約束の地

 

 
  どこまでも広がる家屋の連なりを、ローナは見下ろしていた。白い石造りの屋根に日差しが容赦なく照りつける。風さえも動きを止めている世界で、人影は当然まばらだった。一日のうちで最も暑い数時間を人々が好んで戸外で過ごすはずもない。しかし、本来最も人の行き来があるはずの時間でも、かつてのような賑わいはこの都市にはすでになかった。
 西方への通路の唯一のオアシスとして繁栄を誇った水の都は、しだいに力を失いつつある。この地が閉ざされれば、砂漠を挟んで東西に分かれた国々は互いに行き来する手段を失い、砂漠は再び人の通らない不毛の地となるだろう。それは遠い未来ではない。
 それでも、ローナはこの場所から離れられない自分を知っていた。
 彼女が生まれ、育った場所だった。ここでたくさんの人と出会った。多くは彼女の前を通り過ぎていくだけだったけれど、彼らはどこに住んでいようと今でも大切な人であることにかわりはない。
  もう一度、今度はもっと遠くへとローナは目をやった。町並みの向こう、まるで砂漠が見えてでもいるかのように。 

 

                         *    *   *

 

  昼下がり。
  先刻まで確かに枯れていた泉が息を吹き返した。あふれる水は石畳を濡らし、見守っていた人々が歓声をあげる。器を持った住民がそれぞれに水を汲みに走る中で、この奇跡を初めて見る旅人らは、その目で見た驚異を語り合っていた。彼らの国へと、水を操る王女の話は伝えられるに違いない。
  あふれる水は光をはじき、さまざまな色にきらめいていた。砂漠に囲まれたこの国で、水は命に等しい。不毛の大地だったこの土地をオアシスとしたのは、ローナたち一族の力に他ならない。ローナの指先からは、赤い血がしたたり続けている。水を呼ぶ血。彼方の契約の証は、そこにある。
  ローナは視線を感じて振り向いた。そこに彼がいた。長い旅をようやく終え、彼は再び帰ってきたのだ。彼のとがめるような、哀れむようなまなざしにもすでに慣れた。

 私はこの地に囚われている――私の血は。