『老人の海』
分厚い記憶の束をひとつずつほどいて
黒い焔の中に放り込んでは燃やす老人
かもめを友とし二匹の猫と一緒に
太陽を避けながら
貨物船を眺めて暮らしていた
ある朝老人は塩漬けの魚を猫たちに与えると
島に一冊だけの本を手に取り
よろよろと干潮の砂浜へと歩を進めた
そして手頃な窪みを見つけるとその中に体を預け
時間を忘れて一冊の本を読み耽った
いや
時間を忘れようとしているのかもしれなかった
その顔は何かを諦観したかのように神々しくもあり
何かを失った苦渋に満ちているようでもあった
やがて月が太陽を追いやりその影を落とすころ
潮満ちて
老人はそれきり帰ってこなかった
猫たちは野生に戻った
最後に老人が手にした本が何かは分かっていない
ただ老人はこの島で一人で暮らすには
少しだけ長生きしすぎていた