『かじ屋の恋』


かじ屋の男が恋をした
パン屋の娘に恋をした
男はいつも早起きで
焼き立てのパンを買いにゆく
あの娘の笑顔に会いにゆく

かじ屋の男は眠れない
あの娘が気になり眠れない
夜の夜中に起き出して
腕立て始め、いち、に、さん
腕立て始め、いち、に、さん

かじ屋の男は不器用で
気取った言葉は綴れない
だから男は釜を打つ
パン焼き用の釜を打つ
あの娘が使う釜を打つ

  娘はいつも感謝を込めて
  お客に笑顔で応えてた
  美味しいパンがございます
  あしたもいらしてくださいな
  焼き立てのパンがございます
  あしたもいらしてくださいな

かじ屋の男は気が付いた
かじ屋の男は気が付いた
あの娘が笑顔をくれるのは
ぼくがパン屋の客だから
ぼくがパン屋の客だから

かじ屋は背中を丸くして
生命の次に大切な
炉の火を落とし家を出た
釜を担いで家を出た
無口な男が呟いた

  パンを買わないぼくなんて
  あの娘は見向きもしてくれない

あるいは故郷(くに)に帰ったと
あるいは山にこもったと
あるいは川に沈んだと
しばし話題に上れども
噂はとうに消えかけて
誰もかじ屋を見かけない
かじ屋の男を見かけない




  焼き立てのパンがございます
  あしたもいらしてくださいな


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