藍色に浮かぶひかり

 

遥か昔、夜空には冴えた光があったと云いました。
星座を形づくる星たちよりももっとずっと鮮やかにかがやく光です。
だけどその光は、あるとき急に粉々に砕け、夜闇に散っていったと云うことです。


――村に伝わる伝説だ。
僕は幼いころ母親に聞かされた。
暗闇を見上げて急に怖くなって泣き出してしまった僕の肩を母は抱いて、瞬く星々を指さした。
気がついたら、誰もが当たり前に知っていた。子供も大人もみんな。

いつか誰かが話し始めた物語。辿っていっても、一番最初にはきっと届かない。そんな気がする。
真面目に考えてみたことがある人間は果たしてどれくらいいるのだろう。

「…………」
これだ、と思った。
腑に落ちる、とはこういうことか。
僕は静かに澄んだ湖面を見つめる。
夕暮れの村は、茜から徐々に紫に染まり、藍を織り交ぜて闇を呼んでいた。
湖面もまた、深い藍色だ。

ちかちか。
ぴかぴか。

幾分冷たさをはらんだ風が吹いて、どこか心を落ち着かなくさせるように光は明滅した。
小さな湖に浮かぶ、光。
見上げてみた空に、星。
二つの場所で浮かぶ光。

「……鏡」

そう、鏡だ。
湖は鏡。空の星を映している。
さながら砕け散った欠片がばらまかれたように。あの伝説のように。

真面目に考えてみたことがある人間は果たしてどれくらいいるのだろう。

伝説は、何を意味しているのか。
少し考えればすぐに決定的な疑問に行き着く。
『夜闇に散っていったもの』は星ではない。
星ではない、星よりも明るい何か、だ。
湖に浮かぶ光は、陽の落ちた村のはずれで目にすれば確かに奇跡のごとく明るく幻想的で、伝説のそれにぴったりだ。
だけれども、あれは星だ。
だから星の光を超えられる輝きではない。

妙に気にかかって。識りたい、と思った。
貧しいこの村では学問はできない。
でも、王都なら。あそこなら大きな図書館があったはずだ。
僕みたいな人間が、通してもらえるかは判らないけれど。

母はこうも言っていた。
人は死んだら星になるのよ、だから怖いことなんてないの、と。
これは伝説とかではなく、迷信だ。残された者たちが心を慰めるための優しい虚構。

     ◇

数日後。
僕は国立図書収蔵館にいた。名前や出身、目的なんかを書くという手続きを踏んだ上、ようやくカードのようなものを渡されたのだ。
仰々しい名前のそこは、それに見合った豊富な図書資料を内包していた。
『天体』と書かれた分厚い書物を、僕はつっかえつっかえ読む。
文字に触れる機会が極端に少なかったから、なかなかに大変だ。

それでも、どうにか読み進め、あるページで僕は固まった。
鮮やかな写真に釘付けになる。
丸い、明るい、大きなそれ。
『月』
名前は月。探していたものの名前を、僕はようやく識った――

伝説は、意味なく伝説をつくらない。
そこにはきっと何かしらの意味が存在する。

だから、僕もやってみようと思った。言葉を考え考え、筆をとる。


死者は『月』に還る。
明るく輝く優しい光に還っていくのだ。
砕け散ってもなお、人の心に生き続ける、どうしようもない存在感をもって。