ジェイムズ・ティソ
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(1836-1902)
フランス 19世紀

パリ国立大学での師匠はフランドラン。ドガとも交友があった。


中世の舞台や物語の内容など、風俗画で人気が出た。
1870年、普仏戦争に参戦。
1871年、パリ・コミューンで戦い、ロンドンに亡命。
ロイヤルアカデミーに社交界の絵を出品し、大成功を治める。
1882年、妻の死去後、パリに戻る。
パステル画で大人気になる。

1985年、サン・シュルピス聖堂でキリストの幻影を視た後、宗教画へと向かった。パレスティナへも3度旅行している。
没後は少しずつ忘れ去られてしまった。

ティソは日本美術品を最も早く収集し始めた一人でもある。
1868年のパリ万博で日本代表として来ていた徳川明武公(15代将軍慶喜の弟)の肖像を描いている。(水戸、彰考館所蔵)

公園のファウストとマルガレーテ
1861

放蕩息子の帰還
1862
花瓶を持つ日本の女性
1865

教会で
1865-69

温室で
1865

暖炉
1869

日本の工芸品を眺める娘たち
1869

船上の女性
1870

秋のテムズ川
1871-72

しっ!(演奏会)
1875    73.66 x 111.7 cm   マンチェスター市立美術館

ライラックの花束
1875

テムズ川
1876  ウエイクフィールド・アート・ギャラリー 、 イギリス

10月
1877

近代生活の放蕩息子
1882  100x 130cm   ナント美術館
1.出立で
2. 異国で
3.帰国
4.太った子牛

パリで最も美しい女
1883-85
野心をいだく女
芸術家の妻たち


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