『市原くらしの行事』
『市原くらしの行事』は、市原農家生活改善研究会が
『すっかり変ってしまった昨今の農村に、古くからあるむらの良さを残し、農村のくらしと切り離せない年中行事、生活そのものである年中行事はいまどうなっているのでしよう・・・・・・
どんな年中行事があり、それについてどう思うか』
を研究課題にとりあげ、その成果を昭和50年に発刊したものである。
 くらしに密着した多岐にわたる行事、そして、すでに消えてしまったもの、新たに始めたものなど含め、数多くの行事が収録されている。
 本書の素晴らしさは、”主婦の目で見た”調査・研究であることで、「詳細なごちそうのメニュー」、行事にたいする主婦の本音などユニークな記録が残されていることである。 これは二年間に亘る調査・研究を進められた市原農業改良普及所、および同南総支所の方々のご努力のたまものであり、その活動に敬意を表したいと思います。
原本には、「市原市部落図」「くらしの行事分布範囲」「資料提供者一覧」があるがここでは割愛している。
なお、原本は八幡図書館で貸出しができる。


『市原くらしの行事』

はじめに
臨海工場が進出してはや17年、農村社会を取巻く諸情勢のめまぐるしく変りつゝある昨今、後背地農村も又高度経済成長の波に洗われ、生活全般にわたり、急変し古代から営々として、きずきあげた古事、行事、食生活等かくれた農村の良さが極度にうすらぎつゝあります。
幾多の数多い行事は人と人入とのつながり、心と心のふれあい、そして又ある時は農休の場ともなる等々これ等積み重ねられた数々の生活の智恵こそ大切であります。
今回市原農家生活研究会におきまして、会長さん始め役員の方々、そして会員の皆様の大変な御努力と、御協力をいただきあたらしい行事、古い行事、くらしの問題、祭りに関する事等々詳細に調査、とりまとめて発刊する事が出来ました。
誠に喜ばしいことであります。本書をぜひ御高覧いただき先覚のとりあげられた故郷の味を一層ふかめることを願ってやみません。
                 昭和50年6月
                千葉支庁市原農業改良普及所長
                          石井  清

発刊にあたり
すっかり変ってしまった昨今の農村に、古くからあるむらの良さを残し、農村のくらしと切り離せない年中行事、生活そのものである年中行事はいまどうなっているのでしよう・・・・・・。
こんなことがグループの話し合いにでてきました。そこで、どんな年中行事があり、それについてどう思うかを、グループで話し合うことを研究課題にとりあげたのが48年のことでした。
行事の記録用紙を生活改良普及員さんに記入しやすく作っていただき、各グループに配布しました。
集まったものは、正月の行事からはじまり、日を追って家々で行なっているもの、若い入たちが知らないのではないかと思われるもの、忘れかけているものもありました。どの行事をみても神仏に供えものをし、五穀豊穰を祈って敬神崇祖の精神を自然のうちに教えられています。
行事にことよせて、御馳走を作り、体を休めることで農休日につながるなど、昔の人の生活の知恵もうかがうことができました。
部落の行事も、部落の人々の交流、親睦をはかる唯一の場だったと思います。
なにかの集りがあるということで、それまでに仕事の区切りをつけ、いっしょうけんめいに働いている入たちの姿が目にうかびます。
生活の多様化した現在では、昔どうりの行事を続けるのは無理なこともあると思いますが、素朴な風習、昔の人ののこしてくれた行事のいわれをよくくみとって、人と人のつながりを保つためにも、残していきたいと思います。
これを機会に、みんなで、このことを話し合いながら、よりよいくらしの行事として、これからの生活に生かして行きたいと思っております。
なお、編集にあたり、千葉県生活改善専門技術員荘野敏子先生、元千葉県立中央図書館長、千葉県文化財専門委員菱田忠義先生の多大の御助言を、カットは、東京都在住インテリアデザイナー古橋源一氏に、市原農業改良普及所と同支所の生活改良普及員の方々にご援助をいただきましたことをあわせてここに御礼申しあげます。
                昭和50年6月
              市原農家生活改善研究会長
                  秋 葉 芳 子


ことわりがき
1.ここに集録した行事は、市原農家生活改善研究会員および、このことに賛同 し、協力してくれた市原市在住の方々によって記録されたものを資料とした。
2.それぞれの行事を「農業に関するもの」、「講に関するもの」、「まつりに 開するもの」、「部落生活に関するもの」、「年中行事」、「比較的新しいもの」の6種に分類し集録した。なお分類にあたり、"たなぱた"のように年中行事であり、農業にも関係の深いものなどについてはゆらい、やり方等からみて最も関連のあると思われる「農業に関するもの」の部に分類することとした。
3.行事の内容を検討し、同じものと思われるものについては同一の行事として まとめた。
4.項目について
(1)行事名同一の行事にいくつかの名称があったが、最も一般的なも のをあげ、その他はカツコ書きとした。
(2)時期行事の行なわれる時期をあげた。
(3)やっている部落1部落で1か所あるいは1戸でも行なわれていればやっていることとした。
(4)ゆらい行事のいわれ、変化してきたようす。
(5)やり方行事の内容とその変化してきたようす。
(6)中心になる人行事を中心になってとり行なう人。
5.表「くらしの行事分布の範囲」の空欄については、次のいずれかであることをあらわす。
(1)現在行なわれていない。
(2)行なわれているかも知れないが、この調査ではわからなかった。



目次

 農業に関するもの
 ひやり,きわた(木綿花)
 卯の日祭り,苗代根ごみ,種まき
 種まきびやり(種まき講,種まき祝)
 さなぶり(まんが洗い)(ひまち)
 かがりだき,たなぱた
 かざまつり,甘酒祭り,ねずみだき,しぶ茶
 ちぢゅうまち

講に関するもの
両社奉仕講,千武講(せんぼっこ)
信野山観世音,大師講(ていしこう)
身延山久遠寺参詣
出羽三山に関する講(寒行,五月行,同行講,三山の供養)
 とっこんさま(徳本さま),念仏講,十二日講
 観音講,百万べん
 さんやさま(二十三夜),子安講
 おかあー講(おかみさん講)
 天神講,観音さま,えびす講
 御毘沙(おびしゃ),三峯神社代参(三山講)
 八日講,三神講

まつりに関するもの
 天王様,八幡祭,氏神様の祭
 春秋の祭
 疫神祭,加茂祭,白山神社祭,あんどんつけ
 天王祭,島穴神社祭礼,柳葉
 八幡神社祭礼,秋季鎮守祭
 山祇神社祭礼,神のお上り,神のお下り

部落のくらしに関するもの
 みぞさらい,川ぶしんみぞさらい,川ぶしん  宮なぎ(麦入り)
 道なぎ(道ぶしん),虫干し(証文の土用干し)
 墓地清掃

年中行事
 正月
 寺年頭,新年会(部落)
 かざりたき,鳥井場(とりうば,にがつようか)
 悪魔払い(ほうじゃら),ごんげんさま(十二天神社の初年頭),新年会(家庭)
 新年会(婦人会),はっどり
 はつうま
 節分,あられ祭
 ひな呼び(ひなよばり),ひなまつり,はなんぱ作り
 端午の節句,新箸,かまのふたのついたち(1日)
 新盆,お盆
 施我鬼,孟蘭盆
 十五夜,春秋の彼岸(年期念佛)
 七五三,しめかざりつくり(かざりつけ)
 お正月のおもちつき
 三つ目のぼたもち,宮まいり,ほうそばばさま

比較的新しいもの
 薬かけ(公民館草刈り)
 婦人会,敬老会,誕生会
 親睦会,中老会(ちゅうろっこ),子供会


農業に関するもの
                    

項目
行事名
時期やっている部落ゆらい行なうことがらたべものつくる人なかまになる人中心になってやる人感じていること
ひやり1月

2月
五井/五井海岸/青柳/島野/飯沼/廿五里/海保/十五沢/西広/村上/五井/白塚/椎津/浅井小向/新堀/郡本/玉前/出津/引田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田大桶/松崎/工宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間葉木/大作/滝口/吉沢/古敷谷/平野/大戸/飯給/徳氏/田渕/月出/柳川/折津/朝生原/戸面/柏橋/牛久/皆吉/大蔵/金沢/藪/直ケ谷/米沢/石川/奥野/ 慶応年間より行なっているといわれており、新しい年の顔合わせのため、氏神(春日大社)各組で行なう。五穀豊じょう、家内安全を祈願をすると共に、近所の懇親を兼ねてもいる。
男子の集まりは2-3年前中止となった(山倉)所もあり、現在蛮婦女子のみとなり、安産、子供り元気な発育を祈願する集まりとなっている。
部落により、行なう日は違うが、まぼ1月中旬から2月の初うまの寺期である。(子安講の項も参照)
神棚に春日神社の掛軸をかけさかきの木、酒を供える。
部落中の家が班ごとにわかれ毎年当番制で料理を作り、ごちそうになる。終戦後は、折詰料理となった部落もある。また、当番の家の負担が大きいということから、青年館ができてからそこで行なうようになった部落もある。
部落の役員を決める事もある
とりごはん
さしみ
煮物
てんぷら
ようかん
のみもの
当番の家の主婦 近所の家の主婦主人当番の家 普段顔を合わせない人と話しができたり、またかくし芸などもみられ、1日楽しくすごせる最近は、部落以外の人も多く住むようになり、気持もしっくりいかないこともある。このような行事を機会に住民の交流をはかりたい。また、男たちはほとんど勤めていて、近所の人と逢う機会がないので、この行事はとても良い事と思うが1年に1回は少いようにも思える。
2きわた
(木綿花)
1月14日 五井海岸/深城/新堀/金剛地/ 瀬又/高田/中野/番場/奈良/ 本郷/高滝/大和田/外部田/ 山口/駒込/久保/養老/米原/ 小谷田/田渕/飯給/万田野/ 平野/大戸/徳氏/石神/戸面/ 牛久/大蔵/堀越/ 綿がよくとれるように、又、畑 に作った綿がよくはぜるように願 う。
昔からやっていたようだが、綿 がよく出まわるようになり、作ら なくなった昭和30年ころから、 あまりやらなぐなった。
おもちつき、小さく丸めて、 くぬぎの枝(ならの枝)を取っ て来て、それにたくさんさし、 いしうすにゆわめて供える。そ のもちが多く落ちるとよくはぜたと喜んだ。 翌日小豆がゆの中に入れ、 柳のはしといっしょに、神さま に供える。 おしるこ 主婦家族   ここ2〜3年、わが家でもや ら左くなったが、孫たちがもう 少し大きくなったらやりたいと 思う。
3卯の日祭2月 最初の卯の日郡本/石川/農業の豊作を祈るために行なう 祖父の代(明治)から行なって 澄り、以前は3日間行なっていた が現在は1日である。当番の家が会場や、ごちそう を準備し、1軒の家で1名参加 し、飲み食いをする。
百姓の神さまのかけじくをか ざる
おり詰 さしみ等部落の人 20名位  
苗代根ごみ3月五井海岸/永藤/姉崎/深城/ 浅井小向/新堀/松崎/奈良/ 上高根/山口/鶴舞/朝生原/ 金沢/苗代作りからはじまる農作業の 無事と豊年を祈る。田植の始まる前、部落の中で 組に別れ、農業従事者が当番の 家に集まり飲み食いをする砂糖もち 鶏雑炊 魚肉 野菜料理 など隣組で農 業をする 人
(20名位)
隣組の当 番の家 最近、時代が変ってきている ため、これらの会合の場は、比 較的関心がうすれているようで ある。
農地として、今後に土地が残 り、農業を継続している以上、 残すべき行事だと思う。
種蒔き4月青柳/島野/廿五里/海保/西広/村上/白塚/海士有木/浅井小向/新堀/押沼/引田/高倉/高田/中野/十五沢/柳原/小折/西野/立野/権現堂/米久/宮原/分目/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/東国吉/奈良/皆吉/藪/奥野/本郷/高滝/大和田/外部田/山口/駒込/久保/養老/小谷田/平野/万田野/大戸/柿木台/徳氏/飯給/月出/鶴舞/栢橋/大蔵/金沢/堀越/宿/米沢/安久谷/島田/石川/古敷谷/田渕/月崎/菅野/柳川/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ 男の人は種をまき、女の人は当番の家でやき米をつく。種をまき終ると、お正月のおかざりに菜の花とエボタの枝、やき米をいるのに用いたわがね(女竹を火で焼いてつくったもの)をさし、やき米と共に苗代に供える。
三三五五連れだって道端にいる子供の小袋(晴着などの残り布をはぎ合せてつくる)にやき米をひとにぎりつつ入れてあげる。子供は喜んで食べながら遊ぶ。
昭和25年ころから、時代の波、また保温苗代に変ってきているので、昼食を出すだけになり、35年ごろから、これも夜になった。
作業のみ共同になったところもある
とりごはん、山菜料理
ぼたもち
酒、さしみ
当番の家の主婦部落の人々が3〜5戸位づつ、分れて集まる 当番の家 
種まきびやり
 種まき講
 種まき祝
4月中旬 五井海岸/海保/十五沢/西広/村上/深城/海士有木/浅井小向/新堀/金剛地/柏橋/牛久/皆吉/大蔵/金沢/市場/真ケ谷/米沢/石川/大戸/飯給/徳氏/田渕/菅野/国本/朝生原/ 種まきの終った後、その労をねぎらい、また、日ごとに忙しくなる前に、近所の人が集まり、親睦をはかりながら、その年の豊作を祈願するもの。昔から行なっているもので、現在の老人にもいつご ろからのものかわからない。 となり近所の種まきが終ったころをみはからい、当番の家に集まって、半日酒をくみかわしながら農作業の話しをする。
今は会社勤めが多くなり、この行事もだんだん少なくなりつつある。また、当番の家で行なっていたのも5年位前から、会場をバーペキユー場に移し、会費をだしあってやるところもある。
農家の手料理
昔はやき米を作る
当番の家の主 近所の人 8〜16人 番の家 近所の話し合いの場が減っているのでよい事と思う。
一年中忙しく、身を粉にして働く農家の人たちにとっては休息の場として大変けっこうな事と思う。
 さなぶり
(まんが洗い)
(ひまち)
田植えの 終った時 (5〜6 月) 五所/五井海岸/青柳/廿五里/海保/十五沢/西広/村上/惣社/柏原/永藤/深城/海士有木/浅井小向/新堀/大桶/瀬又/押沼/金剛地/高田/権現堂/分目/新生/山田/大桶/番場/小田部/荻作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/奉免/藪/米沢/奥野/本郷/高滝/山口/大和田/外部田/駒込/久保/養老/米原/平蔵/小谷田/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/鶴舞/栢橋/牛久/市場/堀越/宿/真ケ谷/安久谷/原田/島田/石川/古敷谷/月崎/菅野/柳川/石塚/折津/石神/朝生原/戸面/ 農耕が終って一段落し、農具の後仕末と、田植えの労働をねぎらい、農作物の豊作を祈願する。
始めるようになった時期はわからない
ひまちには嫁は生家へ帰る。(生家ヘシブ抜きにいくという)
田植えにお世話に左った人を招き、ごちそうをする。
講神さま、神さま、仏さまに赤飯、さとうもちをお供えしてから、お酒、ごちそうをいただく(町田)
苗をきれいに洗って神棚に供える(鶴舞)
田植えや田おこしに使った道具(くわや、まんのうぐわ)をかざり、そこへあんころもちを供える。(川在)
最近は農業の機械化、また日稼ぎなどにより、この行事も自然となぐなっている部落が多い。また場所も以前は個人の家を廻り番でやっていたが、現在は公共の施設を利用するようになる
すし
赤飯
あんころもち
砂糖もち
季節の料理
祖母・主婦 日頃お世話になったり、田植えを手伝ってくれた近所親せきの人々(家族のみのところもある)主人
主婦
昔からの農家の行事なので、いつまでも長くやってもらいたい。
田植えも終り、一段落したときに1か所に集まり、休養と娯楽を兼ねてやることなので、近所の人たちといっしょに食事をすることも少ない現在、1年に1度位は良いと思う。
家族中が1日ゆっくりするのも大変良いことだと思う。家族親せき、兄弟、姉妹いろいろな関係の人たちの心のつながり、また自分自身を見直す良い機会にゆっくり話し合うのも良いことだと思う。
主婦には大変なことだと思うが、子洪たちのために、だんだん少なくなっていく行事を少しでも伝えたい。
作業の一区切りをはっきりさせるのは気持の上でも良いことである。
かがりだき7月6日 海士有木/高田/新生/大桶/ 松崎/奈良/妙香/ 作物の豊作祈願と健康のためのもので、江戸の中ごろから始まる。
現在は行なっているところも少なく、20年前ごろから行なわなくなったようである、行なっているところも、あまり人が出なくなった。
部落中の家から麦わらを集める。(ない家はろうそく)麦わらのしんに椎の木、もうそう竹を立てて、縄で固ぐ巻きつけてそれに火をつける。
八坂神社の境内で行ない、沿道には子供たちの手がきのあんどんをつける。あんどんに大人がまんがを書いて、村のところどころにたてる(石川)
1人300 円の会費 でできる ごちそう 当番の家 100人 位 子供会
部落の役
員の人
なかなか、ふぜいがあって、おもしろいので、また復活させてみたい。
たなばた 8月7日 五井海岸/松ケ島/青柳/飯沼/海保/十五沢/白塚/永藤/姉崎/深城/浅井小向/新堀/瀬又/押沼/金剛地/郡本/柳原/西野/姉崎/立野/権現堂/糸久/分目新生/松崎/番場/小田部/古都辺/奈良/東国吉/藪/奥野/久 保/小谷田/田渕/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/古敷谷/平野/月出/柳川/石神/朝生原/戸面/ 農馬の苦労をねぎらうために祝う行事、明治のころから行なっている。



  
"まこも"(わらの場合もある)で馬をつくり、車につけておき、7日の朝、東の空がしらむころ、カラカラと車の音をたてて、子供たちがはだしで田んぼへ向って車をひいてゆく。小川のへりでやわらかい草(道芝)を手でむしり、馬の背につける小川で全員顔を洗って、帰るとあんこうだんごができているので、馬の口にくわえさせる。
刈ってきた道芝を軒下に並べその上にまこもで作った馬、牛を並べ、赤飯、かぼちゃ、きゅうり、なすなどを飾る。さらに色紙に筆で願いことを書き、ささの葉につけ、それを飾る。
七夕が終ると、川に持っていって、全部流す。
現在は、だんごを食べるだけになった。
だんご 主婦 家族 子供たち 今は馬が一頭もいなくなったためか、近所ではやっていないがこの行事は残しておきたい。



10かざまつり9月1日 海保/十五沢/惣社/椎津/深城/姉崎/立野/山田/新巻/小田部/大作/滝口/妙香/藪/米沢/奥野/山口/駒込/小草畑/小谷田/柿木台/飯給/鶴舞/牛久/大蔵/市場/安久谷/新井/古敷谷/平野/徳氏/田渕/月崎/柳川/石塚/朝生原/戸面/ 二百十日、二百二十日の2回のやく日に嵐が来ないよう、農作物に被害のないよう、無事を祈って、祝事を行なう。
やり始めの時期は不明である。現在は二百十日に当る9月1日の1回だけ、この行事を行なう。
戦後この行事はやらなくなり、別に親睦会と名前をかえているところもある。
朝ごはんを食べると、1戸から男1人つつ会場に米を持って集まり、午前中はいろいろと祝事の仕たくをし、お昼ごろからお神酒をあげたり、ごはんを食べたり祝事に入り、夕方解散する。
部落の農家の草刈りをする(椎津新田)
個々にもち米を持ちより、ぼたもちを作り部落の人にごちそうをする(田渕)
昔は各人持ちよりだったが今は会費制
ぼたもち
野菜
(鳥ごぼう)(田渕)
10〜15人位 組長、財産家の人 大自然に対し、謙虚な気持で神に豊作を祈るということは良い事だと思う。
11甘酒祭り9月
23日
松ヶ島/青柳/飯沼/廿五里/海保/村上/椎津/山谷/新堀/郡本/引田/柳原/西野/今津朝山/権現堂/糸久/宮原/分目/二日市場/山田/大桶/土宇/妙香/皆吉/藪/宿/堀越/米沢/奥野市場/島田/原田/石川/久保/養老/小谷田/田淵/鶴舞/牛久/金沢/真ケ谷/安久谷/万田野/平野/飯給/徳氏/月出/ 明治のころから行なわれたもの と思う。
神前に五穀豊じょうを祈る。
部落一同氏神さまの社殿に集まり、のりと奏上の後一同水稲豊作を祈り同時に家内安全を祈る。
各家々では甘酒を作り祝う。
以前は手料理持参で御神酒をくみ交した。現在は氏子総代が準備する。 部落全員 氏子総代 敬神の念がだんだんうすくなってきているので、拝殿でこのような行事をすることは意義あるものと思う。
戦前は氏神様が部落の守神であり結合の中心を左していたものと思うので今後も続けたい。
12ねずみだき麦まきの終った時 藪/鶴舞/田渕/ 麦まきを手伝ってくれた人を接待して、麦がねずみなどの害にあわないように願う
現在は麦をまく農家が少なくなったので、あまりやら左くなった。
さなぶりに同じあんころもち主婦麦まきを手伝ってくれた人  
13しぶ茶秋の取り入れ後海保/十五沢/西広/惣社/海士有木/浅井小向/新堀/権現堂/分目取入れを手伝ってくれた人の苦労をねぎらうもので、今はだんだんうすれつつある。決まっていない取入れを手伝った10から15人家の主人 
14ちぢゅうまち11月
15日
土宇/引田/神代/小田部/皆吉/奉免/藪/本郷/高滝/大和田/外部田/山口/駒込/久保/養老/平蔵/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/柳川/牛久宿/米沢/安久谷/石川/奥野/古敷谷/ 稲の落穂をひろい、ものを大切にする習慣を培うために行なう。 秋取入れた種々の物をまぜ合せて(乾燥よもぎも入れる)おもちをつく。

  
ちぢゅうもち
甘酒
祖母・主婦 家族  


目次へ



講に関するもの
           

項目
行事名
時期やっている部落ゆらい行なうことがらたべものつくる人なかまになる人中心になってやる人感じていること
15両社奉仕講1月29日 玉前/出洲/ 部落全員(各戸1人)でて、氏神さまのお祭りを行なう。酒、魚など簡素に5品近所の当番の人   
16千武講
(せんぼっこ)
毎月14日月の末日瀬又/米沢/石神/日蓮宗に関係している。月2回、午後八幡神社にお重 持ちよりで集り、お題目をあげ て、雑談して夕方まで、ゆっく りしてくる。菓子部落の 老人社事総代年寄りのレクレーシヨン
17信野山観世音毎月17日古敷谷/田渕/いつごろから始められたかは不明、家族のために行なわれる。
詠歌の中に"はるばると登りて拝む観世音、岩家に信野の里の花'とうたわれているように願いごと をきく観世音である。
毎月17日に信仰のある人たちが、お参りをし、その人たちが、菓子を食べてお茶を飲む。菓子 参拝した人でおこなう めまぐるしい時代に反映して、月に1回、信野山に行くくらいの気持にゆとりがほしいものと思う。
18大師講
(ていしこう)
1月
5月
9月
飯沼/今津朝山/養老/米原/小草畑/平蔵/田渕/鶴舞/栢橋/牛久/宿/米沢/安久谷/石川/奥野/大戸/飯給/月出/柳川/折津/朝生原/地区の職人(大工さん)のため に行なわれるもので、明治時代か ら行なわれている。年に3回、順番に当番を決めて、当番が会場でごちそうの世話をする。季節の魚
とうふ、やさい
  当番 
19身延山久遠寺
参詣
7月上旬牛久








    
日蓮上人が新宗改祖身延山に大本山建設以来、当部落100戸に余る法光寺壇家全信者、上人の偉徳を信じ、五穀豊じょう、家内安全のため毎年部落代表の者を送り祈願する。
部落の法光寺は明治初代に火災に会い、昔からのすべての記録がのこっていないが、徳川時代から行なわれていると思われる。現代参帳が残っている。
毎年7月上旬、区の代表者として人を送る風習となっている6月中に出発当日には村人全員見送りをする。
昭和20年以前は代参者が馬に乗り送られたが、今では自動車を使い、車上からお金をまいて見送りの人を喜ぱせる賑いになる。
一生に1回区の代表者として、出発する名誉であるから、出発前に親せき友人を自宅に招いて、田舎料理をごちそうし祝う。
田舎料理
煮物
揚物
すし
近所の人親せきの人主婦部落の人
学童
親戚
 昔の人は公徳観念、家族、親子兄弟、相信じ、この教えは宗教によることが多い。日蓮の教えもまことに有難い普及にある。
人間に生まれ、故郷に居住するもの一生に1度はこの信仰する本山に参拝することができるのを最も幸福と考えている。家族も送り出すことをその家の何よりの幸せとされており、このような風習は、終戦後、社会道徳観念が薄れてきているので、永く残すことを希望する。
過去10数年前に代参に行ってよかったと思う。身延山周辺の山を歩き、信仰の旅を続けたが、自分の郷土がいかにすばらしいか、わかり、郷土愛と家庭平和がよくわかり、同時に何百年前にあの立派な寺を築いた日撞上人の偉大さと、当然の信仰が湧いてきた。今後も続けさせたい。
結構なこと。幸福であればこそ代参になれるのであるから。
20出羽三山に関する講
寒行


五月行
1月
17日

5月
25日

28日
青柳/飯沼/廿五里/町田/海保/西広/浅井小向/郡本/引田/柳原/西野/宮原/分目/神代/小田部/牛久/石神/いつごろからか不明である。五穀豊じょう、家内安全の祈願をするものである。
昔から一塚の後継は必ず東北山形の三山に参詣することになっている。修業の場である。
ざんげ、ざんげと唱えて水流の中で水をかけられ、子供も健康で成長するといわれていた。
1月の行は1日で終るが、5目の行は行宿に寝具を持ち込み食事は簡単なものとして、3日間修行に徹する。
赤飯はない。
榊、三山、掛軸をかざる。
大根
豆ふ
みそ
山菜
祖父  70才前後の方は昔と変らぬ修行の場としているようだが、現代の人間は考え方も現実主義に変りつつあり、このような行事もこれからはどうなるかわからない。
先輩の命に従うことは現在も今後も変りたくない。
人間性消失とさえいわれるこの落ちつかぬ時代にはぜひ続けてもらいたいと思う。
同行講1月4月
9月
12月
7月28日
青柳/飯沼/廿五里/海保/十五沢/惣社/浅井小向/新堀/郡本/玉前/出津/引田/柳原/西野/分目/神代/新生/大桶/松崎/土宇/山口/田渕/栢橋/牛久/徳氏/柳川/石塚/朝生原/戸面/ いつごろからかよくわからないが、ある地域では何人かのグループをつくり、参けいする。
以前は1.5.9月の8日に8日講の名称で行なわれてきたが、最近は、農作業、勤めの都合で、1.4.9.12月の第1日曜日と改めて行をおこなう。
7月28日以前から変りなく参けいしてグループによい話をしながらすごす。
山形県にある三山に参けいした男(行人)が特定の日に集りその中の当番にあたるものが自ら料理を作り、行宿で祝詞をあげたのち、酒をふるまう。
しめ縄をはる。
  近所の人世話人 
三山の供養12月
8日
青柳/飯沼/廿五里/町田/海保/十五沢/椎津/姉崎/海士有木/浅井小向/新堀/郡本/玉前/出津/十五沢/西野/権現堂/糸久/新生/大桶/松崎/新巻/小田部/皆吉/山口/久保/田渕/栢橋/堀越/真ケ谷/米沢/柳川/朝生原/戸面/ 毎月の8日は男の年寄りの集りであるが、12月8日は若くとも1戸1人部落中が参加。現在は年寄りだけで簡単になっている。 部落全戸がもち米1升と小豆をそえて当番の家へ前日届ける当日当番の家では朝早くもちをつく仕たくをし、5時前に部落の人が当番の家へ集まり、もちをつく、行事にうつり、汁粉などを作って楽しむ。子供たちはみかんをもらいに行屋にいく。  部落の人 

     
21とっこんさま
(徳本さま)
毎月
5日
松崎/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/菅野/月崎/柳川/石塚/大久保/戸面/朝生原/石神/折津/国本/紀伊の国に生れた徳本上人が説教に来たといわれ、これを祭っている。今から253年前、文化文政のころより始あられているが、現在では念仏にあけくれているのではなく、老人クラブとして変化してきている。12部落が輪番に、徳本上人の前で、南無阿弥陀仏を念じ、前の人の背中や頭をなぜたりする。(こうすると、ポックリ死ねるという。)
四季の花、徳本上人の像を飾る。
四季により、部落により、いろいろである。部落の主婦祖父祖母 老人は楽しみの機会が少ないので、部落の人とのんびりすごせる時があったほうが、はり合いがあって、大変良いだろうと思う。ずっと続けたらよいと思う。
22念仏講正月
10月
16日
五井海岸/青柳/島野/飯沼/廿五里/西広/村上/椎津/永藤/浅井小向/新堀/郡本/玉前/出津/引田/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/奈良/皆吉/奥野/駒込/久保/米原/小草畑/平蔵/小谷田/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/柳川/石塚/大久保/戸面/栢橋/牛久/金沢/堀越/宿/島田/古敷谷/平野/石神/朝生原/折津/国本/鶴舞/ 祖先への信仰として行なわれ、昔から続いている。明治時代から行なわれている。(神代)正月16日に念仏初めといい女たちが集り念仏をして、そのあと茶話会をする。10月16日はタイコ渡しで、念仏をとなえ左がら、タイコを渡していく(日竹)
部落の家を借りて、部落全員(各戸1名必ず出席)が参加し各種の組合長、役員をえらぶ。朝早く鐘をならして不参加のないようにしている。(神代)
当番が漬物をもちよる他、50円で茶菓子を買う。


、夕飯
主婦 部落の主婦



町会長
区長
部落の女たち(老母、中年の女、若い人)にとって、1軒1人全部出席するので、話しができてよいが、若い人には念仏が難しく、簡単にすませるようになってきている。
23十二日講毎月の
12日
姉崎/瀬又/皆吉/奏免/ 家の順に当番制で年よりにごちそうをする。お曼陀羅を飾りお題目をあげて、祖先を拝む。年よりむきに、やわらかいもの主婦祖母  
24観音講1月
5月
4月1日
9月
五所/五井海岸/松が島/飯沼/十五沢/廿五里/郡本/玉前/出津/引田/小折/西野/権現堂/藪/久保/小谷田/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月崎/菅野/柳川/石塚/大久保/戸面/朝生原/石神/折津/国本/鶴舞/栢橋/牛久/宿/奥野/古敷谷/ 牛馬が健康で、働けるようにということで行左うが、仲間となる人が少なくなって来ている。馬頭観世音という掛軸をかけて、燈明、線香をあげる。
小さい鐘をたたいて拝み、きな粉もちをみんなで作って食べる。(昔はきな粉を石ウスをひいて作ったが、現在は買ってくる。)
煮魚、天ぷら、野菜の煮〆
きな粉もち、漬物
 主人    
現在は必要ないと思う。
25百万べん1月
6日
山口/駒込/小谷田/部落の人たちが、風邪をひかないで元気な毎日がすごせるようにと、昭和28年ごろより始めたらしいが、じゅずが古いものなのでその前から行なっていたのだろうか。おかざりはない。
5メートルくらいのじゅずの輪を皆でまわしながら、"なんまいだ"ととなえ左がら、部落中の家々をまわる。
    ごちそうをする家、お菓子やお金をあげる家と各々だが、もらいものをすることをやめても らいたいと思う。
26さんやさま
(二十三夜)
毎月
1回
23日
2月の
初ざる
五井海岸/青柳/飯沼/廿五里/十五沢/白塚/椎津/深城/山田/大桶/瀬又/郡本/小折/宮原/分目/新生/松崎/土宇/川在/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/皆吉/奏免/駒込/栢橋/牛久/金沢/米沢/安久谷/島田/石川/平野/月出/朝生原/戸面/ いつごろから始まったかは不明であるが、昔から、行なわれている。現在は勤める人も多く、だんだんにやめるようになっている。続いているところもあるが、集まる人は減りつつある。

男の人たちの一年中の労をねぎらうために行なわれるもので、農作物の豊作・家内安全を願う、いつごろから始められたものかは不明である。
家順で当番の家に集まり、会費を出し合い、(200円位)当番の家の人が夜ごちそうする。





男の人が朝食前に〆縄を作り神前にお参りにいく。
〆縄、御神体を奉る。
時期のもの
さしみ
天ぷら
酢のもの
煮もの
おすし
おそば
ビール酒
季節の野菜を利用した料理
主婦







主婦
主人
近所の人



祖父
主人
各家の主人




主人
現在行なっていないが、部落の人の集りが少なく、部落の話し合いという事がないことから復活したいものである。





一年中忙しい農家にとって、この行事は話し合いのできる唯一の集りであり、酒を飲み、誰気がねなくすごせる日なのでこれからも続けたい。
27子安講毎月1回

年1回
(薮入
旧正月の頃)

年に数回
(1.5.9の月)
五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/町田/海保/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/永藤/深城/海士有木/浅井小向/高坂/山田/新堀/大桶/瀬又/押沼/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/牛久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/小都辺/奈良/東国吉/妙高/皆吉/藪/安久谷/真ケ谷/宿/堀越/米沢/奥野/市場/島田/原田/石川/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/古敷谷/鶴舞/柳川/栢橋/牛久/大蔵/金沢/新井/万田野/平野/大戸/飯給/徳氏/田渕/月出/月崎/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/


   
昔から行われてむり、安産を祈り、子供たちが元気で育つようにと祈る。
主婦の休養、親睦とリクレーシヨンの場であるが、現在はさらに婦人の教養の場となっている。

鬼子母神さまが祭られている。
鬼子母神は荒い性質の神さまであり、他人の子を食べてしまうということで近所の人々が仏さまに訴えたといわれる。聞いた仏さまは鬼子母神の子を1人かくしてしまった。鬼子母神は夢中でざくろの実を食べながら子供をさがしたといわれ、それからは、人の子も、我子と同様であることに気づいたという。
子安さまの掛軸をかけ、供物をあげる。当番制でごちそうを作り、子安さまを拝んでから、食べて雑談する。

新年会では戦前は2日間つづけたが、昭和36年ごろから1日になった。子供もつれて集ったが、最近はあまりつれて来なくなった。

8月の澄盆開けの17日、境内に店が出てにぎわったのが戦前であるが、今は盆踊りを楽しんでいる。
まぜごはん
季節の料理
 主婦(嫁)
子供
主婦昔から行なってきたことなの で、しかたないことであるが、集会の機会として、お互いに話し合いの場であり、子供と主婦が楽しみにしている傾向もありとかく、自分勝手な人間社会でひとつのきまりのもとに女性が行動することとして、良いことであると思う。
年に1回行うところは楽しみにしている傾向があるが、正月に2日、3日と続けているところはもっと簡素化したいと願っている。
みんなで集り、歌や踊りをしいろいろの世間話に花を咲かせるのが一番の楽しみでもあるが最近は勤あに出ている人が多く思うにまかせたいが、時代にそった行事にしていくことが望みである。この行事もそろそろ曲り角に来ているように思える。
28おかあ一講
(おかみさん講)
2か月
に一度
五井海岸/島野/姉崎/米原/小草畑/平蔵/10年くらい前から始められ、男の人たちは8日講、伊勢講などいろいろあったが、女の人たちが集まることが少なかったので、中年のおかあさんの休みの日を作った。当番を作り会費300円くらいで何かを作り、お昼を食べる。
かざりものはない。
つけもの
昼ごはん
主婦 中年の女主婦はなかなか休日という日がないが、このような行事の日には、協同館でのんびりとお茶を飲みながら話し合いができて良いと思う。
29天神講1月五井海岸/青柳/飯沼/十五沢/西広/海士有木/浅井小向/新堀/西野/姉崎/松崎/土宇/金沢/80年前ころから始まり、8年前まではやっていたが今はやっていない。
勉強がよくできるようにと願う。
朝、早く起きて、宿や天神さまに集りそろって、買いものに行き、書初めをして、天神さまに奉納する。きり昆布
人参
ごぼう
油揚のまぜごはん
野菜の煮しめ
豆腐汁
菓子
主婦子供子供
(上級生)
現在やっていないが、必要ないと思う。
30観音さま8月
10日
海士有木/権現堂/土宇/川在/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月崎/菅野/月出/柳川/石塚/大久保/戸面/朝生原/石神/折津/国本/古敷谷/奥野/寺が建設されたのが天平年間(1244年ころ)であるが、この行事がいつごろから始められたものかは不明、ねぼけ観音といい、よそでは9日の晩に行なうが、10日の晩に行なっている。
現在は檀家だけでほそぼそと行なっている。
部落中の子供が、前日、当日と鐘をつくが、戦時中に鐘を供出したので中止になっているあんどんをはりかえて沿道に立て、夕方いっせいに、点火する。
近在から大勢集り盆踊りをする。
     
31えびす講 1月
10月
11月
12月の20日
五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/廿五里/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/永藤/姉崎/深城/浅井小向/山田/金剛地/瀬又/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/柳原/小折/西野/糸久/宮原/分目/土宇/番場/小田部/古都辺/奈良/東国吉/奥野/駒込/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/米沢/古敷谷/飯給/徳氏/月出/国本/朝生原/戸面/
恵比須さまは七福神の1人で、お金の神さまであり、お金がたまるようにという願いがある。
江戸の中期の貨弊が供えてあるので、そのころから行なわれているようである。昭和の初期ごろにはどこの家庭でも必ず行事のひとつとして盛大にやったものであるが、戦中戦後は、食糧不足と心のゆとりをなくしたためか、全く姿を消したようである。
家族のため、一家の繁栄と幸福を願う。
恵比須さまを出して、家内一同礼拝、一升ますの中に、金品他、種々のものを飾る。五穀、野菜、料理を洪える。魚を必ず供える地域(山倉)
夜のうち飾り
夜のうち片づける地域(海士有木)とその方法は少しつつ違っている。
   
頭づきなます
野菜の煮〆
祖母・主婦(祖父や主人のところもあり) 家族 主人 昔から何となくやっていたが、今は家族があまり喜ぱないのでやらない。
復活して家内の行事として、子孫に残したい。
32御毘沙
(おびしゃ)
1月

2月
にかけての1日
五井海岸/飯沼/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/永藤/海士有木/浅井小向/高坂/山田/新堀/大桶/金剛地/玉前/出津/高倉/高田/瀬又/中野/十五沢/小折/西野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/松崎/土宇/新巻/川在/番場/小田部/滝口/古都辺/奈良/東国吉/山口/養老/鶴舞/駒込/栢橋/牛久/大蔵/金沢/堀越/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/石川/







   
部落の神社に祭礼し、豊作祈願をする。
家々で行なったり、宮で行なったり、時代により変化している。
最近は勤め人が増えたため、家族全員の対象から、夫婦2人、誰かひとりと変ってきている部落もある。
さかき、しめかざりが一般的清酒、米、季節のものを飾るところもある。
当番の家を廻り順にして、その家でごちそうするところ、お宮を利用して当番数人が料理しているところもみられる。
部落中(各戸1人〜2人)集まるのを利用して、引継ぎをしたり、役員を決め、そのあとでごちそうになるところもみられる。
元来2月9日に行うところが、正月の暇な時期1月9日に男性、10日女性11日おばあさんと楽しんでいるところもある。
毎年当番15人が神社の田で米をつくり、それを資金としてごちそうするところもある。
とりごはん
季節のものの料理
仕出しや折詰
当番の主婦・主人 近所の人 区長 1年1度、部落全体が集まりゆっくりくつろげ、部落の親善のためによいと思う。
昔から伝わる、素朴な行事として、はっきりしない由来をはっきりさせて、伝統を守って、今後も続けて信仰していきたいと思う。しかし、お客で呼ばれる場合は楽しみだが、宿(当番)の家は大変な事であり、経済負担もかかり昔からの行事をそのまま続けるのはむつかしく、続けていくためにも、余りはでにすることは好ましくない。
33三峯神社代参4月
8日
前後
村上/新堀/分目/大桶/松崎/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/皆吉/奥野/山口/米原/小草畑/平蔵/鶴舞/牛久/金沢/堀越/安久谷/島田/柳川/ 昔から行なっており、盗賊除、火災除、諸災害除の祈願としてまいる。 分神を部落に祭ってあり、毎月19日は2人連れで白米を水で洗い、山の上のお宮へ供える。
4月には交代で代参し、翌日部落全員で御神酒をあげる。
10年前より防犯組合の総会もやっている。
決まっていない。    
三山講毎月
1回
廿五里/海保/浅井小向/新堀/郡本/玉前/出津/権現堂/分目/新生/二日市場/松崎/新巻/小田部/真ケ谷/石川/徳氏/菅野/石塚/折津/石神/朝生原/戸面/50年前より始めたようだが、 現在は年1回、1月15日に昼間、集っている。
家内一同無病、息災であるように願う。
15戸当番で、米を集めて、夕方集まり世間話しをする。ごはんをたいて、 副食物を5〜6品 近所の人 当番になった家の施主 昔からやって来た行事で、だれひとり不平なく、集まって楽しく話しあっているので、続けた方がよい。
34八日講毎月
8日
五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/西広/廿五里/町田/海保/十五沢/椎津/永藤/姉崎/深城/海土有木/新堀/郡本/玉前/出津/引田/柳原/小柳/西野/今津/立野/権現堂/糸久/宮原分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/皆吉/奉免/藪/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/飯給/鶴舞/古敷谷/平野/大戸/徳氏/田渕/月出/柳川/石塚/折津/石神/朝生原/戸面/栢橋/牛久/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/島田/石川/奥野/浅井/小向/ 江戸初期、元録16年(1703)6月11日島野より2人の参拝者があり、以後引続いた。主尊(大日如来)を中心に行衣を略して、袈裟だけで祈禧の祝詞をあげる。
1月の行(7日間)は食器持参で行堂にこもり、戒律のきびしいものであったが、戦後はすぺて簡略化されて形式的となった。
親代々行なわれており、以前は中隼の人が行なっていたが、最近は若い人が信仰するようになった。
酒の肴持参で協同館に祭ってある出羽三山神社(羽黒、月山湯殿)にお参りしてお酒をいただく、出羽三山のおいさん、榊お酒、海の幸、山の幸をかざる奥州参りに行った人が、行人となり拝む。茶のみ茶わんに水を入れておき、おがみ終ってしまうまでに飲んでしまうこと。
おこわを神さまにあげてから皆で食べる。
精神料理(現在は煮魚、肉料理がでる) 当番  主婦 部落の人 行人、 家族 当番 昔は修養道場であったが、は社交場に変ったが続けてもよい。
昔からあった行事で、毎月楽しみにしているので続けていきたい。
35三神講毎月
1回
宮原/玉前/出津/石神/50年前より始めたようである家内一同無病、息災であるよう。
年1回1月15日に米を集めて昼間あつまり、世間話しをする。ごはん
5〜6品の副食物
近所の主婦部落の人当番になった人昔からやって来た行事でだれひとり不平なく楽しく話し合っているので続けた方がよい。


目次へ



まつりに関するもの
           

項目
行事名
時期やっている部落ゆらい行なうことがらたべものつくる人なかまになる人中心になってやる人感じていること
36天王様1月14日 五井海岸/青柳/海保/西広/郡本/今津朝山/姉崎/神崎/勝間/葉木/山口/久保/牛久/古敷谷/田渕/ 家内安全、五穀豊じょう、無病息災のため行なってきたが現在はやっていない。 御弊をもって各家庭を廻り、「天王さまこしんじん」と云って神棚を払う。 もち
菓子
子供近所の人男の子子供 
37八幡祭3月15日
10月15日
八幡/村上/海士有木/郡本/玉前/出津/引田/柳原/権現堂/糸久/神代/新生/二日市場/ 部落の人のために行なう。氏神様のまつりである。 10月には八幡宮でみこが舞う。国旗をかかげる。 もち
すし
さかな
主婦部落の人
親戚の人
  
38氏神様の祭3月27日
9月27日
廿五里/海保/椎津/永藤/姉崎/深城/永吉/浅井小向/新堀/金剛地/奥野/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/鶴舞/玉前/出津/引田/高田/中野/十五沢/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/宮原/分目/ 神代/新生/二日市場/山田/松崎/土宇/川在/番場/小田部/荻作/大作/滝ロ/奈良/五井/柏崎/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/米沢/島田/石川/新井/古敷谷/大戸/月出/月崎/菅野/柳川/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/  お宮の境内で相撲があり、誇店も30軒ほど出てにぎわう。
赤飯をふかし、親せきに配る。
赤飯
すし
 部落の人
親戚の人
  
39春秋の祭4月
10月
五井海岸/松ケ島/青柳/飯沼/廿五里/新堀/十五沢/村上/椎津/郡本/玉前/出津/引田/高倉/中野/柳原/小折/西野/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/山田/二日市場/大桶/土宇/新巻/川在/番場/荻作/小田部/大作/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/藪/久保/田渕/鶴舞/栢橋/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/奥野/新井/古敷谷/万田野/平野/徳氏/月出/菅野/柳川/折津/大久保/石神/朝生/原/戸面/



  
家内安全、五穀豊じょうの祈願をし、部落の人、親せきの人たちのために行なう。
明治のころから始めたとされる部落もあるが嘉永3年ころ幟を作ったといわれている。
最近では、休日を利用して祭りの計画を立てる部落もある。また、春、秋と2回催されていたものが 1回になった部落もある。
前日祭の旗をあげ当日神主に拝んでもらう。
当日お宮に村申の人が集まり神主を頼んでお祈りをする。鳥居のしめなわも新しく作りかえる。
のぼり旗一対を村道の中央にはさんでたてる。
各家庭では、前日から夜遅くまでたくさんのごちそうをつくり、当日はお客を招待してふるまう。
以前は舞台をたてたり、映画会があったりで祭礼らしかったが今は何もやらなくなった。
草もち
すし
揚物
酢のもの
煮魚
ようかん
野菜煮
さしみ
たこ
吸物
甘酒
野菜サラダ
さとうもち
きんとん
主婦 祖母 家族
部落氏子
一同
宮総代
日ごろあまり会うことのできない親せきの人たちが集まり、生きる喜びをかみしめ、お互いに励ましあうことは良いことと思う。しかしそのために作るごちそうに主婦は一時のひまもなく大変疲れてしまい、祭りをあまり好まない。また料理もぜいたくに多くなっており、この2点を少し考えなおしたらもっと楽しくなると思う。
来客のある時間が決まっていれば主婦はそれほど疲れないと思う。
昔ながらのごちそうのみやげは改善し主婦だけ忙しく働かないで客といっしょに話し仲間になるようにしたい。
昔からの行事で祖父、祖母、子供は喜んでいるが、その忙しさにない方がよいと思っている主婦もいる。
1年に1回だからあった方が良いと思う。親せきの人たちの顔合わせの交換の場だからはでになるのを改善すれば続けても良いと思う。
 昔から伝わる部落の行事でたいへん良いことだと思う。近ごろ勤人が多くなったので、だんだん淋しく左るように思う。
親せき同志が集まってだんらんの1日を楽しくすごしたい。祭りのいろいろな催しがなつかしい思い出となったのが残念。
 現在はいろいろのレジャーがあり、親せきの人と会う機会があるため必要がないと思う。
 招く方も招かれる方も今ではつき合いだから、仕方なく続いている。
40疫神祭4月の初
ざる
海士有木/権現堂/金沢/ 江戸時代の終りごろから行なっている。
家内安全、厄よけ、開運を願い、その昔、疫病が流行し、大勢の人が死んだ。それを坊さんに祈ってもらうことがきっかけとなった。
また昔の山岳信仰のなごりでももある。
浅元講に入っている人たちが朝から宿に集まり、おもちをつき、護摩をたき、祝詞をあげるまた、浅元塚に行って、供えたもちをなげる。のぼり旗をあげ掛軸をかける。 雑煮
刺身
煮魚
野菜
宿の主婦
親せきの人
親せきの人
部落の人
25人位
部落の世話人     
8月23・
24日
権現堂 以前は、小学生と青年団による歌や、劇をし、年よりと婦人会では、手踊りや民謡踊りを行い夜店が多く出てにぎわった。昭和10年ころから少なくなり、現在は店は出なくなった。  信者
近所の人
  
41加茂祭4月の中の酉
10月の
中の酉
神代/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/新井/吉沢/小谷田/古敷谷/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/菅野/月崎/柳川/石塚/大久保/戸面/朝生原/石神/折津/国本/鶴舞/奥野/不入/ 高滝神社の祭礼である。 昭和35年ごろまでは、春は花嫁、秋はみこしと、にぎやかであったが、今は出ない。現在は、商店と、素人踊りくらいである。
家庭ではおもちをつき、そのかもちを持って、子供をつれ、神社にお参りに行く。
さしみ
おしるこ
秋はきの
こ料理
 親せきの人 中の酉にやるのはどんな理由かよく調べてみたい。
42白山神社祭4月25日
(大祭)
10月25日
(小祭)
島野/飯給/部落の守護神に部落の無事、平和発展を祈る。神社に、部落内でとれた野菜、米、果物、おもちをおそなえし高滝神社の神主をまねきお祈りしてもらう。その後、公民館で宴会をひらく。
以前は各家庭で料理を作り、持ちよって祝ったが、現在では折詰、魚など業者からとりよせて行なっている。

折詰
主婦・祖母・業者部落の人部落の人この神社は部落の中心高台にあり、古くから子供の遊び場であり、現在も子供会の清掃場所である。
祭り、行事も昔からのことで孫まで伝えたいと思う。
43あんどんつけ7月6日
14日
山口/田渕/飯給/古敷谷/柳川/


  
始まったのは不明である。天王さまをまつり、五穀豊じょうを祈る行事である。終戦後一時盛んに行なわれたが、社会状勢の変化にともない、昭和30年ごろから、各家庭で形式的に行なうようになった。 お宮の鳥居に大きいあんどん一対と氏子が各戸別に小あんどんを奉納して、夕やみのころに灯を入れ、人々が集ってくる。かざるものはあんどんである 赤飯
あんころもち
煮しめ
主婦・祖母親戚人 友人青年団 
44天王祭7月7日
又は
13日
浅井小向/郡本/神崎/勝間/葉木/牛久/皆吉/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/古敷谷/市場/堀越/原田/石川/ いつのころかわからないが、悪い病気などが流行しないよう部落中でお祝をする。また豊作祈願も 含む厄払いのいわれもあった。
獅子、笛、たいこなどがあるが昭和30年ごろからやらなくなった。
朝食前に部落の各家から1人づつ出て神社を掃除する。その後有志が供えたお酒を飲み、獅子舞い、おはやしなどを行ない、にぎやかにすごす。
必ず、きゅうりを供え、神社に大あんどんをかかげる。
各自一品料理を持ちよる
あんころもち
おすし
天ぷらなど
主婦部落の人部落の世
話人

宮勤(当番制)
いつまでも続けたいと思う。
昔は田仕事も一段落し、なんの娯楽もなかったころは、待遠しいほど楽しかったといわれる。
農業のかたわら、ほとんど働きに出られる昨今、受け継ぐ人がいないのが残念である。よい指導者により郷土芸能として中学生にでも教えるなどして受け継いでいってほしいと思う。
45島穴神社祭礼7月25日白塚/島野/飯給/鶴舞/


  
神社創始のときから始まり、江 戸時代から盛んになった。終戦後は「般に衰退してきた。
神社の大祭日を祝って神徳を分ちあうため供物を下げて食し、家族の安全を願う。
前日サトもち(あんころもち)を重箱に詰めて親せき、知人の招待客の家々を「待呼び」といって招待のために回ったが、今では電話やはがきで招待するように変った。
神棚に神社名の掛軸を掛けて対象とし、榊を花筒にたてて、供えもちとして二重に重ねた。(祭壇)
さしみ
煮魚
焼魚
天ぷら
かつ
すし
鶏もものカラ揚
カニ
野菜煮
主婦・祖母・子供親せき
友人
主人
主婦
 
46柳葉8月27日 島野/鶴舞/堀越/安久谷/原田/石川/ はっきりしないが、昔、世話人の家に大蛇が出て困ったので舌の形をしたおもちを出すようになったのが始まりだといわれている。氏神さまに参拝し、薄くのした柳葉の形をしたおもちをいただいて帰り、家族全員が少しつつわけて食べる。 細長くのばしたもち 主婦 信者 氏神さまの所在地の部落の人 近所の人、子供たちには喜ばれる行事である。
47稲荷祭9月15日10月9日 青柳/島野/飯沼/野毛/村上/柏原/椎津/姉崎/奈良/新堀/瀬又/押沼/金剛地/郡本/浅井/小向/引田/高倉/高田/中野/十五沢/小折/西野/権現堂/分目/神代/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/番場/小田部/古都辺/東国吉/宿/皆吉/堀越/米沢/奥野/栢橋/牛久/安久谷/真ケ谷/新井/古敷谷/平野/大戸/徳氏/田渕/月出/月崎/石神/市場/島田/原田/石川/山口/駒込/久保/養老/小谷田/ 飯給/
  
稲荷さまに甘酒や、赤飯をたいてあげる。赤飯
甘酒
主婦親せきの人施主 
48三島神社祭10月9日 牛久/米原/小草畑/平蔵/宿/あんどん祭り
昔はやっていたが今はやっていない。
あんどんに絵をかいて、各戸の入ロに立てる。甘酒
赤飯
 部落の人部落 
49八幡神社祭礼10月15日 五所/青柳/飯沼/廿五里/村上/新堀/郡本/玉前/出津/引田/十五沢/小折/権現堂/糸久/神代/新生/二日市場/土宇/小田部/藪/奥野/ 徳川時代からあったと言われる年一度の祭礼で八幡神社加護を部落一同感謝の気持ちで祝う。氏子総代3名、町会長外4人神官とも9名で、氏神さまで御神酒をあげ御神体を祭り込む。
神前には、海の幸、山の幸をかざる。
   氏子総代 家族や部落の人が喜んで行事に参加してむり今後も続けていきたい。
50秋季鎮守祭10月15日 十五沢/浅井小向/新堀/玉前/出津/引田/柳原/西野/立野/権現堂/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/新巻/川在/妙香/飯給/鶴舞/大蔵/金沢/安久谷/原田/島田/奥野/古敷谷/月出/菅野/折津/朝生原/戸面/ 秋の収穫の祈とう祭ではないかと思われる。前日部落民全員でお宮の境内 を掃除し、当日神主を依頼し、町会長をはじめ、部落民が今年収穫した穀物を奉納し、収穫の喜びを感謝し、部落民の安泰、繁栄を祈とう。
各家ではごちそうを作り、親せき、友人を招き、共に収穫の喜びを分かち合う。
もち

主婦・祖母親せきの人
部落の人
 年より、子供たち、親せきの人も喜ぶ行事であり、又、昔からの行事なので続けていきたいと思う。
また、親せき中が集まり、たがいに近況を語り合い、それぞれの土地の話を聞くことも楽しみのひとつである。
51山砥神社祭礼10月29日瀬又/ 始めるようになった時期についてはわからない。神さまを尊び、崇めるため、親せき、友人の交際をより一層深くするため。また、町内会員の安泰を祈とうし、五穀の豊作を祝った。祭礼の前日に神社を清めてのぼりを立てる。当日は個々の家庭では、神さまにお供えをする
お客を招待してたのしく1日を過ごす。その翌日、のぼりを納める。
あんころもち
すし
洋かん
きんとん
魚肉料理
その他いろいろな料理
 親せきの人
部落の人
友人
神社世話人
町会長
町内会員
主婦としては、当日大変に忙しいが、現代生活も多忙であり人間関係も疎遠になりがちで、親密度がうすれてしまうように思われるので、歴史的な行事として続けて良いと思う。
この行事については、家族、部落、親せきの人など多くの人が楽しみとしている。
52神のお上り10月30日 松ケ島/飯沼/町田/西広/青柳/島野/高倉/番場/古都辺/奈良/東国吉/宮こもり
神さまが天にのぼるといわれている。
神さまのための行事
お宮にお燈明をあげて、話合いや、歌などをしてこもっている。各家で思い思いのごちそうをつくり持ちよる
お菓子
 決まっていない あまり考えていない。
祖母、主婦に喜ばれる行事である。
53神のお下り11月30日 松ケ島/青柳/飯沼/町田/西広/島野/高倉/番場/古都辺/奈良/東国吉/  お宮にお燈明をあげて、話合いや、歌などをしてこもっている。
昔は一晩中お宮にこもって神さまが天からおりてくるのを迎えたが、今は12時ごろまでこもっている。
  
各家で思い思いのごちそうをつくり持ちよるお菓子 部落の人  行事そのものについてはあまり考えていないが、祖母、主婦には喜ばれている。


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部落のくらしに関するもの

              

項目
行事名
時期やっている部落ゆらい行なうことがらたべものつくる人なかまになる人中心になってやる人感じていること
54みぞさらい3月上旬
から
4月
五所/五井海岸/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/海保/十五沢/西広/村上/白塚/椎津/深城/浅井小向/新堀/瀬又/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/滝口/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/藪/奥野/本郷/高滝/大和田/外部田/山口/駒込/久保/養老/小谷田/万田野/平野/大戸/柿木台/石神/徳氏/田渕/飯給/月出/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/新井/古敷谷/菅野/石塚/柳川/朝生原/戸面/ 水利をよくし、米の豊作を願って行なっている。先祖からしていたようである。
現在は揚水になり、みぞもコンクリートになり、水も通りよくなった。
明治のころから始める。大正12年ごろから水が少なくなり、昭和36年ごろには全々流れてこなくな った。
近年はみぞさらいもなくなり、地下水を利用するようになった。(新堀)
水田に水を入れる前に用水路のそうじをし、水が入りやすくする。
用水路のそうじが終ったら、青年館の周辺のそうじをした後、皆でいっぱい飲む。
大桶、武士部落から流れてくる水を田の用水として使うため30年前ころまでは、夜、昼、手前の部落に水を取られると、新堀の部落まで水が来ないので、取られないように部落の帳面で、名前の順に番をした。(新堀)
むすび
フライ
つまみ

ジユース
おしんこ
主婦・耕地整理役員田をつくる人
部落の人
部落役員
耕地整理役員
耕作者たちが集まって話合うことができ、良いことだと思う部落の環境整備につながることでもあり、また、部落民の共同意識を高めるためにも、今後とも続けていきたい。
55川ぶしん4月 五所/五井海岸/青柳/飯沼/廿五里/十五沢/西広/惣社/姉崎/深城/海士有木/新堀/押沼/金剛地/玉前/出津/高田/今津朝山/立野/神代/二日市場/山田/大桶/松崎/新巻/川在/神崎/小田部/勝間/葉木/滝口/皆吉/大蔵/金沢/石川/奥野/石神/ 大雨が降っても水の流れをよくし災害を防ぐために行なう。やりはじめるようになった時期については、現在80歳くらいの老人に聞いてもわからない。相当以前かららしい。
47年に耕地整理をしたため、川の流れが変化してきている。 (二日市場)
昔から各家から1名つつ、くわ、かまなどを持参して、川底をさらい、土手の草刈りをする午後から班別になり、飲み食いをする。  部落の人部落役員
  
56宮なぎ
(麦入り)
7月15E 松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/海保/十五沢/西広/村上/柏原/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/浅井小向/新堀/郡本/玉前/出津/引田/高倉/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/東国吉/皆吉/奏免/本郷/高滝/大和田/外部田/山口/駒込/久保/養老/米原/ 小草畑/平蔵/大戸/田渕/柳川/瀬又/栢橋/牛久/大蔵/金沢/藪/市場/宿/真ケ谷/安久谷/米沢/石川/新井/古敷谷/万田野/平野/飯給/徳氏/月出/月崎/菅野/石塚/国本/折津/石神/朝生原/戸面/高田/ お宮のまつりであり、年1回の神社の清掃だがいわれははっきりしない。








  
朝早く、各戸1入つつ、男女を問わず出て、神社内外の清掃を行なう。
その後、料理を食べながらいっぱい飲む。
以前はだいたい男の人が出て神社の外の草を刈ったり、木を切り落したりしたものだが、だんだん女性も参加するようになり、昭和47年から老人クラブの人たちが、神社と公民館の掃除をするようになった。
神社に"のぼり"を立てて、麦の豊作を祝う。
以前は、苗代の種まきの残りのもみをふかし、皮をむき、いって砂糖をまぶしたものが、ごちそうであったが、今は100円の会費で菓子を買い、宿の家で季節料理をだす。 (神代)
あわもち
きゅうりもみ
じゃがいも
の甘煮
小麦粉の
もち(山 田橋)
麦こがし
はつうまの当番の家の主婦と近所の人(四軒)祖母・主婦 部落の人 初うまの 当番の家


町会長
宮総代
行事については部落の人入は喜んでいるが、最近はたべものがいろいろと豊富のため、行事食はあまり喜ばれていない。
老人クラブでもできることだから、今では老人クラブの人たちの楽しい行事のようだ。以前の宮なぎに出たことがあるがこのごろのように忙しい日々でも、年1回の宮なぎに顔を合せ協同の力で部落の氏神様を掃除し、いっしょにお茶を飲みながら、老若男女が互いに自分の意見を語り合うこの行事をいつまでも残したいと思う。
57道なぎ
(道ぶしん)
3月〜4月
8月
青柳/島野/飯沼/廿五里/町田/海保/西広/十五沢/村上/柏原/椎津/永藤/深城/金剛地/海士/有木/浅井小向/新堀/皆吉/藪/本郷/高滝/大和田/外部田/山口/駒込/久保/養老/田渕/鶴舞/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/姉崎/権現堂/糸久/宮原/分目/栢橋/二日市場/新生/山田/土宇/新巻/川在/番場/小田部/荻作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/牛久/大蔵/市場/堀越/宿/米沢/安久/谷島田/石川/奥野/新井/古敷谷/万田野/平野/大戸/飯給/徳氏/月出/月崎/菅野/柳川/石塚/国本/折津/石神/朝生原/戸面/大昔からやっていたようだ。
お盆が近づきお墓に行く道をきれいに掃除したのがはじまりといわれる。
朝8時ごろから、定められた場所に集まり、部落内の道の草を刈ってきれいに掃除をする。


    
パン
ジュース
牛乳
つまみ
  部落の人 部落の世 話人草の出る盛りに道の掃除をす るのできれいになり、本当に良い行事だと思う。
58虫干し
証文の土用干し
7月中、
下旬
8月1日
青柳/飯沼/廿五里/海保/十五沢/西広/浅井小向/新堀/松崎/田渕/栢橋/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/奥野/古敷谷/万田野/平野/大戸/飯給/徳氏/月崎/菅野/柳川/石塚/石神/朝生原/戸面/ 部落事務所の書類を出して虫干しをする。
明治初年、大桶部落と武士部落の境にある堰の水利権の協定を新堀と大桶の間で成立し、文書の取 交しをした。その文書を確認することと、虫に食われないために行なう。
明治初年この協定ができ、文書化されたときから始めるようになったと思われる。(新堀)
町会長の家にある役単す(書箱)の中から古文書を取出し、日の光にあて、昔はどじょうと冷麦を食べながら話しあったが今では多少の料理を作り、前年度の町会役員、その年の役員、および相談役の人たちで書類を中心にいろいろ話し合う。 昔はどじょうと冷麦、現在はそのときにより異るが仕出しをとる。 部落の役員部落町 会長 現在はその文書や他の古文書のほとんどを活用するものはなくなっており、無駄のように思うが、永年の習慣であり、我々の先祖の苦労を伝える意味でも何年か後には、改善されると思うが、それまでは続けたら良いと思う。
毛筆の立派な字を見るだけでも参考になると思う。
59幕地清掃 月1回
春・秋の彼岸お盆
さなぶりの時期
五井海岸/青柳/飯沼/野毛/廿五里/海保/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/姉崎/新堀/浅井小向/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/藪/奥野/本郷/高滝/外部田/大和田/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/飯給/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/新井/古敷谷/平野/大戸/徳氏/月出/月崎/柳川/石塚/国本/折津/石神/朝生原/戸面/ 明治時代から始まったと思われる。 信者一同が月1回全員集まり部落の共同墓地を清掃する。





    
  部落の人  当然こうしたところの清掃は生きている者の義務と思う。清掃中に絶家になったり、その他いろいろの過去の墓碑があり、先祖をしのび、また今後の部落作りの良い指針ともなると思う。
祖先を崇拝する気持と同時に子弟教育の場ともなると思う。


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年中行事
                               

項目
行事名
時期やっている部落ゆらい行なうことがらたべものつくる人なかまになる人中心になってやる人感じていること
60正月1月1日全部落 元旦の朝、主人が新しいしゃ くしでぱけつに若水をくみ釜に入れる。神棚にお燈明をあげる(若水をくむことは水道ができた10年前ごろから行なわない)主人が、ほうきで福をはきよせ入ロの戸を開ける。朝食後、お宮(笠森観音様)におまいりに行く。昼間は、ごはんの上にかつお節をかけたものを神棚に供える。雑煮年男・主婦・男子   
61寺年頭1月1日 五井海岸/松ケ島/島野/飯沼/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/浅井小向/高坂/新堀/瀬又/押沼/金剛地/郡本/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/神生/二日市場/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/藪/奥野/本郷/高滝/大和田/外部田/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/万田野/柿木台/田淵/飯給/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/安久谷/真ケ谷/宿/堀越/米沢/原田/島田/石川/古敷谷/平野/大戸/徳氏/月出/月崎/柳川/石塚/国本/大久保/石神/朝生原/戸面/ 江戸中期からはじまり、現在もつづいている。
お寺に年頭のあいさつに行き、∋祖の1年間の供養をお願いする。
お寺に2升がますを供える。
お寺では酒、さかなを用意してごちそうをする。
精進料理壇家の役員   
62新年会
(部落)
1月
1日
五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/浅井小向/新堀/大桶/押沼/金剛地/郡本/玉前/出洲/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/土宇/新巻/川在/番場/小田部/荻作/大作/滝ロ/古都辺/奈良/東国吉/藪/奥野/駒込/久保/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/飯給/鶴舞/吉沢/古敷谷/万田野/平野/徳氏/月出/月崎/菅野/柳川/石塚/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/ 明治のころからはじまったところもある。昭和7〜8年ころの不況時代に生活改善運動が起り、一堂に集ってあいさつするようになったと思われる。
(以前は正月の3日間は部落の家を飲み歩いた。)
部落の人たちの親睦を深めるため初日の出と共に、部落のために神様に祈願する。
部落役員の昨年1年間の労苦をねぎらい、年頭のあいさつをとりかわしへ新年の部落の団結と発展を願う。
部落の世話人が早朝から料理を用意し、部落の人々は、神社参拝のあと、集会所に集まり宴会をする。
きんぴら
ごぼう
煮豆
するめ
天ぷら
里いも等
今は、オードブル
風皿盛
すし
煮物
赤飯
あんころもち
主婦 町会長 部落の共同意識を高めるため大変よいので今後も続けたい。
63かざりたき1月
7日
15日
海保/村上/椎津/深城/浅井小向/新堀/大桶/郡本/玉前/出洲/引田/十五沢/小折/西野/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/川在/新巻/番場/滝口/妙高/皆吉/藪/ 奥野/山口/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/飯給/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/真ケ谷/米沢/安久谷/島田/石川/古敷谷/平野/大戸/徳氏/月出/柳川/石塚/国本/折津/石神/朝生原/戸面/ 正月の飾りを焼いた灰を家のまわりにまくと、へびにかまれない火事にならない、厄よけになるなどといういわれがある。 正月に飾ったかざりを燃やすできた灰を家の周囲にまく。      
64鳴井場
(とりうば)
i(にがつようか)
1月
14日
(2月8日)
青柳/浅井小向/相川/高坂/新堀/小田部/滝口/郡本/引田/十五沢/柳原/小折/西野/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/藪/山口/牛久/皆吉/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/駒込/久保/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯沼/柳川/月出/国本/朝生原/戸面/安久谷/原田/島田/石川/奥野/吉沢/古敷谷/石塚/ 子供が健康な良い子に育つようにやる。
以前は家に招待する人もあったが、現在はない。
生れてはじめての正月を迎える子供のためにやる。
長男、長女が生まれてはじめての正月に男の子には弓、矢、女の子には羽子板を贈り初正月を祝ってくれた人に赤白の大きなもちをついて配る。 赤、白のもち 主婦 子供の両親  
65悪魔払い
(ほうじゃら)
お正月
1月14日
海保/十五沢/西広/村上/滝口/石川/牛久/安久谷/奥野/徳氏/田渕/朝生原/ 80才以上の人も経験している昭和35年ごろまではやっていた。

  
わらを丸く筒のように束ね、両端を切り落とす。その上に松竹梅の木をさし、くわ、かま、きね、日の丸の旗をさす。(これをサンダルポッチという)これを部落の家へ1軒1軒まわって配る。そのおかえしに、お米や、お金をもらい、それをもとにしてお菓子や、おかずを買う。
土間に火を燃やしそのまわりにすわる。(廿五里)
榊の枝にへいそくをつけて各家庭ごとに唾わり、おもちやお金をもらい、夜のあけるまでゲームをやって楽しむ。(奥野)




雑煮
子供部落の子供たち(男の子)子供 
66ごんげんさま
十二天神社 の初年頭
1月14日 十五沢/神代/松崎/牛久/安久谷/石川/宿/原田/田渕/石塚/ 神の初年頭といわれ、子供の厄病や、災難をさけるために大正12年ごろはじめるようになった。 へいそくをもって子供が各戸を悪魔払いに歩く。昔はもらったもちをたべたが、今はお金をもらって、肉を買って、まぜごはんをつくってたべる。 もち
まぜごはん
 子供
若衆
子供
若衆
  
67新年会
(家庭)
1月なか ば全部落6〜7年前にはじめるようにな った。(S42年) 午前11時ごろに客を招待し昼食をすませ、女の人たちは、よもやま話に花を咲かせ、男たちは別室で、マージャン大会をやり、夜のふげるのも忘れ1日を楽しくすごす。(町田)
松竹梅左どの生花をかざる。
おせち料理
おしるこ
おすし
赤飯
天ぷら
野菜煮
焼豚
吸いもの
祖母・主婦・主人・子供 新せきの人
10人位
主人
主婦
家中で喜ばれている行事であり、家族や親せきの楽しみとして続けていきたい。(島野)
68新年会
(婦人会)
1〜2月   昭和21年ごろから始まり、だんだん活発になったが、最近は衰退しつつある(安須)
昭和40年ごろから青年館ができ、会費制で行なうようになった。
BR> 新年を祝う行事で、会員の親睦をはかるためであり、昔の農家のお嫁さんには娯楽が少なく、楽しみのひとつにしていた。
当番にあたった組の者が、その組の役員の家の台所をかり、共同でごちそうをつくる。
公民館にできあがったごちそうを持って行き、他の会員と共に談笑しながら、その料理をたべる。
歌ったり、踊ったりして楽しみながら1日を過ごす。
会費は1人200円位で商人からいただきものもある。(神代)
ノ」岸校、中学校の部落役員を決める(藪)
まぜごはん,とりごはん,魚の煮物,さしみ,煮しめ,ローストトキン,野菜いため,野菜サラダ,くだもの,菓子(五りんぼう栗で作ったお菓子),玉砂糖でつくったお菓子,宿わたしのこんにゃく(藪),(味そあえ)当番の家の主婦・近所の人主婦
子供
婦人会の当番昭和12〜13年ごろ農村の主婦、子洪たちは年間行事として楽しみにしていた。
若いお嬢さんの出席が少なく形を改めながらも、昔ほどの楽しみではなくなってきているように思う。
最近婦人会をぬける人が多く活動もそれにつれて衰えてきていることは役員として残念です。
このまま続いてもよいと思う。
69はつどり2月1日土宇/柳原/牛久/ 古くからの行事だがいつのころからかわからない。
部落の玉前神社の祭(4月3日)のはじまりといわれる。
正月の月は鶏肉をたべてはいけないことになっていて、はつどりの行事が終ってたべられる。理由はわかっていない。
部落の班ごとに当番の家でやる。1日ゆっくり飲んだりたべたり歌ったりする。鶏肉をたべて解散するところもある。さしみ
酢だこ
煮魚
うまに
てんぷら
すし
ようかん
近所の主婦二〜三人部落の男の人部落の班当番 正月の月に鶏肉をたべてはいけないというのは食生活上不便である。
  
70はつうま1月15日 五井海岸/青柳/島野/飯沼/廿五里/海保/十五沢/村上/柏原/椎津/新堀/土宇/高倉/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/新生/松崎/番場/神崎/勝間/葉木/古都辺/東国吉/皆吉/鶴舞/牛久/藪/堀越/真ケ谷/米沢/奥野/
    
子供たちのこづかいかせぎだと思う。2〜3年前からやらなくなった。その理由は、子供の人数が少なくなったことや、新しい住民が部落に多くなってきたし、たべたいものはいつでも手に入る。こづかいも豊富にもらえるなどがある。 小学生3年から中学生までの子供が集まり、太い青竹をたたき、歌をうたいながら部落の1軒1軒をまわり、お金をもらって歩く。集ったお金は子供たちでわける。
うた
ホーホンヤ
ホーホンヤ
あわきんぼ
ホーホー
ホーホーとおいどの
たたんがたんがらす
なーしろのふちにこ
もどりねせて
なつそこねせた。
ひだりが15日のお
け食つて、スットペ
スットペ、ホーホ
お金をくれた家には
だいじんだ。だいじんだ金ぐら建てろ(椎津新田)
  部落の子
どもたち
子供 最近の子供は、勉強とテレビにばかりかじりついて遊びというものを知らない。昔の子供は朝早くから暗くなるまで、外でとびまわり遊びごとには不自由しなかった。今の子供たちが大きくなったとき、子供のころの遊び、行事について何も思い出がないのではないか。
このような行事は、やはり行なってほしい。
2月11日  部落住民の和合を祈願し、郷土発展のために行なう。
新生部落始まって以来の一大行事とされている。
以前は2月の節分が終ってはじめての午の日に行なわれていた。
最近は勤め人が多くなったため2月11日の建国記念日の祭日に行なわれるようになった。
この行事は昔からひきつづき行なっている。昔は3、4日かけて行なったが、今は2日となった。
部落の中心道路を境に上下2組に分け各々1戸つつ当番があり当番は家の順になっている。
当番は当日の料理をつくり正午に公民館に全員が集る。1年間の部落における会計報告、新役員の被露など初うまの行事が行なわれる。
御身体を当番の家にかざり部落の男全員で豊作のお祝いをする。この日に部落の役員をきめる。
翌日は部落の婦人が1日を楽しく過す。
鶏ごはん

季節の野菜料理
さしみ
とんかつ
きんとん
当番の家の主婦部落の人
40人位
町会長1年に1度の部落の行事であり、区民の和合を保ち、1年間のしめくくりをつけるためにも大切な事であると思う。
今後も続ける必要があると思う。
1月15日   旧年度の事業、会計の報告、反省、新年度の事業の相談をしたのち、ごちそうをたべながらお酒をのむ。
夕方になると、子供たちをつれてからかみの堰なかだいの堰の2か所に赤飯と御神酒をもっていきあげる。(この2つの堰には弁天様がまつってある)
稲荷大明神(明治時代のもの)と書いてある旗を青年館のわきに立てる。
以前は午後3時ころからはじめ、1晩中たべたり、飲んだりしていたが、最近では3時ごろからはじめ、8時ごろで終りとする。
主食はとりごはんであり、堰にいった子供にもとりごはんをたべさせたが現在は菓子袋に変ってきている
とりごはん
その他は特別きまっていない。
近所の人・主人主婦部落の
男の人(25人位)
当番の家
3軒
 
2月の初
うまの日
  初うまを祝って神に豊作を祈願する。20年位前までは家族中が対象であったが、だんだん夫婦だけになり、最近は勤人が多くなったせいか欠席の人が目立つようになり、また1戸1人の家も多い。 官主と氏子総代、宮守がお宮でおみきをあげ(おみきは女やどと男やどが5合づつ出しあう)それを公民館に持ちかえり、部落の人たちが、精進料理とけんちん汁をさかなに酒を飲む。
男やど、女やどのどちらかが代表してあいさつをする。
最後に次年度の男やど、女やどをくじびきして決める。宿の人とくじびきであたった人たちと戸渡の儀をする。
(豆腐を使って男方から女方へ女方から男方へうつす。)
昔はあさりがたくさんとれ、手に入りやすかったので、あさりの酢の物、またけんちん汁の中にも使ったものだが今では海が埋め立てられあさりがとれないため、あさりから鶏肉へ変わった。
けんちん汁
精進料理
人参と大根のなます
ほうきの芽のごまよごし
男やど・女やどの家部落の人
神主
男やど
女やど
宿になった人のグループ
昔からの行事も良いものと思う。







   
71節分立春の日
(2月4 日頃)
五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/浅井小向/新堀/大桶/瀬又/押沼/金剛地/郡本/玉前/出洲/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/妙高/皆吉/奉免/藪/奥野/山口/駒込/養老/米原/小草畑/平蔵/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/柳川/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/吉沢/古敷谷/月出/月崎/菅野/石塚/国本/折津/石神/朝生原/戸面/ 貧乏神(鬼)を追い出して福の神を入れる。
やくばらい、一家の悪事災難をさけるために行なう。




   
夜、ひいらぎの小枝(山倉ではぐみの木も使う)に煮干し、または田作りの頭をさして戸口のところにさし、鬼が食ぺにくるのを待つ。屋根の上にかごをさかさにしておき、煮干し、田作りを食べに来た鬼に豆をぶつけてとりおさえるといい伝えられている。
やく年になった人(男、7、15、25、42歳、女7、1319、33歳)は年の数の大豆と半紙にお金を包んで、道路の丁字路か、十字路に行き落して後をふりかえらずに帰ってくる(お金の額は決まっていない)
家の中では1升ますに大豆、あられ、田作り、紙に包んだ於金などを山盛りに入れ、神棚に供えてから、夕食後、年男になった人が「福は内、鬼は外」と家の中3回、家の外3回、隣に聞こえるような大きな声で福を呼ぶ。昔は夕方になると、どこの家でも大きな声をはりあげて、「福は内鬼は外」と云っているのがきこえてきたが今は聞こえない。
大豆のいったものを年の数だけ食べる(全域)
年の数より1つ余計に食べる(土宇)
そば(奥野)
福茶(大豆を茶わんに入れ熱湯をそそいだもの)油あげを入れたげんちん汁(山倉)
主婦・祖母家族子供 心にやすらぎを持つため、また昔はこのようにしてきたということを今の人たちにも知ってもらい、さらに後世に伝えていきたい。
今の若い人は、こういった行事はばからしいといいながらもやく年には、成田山や、川崎大師にお参りにいく人もいる。
72あられ祭2月28日 新堀/奈良/朝生原/明治以前から始められている。 風の神様の祭りである。 各自があられを少しつつ、神様にあげる。あげたあられを持ってかえる。神前にのぼりをあげる。
昔はあられを家で作り供えたが今はおせんべいを供える。
  老人家族一同家族が楽しみにしているので続けていってほしい。
74ひな呼び
ひなよばり
3月の節句の前金剛地/皆吉/小谷田/田渕ひな祭の前に早くひな祭りのくることを楽しみにして行われてきたが現在はあまりおこなわれていないらしい。 おひなさまと家で作ってもらった料理や菓子、果物を持って附近の山野に行き「おひなさまよ、三月ござれ、春の花見にごーざれ、ごーざれ」と声をそろえて大きな声でうたいながらごちそうを食べる。まきずし
いなりずし
まぜごはん
菓子
果物
主婦・子供祖母近所の子供たち子供たち子供同志の親睦をはかるためこれからも必要なことと思う。
74ひなまつり3月3日 五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/浅井小向/新堀/金剛地/郡本/玉前/出洲/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/小田部/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/妙高/皆吉/奉免/藪/奥野/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/柳川/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/吉沢/古敷谷/月出/石塚/折津/石神/朝生原/戸面/ やさしぐ、女の子らしい成長を願い行なわれる。 初節句にいただいたおひなさまをかざり、ひな段には、甘酒あられ、ももの花、おすし、さくらもちなどを供える。さくらもち
すし
甘酒
あられ
主婦    
75はなんぱ作り3月3日
の節句の ころ
 いまはやっていない。 小高い山の景色の良い頂上に子供たち自身で草刈り、その草や竹などでまわりをかこい、その中で節句に作ったすしなどを持ちよって食べながら、カルタトランプ遊びをする。現在も時折見られるがだんだんに少なくなってきている。節句に作
ったもの
 近所の子供たち 3月ごろはまだ枯草が一面にあるために火でも使っては困ると思った。
大人がよく注意してやるならば良いことと思う
76端午の節句5月5日 五所/五井海岸/青柳/島野/飯沼/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/新堀/浅井小向/瀬又/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西 野/今津朝山/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/妙香/皆吉/奉免/奥野/山口/駒込/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/飯給/鶴舞/牛久/栢橋/大蔵/金沢/藪/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/石川/島田/吉沢/古敷谷/万田野/平野/大戸/徳氏/月出/月崎/菅野/石塚/柳川/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/男児出生を祝い、丈夫で元気よく成長することを願う。
たこあげは、現在はあまりやられていない。

   
前夜、しょうぶ湯に入る。
た、柱にしょうぶとよもぎをわえつけ、屋根ののき先によぎとしょうぶを並べておく。
当日はしょうじ1枚位の大きさのたこに初節句の子供の名前を入れたたこをあげ、1日を楽しくすごす。これは名をあげるといって、たこが高くあがればあがるほどよい。
外には、こいのぼり、小旗、吹流しをかざり、家の中には内飾りをする。
かしわもち主婦親せき家族  
77新箸7月27日 十五沢/永藤/浅井小向/新堀/瀬又/押沼/金剛地/引田/高田/分目/大蔵/金沢/堀越/宿/奥野/古敷谷/平野/大戸/飯給/徳氏/ 最近はやらない家が多くなってきている。 朝、赤飯をたき、神に供える赤飯にかやの茎で作った箸をそえ、神棚、仏壇、いなりさまに供える。
家族全員が、その朝はかやの箸で赤飯を食べる。
赤飯主婦家族主人 
78かまのふたのつ
いたち(1日)
8月1日 松ケ島/青柳/飯沼/廿五里/十五沢/西広/村上/永藤/深城/海士有木/浅井小向/新堀/瀬又/金剛地/郡本/引田/高倉/高田/中野/宿/万田野/田渕/折津/石神/戸面/柳原/西野/今津朝山/権現堂/糸久/分目/藪/番場/小田部/古都辺/奈良/東国吉/ 地獄の口明けなどと呼び、地獄の亡者が出てくる日といわれており、この日からお盆の行事がはじ まる。八月に入ると、孟蘭盆まで仏に物を供えることが多い。 赤飯やだんごを作って仏壇に供える。赤飯
だんご
主婦    
79新盆8月13日 妙高/皆吉/奉免/藪/奥野/山口/駒込/久保/養老/米原/平蔵/小谷田/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/柳川/鶴舞/ 亡くなった人を皆で思い出し、供養をする。13日の午後からとうろうを立て棚をつる。できあがると、ちょうちんをさげて、墓地まで仏さまを迎えにいく。これを迎え日という。昭和35年ごろまでは15日に仏さまを墓まで送っていく送り日もあったが、今は少なくなっている。
仏壇には、ちょうちんや造花をかざる。お盆が終ると、造花、ちょうちんは、墓や寺に納める。
精進料理近所の人・親せきの人・主婦親せき
近所
友人
家族心の通いあう良い行事だと思う。
しかし、8月に入ると親せきや、兄弟、子供、近所から新盆見舞としてちこうちんや花、造花などをもらうが、その多くは無駄で不用のように思う。
80お盆8月13日 五所/五井海岸/岩崎/玉前/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/町田/海保/今富/十五沢/西広/村上/五井/白塚/柏原/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/浅井小向/高坂/二日市場/山田/新堀/磯ケ谷/ 武士/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/櫃挾/瀬又/押沼/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/番場/二日市場/山田/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/奥野/藪/山口/駒込/久保/養老/米原/平蔵/小草畑/小谷田/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/柳川/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/吉沢/古敷谷/月出/月崎/菅野/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ いつから始まったかわからないが、先祖の霊をなぐさめるもの。


   
13日の朝、仏壇へ新しい竹、かや、しきびなどでたなを作りその上に野菜、花、色紙などを飾る。午後はちょうちんを持ってお墓に行き、仏さまを迎えてくる。夜は仏が天笠へ行くといういわれなのでおにぎりを作ってあげる。
14日の朝はいろんな野菜をさいの目に切ったものや、米、花、だんごを持って墓へ留守見舞に行く。昼は仏が暑い思いをして天笠から帰ってくるので冷麦などを作ってあげる。
15日は夕方遅く(遅ければ遅いほど良いといわれている)仏前のなすや、きゅうりで作った馬や牛、おみやげのだんごを作り、それらを持ってお墓へ仏を送っていく。
13日だんご,きゆうり,なすなど,季節の野菜料理,果物,おにぎり
14日(朝),ご飯,漬物,(昼)冷麦,ささげ,または豆腐,(夜)おにぎり,漬物,
15日(朝、昼)ご飯,漬物,(夜)だんご
主婦・祖母家族
親せきの人
家族 静かに先祖をしのぶことも1年1度位あっても良いと思う。
子供たちもその行事について成長してから思い出に残り、今日の殺伐の日常に心のやすらぎがあるように思う。
この行事は、遠くに出ている人、また近所、親せき、家族など多くの人が楽しみにしている行事である。
81施我鬼8月17日  五所/青柳/島野/飯沼/廿五里/海保/十五沢/西広/永藤/姉崎/海士有木/永吉/新堀/瀬又/押沼/金剛地/引田/立野/神代/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/勝間/葉木/大作/滝口/皆吉/藪/奥野/山口/久保/養老/米原/小草畑/平蔵/万田野/平野/大戸/徳氏/柿木台/田渕/飯給/柳川/鶴舞/牛久/大蔵/金沢/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/吉沢/古敷谷/月出/月崎/菅野/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ 新盆の家ではその家族と親せ きの人が、供物を用意して寺の本堂にかざる。寺では同じ宗派の僧侶が大勢集まり読経をする。家族や親せきの人は焼香をする。
新盆に関係のない一般の家でも家族親せきの人が集まり、墓参りをする。特にこれを永代施我鬼というところもある。
赤飯
すし
主婦家族
新せきの人
主人今後も長く続けてほしい。
82孟蘭盆8月24日 島野/十五沢/五井/永藤/姉崎/深城/高坂/海士有木/浅井小向/新堀/瀬又/押沼/金剛地/郡本/玉前/出津/中野/西野/今津朝山/立野/二日市場/松崎/土宇/新巻/川在/神崎/荻作/勝間/葉木/滝口/奈良/皆吉/藪/奥野/山口/久保/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/飯給/鶴舞/栢橋/牛久/金沢/堀越/宿/真ケ谷/米沢/原田/石川/古敷谷/大戸/徳氏/月出/月崎/菅野/柳川/国本/折津/大久保/朝生原/かえり盆ともいわれ、この日で盆の行事は終りとなる。仏壇に、赤飯を供える。赤飯主婦    
83十五夜旧8月15日 五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/五井/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/新堀/浅井小向/瀬又/押沼/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/新巻/川在/番場/小田部/荻作/勝間/大作/滝ロ/古都辺/奈良/東国吉/藪/山口/駒込/久保/田渕/飯給/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/石川/奥野/古敷谷/万田野/平野/月出/菅野/柳川/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ 家内円満、家業繁栄のため、またいつも円い気持でいられるようにお月さまにいのる。
小さいころには、お月さまの中でうさぎがおもちをついていると聞かされてきた。
始めた時期はわからない。昭和初期ころまでは、盛んであったが戦中、戦後は中止したようだった。
最近は、ささやかではあるが行なう家庭もある。
  
中秋の名月の晩、月の良く見えるところに台を出し、すすきと秋の七草をかざり(以前は山に七草を取りに行って飾ったが最近では近くにあるすすき、栗などを飾る。)、うるち米で作っただんご15個を供え、秋の味覚の栗、さつまいも、その他野菜を供える。月に供えたものは、男の子でなければ食べられなかった。これは男の子は月のように世界中をかけめぐるような立派な人になるようにと願いがこめられたもの。
廿五里部落のある家では、里いもは十五夜にあげてからでないと食べられないということである。
白玉粉のだんご

さつま芋
なす
豆を入れた味噌汁
主婦家族主婦
祖母
人類が月面に立つ時代であるが、うさぎがもちをついていると信じていたあの童心にかえり澄んだ中秋の名月を眺め、虫の音と共に秋の夜長を語りあう心のゆとりをぜひ持ちたいものである。
昔からお月さまは神さまと思っていたが、アメリカの月探検でお月さまには何もないことがわかり、何となくお月さまがかわいそう。
主婦の手づくりのだんごを子供たちがそろってとりにくるほほえましい行事だと思う。だんごの作り方は女の子にはぜひ教えておきたいと思う。また、家族全員が喜ぶ行事なので長く続けたいと思う。
84春、秋の彼岸
(年期念佛)
3月
9月
五所/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/白塚/椎津/永藤/深城/海士有木/永吉/新堀/浅井小向/大桶/瀬又/押沼/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/勝間/葉木/大作/滝口/奈良/皆吉/奥野/山口/駒込/久保/栢橋/牛久/大蔵/金沢/藪/市場/堀越/宿/真ケ谷/養老/米原/小草畑/平蔵/小谷田/古敷谷/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/柳川/鶴舞/米沢/安久谷/原田/島田/石川/吉沢/古敷谷/万田野/平野/大戸/飯給/徳氏/田渕/月出/月崎/柳川/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ 亡くなった先祖や家族の人のめい福を祈る。 故人の満1.3.7.13.17.21.33年を迎える年にお寺の住職を招き、親せき、近所の人と共に仏を祈り、食事を共にする。
また一般の家でも、あんころもち、だんごなど重箱に料理を詰め合せ、それを公民館に持ちより部落の人で念仏をあげた後に、酒を飲んだり、ごちそうを食ぺたりする。
すしおり
さかなおり
菓子おり
主婦(客の多い場合には近所の人の手伝いがある)家族の人
親せきの人
近所の人
家族年ごとにはでになる引き物や料理をいましめ、反省しながら長く続けていきたいと思う。
子供たちにも続けていってほしいと思う。
85七五三11月15日 五所/八幡/五井海岸/松ケ島/青柳/島野/飯沼/野毛/廿五里/町田/海保/十五沢/西広/村上/白塚/柏原/椎津/永藤/姉崎/深城/海士有木/永吉/浅井小向/二日市場/山田/新堀/磯ケ谷/武士/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/櫃挾/瀬又/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/高倉/高田/中野/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/栢橋/奉免/牛久/皆吉/大蔵/金沢/藪/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/奥野/新井/古敷谷/万田野/平野/飯給/徳氏/田渕/月出/菅野/柳川/石塚/折津/石神/朝生原/戸面/   5歳の男児、3歳7歳の女児が親元から男児ならば紋付の羽織、袴が女児には着物や帯が贈られこれを着飾り、神社にお参りをする。このとき、千歳あめをいただき、神主におはらいをしていただく。またこの日は親せきの人、仲人を招いてごちそうをする。特別きまっていない主婦仲人
親せき
家族
主人
主婦
 
86しめかざりつくり
かざりつけ
12月15日ころより29日31日はのぞく 五井海岸/青柳/飯沼/廿五里/町田/海保/西広/村上/椎津/海士有木/永吉/浅井小向/金剛地/郡本/玉前/出津/引田/高田/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/勝間/葉木/大作/滝口/藪/奥野/久保/小谷田/田渕/飯給/鶴舞/栢橋/牛久/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/吉沢/古敷谷/ 平野/大戸/徳氏/月出/柳川/石塚/石神/朝生原/戸面/ 31日にかざるのは一夜かざりといって、いやがられる。お正月にかざるしめかざりを作り、近所の人、親せきの希望者に分けてやる。
年神様、神棚、仏様、入り口、井戸にかざりつける。
   祖父 しめかざりをつくり、分けてやるととても喜こばれ、良いことだと思う。
  
87お正月のおもちつき12月25日すぎ29日31日はのぞく全域 おそなえをつくり、お正月に食べるもちをつくる。からみもち主婦家族主婦
主人
 
88三つめの
ぼたもち
出産後
3日目
玉前/出津/引田/高倉/十五沢/柳原/小折/郡本/栢橋/牛久/皆吉/大蔵/金沢/藪/古敷谷/平野/大戸/飯給/徳氏/田渕/月出/国本/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/新 堀/大桶/松崎/土宇/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/ お産をした人が丈夫で肥立つようにとはじめられたものである。お産後3日目に大きなぼたもちを作り、親もと、親せき、近所の家に3つづつ配る。子供が甘くならないようにと、あんこはあまり甘くしない。ぼたもち主婦 主人
主婦
 
89宮まいり男の子は生後31日
女の子は生後30日
郡本/栢橋/牛久/大蔵/金沢/藪/古敷谷/平野/飯給/徳氏/田渕/月出/国本/玉前/出津/引田/高倉/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大 桶/松崎/土字/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/滝口/古都辺/奈良/東国吉/子供が丈夫で大きく攻るようにお祝いをする。
 
ごちそうをつくり、とりあげ(だいたい仲人に頼む)、両親親せきをよびごちそうをする。
また子供が7つまで丈夫で大きくなるようにと、親元が、親がわりとして仲人さんに頼む。
    主人
主婦
 
90ほうそばばさま春、秋
年2回
郡本/ほうそうがよくつぐようにとはじめられたものである。 ほうそうが完全につくようにと、神社の近くにへいそくを立て、さい銭をあげる。また、お赤飯とごちそうを2重つくり、念仏を唱える。お赤飯 その年にほうそうをした子供のある家 


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比較的新しいもの
               

項目
行事名
時期やっている部落ゆらい行なうことがらたべものつくる人なかまになる人中心になってやる人感じていること
91薬かけ
公民館草刈り
5月から
11月
郡本/引田/高倉/中野/柳原/西野/今津朝山/姉崎/立野/山倉/海士有木/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/新巻/川在/番場/大作/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/藪/山口/小谷田/万田野/平野/ 大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/鶴舞/大蔵/金沢/市場/堀越/宿/真ケ谷/安久谷/原田/島田/石川/奥野/新井/古敷谷/万田野/平野/大戸/飯給/徳氏/田渕/月出/月崎/菅野/柳川/国本/朝生原/戸面/ 昭和41年からだと思うがはっきりしない。 5月から11月までの毎月1日と15日には薬剤を散布する。このほか、1日にはみぞさらいと公民館の草刈りも行なう。  部落の人部落の役員ハエがいなくなり良いことだと思っている。
92婦人会農繁期以
外毎月
引田/高倉/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/新堀/大桶/松崎/土字/新巻/川在/番場/神崎/小田部/荻作/勝間/葉木/大作/古都辺/奈良/東国吉/皆吉/藪/久保/米原/小草畑/平蔵/田渕/飯給/鶴舞/中高根/上高根/馬立/南岩崎/寺谷/栢橋/牛久/市場/堀越/宿/真ケ谷/米沢/安久谷/原田/島田/石川/奥野/下谷田/谷田/池和田/田尾/新井/大戸/徳氏/月出/月崎/柳川/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ 明治のころ奥村五百子女史により愛国婦人会が結成された。
一方大正の終りごろ、主婦会ができて、国防婦人会、帝国婦人会ができ、戦後解散された。再び終戦後、婦人会が結成された。
婦人の骨休みのため、婦人の日を設けたのがはじまりだと云われる。
午後から公民館に集まり話し合ったり、講師の話を聞いたりする。料理の講習のときもあり、余興のときもある。旅行も日帰りで、行なっている。
  
菓子
つけもの
 部落の主婦役員集まりを楽しみにしている。
93敬老会9月19日 郡本/玉前/出津/引田/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/神代/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/土宇/川在/番場/小田部/奈良/妙高/皆吉/藪/山口/久保/米原/小草畑/平蔵/古敷谷/平野万/田野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/鶴舞/栢僑/牛久/金沢/新井/月崎/菅野/柳川/大久保/石神/朝生原/戸面/昭和35年ごろから行なっている。姉崎全体の老人(800人くらい)が姉崎小学校の校堂に集まり、食べたり飲んだり、また素人、玄人の芸を楽しんだりする。時間は午前10時から午後2時30分ころまで。接待は各部落の婦入会の役員が出て行なう。
帰りには、手ぬぐい、タオル金一封(2,000円)が贈られる。(姉崎)
弁当
のみもの
菓子
 70歳以上の年よりの人婦人会役員
市役所
元気のよい年よりは楽しみだが、年をとっている人には骨がおれて大変なことと思う。
94誕生会  郡本/玉前/出津/引田/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/立野/権現堂/糸久/宮原/分目/新生/二日市場/山田/大桶/松崎/川在/番場/山口/鶴舞/古敷谷/平野/徳氏/田渕/ ケーキ,すし,赤飯,菓子,ジュース,茶わんむし主婦・子供家族
友人
主婦
子供
子供が喜ぶので長く続けたい。
大人になってからはあまりやらないので子供のうちは良いと思う。
年1度のものなのでいいのではないかと思っている。
95親睦会8月初旬
年1〜 2回
郡本/玉前/出津/柳原/西野/今津朝山/立野/権現堂/新生/大桶/松崎/川在/奈良/皆吉/山口/田渕/鶴舞/古敷谷/月出/菅野/戸面/昭和38年〜45年ごろから始めるようになった。 子供が夏休みに入ってから、適当な日を選び、家族で外食をしたり、海水浴を兼ねて1泊旅行に出かける。
このほかに、親せきや家族で集まったり、兄妹で集まったり近所の親しい人たちで集まり、いろいろと話をしたり、意見の交換をしたりして楽しくすごしている。
さしみ
その他
主婦家族主人
主婦
親子関係の面からみても大変良いことだと思っている。子供が成長してからも長く続けていきたいと思う。
子供たちは大変喜こんでいる良いことだと思う。長く続けていきたい。
96中老会
(ちゅうろっこ)
年間を通し雨の降った午後または農閑期 郡本/玉前/出津/中野/西野/今津朝山/姉崎/立野/分目/新堀/松崎/川在/番場/滝口/奉免/藪/米原/小草畑/平蔵/小谷田/田渕/古敷谷/万田野/平野/飯給/徳氏/柳川/日ごろの疲れをとるために行なわれるようになった。宿番になった人が、お茶菓子を持ちより、お寺や自分の家でみんなにごちそうをする。赤飯
ぼたもち
すし
かし
宿の家の主婦部落の中年寄りの女たち  婦人会を抜けた中老の人たちが集まり日ごろゆっくりと話していられないことを話し合ったりする唯一の楽しみのように思える。
 
97子供会  郡本/玉前/出津/引田/中野/十五沢/柳原/小折/西野/今津朝山/姉崎/立野/権現堂/宮原/分目/神代/新生/新堀/大桶/松崎/新巻/小田部/大作/奈良/皆吉/山口/駒込/久保/平蔵/古敷谷/万田野/平野/大戸/柿木台/徳氏/田渕/飯給/月出/鶴舞/牛久/藪/月崎/石塚/国本/折津/大久保/石神/朝生原/戸面/ 昭和39年〜41年ごろから始めている。
夏休みの子供のたのしみ会から発展したもので、子供の健全育成のために行なっている
子供会の役員および部落評議員が中心となり計画し、8月は海水浴、3月は卒業の会などを行なう。  部落の子供たち子供会役員
育成会長
父兄
子供も毎年楽しみにしているのでこれからも続けていきたい。
部落の父兄、または子供たちが1つの遊び、仕事をする機会がないので良い計画だと思う。


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あとがき
くらしの行事ついての調査表がかえってきて、机の上に山積みになったのはもうだいぶ前のことでした。調査表の1枚'1枚には行事についてくわしく記録されており、どんなことを考えながら行事を迎え、部落や各家々ではどんな気持でそれぞれの行事をすゝめてきているかが人間模様の一つとして目にうかぶようでした。
この資料を前にして、どんなまとめ方をしたらよいのか、すっかり頭をかゝえてしまったのもこの時でした。まずは行事の勉強からと図書館に走ったりもしました。くらしと共に変化してきた農耕文化そのものである郷土の文化をなおざりにして生活改善などといっできたことを今更のように恥かしく思ったりもしたことでした。
ちょうどその頃県の文化館設立のおしごとをしていらっしゃる菱田忠義先生が永島元当所長の恩師であられることからご助言をうけ、県専門技術員荘野敏子先生のご指導により、なんとかまとめることができたことは幸せなことでした。
できあがってみると何度も検討し合い、書き直してありながらまだまだ調査不足やつっこみの足りなさが目につきますが、どこかの時点でこのまとめを終らせねばという気持と、なんといっても資料を提供してくださった方々の大きな力が、はげみになりました。
このさゝやかなまとめが1人でも多くの方々の話し合いのきっかけになり、これからのよりよい暮らしの文化として生きづいていかれることを願っております。
末筆になりましたが、生き生きした表紙をはじめユニークなカットを姪(上野生改)のために奉仕的に書いてくださいました古橋源一氏、より少ない経費で読みやすいように考えていただいたダイワ印刷さんなど多くの方々の暖かいご協力により「市原くらしの行事」の誕生をみることができましたことをこゝに感謝いたします。
              昭和50年7月
                             編者



昭和50年7月発行
編集・発行
市原農家生活改善研究会
千葉支庁市原農業改良普及所
  同      南総支所
市原市八幡海岸通1,969〒290
電話0472一(41)2365
印刷 有限会社ダイワ印刷
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