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 前口上

 本ホームペイジは「真黒毛ぼっくす」なるバンドを紹介しつつも、その界隈についての雑事等を掲載しております。


真黒毛ぼっくす

 1985年、大槻上京とともに大学時代の先輩;柳平氏等をさそって結成。国分寺モルガーナで初ライブ。その後、あらゆるライブハウスで月2〜4本という驚異的なペースで演奏活動開始。渋谷屋根裏でのジャスト・ア・ビートショー参加、デビュー前のブルーハーツ対バンなどがあった。やがて動員やチケットノルマで行き詰まり、柳平氏が自身のバンド「生がき」に専念のため脱退。
  1988年、太陽レコード:サワキ氏に認められ、急遽柳平氏を呼び戻す。太陽レコードよりEP「ダイナマイト」を発売し、初の東海道ツアー。折からのバンドブームで動員急増。1990年、自身の青空レコードを立ち上げてファーストアルバム「白痴」、翌年セカンド「月の散歩道」発売。ニューイヤーロックフェス等の多くのイベントに参加しながらも、新宿ロフト、渋谷LAMAMAを拠点に演奏活動を続ける。
 やがて動員も徐々に減り始め、柳平氏も結婚、子供が生まれたのを機に脱退。幾多のメンバーチェンジでバンド活動に疲れ果てた大槻は1995年ついに真黒毛ぼっくすの停止を決断。別ユニット「バナナフィッシュ」を立ち上げる。
  1997年、大槻ソロユニットとして「真黒毛ぼっくす 」復活。ライブごとにメンバーを集めるという形体で演奏再開する。1998年、7年ぶりにサードアルバム「歓びのダンス」を発売。弾き語り、アコースティック編成からホーンを加えた大所帯編成と、都内中央沿線中心に多彩なLIVE活動を続ける。2002年秋、レコーディング突入。そして2003年7月、ついに4thアルバム「ジャマイカ国分寺」完成。
 その後、チンドン、三線などを加え、関西ツアー等、精力的に活動。
 2005年は憧れのあがた森魚氏を迎えて「酔いどれ東京ダンスミュジック」最高動員を記録。そして年末には初のワンマンLIVEを成功させる。その後、酔いどれ東京企画はシリーズ化し、なぎら健壱、斉藤哲夫、中川五郎、シバ、くじら、石川浩司(たま)等、大槻が敬愛するミュージシャンをメインゲストを迎え開催。そして2007年に、意気投合した中川五郎さんとの音源「中川五郎&真黒毛ぼっくす/腰まで泥まみれ」が発売される。そして集大成とも言えるべきニューアルバム「酔いどれ東京ダンスミュジック」完成。

大槻泰永
ボーカル、ギター、作詞/作曲&雑用

柳平文夫
永久欠番ギター