月への階(きざはし)
 まだ足りない。 
私は今日も月を見る。ずいぶん大きく見えるけど、まだまだ遠い丸い月。 
また部屋に戻らなきゃ。そう私はつぶやいた。 
私は急いで部屋へと戻る。文庫本をバッグに詰めた。 
左手にも持てるだけ。 
そして、私はのぼりだす。 
月へと続く階段を。 
最初のうちは大型本。二段飛びで駆け上がる。 
私の足よりも、画集ははるかに大きいのだから。 
途中からは単行本。この辺りから危険区域。 
足元に注意をしなければ、地球までまっさかさま。 
最後のほうは文庫本。お人形の階段みたい。 
中心部にそろりそろりと足をのせる。 
てっぺんで、私は月へ向かって本を置く。 
一冊置き、二冊置き、また身体をひきあげる。 
月は少しだけ近くなる。 
* * * 
長い長い時が過ぎ、今日は開通記念日になる予定。 
数冊の本を手に、私は月への階段をのぼっていった。 
途中でちょっと小休止。足の下に地球がある。 
それを見ながら、ペットボトルのお茶を飲む。本の上に腰かけて。 
とうとう最後の本を置き、私は月へご到着。 
到着のはずなのに、私の邪魔をするものが。 
にやにやと笑う猫。 
言うまでもなく、アリスでおなじみ、チェシャ猫。 
チェシャ猫は、ぽんと片足を本に置く。 
猫の足は、不思議なことに私よりも重いらしい。 
私の並べた階段は、ドミノ倒しの要領で、がらがら地球へ落ちていく。 
* * * 
当然私は目が覚める。 
頭に上に載っているのは、『鏡の国のアリス』の文庫本。 
チェシャ猫がお気に召さなかったのも無理はない。