ボッティチェリ
(1445-1510)
イタリア  初期ルネサンス、フレンツェ派

春(プリマベーラ) La Primavera
1477-78 , 315 x 205 cm , フィレンツェ ウフィツィ美術館 the Galleria degli Uffizi , Florence
ボッティチェリの『春』は、テーマは「愛」である。

中央に、位置を高くして君臨しているのは、愛の女神ヴィーナス(アプロディテ)である。

『ヴィーナスの誕生』のヴィーナスと比べると、衣装を身に着け、慎み深い姿である。このヴィーナスは理想的な「人間性」のシンボルである、という説もある。

20世紀に生きる我々は、容易に理解できるかもしれない。
どんなに科学が発展しても、遺伝子を操作できようとも、宇宙へ行けようとも、その高度な技術を繰るのは人間である。

その人間に「愛」がなければ、どんなに優れた技術であろうとも、悪魔の道具と化してしまう。20世紀の戦いの歴史の中で、我々が学んだことではないか。

ボッティチェリの描く、この優しげではかないヴィーナスほど、広い意味での「愛」を表現しているものはないかもしれない。


この寓意画には、ギリシャ神話の神々が登場している。

右端には西風のゼフュロスがいる。頬をふくらませ、青い顔をして、西風を吹かせ、春を運ぶ神である。

ゼフュロスが抱きつこうとしているのはニンフのクロリスである。ゼフュロスはクロリスに恋してしまったのである。二人は結婚する。

クロリスの口元から、花があふれ出てきている。クロリスは、ゼフュロスの手が触れると、フローラという花の女神に変身する。

フローラへの変身の途中である。そして、クロリスの左隣には、変身し終わった女神フローラが、今にも足を踏み出そうとしている。

ゼフュロスはフローラに花園を与える。「春」の到来である。

左側の三人の女性は「三美神」である。左の女神は「愛欲」、中央は「純潔」、右が「愛」の女神である。

左の「愛欲」と中央の「純潔」は、互いに見つめあい、対立しあっている。右の「愛」が二人の仲を取り持っているのである。

「愛欲」と「純潔」のあい反する性質を、「愛」で統一しているのである。

キューピッド(エロス)は目隠しをしているが、狙いを定めている場所は、「純潔」の頭上である。この目隠しが、愛の不確かさや、愛の負の部分を暗示している。



左端には神の使いであるマーキュリー(ヘルメス)がいる。右端のゼフュロスが暖かな愛の風を吹かし、神の世界に春をもたらすのに対し、マーキュリーがいることで人間と神の間に道を作ってくれて、人間界にも春の訪れを告げてくれる。

ヘルメスは上を向いて、頭上の霧を杖で払っている。理性の神でもあるヘルメスは、霊魂を曇らせる情念の闇を取り払っている、とも考えられる。

作品の題名は『春』であるが、内容は「愛の賛歌」的である。

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