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き りんのエピソード
― ベランダからジャンプ ―

たぶん1998年の前半だと思います。うちにはブリス、きりん、すももの猫たちとあんずしか(「しか」っての が怖い)いませんでした。その日は犬連れの友人が遊びに来ることになっていました。約束の時間を少し過ぎたころ、友人が黒ラブ(メス)と共に現れました。 私は特に何も考えずに「いらっしゃい、どうぞ」と言いました。

その黒ラブは当時1歳くらいで、なかなか闊達と言いますか、元気と言いますか、ハイパーではありませんが、 「そ〜れ〜ぇ」といったふうに走り回る感じの子でした。家に上がって、この黒ラブ、いち早く猫を見つけました。ちなみに、友人の家には猫はいません。ブリ スは犬なぞなんぼのもんじゃいという態度でしたし、すももは冷静沈着にものごとを処理できるタイプでしたから問題ありませんでした。そして、こういうとき に限って必ず標的にされてしまうのがきりんなのです。

黒ラブが楽しそうに「あっ、猫だ!」と、思いっきりきりんを追いかけました。私たちは初めのうち、「はいは い、騒がないよ」と言いながら、しばしことの次第を見守っていました。普通猫なら、テーブルの上に飛び乗るとか、別の部屋に逃げ込むとか、反撃するとか、 そうした逃げ道をたくさん思いつくはずなのです。それが、おばか、きりんのやつ、なぜかベランダに逃げ込んだのです。

「しまった、閉めるの忘れてた。このまま犬がベランダに下りてきりんを追い詰めたら危険だな」と思いはしたも のの、私はさほどあせらずに、犬には「ほらほらダメだよ」と言いつつ、きりんには「きりこ、危ないから」と言って、きりんを救出しようとベランダに下りま した。見るときりんはパニックになっているのが分かりました。猫と生活している人は分かると思いますが、猫はもともと人の言うことは聞きゃーしませんし、 一旦パニックに陥ると扱いにくいこと200%で、その状況から抜け出すためには、引っ掻く、噛みつく、走り回る、よじ登る、何でもします。

きりんはまずエアコンの室外機の裏に逃げ込みました。確か当時は室外機をふたつ重ねていたんじゃなかったかな と思います。置いていたのはベランダ奥の壁際です。ですから、とんでもなく変なところに入り込んだなと思いました。壁と室外機の間はあまり隙間がなく、ど うやってもきりんをつまみ出すことができません。きりんは何本ものパイプがうねる中をがりごり、がりごり音を立てて移動しているようでした。結局、パイプ を必死でよじ登り、室外機の登頂に成功。私はようやくこれできりんを捕まえられると思ったのです。

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きりんが大ジャンプを遂げた瞬間、私はすぐに手すり越しに外に身を乗り出し、祈るような思いで下の様子をうか がいました。2階からなので大丈夫だとは思いましたが、パニックに陥っている不器用なきりんのこと、うまく着地できるか心配でした。アスファルトにつぶれ るきりんの姿が頭をよぎりましたが、どうやら無事地面に降り立って、駐車場のほうへ姿を消したようでした。ほっとしたのもつかの間、私は玄関を飛び出しま した。

次の心配は車にひかれないかということでした。外には大きな道路が走っているのです。駐車場に行って車の下を 覗くと、いましたいました、うずくまっています。ここで驚かせると道に飛び出してしまうので、私はしゃがんだまま「きりー」と名前を呼びながら、道路側か ら回り込もうとしました。すると、その気配に気づいたのか、きりんは突然、道路のある方向へ身をかがめたまま走り出しました。万事休す。そのときはもうだ めだと思いました。急いであたりを見回しましたが、どうも道路に出た様子はありません。車の急ブレーキも聞こえません。

もしや と思って外のドアから覗き込むと、なんときりんは、壁に備え付けてある郵便箱に、セミのようにじっとしがみついているではありませんか。冷静に対処してい たつもりの私でしたが、表に出るときにドアを開けっ放しにしていたのです。それが功を奏しました。後になって、もしあのときドアが閉まっていたらと思うと ぞっとしました。もし逃げ込むところがなかったら、きりんはきっと道路に飛び出して一巻の終わりだったことでしょう。私はドアを閉め、きりんを郵便箱から 引き剥がしました。それから前足二本を右手に、後足二本を左手に握り、腕の中にしっかり抱いてから部屋に戻りました。

まずは黒ラブを見せないようにしながら部屋にこもってから、怪我をしていないかどうか確認しました。特に変 わった様子はありませんでしたが、あごが腫れてかすかに血が出ていたのと、下の前歯にも血がにじんでいて、どうやら1,2本折れたようでした。体重が7キ ロ以上ありますから、四足では足りずにあごでも着地したのでしょう。獣医師に連絡をすると、様子を見てくださいとのことだったので、結局そのまま放ってお いて(好きなようにさせて、の意味)様子を見ました。

友人は「大丈夫ですか?」と聞きましたが、こういう場合って、「大丈夫のはずないじゃない」と言ってみたとこ ろでどうなるものでもなし、だからと言って、カラカラ笑って「あー、ぜーんぜん大丈夫よー」と言う元気もありません。なんとなく、お互いばつの悪い思いを しながら、それでもとりあえあず「和やかに歓談」しました。今となっては笑い話です。

当のきりんは、夕方ごろまでは部屋から一歩も出ず、興奮して目をかっと見開いたまま、本棚の上で固まっていま した。友人も帰って、家が静まり返ってしばらくすると、ようやく恐る恐る本棚から降りてきて、一歩一歩確かめるように部屋中のチェックを始めました。黒ラ ブがいないかどうか様子をうかがいつつ、友人が座っていたあたり、友人が腕をおいていたあたりのテーブルの上、友人が使ったカップなどの臭いをいちいち嗅 ぎながら、身を低くしてきょろきょろあたりを見回していました。

数日後にはあごの腫れもおさまって、ちょっと歯抜けになったものの、きりんはいつも通りの様子に戻りました。それ以来、きりんはそ の友人がくれたメモとかお土産入りの袋が部屋にあるだけで、注意深く臭いを嗅いで安全かどうか確認をするようになりました。

かくしてこの黒ラブはきりんの「天敵」となったのです。

― めでたし、めでたし ―

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