月姫

 

 ずっと昔、まだ夜が真っ暗だったころの話だ。 
 村人たちは、またもや月姫の訪れが途絶えたことに困惑していた。彼女の姿がなければ、夜中外を出歩くことさえかなわない。家畜の見回りや作物の様子を見に行ったものたちは、例外なくお化けや幽霊や恐ろしい悪霊に出くわし、家に逃げ帰るはめになるのだ。その間も悪霊たちは悪さの限りを尽くし、村人たちは毎日増える被害にため息をつくばかりだった。
  村人たちは村の外れ、森の近くに住む魔女に相談に行った。もちろん手土産もかかさない。年老いた魔女は当然のごとくそれを受け取り、月姫は大きな力にとらえられている、誰かが彼女を助けに行かねばならないと重々しく宣告した。
  村人たちはためらった。夜に外を出歩く恐ろしさを誰よりも知っているからだ。彼らが集まって相談しているところへ、一人の娘が進み出た。彼らは娘がそこにいることを不思議に思ったが、娘にまかせることにした。
  娘は名前をミーアといい、風変わりな暮らしを好む変わり者として知られていた。娘の両親ははるか昔に他界し、娘は村はずれで長く一人暮らしをしていた。月姫の姿が夜の世界を照らしていたころ、娘は夜の間ずっと外をうろつきまわり、昼間は眠っていたのだ。村人たちは、娘が月に憑かれているとうわさしていた。

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  娘は月姫を探しに出かけた。食料と水とわずかな持ち物と月姫のかけらを持って。月姫のかけらはもちろん魔女からの借り物で、月姫と引き合うという。なぜ魔女がそんなものを持っているかはわからない。とにかく、そのかけらのおかげで悪霊どもの邪魔も入らず、娘は月姫の居所をつきとめた。
  そこは村から遠く離れた森の中の湖だった。深い深い水の底に、月姫はとらわれていた。夜になるとわずかに水面が光るのだが、星の光にまぎれておそらく誰も気づかない。
  娘は蔦のつるで長いひもをつくり、その先に月姫のかけらをくくりつけた。湖の中へつるをたらすと、つるは生き物のようにどこまでもするするとのまれていった。
  しばらくして何かの手ごたえを娘は感じ、つるを引き上げはじめると、しだいに、湖の中から光が見えてきて、最後には目を開けていられないほどだった。そして、あっという間もなく、月姫は久しぶりに夜空から白銀の光をふりまいていた。
  娘は安堵し、月を見上げながら夜道を家へと帰って行った。
  そして、以前のように、夜に月の光を浴びながら暮らし、昼間眠るという生活を生涯続けたということだ。