『電飾の魔境』
少年は耳をふさいでいた
それは自分が流れ出てしまうのを恐れるかのように
それは都会の喧騒に溶け込んでしまうのを嫌がるかのように
少年は耳をふさいでいた
少年はことばを持たなかった
からっぽの財布を広げて見せることで哀しみを表現した
ほつれたマフラーを投げつけることで怒りを表現した
喜びと楽しみは表現の術を知らなかった
少年はことばを持たなかった
少年には記憶がなかった
親の顔も名前も自分が誰かも
ひとつだけ憶えていることは
一昨年養護施設を脱走したことだけだった
少年は大通りに面した細い路地にトタン板で屋根を作り暮らしている
欲しいものは特になかったし成りたいものも特になかった
ただ細い路地の隙間から電飾と電飾の魔境と電飾の魔境に棲むものたちを
少年はいつまでもいつまでも見つめていた