ジョルジョーネ
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Giorgione (1477-1510)
イタリア   盛期ルネサンス、ヴェネツィア派
夭折したため作品数は少ない。通例の物語の主題を描くというよりも、詩情ある表現に重点をおいて描く、という近代的な絵画概念を打ち出した。このため『嵐(テンペスタ)』『三人の哲学者』『日没』など主題が不明瞭な作品も多い。

聖家族
1500  37 x 46 cm   ワシントン・ナショナル・ギャラリー
 
主題解説:聖書の物語:聖家族

礼拝像である。キリストと母マリア、父ヨセフが登場する。他に、祖母アンナ、洗礼者ヨハネ、その母エリザベツが登場する。

15世紀に登場した主題。礼拝像として、あるいは、キリスト伝の始まりとして扱われた。

イエスの父親ヨセフに対する信仰が高まったのが、15世紀後半である。これは、家父長制が浸透していく過程でもある。人々の暮らしが楽になり、「家族」というものに意識が行き始め、さらに、父親の存在が意識され始めたこととに呼応する。

16世紀以降、イエズス会は、三位一体を構成する群像であるという考え方をとった。

時代が下るにつれて、背景は日常生活の場面へと移っていく。

東方三博士の礼拝
1500-05頃  ロンドン・ナショナル・ギャラリー
主題解説:聖書の物語:東方三博士の礼拝
イエスはヘロデ王の時代に生まれた。そのとき、東方から3人の賢王が、ヘロデ王のもとへ来て訊ねた。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか?東方でその方の星を見たので、拝みにきたのです。」それを聞いたヘロデ王は、王は自分なのに、他に生まれた者が王となることを聞いて動揺した。王は祭司長や律法学者を集めて、その子がどこで生まれるか問いただした。「ユダヤのベツレヘムです。」彼らは答えた。旧約聖書に書いてあったのである。ヘロデ王は三人に言った。「その子を見つけたら知らせてくれ。私も行って拝もう」
三人の賢王がベツレヘムを出発すると、東方から星が出て彼らを導いた。そして、イエスのいる場所で星は止まった。賢王たちは家に入って、赤ん坊のイエスを拝み、捧げ物として、黄金、乳香(香料)、没薬(高価な薬)を贈った。黄金はキリストの王権への敬意、乳香はキリストの神性への敬意を象徴し、没薬は、死体の保存に使われていたことから、キリストの死の予兆である。三人に、「ヘロデ王のもとへ帰るな」と言う夢のお告げがあった。賢王たちは別の道を通って帰った。
絵画では一行は、しばしば豪華な装いをまとった大人数の集団として描かれ、異国風のラクダや豹などを伴なうことがある。三賢王は、長老格の王ガスパール、青年の王メルキオール、黒人の王バルタザールである。聖書には書かれていない。

三賢王は中世後期、ヨーロッパ、アジア、アフリカの擬人像として描かれた。それらが、キリストに敬意を表す、という意味である。

読書する聖母
1500-05頃  76 x 60 cm  アシュモリアン美術館、オックスフォード

モーセの証し
1502-05    89 x 72 cm   ウフィツィ美術館 フィレンツェ

ユディト
1504  144 x 66.5cm  エルミタージュ美術館
主題解説:聖書の物語 :ユディト

ユディトはベツリアの町に住む、裕福な未亡人であった。大変に美しく、神への信仰が厚かった。ホロフェルネス率いるアッシリア軍がベツリアの町を包囲した。

ユディトは召使とともにはアッシリアの陣地へ行った。ユディトは取り囲まれているベツリアの町について、もう神の加護のない町であるから、攻略方法を教えると言って敵将ホロフェルネスに近づいた。

ユディトの美しさに気を許したホロフェルネスは彼女を酒宴に招いた。
ユディトはホロフェルネスが酔いつぶれて寝込んでしまうのを待ち、首を切り落とした。

ユディトはホロフェルネスの首をベツレアの町に持ち帰った。将軍のいないアッシリア軍はあっさりと敗退した。

カステルフランコ祭壇画 (玉座の聖母子と聖リベラーレと聖フランチェスコ)
1505  200 x 152 cm  サン・リベラーレ聖堂 、カステルフランコ・ヴェネト
   

日没
1508-10頃  73 x 91 cm  ロンドン・ナショナル・ギャラリー

三人の哲学者
1508-09  124 x 145 cm  ウィーン美術史美術館
ミケランジェロの友人セバスティアーノ・デル・ピオンポによって完成させた作品である。

主題が何であるか、ジョルジョーネはあまり気にしていないようである。それよりも、内面を重視している。このあたりも、ラファエル前派(後期)に受け継がれた要素である。

最初「東方三賢王の礼拝(マギ)」を描くつもりであった。三人の王がキリストの降誕を祝うために、旅に出る話である。マギはギリシャ語で「マゴス」という。聖書にもあるが、2世紀にできた伝説で、王であると考えられたり、名前が考案されたり、若者、壮年、老年の人生の三世代を表す姿で描かれたりする。

ジョルジョーネはそこから出発し、マギが天文学者であったとされることから、六文儀で星を観測し、その意味を考える天文学者の姿となっていった。

他方では、人生の三世代をテーマにしてもいる。

真剣な面持ちの若者。中央の落ち着き払った人物は、何かもの言いたげである。物質的に満たされ、美しい絹の衣装をまとった老人。

若者の衣装はシンプルである。そして孤立している。若者はしばしそうである。夢と希望を語る相手を探しているようである。

若者に比べ、二人の大人は内向きである。語り合っているように見えるが、実は孤独なのである。若者のように熱意はない。しかし、自分たちの問題をそれぞれ重要に受け止めて、熟慮している。

中央の壮年の男性は、すぐにでも仕事にとりかかれる態勢である。

老人は思考を象徴する天体図を手にしている。

しかし、3人がこの絵の中心ではない。残りの部分を占めている暗い岩は洞窟になっている。そして、中央には光に照らされた豊な風景が広がっている。

二つの選択を迫られているのである。未知の暗い洞窟への冒険。すなわち、精神世界への旅。若者がじっと見つめている場所である。

もう一つは田舎の美しさの中への旅。すなわち現世とそれがもたらす見返りを求めての旅である。

選択を迫られている三人は、相談し合っていない。個人の責任でそれぞれ熟考しているのである。

「個人」という概念の発達は、商業の発達なくしてはない。オランダがそうであったように、ヴェネツィアにおいても、商業の発達による「個人」の発達があったことが、この絵に伺える。

ある説では、老人はアリストテレス哲学を示唆し、中央の人物は東洋風の衣装から判断してイスラム思想を、そして若者が手にしている六分儀は、西洋の「科学」を示唆しているという。

絵自体は、風景が秋っぽく、引き締まる空気は全体を引き立てているし、詩情にあふれ、内面の重みを描いている。実はこれが、後に引き継がれていく要素でもある。

羊飼いの礼拝(アレンデールの降誕)
1505-10  91 x 111 cm   ワシントン・ナショナル・ギャラリー
ティツィアーノが完成させた。この作品はジョルジョーネとティツィアーノの技量がとけあった作品とされている。

ジョルジョーネの関心事は、黄昏時の光の風景である。背景に人々の日々の営みが見えるが、全体の印象は、静寂である。時計の針が止まったような雰囲気である。

両親と羊飼いの永遠の瞑想である。

現実ではなく、精神的な出来事が表されているようである。しかも、物質を否定しているわけではない。そんなことをしなくても、ジョルジョーネは、我々を物質を超えた世界へと導くことができるのである。

嵐(テンペスト)
1505-07頃  82 x 73 cm  アカデミア美術館、ヴェネツィア
その論争の多さでは類を見ない作品である。この絵がジョルジョーネ作であることに異論はないが、いったい何を描いたのか、分かっていない。

この絵画の重要性は、風景である。風景自体に意義をもっているという点である。

しかし、左側の兵士は何者か、右のジプシーのような女性は、近くにいる男性を気にも止めていない。

『エジプトへの逃避』の場面という説は、女性が裸である、という事実が説明できないので、否定されている。

この絵の本当の意味は分からない。しかし、定義しえないことこそが、この絵の意味なのかもしれない。

稲妻によって、突然、照らし出された世界。暗闇の中に隠されていた謎の世界を垣間見ているのかもしれない。

田園の奏楽
1510-11頃  110 x 138 cm  ルーヴル美術館
ジョルジョーネの未完作をティツィアーノが仕上げたと言われていたが、最近ではティツィアーノ作の説が強いそうだ。
ルーヴル美術館では「ティツィアーノ作」になっている。

主題は不明

眠れるヴィーナス
1510-11頃  108 x 175 cm   ドレスデン国立絵画館



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