小さな村での不思議な話

 

森の奥には怖いモンスターが居るよ

森の奥には可愛い妖精が居るよ

さぁ、真実(ほんとう)はどっち?



「ねぇ、リーア。やっぱり帰ろうよ。
  先生もモンスターが出るって、言ってたし…。」

前にいる少女、リーアに向かって少年が声をかける。

「ウィー、あんた何言ってんの?
  モンスターなんて出ないわよ。
  どうせ先生があたしたちを森に行かせないようにするために言ったに違いないんだから!
  まったく、そんなんだから「弱虫」って虐められるのよ。」

リーアは手に持っていたランタンでウィシュルの顔を照らす。

「眩しいよ、リーア。」

「まったく、ウィーのお父さんはあんなに強くて格好いいのに、あんたは本が友達なの?
  どうせ、規則なんて守るのが当然だと思ってるんでしょ。
  たまには規則破ってスリルも味わなきゃやっていけないし、運動でもしなきゃいけないの。
  それをこのあたしが手伝ってあげようとしてるんだからあんたは黙ってついてきたらいいの。
  ほらさっさと行くわよ。」

「う、うん。」

ウィシュルはリーアの言葉に圧倒されながらも返事をした。
そして、リーアの服を強く、離れないようにしっかりと掴む。

それに気付いたリーアはウィシュルの手を離し、自分のものとつなぎ合わせる。

「り、リーア!?」

「うるさいわね、はぐれるといけないでしょっ。
  そっ、それだけよ。」

リーアの手にあるランタンは足下を照らしていて表情がどうなっているのかは分からなかった。




◇     ◆     ◇




「っと、ここは……?」

「泉、みたいだよ。
  ほか、花とか咲いてるし…
  あ、リーアそっちの方行ったら危ないんじゃ…
  泉に落ちちゃうかも…。」

泉は童話を思い出させた。
泉の水は明るければ底が見えそうなぐらいに澄み、
中心に浮かんでいる島には「泉の主」を思わせる大樹があった。

「大丈夫、平気よ。
  あたしがそんなヘマするわけないじゃない。
  それこそやるならウィーの方じゃ……」

あたりに大きな音が響く。
河原で川に石を投げる音に似て、似ていない。
「ちゃぽん」と言う音ではなくそれよりとてつもなく大きい。

「リーア!?」

ウィシュルは夢中で駆け出した。
ランタンはリーアの手にあったのであたりは真っ暗だった。
もしかしたら自分も落ちるかもしれない…、ウィシュルはそう思った。
けれど、慎重に、できるだけ速く、リーアを泉から引き上げようとした。



◇    ◆    ◇


「ゲホッ、ゲホッ。
  はぁ、はぁ、死ぬかと思った…。」

ウィシュルが引き上げたリーアはずぶぬれだった。
身体も冷え、髪はべったりと顔に引っ付いてしまっている。

「だ、大丈夫?」

ウィシュルは声をかけるが、心ここにあらず、と言った感じでぼおーっとしていた。


「平気よ。」

そう強がってみせるがリーアの声は震えている。

「思い出した!!」

ウィシュルは柄にもなく大きな声を出し、笑みを作る。

「何を思いだしたのよ。」

リーアの声が聞こえていないのかウィシュルは瞳を閉じて何かを呟いている。

「………我は此処に誓う、ウィシュル=コーリルドの名において。
  ラスフィル、召還っ!!」

大きな光がウィシュルを包み、それが消えたかと思うとウィシュルの前に小さな動物のようなものが居た。
それはなんとなく、狐に似ていた。

「はぁー、やっぱり無理だったかぁ。」

「何が無理なのよ。
  勝手に一人で納得して、さっさとあたしに説明しなさい!!」

リーアにはウィシュルが何をやっていたのかが分からず、抗議する。

「あ、ごめん。
  えっと…えっとね。
  この間本を読んでたら召還魔法についてのっててね。
  それを試してみたらさ、ラスが出てきたんだ。
  ラスってのはこの子ね。本当はラスフィルって言うんだけど…。」

「そんなことを聞いてるんじゃないの!!
  あんたは一体何をしようとしたわけ?」

「っと…それは……。」

ウィシュルの声はだんだんと小さくなり、何を言ってるのかが聞き取れない。


「あれ?誰かが居るよ?」
「本当だ。子供じゃない?」
「なんでこんなところに居るんだろう?」
「知らない」
「あれは何?狐に似てるけど。」

小さな囁き声が聞こえる。
けれど、ウィシュルが出している声よりは大きく、泉の周りに響いている。

「ちょ、ちょっと何よ。この声!」

身体をびくっとさせてリーアは悲鳴を上げる。
ウィシュルはリーアとは反対に興味津々といった風に声の方を見つめている。

「あらあら、もしかしてこの子はクラスルの息子じゃない?」
「ああ、本当だ。顔立ちも瞳の色もそっくりだ。」
「でも、髪の色は違うよ。
  クラスルは綺麗な緑だったじゃない。
  彼は茶色よ?」
「ほら、クラスルが一度此処に連れてきた女の子が居ただろ。
  あの子の髪は茶色だったよ。」

「あなた達は誰?」

ウィシュルは声の主に向かって話し掛ける。

「こんなところもクラスル譲りだね。」
「ええ、そうね。」
「私達はこの泉の守護を任されているものだよ。」
「貴方達だけならほっておいてもよかったのだけれど。」
「なにしろ、そいつが居ると荒らされてしまうかもしれないからね。」


「そいつって…そのラスとか言う奴のこと?」

「多分、そうだと思う。」


「さて、貴方達はどうしてここに来たのかしら?」
「まてまて、そんなことはどうでもいいじゃないか。
  クラスルは元気にしているか?少年よ。」

急に質問されウィシュルはびっくりしたがすぐに答えを返した。

「元気です。
  あの、帰り道教えて貰えませんか?
  このままじゃ、リーアが風邪引いちゃう。」

ウィシュルはリーアの方を向き小さく「寒くない?」と声をかけた。

「ああ、そうか。
  元気にしてるのか。」
「なら問題ないわね。」
「帰りたいのだろう?我らが送ってやろうではないか。
  昔はクラスルに世話になったしな。」
「それが良いわ。
  貴方達はそこでじっとしててね。」

そう言われてウィシュルはラスフィルを手に抱えてじっとする。
リーアもそれに習う。


「では、いくぞ。」

声が聞こえた途端、身体が宙に浮く感じがした。
そして、怖くなったのか、ウィシュルもリーアも瞳を閉じた。



◇     ◆     ◇



「ついたぞ。
  さすがに村までは連れて行けないがここまでで充分だろう。
  では、クラスルによろしく頼むぞ。」

お礼を言う暇もなく、去っていった。
しばらくふたりは森の方を見つめていたがやがてそれを止め、家の方へ歩み始めた。




「ねぇ、リーア。
  どうして…森なんかに行ったの?
  スリルが味わいたいなら…昼間でもよかったんじゃ…。」

家の少し手前でウィシュルが口を開く。

「うるさいわね。
  思いつかなかったのよ、昼間なんて。」

リーアは顔をそっぽ向けて答える。
けれど小さく口を開き、呟く。

本ばっかり読んでてつまらなそうにしてたから
  本物の妖精に会わせてあげたかったなんて言えるわけがないじゃない。



雲に隠されていた月が見え、ふたりを照らした。


「リーア、また明日ね。」


そう言うと、ウィシュルは自分の家へと進路を変えて歩き出した。

 

◇     ◆     ◇