いつものように


まったくバカなやつだった。
あんなバカにはこの先そう簡単にはお目にかかれないだろう。
正確には過去形で言うのはおかしい。あいつは、まだ生きている。
少なくとも30分前には、そうだった。オレがあいつのいる病院を出てきたときには。

病院から車でかなりの速度で飛ばしても30分程度かかるところに、あいつの住むマンションは建っている。
オレの目的地もそこだ。まったくあいつと同じように迷惑な距離だ。
現在の時刻は午前2時を回ったところで、さすがにマンションの敷地も静まりかえっている。
オレは人目を気にしつつも、マンションのエントランスに近いところに車を停めた。
ドアを閉める音が信じられないくらいに響く。
いつもは先に降ろしてもらっているので、(酔っていたからか?)気にならなかったらしい。
あいつの部屋は3階。
約束の物も、多分そこにある。

約束か……そういえば、何であんな約束をしてしまったのだろう?
ロビーに通じる扉を開きながら、オレは考えた。
いや、約束なんてものではないな。
ただの酒の席の冗談だと言えば、誰しも納得するはずだ。
実際のところ信じがたい話だったし、本当かどうかも分からない。
ただ、あいつの事故の知らせを聞いて、真っ先に思い出したのは、あいつとの約束だったのだ。
今よりももっとオレがバカだったころ、本物のバカと交わした約束。
でも、オレも結局は同じようにバカなのだ。
そう、こんな真夜中に、他人の部屋に忍び込んで、あのバカの最後の願いをきいてやろうというのだから。

 

考えてみると、あいつとオレの付き合いもずいぶんと長い。
小学生のころからお互いを知っていたので、もう10年以上つるんでいることになる。
クラスや部活が違ってもお互いの家への行き来が絶えなかったのは、
やはり(そうは思いたくないが)気が合っていたのだろう。
あいつからわけの分からない話を聞かされたのは、確か2年前、受験生のころだった。
勉強を一緒にということで集まっていたはずが、いつの間にか(いつものように)酒盛りになっていた。
酒はお歳暮から、くすねたらしい。
酔いがお互いにずいぶんまわったころ、あいつがどこからか「あれ」を取り出してきたのだ……。

 

1Fの郵便受けをチェックすると、年末のせいかどの部屋にも広告が山のように詰め込まれていた。
たいしたものはなかったので、いつものように設置してあるゴミ箱に入れる。
別にその辺に放り投げておけばよいと思うのだが、管理人がうるさいらしい。
……ゴミ箱に入れたところで舌打ちをする。今日はチェックしてやる義理などないのだ。
暗く、狭い階段をいつものように1人で上る。
ここに来るときはたいてい2人だったが、駐車場が遠いので、
あいつはオレをマンションの前で降ろして、いつも先に行かせた。
車の中で渡しておけばいいものを、部屋の鍵をわざと放り投げてよこすので、
いつか部屋から締め出してやろうと考えていたのを思い出して、オレは少しだけ笑った。
それに、あいつは自分のマンションの鍵をポケットに突っ込んでいた。
あいつの癖の一つで、小銭やらレシートやら、いつもポケットに突っ込んではかき回していて、
鍵からは錆びた金属の匂いや煙草の匂いなどがしたものだ。

オレはあいつから預かった鍵を取り出した。
いつものように右手に握る。

……それは、ひどく冷たかった。