ル・ブラン
Charles Le Brun (1619-1690)
フランス バロック
シャルル・ル・ブランは、アカデミーで、指導者として、権力をふるった。

ル・ブランは、パリで生まれた。父親は彫刻家であった。

ヴーエに学び、わずか、23歳のときに、『福音書記者聖ヨハネの殉教』を描き、おそらくは、この作品で、画家組合に入会したと考えられている。

このころ、パリに滞在していたプッサンに強く影響され、ローマに帰るプッサンに同行した。

その後、ローマに滞在し、修行し、あらゆる画法を身に付けた。

1646年ころパリへ帰った。ル・ブランの力量は、パリでも絶賛され、美術界での地位を固めた。

アカデミーの美学体系を確立する上で、大きく功績したのも、ル・ブランであった。

福音書記者聖ヨハネの殉教 Martyrdom of St John the Evangelist at Porta Latina
1641-42
Oil on canvas, 282 x 224 cm
Saint-Nicolas du Chardonnet, Paris


The Apotheosis of Hercules
Black chalk, pen with sepia ink, red chalk with white highlights on beige paper

Louvre

大法官セギエの肖像 Chancellor Seguier at the Entry of Louis XIV into Paris in 1660
1660
Oil on canvas, 295 x 351 cm
Musee du Louvre, Paris
大法官セギエは、ル・ブランの保護者でもあった。

これによって、新しい騎馬像表現を生み出した。

アレクサンドロス大王とポルス Alexander and Porus
1673
Louvre
幅13メートルにおよぶ作品。

これによって、記念碑的な大構図を実現させた。

羊飼いの礼拝 Adoration of the Shepherds
1690
Louvre
晩年、アカデミーでの地位を、ミニャールに奪われてからは、格調高い宗教画を描いた。

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