アントワーヌ=ジャン・グロ
Antoine-Jean Gros  (1771-1835)
フランス 新古典主義・ロマン派

パリに生まれる。ダヴィッドのもとで学んだ。

皇妃ジョセフィーヌを通じて、ナポレオンの寵愛を受ける。

ナポレオンの武勲を伝える絵を描いた。

ナポレオンが失脚し、ダヴィッドがブリュッセルに亡命してからは、新古典主義の指導者として活躍し、男爵の称号まで得た。しかしグロ自身のロマン派的な資質との板ばさみに悩み、セーヌ川で入水自殺をしてしまう。

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ アブー=キールの戦い≫ 1799  |578 x 968 cm |ヴェルサイユ宮国立美術館
アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ アブー=キールの戦い≫ 1799  |578 x 968 cm |ヴェルサイユ宮国立美術館

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ アルコン橋上のナポレオン≫ 1796-97  |134x104 cm |エルミタージュ美術館
アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ アルコン橋上のナポレオン≫ 1801  |73 x 59 cm |ヴェルサイユ宮国立美術館

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ ルカトのサフォー≫ 1801  |122 x 100 cm |バロン=ジェラール美術館、バイユー

グロのロマン主義的な気質が表れている作品。

失恋の末、海に身を投げる女性を描いた。女性は、古代の女性詩人。

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ ジャファのペスト患者を訪れるナポレオン≫ 1804  |523 x 715 cm |ルーヴル美術館、パリ
 
ナポレオンがペスト患者を見舞った姿。史実であるが、絵は、ナポレオン自身の注文による。

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ エロの戦場のナポレオン≫ 1808  |521 x 784 cm |ルーヴル美術館、パリ
ロシアなどの連合軍とフランス軍の戦い。一応、フランスが勝利したが、両軍ともに多大な損害を受けた。

ナポレオン皇帝が捕虜たちに対して、寛大にも、許しの身振りをしている。

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ 「栄光」と「美徳」≫ 1827  |ルーヴル美術館壁画 (エジプト陳列室E、天井
アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ 「栄光」と「美徳」≫ 1808  |521 x 784 cm |ルーヴル美術館壁画 (エジプト陳列室E、天井 

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ マルスと「勝利」と「節度」≫ 1827  |ルーヴル美術館壁画 (エジプト陳列室E、天井 
アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ マルスと「勝利」と「節度」≫ 1827  |ルーヴル美術館壁画 (エジプト陳列室E、天井 

アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ 「時」と「真実」と「英知」≫ 1827  |ルーヴル美術館壁画 (エジプト陳列室E、天井 
アントワーヌ=ジャン・グロ ≪ 「時」と「真実」と「英知」≫ 1827  |ルーヴル美術館壁画 (エジプト陳列室E、天井 

ヘラクレスとディオメデス  Hercules and Diomedes
1835, Oil on canvas , Musee des Augustines , Toulouse  トゥールーズ、オーギュスタン美術館
グロはロマン派的気質を悩んでいた。この作品は、むりに古代風に仕上げた。しかし、評判が悪かった。

同じ年、ついに、グロはセーヌ川に身を投げてしまう。

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