ジョン・エヴァレット・ミレイ
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Millais, John Everett  (1829-1896
イギリス  ラファエル前派  

イングランド南部、ササンプトン出身。ロイヤル・アカデミーで学ぶ。晩年は会長を務めた。
17歳のときに出展した、Pizarro Seizing the Inca of Peru で、歴史画家として知られるようになる。
1848年、彼と、ロッセティ、ハントと共に、ラファエル前派というグループをつくる。
ミレイの最初のラファエル前派としての作品は、1849年の、the scene Lorenzo and Isabella である。ラファエル以前のフランドルやイタリア絵画を思わせる作品である。
1870年代初め頃から、イギリスの有名人の肖像画を多く描いている。彼は絵画の細かな部分にまで神経をくばり、並外れた構成、その明晰さにおいて、厳格な画家であった。後期はヴィクトリア朝の味わいと、シェイクスピアの物語など、逸話の絵画を描いた。

ペルーのインカを征服するピサロ  (アカデミー初出展の作品)
1846  128.3x172.1 cm    ロンドン、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ ペルーのインカを征服するピサロ

チモーネとイフィジェニア 
1848-49 114.3x147.3cm   ポート・サンライト、レディー・リヴァー美術館
 ボッカチオ「デカメロン」より
ジョン・エヴァレット・ミレイ チモーネとフィジェニア

ジェイムズ・ワイアット氏と孫娘メアリー   (画商、収集家)
1849  35.6x45.1cm  個人蔵
ジョン・エヴァレット・ミレイ ジェイムズ・ワイアット氏と孫娘メアリー

ロレンツォとイザベラ   主題解説: キーツ 「イザベラ、あるいはメボウキの鉢」へ行く
1848-49  102.9x142.9cm   リヴァプール、 ウォーカー美術館
典拠はボッカッチョを元にしたキーツの詩「イザベラ」
ジョン・エヴァレット・ミレイ  ロレンツォとイザベラ

両親の家のキリスト (大工仕事場のキリスト)  
1849-50 Oil on canvas  86.4 x 139.7 cm  ロンドン、テイト・ギャラリー
ジョン・エヴァレット・ミレイ 大工仕事場のキリスト



伝統的な理想化を一切排除したため、酷評された絵である。

当時の人々にとって、この絵は冒涜的であった。キリストは顎の脹れた赤毛の少年、聖マリアはキャバレーでも浮き上がるほどのブス、など卑近な写実への反感が強かった。

作業場の左に立っているのが、キリストの父親、聖ヨセフである。本物の大工をモデルとしているため、そのリアリティは圧倒される。贅肉がなく、筋肉質、節くれだった手。どこかで会ったことのあるような、普通の大工さんである。

仕事場も、実在の大工の仕事場をもとに描かれている。いっさいの理想化がないのである。

しかし、よく見ると、多くの点において、典型があるのである。

キリストは手に怪我をしていて、その血が足に落ちている。これは、キリストの磔刑を予型している。

右の子どもは洗礼者ヨハネである。腰の周りを覆っている毛皮から分かる。傷を洗うために水を運んでいるが、この水はキリストの洗礼を予表している。

キリストの前にキリストの前で跪くマリアの姿は、ピエタを想起させる。

壁に掛かっている三角定規は、聖三位一体を表し、はしごに鳩が止まっているが、キリストの洗礼のときに現れる聖霊を暗示している。

画面左側に目を移せば、戸口に赤いサボテンの花が咲いている。茨の冠を想起させ、キリストの受難と流された血を表す。

左端には編みかけの柳の籠がある。突き出した枝はキリストの苦難と殉教を表している。編みかけのまま、まだ完成されていないのは、キリストの使命がまだ、達成されていないことを暗示している。

ヨセフが今、作っているのは、一枚の戸である。その戸に打ち付けてある釘で、キリストは傷を負った。

ヨハネ福音書10−9に「私は門である。私を通って入るものは救われる」とあるように、戸はキリストの象徴である。

そしてその戸は、左側、羊たちが見えるが、その戸口のための戸である。再びヨハネ福音書10−11に、「私はよき羊飼いである。よき羊飼いは、羊のために命を捨てる」とある。

よき羊飼いであるキリストは、羊たちである人々が通ってくる戸であり、その人々を救うために犠牲となる。


エーリエルに誘惑されるファーディナンド
1849 - 1850  Oil on panel  64.8 x 50.8 cm
ジョン・エヴァレット・ミレイ アリエルにそそのかされるフェルデナンド シェイクスピア「テンペスト」より

マリアーナ
1850-51  個人蔵
ジョン・エヴァレット・ミレイ  マリアナ ミレイの中世研究が、成果として表れている作品。細部の描写がみごと。


シェイクスピア 「尺には尺を」をからテニスンが書いた詩が主題。
右下の小さなねずみがテニスンの詩を暗示している。



婚約者アンジェロを待ち続けるマリアーナ

「彼女は”疲れた、疲れた いっそ死んでしまいたい”と言う


ステンドグラスの In coelo quies の意味は「天国に休息が」

オフィーリア
1851-52  76.2x111.8cm  ロンドン、テイト・ギャラリー
ジョン・エヴァレット・ミレイ  オフィーリア シェイクスピアのオフィーリアは、ヴィクトリア朝時代の画家が多く描いた主題である。
特にラファエル前派の画家は、ドラクロワなどロマン派の画家たちが好んで描いた主題を受け継いでいる。

ハムレットが父ボローニアスを殺害したことで狂気になり、自殺するオフィーリアの悲劇。
若い女性の死、美しい花々、澄んだ水の流れ。絵画的なモチーフに溢れている場面である。

気が狂ってしまったオフィーリアが美しい花とともに水に流されていく。理想美と神秘性ある作品になっている。

浮かんでいる草花は、象徴的な意味合いも含んでいる。
ケシ=死、 ディジー(ひな菊)=無垢 、 バラ=若さ 、 すみれ=信頼と若死 、パンジー=空しい愛

モデルはのちにロセッティの妻となるエリザベス・シッダル。風景はサリーのユーエルに近いホッグスミル川。

ミレーはアトリエに浴槽を持ってきて、ランプで下から水を温めた。そこにモデルのエリザベス・シダルが衣装を付けて浸かるのである。
ある日、水を温めていたランプが消えた。それに気がつかないミレイ。エリザベスは風邪をひいてしまった。そして彼女の父親がミレイを告発して、医者の代金を払わせたという。

花嫁の付添い
1851 , 27.9x20.3cm   ケンブリッジ、フィッツウィリアム美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 花嫁の付添

箱舟に帰った鳩           主題解説:聖書の物語へ行く
1851   87.6 x 54.6 cm   オクスフォード、アシュモリアン美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 箱舟に帰った鳩 創世記6:9

古代イスラエルの国に、ノアという正しい人がいた。彼には三人の子供がいて、その名をセム、ハム、ヤペテといった。

神は人間の堕落した様子を見て怒り、彼らを全滅させることにした。しかし、その中にいた、正しく潔白なノアは別であった。

神はノアに箱舟を作るよう命じた。そして、その中にノアの家族と、七組の儀式に使う動物のつがい、一組の不浄な動物のつがい、そして七組の鳥のつがいを入れることを命じた。

その後、洪水が起こった。それは百五十日間続き、罪深いアダムとイヴの子孫を全滅させた。

その後、雨が止んだ。水が引くまで、百五十日かかった。そして箱舟はアララト山(トルコ東部の山)に止まっていたが、箱舟の外に出られなかった。

四十日後、ノアの家族は鳩を飛ばした。しかし、鳩はすぐに戻ってきた。乾いた土地が見つからず、休む場所がなかったからである。

一週間後、もう一度鳩を飛ばした。くちばしにオリーヴの葉を加えて戻ってきた。それは、土地が乾きだした証拠である。

翌週、もう一度鳩を飛ばした。鳩は帰ってこなかった。水が完全に引いたのである。

箱舟を出たノアとその家族たちは祭壇を築き、神にいけにえとして、動物をささげた。

樵の娘   
1851  27.9x20.3cm
   C.パットモアの詩より
ジョン・エヴァレット・ミレイ 樵の娘

聖バルトロマイの祝日のユグノー教徒    (G/マイアベーアのオペラ「ユグノー教徒」より
1851-52  92.7x62.2 cm  メイキンズ・コレクション
聖バルトロマイの祝日のユグノー教徒

1746年の放免令
1853  102.9 x 73.7 cm   ロンドン、テイトギャラリー
ジョン・エヴァレット・ミレイ  除隊、1746年 1688年、名誉革命で廃位したジェームズ2世の支持者であるジャコバイトはイギリスに捕らわれていたが、釈放になった。


モデルはジョン・ラスキンの妻エフィー。

ジョン・ラスキン
1853-54  78.7x68cm    個人蔵
ジョン・エヴァレット・ミレイ ジョン・ラスキン   ラファエル前派の擁護者。画家、批評家


ミレイとラスキン夫妻は、スコットランドのグレンフィンラスで夏を過ごしていた。

ミレイは山の急流を背景に、ラスキンの肖像画を描き始めた。

しかしその間、ミレイは、ラスキンの妻エフィーと恋に落ちてしまった。
1855年、ラスキンとエフィーは離婚。ミレイと再婚する。

このことは大きなスキャンダルとなった。さらには解散しかかっていたラファエル前派が決定的に解体する原因の一つとなる。

盲目の少女
1854-56  82.6 x 62.2 cm   バーミンガム市立美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 盲目の少女

待合わせ
1854  32.4x24.8cm   バーミンガム市立美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 待合わせ

落ち葉
1855 - 1856  Oil on canvas  104.1 x 73.7 cm  マンチェスター市立美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 落ち葉 「主題のない美しい絵」を描いた


ヴィクトリア朝時代の絵画には、必ず主題となる物語がある。ヴィクトリア朝絵画に限らず、ヨーロッパの絵画は主題が聖書やギリシャ神話など伝統的に物語を絵画にしていた。

「主題のない絵画」とはのちにフランス文学の理念での唯美主義であるが、ミレイはフランス文学がイギリスに伝わる以前に、既に唯美主義を考えていた。


この絵には主題はない。しかし意味内容まで無いというわけではない。ミレイは感情を描こうとした。
美しい少女たちにもいつかは死が訪れる。という逃れられない死への思いである。


春(リンゴの花) 
1856 - 1859   Oil on canvas   110.5 x 172.7 cm  ポート・サンライト、レディー・リヴァー美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 春(リンゴの花) これも、「主題のない絵画」であった。

この『春』『枯葉』『安らぎの谷』の3点は「主題のない絵画」として、ロイヤル・アカデミー展に出したが、不評であった。

以後、ミレイは物語絵に戻っていく。そちらの方は大成功を納めた。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 春(りんごの花)部分
ジョン・エヴァレット・ミレイ 春(りんごの花)部分

過去の夢ー 浅瀬を渡るイザンプラス卿
1857  Oil on canvas  124 x 170 cm  ポート・サンライト、レディー・リヴァー美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 過去の夢ー浅瀬を渡るイザンプラス卿

ブラック・ブランズウィッカー 
1859-60  99x66cm   ポート・サンライト、 レディー・リヴァー美術館
 テーマは、ワーテルローのブランズウィック騎兵隊員と恋人の別れ
ジョン・エヴァレット・ミレイ ブラック・ブランズウィッカー

聖アグネス祭の前夜   (キーツの詩より)
1862-63  118.1x154.9cm  エリザベス皇太后蔵
ジョン・エヴァレット・ミレイ 聖アグネス祭の前夜

最初のお説教
1863   92,7x72.4cm  ロンドン、ギルドホール美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 最初のお説教

二度目のお説教
1864  ギルドホール美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 二度目のお説教

1864   86.3x116.8cm  デトロイト美術研究所
ジョン・エヴァレット・ミレイ 憩

ベラスケス回想
1868  10.16x81.3cm   ロンドン、ロイヤル・アカデミー
ジョン・エヴァレット・ミレイ ベラスケス回想
遍歴の騎士
1870  184.2x135.3cm   ロンドン、テイト・ギャラリー
   ミレイ唯一の裸婦像
ジョン・エヴァレット・ミレイ 遍歴の騎士

ハートが切り札
1872  165.7x291.7cm  ロンドン、テイト・ギャラリー
ジョン・エヴァレット・ミレイ ハートが切り札

北西航路
1874  176.5 x 222.3 cm  ロンドン、テイト・ギャラリー
   北極探検に鼓舞された作品。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 北西航路

熟したさくらんぼう  
1879  
   題名は当時の流行歌に由来する。
ジョン・エヴァレット・ミレイ 熟したさくらんぼう

自画像
1880   78,7x68cm   フィレンツェ、ウフィッツィ美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ 自画像

アルフレッド・テニソン卿(詩人)
1881   124.5x91.4cm   ポート・サンライト、レディー・リヴァー美術館
ジョン・エヴァレット・ミレイ アルフレッド・テニソン卿

しゃぼん玉  
1886  109.2x78.7cm   ロンドン、 A・A/パール社
   パール石鹸の宣伝に使用された。

シンデレラ
ジョン・エヴァレット・ミレイ  シンデレラ

Esther
106 x 77.4 cm   個人蔵


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