ダッド、リチャード
Richard Dadd ( 1817-1886 )
イギリス

父親を殺した狂気の画家である。

1817年、イギリス南東部ケント州チャタムで生まれる。

父親は薬剤師で、薬局を経営していた。化学や地質学の講師としても活躍し、町の名士であった。

リチャード・ダッドは優秀な子供であった。13歳で古典文学の知識を身につけた。

本格的に絵を描き始めたのは、13歳からである。1837年、ロイヤル・アカデミースクールの学生許可をとる。

初めての展示も同年である。作品は『眠るティターニア』がロイヤルアカデミーに、『パック』が英国芸術家協会に展示された。この展示で批評家に絶賛された。

将来を有望視された画家であった。

弁護士サー・トーマス・フィリップスが、ヨーロッパ、中東旅行に同行する画家を求めていた。ダッドはこの仕事を得て、10ヶ月の旅行に出た。

この旅行でダッドは数多くのスケッチをしている。

しかし、旅の後半から、ダッドの様子がおかしくなる。弁護士フィリップスやその他の人々に取り付いている悪魔に悩まされ、ローマ法王を殺す衝動に悩まされた。

ダッドは、狂いそうな自分を抑え、急いで帰国した。

狂いそうになる自分を、父親にだけは、なんとか隠しながら、『海辺で休息する隊商』を描き上げた。しかし、そのころには、精神状態は破壊の道をたどっていた。

ダッドはエジプトの神オシリスの支配下にあり、悪魔を殺すのが彼の使命だ、と思い始めた。

1843年、ダッドは、父親を散歩に誘い、コバム公園で、父親を刺し殺した。

そのすぐ後、フランスへ逃げた。しかし、乗合馬車に乗っているとき、たまたま、乗り合わせた人を殺そうとして、逮捕された。

フランスの精神病院で10ヶ月を過ごした後、イギリスへ送還された。

裁判では、正気ではない、と判断され、精神病棟に収監される。

ダッドは、父親を殺したとは思っていなかった。自分の父親だと嘘をついている男を殺した。その男には悪魔がとり付いていたので、神が、自分に、その男を殺せ、と命じた、と主張したのである。

一生涯、精神病棟で過ごしたダッドにとって、絵を描くことで、知性の破壊を免れた。絵の話になると、聡明に話すことができた。しかし、いったん妄想の世界に入り込むと、話は、つじつまが合わなくなった。

1884年、結核で亡くなる。

風景 Landscape
1837
York City Art Gallery
初期の風景画。

パック Puck
1841、Private collection
一番最初に英国芸術家協会に展示され、絶賛された絵。

シェイクスピアの『真夏の夜の夢』より。

眠るティターニア Titania Sleeping
1841; Oil on canvas
Louvre, Paris, France
ロイヤル・アカデミーに最初に展示した作品。『パック』とともに、絶賛された。

当時、シェークスピア劇の人気が復活し、妖精の国がとても、人気があり、多くの画家たちが、描いた主題。

妖精画は、その後、単に、きれいなものへと変質し、終わりを遂げる。

しかし、ダッドやフュースリーなどにとっては、独創的な世界を創り出す機会となった。

夕べ  Evening
1841

画家たちの砂漠での休息 The Artist's Halt in the Desert
circa 1845; Watercolour
Private Collection
ベスレム病院の精神病棟に入れられた、はじめのころの絵。中東旅行の記憶が、強く残っている。1986年に発見されたばかりの絵である。

エジプトからの脱出 The Flight out of Egypt
1849-50
The Tate Gallery
もとは、タイトルの無い絵であった。

表面的には綺麗に描いているが、細部はかなり混乱している。右下にいるのが、聖家族らしい。楯の上の星で、少し大きくなったイエスだと分かる。

中央、椰子の木の左側で、子供の肩に手を置いている女性は、足もとが椰子の木より前なのに、頭部は、椰子の木の後ろでトランペットを吹いている人物より後ろになっている。

左上にはアラブ人、中央にはローマの兵士と、つじつまがあっていない。強迫観念のせいではないか、という。

イエス、湖上を歩く Jesus Christ Walking on the Sea
1852
Victoria and Albert Museum
水彩画では、初期の作品。

隠者 A Hermit
1853
The Cecil Higgins Art Gallery

激情のスケッチ〜憎悪 Sketch of the Passions, Hatred
1853
The Bethlem Art and History Collection Trust
「ヘンリー六世」でリチャードが、ヘンリー六世を刺殺する場面を描いている。

この絵は、ダッドの狂気を物語る絵となっているそうである。

ダッドが父親を殺したシーンと、重ね合わせて描かれている。

リチャード公爵が、ダッド自身である。コントロールされた線、青と藤色によって、残虐性を高めている。

ダッドの殺人が、衝動的なものでないことが、この絵に示されている、ということである。

狂えるジェーン Crazy Jane
1855
The Bethlem Art and History Collection Trust
恋人に捨てられ、気が狂い放浪している少女ジェーンを描いた。(バラードの中の人物)

対立・オベロンとティターニア Contradiction. Oberon and Titania
1854-58
Private Collection

バッカス祭の情景 Bacchanalian Scene
1862
右下のサテュロスで、バッカス祭の絵として描かれたのが分かる。サテュロスは、山羊のような特徴を持ち、バッコスの植物、蔦の葉の冠を載せている。

サテュロスは、バッカスの快楽主義も代表している。バッコスの信女マイナスたちと、熱狂的祭儀(バッカナリア)に、参加しているのもサテュロスである。

サテュロスが飲もうとしているグラスには、ラテン語の詩が刻まれている。読みやすいように、絵の裏に、その詩が書き写されている。

人はそれぞれに不幸な運命を持っている。この世だろうと、あの世だろうと同じ。この世であった不運は、あの世でも同じように加えられるにちがいない。

ダッドは定められた運命からは逃れられない、と考えていた。

ギリシャの哲学者で、タレスという人が、こんなことを言っていたのを、思いだした。

なぜ、自殺しないんだ、という問いに答えて、

死んでも、同じ世界が待っているだけだから、いちいち、死のうとしないだけだ。

ダッドも、そう考えていたのだろう。死んでも、同じ不運が待っているだけだ。宿命からは、逃れられないのだ、と。

しかし、彼が犯した殺人に対しては、自分は利用されただけ、殺人の張本人は、誰なのか、分からない、と言っている。

バッコスに酒を飲まされて、分けが分からなくなって、殺してしまった、と考えたのだろうか。

お伽の樵の入神の一撃 The Fairy Feller's Master Stroke
1855-64; Oil on canvas
Tate Gallery, London, England
彼自身のインスピレーションで描いた絵である。

ダッドの精神が、日常生活から離れ、妖精や小人の世界に引きこもってしまったかのようである。

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