヤン・ファン・エイク 「キリストの磔刑と最後の審判」1438-40頃 | 各56x19.7cm|メトロポリタン美術館、ニューヨーク

ヤン・ファン・エイク 「マルガレーテ・ヴァン・エイク」1439 | 32.6x25.8cm|ブルッヘ市立美術館
ヤン・ファン・エイク 「マルガレーテ・ヴァン・エイク」1439 | 32.6x25.8cm|ブルッヘ市立美術館  ヤンの妻

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