辻 潤 3


 

にひる・にる・あどみらり (その2)


▼コレラ菌、ペスト、シフィリス、レプロシイ、メクラ、ケッカイ、高利カシ、ヤリテ婆さん、オカッピキ、ゲジゲジ、ヤモリ、蛔虫、ヒル、ヒゼン、……みんな合理的存在だ。
▼人間は物を考えると忽ち灰色の壁に突き当ってしまう。生きたいと思えば又元へ逆戻らればならない。
▼人間は牢獄のようなものだ。暗中模索だ、あっちへヨロケ、こっちへヨロケてなんとはなしに蠢めいているうちにクタバってしまうのだ。
▼書き散らした断面-
 私は今の世の中にはほとほとアイソがつきているのだ。癪にさわったり、怒ったり、悲しんだりすることは、とうの昔に通りこして唯だ唯だ呆れ返っているばかりだ。顔を歪めて笑っているだけだ。
 私は絶望の亡者のように白っぱくれて生きている。感情はひと滴らしもないように、ヒモノのように、ミイラのように……
 だが若い子供達よ、君達は健康で、美しい太陽の下で愉快に遊んでくれ! 今日の日をわれを忘れて嬉戯してくれ!

 分裂した自我の深いかすかな嘆息がきこえてくる。真夜中にバットの煙りが渦を巻いて戯れている。火酒の瓶よ、少しばかり退屈凌ぎに口を開けて笑ってくれ!
 打ち壊れた霊魂の破片をていねいに拾い集めたところで、それがどうなると云うのだ-
 性格の悲喜劇は、あるこおるの煽動なしには舞台をなさない。またしてもゴロゴロと執拗な痰が咽喉にからみついてガリガリと鼠のような音をさせる。
▼やっと夜起きていられる季節が来た。夜でないと物が書けないと云う不自由な人間だ、今年の夏はずいぶんと不愉快な気持ちでくらしてしまった。夏はたいてい、いつも元気なのだが、やっぱり身体全体が衰えているせいなのだろう。それに自分のような人生観を抱いている人間がこの世の中を楽しく送ってゆこうなどと思うのが既に滑稽な気がする。
▼トタン張りの屋根と云う奴は地震には安全かも知れないが夏はやりきれない。周囲の屋根がみんなトタン張りだ。トタンの苦しみと云うのはまったくあたっているなどとつまらぬシャレを考えてひとり苦笑してみたりした。
▼新しいと云うことは旧いと云うことより少しも新しくも旧くもない。
▼ある不良少年を題材にして小説を書いた男の序の末節に次のような文句を発見した-
 私は本来宇宙の構成に関して責任を追うものではない。若し現在の如き社会組織の下に於て一人のランボス・ボーイ(不良少年を指す)が真直に歩くより、横道に外れることによってより多くの愉快を持つとすれば、私は奈何ともなしがたい。私はわが年少の友の行為を推賛もしなければ、弁護しようともしない。単に一個の事実として諸君の前に展開させたばかりだ。若きアルフ(不良少年)は唯だ、私に非常な興味を覚えさせた、恐らく彼は又諸君の煩わしはしないであろう。
▼人の思いの永えにうつくしからんことを希わば、逢瀬は寧ろ稀なるに若かず、-緑雨の「みだれ箱」にそんな文句があったなと、私はフト今夜そんなことを思い出した。
▼「私は太陽の如く希望に輝いている。」と云う文句と、「私は痩犬の如く人生に疲れている。」と云う文句を書くには同一の努力がいる。
▼生田春月君は自分の喪にニヒリストとイデアリストとが共棲していると云っているが、つまりニヒリストは変態イデアリストのことじゃあるまいか?
▼上ったり下ったり、横に外れたり、倒れたり、起きたり、臥たり、ねじくれたり、真直に歩いたり、泣いたり、笑ったり、進んだり、退いたり。
▼別府のかくれ山草房と云うところから「不知火」と云う雑誌が十一月の上旬頃出ると云うことだ。内容その他どんな風なものか僕はまだしらないがきっと「不知火」のように正体のわからなぬ薄気味のわるいものじゃないかと思っている。なにしろ「虚無思想」にあまり縁遠いものでなさそうだけは、わざわざ報告があったのでも知れる。
▼本や雑誌を沢山色々と戴くが、あまり数が多いので精読の暇がない、いつも頂き放しでスマシているのは甚だ申し訳ないと思っているばかり……
▼村上啓夫訳ワイニンゲルの「性と性格」は最近の名訳だと思う、-少し詳しく紹介したいと思いながらまだ出来ずにいる。
▼私の貧乏生活も久しいものだ、考えると甚だリデュキュラスに感じるばかりだ。しかし今迄比較的健康なのでどうやら切り抜けてきたのだがやっぱり年齢には勝てないものとみえる。
▼此処へ来てから二十日あまり禁酒、禁煙、禁女を専ら実践躬行したらかなり完全なアホになってしまったようだ。
▼此処というのは静岡県、藤枝町外の山間にある志大温泉と云う温泉宿のことだが、此処の話は別に原稿料を稼ぐ材料にしたいと思うから割愛する。
▼また新年が来るのかな-と思う、そしてこの雑誌、新年号を出すのかなと思うと一寸微笑が浮かんで来る、なんと云うわけもないのだが-
▼新年号と云うと子供や女の雑誌はいつでも十二月の初めに出ることになっているが、そんな風な習慣は何時頃から始まったのかしら-一寸考えてみたがハッキリ思い出せない。物を書く人間も、新年号には傑作を書かねばならないように考えているらしい。
▼この二三年と云うもの御正月を自分の家で迎えたことがない。去年は四国、今年は朝鮮の陋港で年をとった。来年もどうやら元旦には家にいないことになるらしい。
▼「謹賀新年」と書いた活版刷りの年賀状と云う奴も随分と古クサイ感じがする。
▼初日の出を拝んだり、若水を汲んだり、松飾りをしたり、恵方参りをしたり-単純に昔からの習慣に従って新年を迎えることが出来れば、さぞよかろうなどと思っても見る。
▼水道の栓をねじってジャアと水が出てくるのではどう考えても「若水を汲む」と云うようなことにはならない。
▼つい二三日前もこの宿では「エビス講」だと云って特別に御馳走をしてくれた、夜は福引などをこしらえて客にそれをひかせたりした。東京でも商家などでは今でも「エビス講」などを祝う家もあるかも知れないが、まず一般にそんな習慣はとうの昔からやっていない。その代わりクリスマスを祝う家はかなりあるのかもしれない。
▼この間も独りで小川の堤を散歩していたら枯れた川柳の陰に翡翠の姿を見つけた。少年の頃から掛軸では度々見てはいるが実物におめにかかったのはまだ三度か四度位な気がする。英語のキングフィッシャアと云う言葉とその鳥の画が箱についている巻タバコのことを思い出した。
▼三方山に包まれている平和な静かなこんな村に生まれて、余計なことを考えず、先祖伝来の田畑を耕して一生を終ることが出来ればなにより幸福じゃないだろうか?-これは私のような人間の徒らなセンチメンタリズムだとばかり思ってもらいたくはないのだ。
▼ウラ哲が酔うとよく興奮して口癖に云う、老子の「小国寡民章」はまったく手数のかからぬユウトピアだ。
▼舟興ありと雖も之を陳ぬる所なし、……その食を甘しとし、その服を美とし、その居の安んじ、その俗を楽しむ、隣国相望み、鶏狗の声相聞ゆれども、民老死に至るまで相往来せず。
▼所詮文明は没落して、土に還ると云う奴だ-これさえ出来れば文句はない。
▼改まってこんなことを云うのも変だが、日本の神社仏閣と云うものは実になんとも云いがたい味がある。単に一個の建物として見ただけでも人間の心持が純化する。それが荒廃していない田園の自然に包まれている時、更にその美しさを一層発揮しているのではないか、鎮守の森を持たない村はなんと殺風景ではないか?
▼諸君は田舎の道端で縷々出遇う道祖神や、馬頭観世音や、地蔵菩薩に懐かしみを感じたことはないか?
▼頗るハイカラな辻潤もこんな爺さんじみたことを云うようになってはもうだいぶヤキがまわったなと思う諸君もさぞかし多いことだと思う。実際そうなのかも知れない。しかし私は自分の実感を唯だありのままに饒舌っているだけだ。
▼昨日の辻潤は今日の辻潤ではない。明日の彼は又勿論今日の私でもない。
▼私のような人間の書く物でも読んで幾分でも心を慰めている人がいるかと思うと、-私は真実嬉しい気がする、-自分のようなヤクザ者でもそんな時は生甲斐を感じさせられる。生の無意識を痛感している僕のような人間でも。
▼自分がどんなことを感じ、どんなことをやっているかと云うことを沁々反省したら、他人のやることは大抵の場合我慢が出来ると思うのだが-
▼他人をやたらに責める道徳家程、厄介なウルサイ人種はない。恥ずかしいとは思わないのか?
▼藤枝の宿には昔弥次喜多のとまった宿屋があるそうだと荒川畔村が真面目くさった顔をして云ったのでウラ哲と僕とが大笑いをした。
▼藤枝の小野庵と云う御蕎麦屋の若主人O君は歌人で、模範青年だ。自分でソバを打って毎日よく働いている。友達にU君と云う哲人がある。この哲人傘を張りながら思索生活をしている。共に私の羨望してやまない人達である。
▼O君にしろ、U君にしろ二人共まだ若い身空なのだから無論ウツ勃たる野心もひそかにパッと炎え立つ時があるかも知れないが、各自がその生れた境遇に準じて、家業にいそしみそのかたわら文学なり、哲学なりを味わっている心持は僕のような人間から考えるとどうしても羨ましくなる。
▼スピノザは黙々としてレンズを磨きながら神に酔いしれて、自己の哲学を打ち建てた。
▼ディオゲネスは樽を家として晏如として乞食生活をした。
▼辻潤は酒を飲み過ぎてからだをこわし、先輩、知己、友人等の小遣銭を巻きあげている。
▼ウラ哲は辻潤を勝手に高士にしたり、セイ風光月の士にしたりして喜んでいる。
▼荒川畔村は君子にしたり、最高の文学者に奉ったりしている。
▼それを又恥かし気もなく辻潤は黙認している。だが、セイ風光月の士だとか、最高の文学者だなどと云う言葉それ自体が既にコッケイな感じを抱かせるだけで、だれもまともにそれを受ける人間もあるまいと思うから、僕も聊さか安心している次第なのだが、戯談から駒が出ると云う諺もあるから、ヨタもいい加減にしないと馬鹿な誤解をまねく恐れがないとも云えない。
▼辻潤はこれから先きどの位生きるかわからないが、いくら生きたところで別段今迄と変わった仕事もやりそうもない。やっぱり今迄やったようなことをグズグズとダラシなく続けてゆくに相違ない。
▼辻潤は辻潤の柄に合ったことを唯だやるだけだ。社会意識がない、民衆の感情になれない、逃避だ、意気地なしだ、独善だ、不真面目だ、馬鹿だ、まったく迂闊だ、-その他なんでもかんでもどんな悪罵でも冷罵でも私は謹んで引き受ける。
▼私はそうアチラにもコチラにも気の向くような誂い向きの人間には不幸にして出来あがらなかったのだから。
▼世界の人間がみんな右を向いて歩くからと云うので、私は無理にも左を向いて歩いているわけじゃない。まさかそれ程、意志の強固なツムジ曲りじゃない。
▼私は唯だ自分の歩きたい方へノソノソと歩いて行くだけだ。ただそれが偶々世間の多数と歩調を同じくし得ないと云ったって別に世間の人の歩く邪魔にならない限りホッタラかして置いてもらいたいと思う。
▼そのうち断崖絶壁からコロガリ落ちてクタバルかも知れない。だがひとり歩きは寂しいから僕だとて御つれの沢山ある方を勿論望んではいるのだ。
▼其雄を知りて、其雌を守れば天下の谿となる。天下の谿となれば常徳を離れず嬰児に復帰す-例の老子の言葉だが、なんとステキに理想的じゃないか?
▼私の近頃の愛読書は「東坡禅喜集」と云う書物だ。ウラ哲が銀座街頭で金二十銭を投じて私の為めに買ってくれた本だ。
 応夢観音賛 稽首す観音 宝石に宴座す、忽々たる夢中我が空寂に応ず。観音来らず、我も亦往かず、水は盤中に在り。月は天上に在り。
 たとえばこんな詩がある。それから近頃のダダの詩のように字を倒さにしたり横にしたりした奴がある。
▼東坡の名前は十四五の頃「文章規範」で始めてお目にかかったのだが、今頃になってやっと東坡がどんな人物かと云うことがわかったわけだ。機縁が来なければすべて駄目だ。
▼近頃、私はなぜ英語なんかやらないで、漢文を一生懸命勉強しなかったかとつくづく感じることがある。日本に生れて漢文学を味うことの出来ないのは、虎穴に入って虎子を得ざるが如きものだ。
▼どこを見廻わして不幸な人間だらけでほんとうにイヤになってくる。嗚呼!嗚呼!やりきれない。
▼いい加減救世主でも現れそうなものだ。なにをしているのだ。グズグズしていやがる-早く出て来い。
▼なんにも書きたくないのだ。要するに-みんな生きているからのことだ、毎日毎日同じようなことを云ったり、したり、そうして日が暮れる。新年はおめでたい、虚無だとかダダだとか、アナだとかボルだとか、ホーカイ期だとか、ホーカ液だとか、ウルサイ、ウルサイ-新年はおめでたい、むべ山は嵐かな-J,O,A,K 御苦労千万、みんなヨッパライの寝言さ、オイチニ オイチニ 右向け前へ左、チンチン働きます、オーライに御入来、浪花節に大和魂、サンジカリズムと云うのは産児制限のことですか?-だとさ、-あの人はサカイ主義者だよ、オッカナネエゾ、ペストル強盗が流行って心中を煽動して、労働争議に早変りをしたと云うのはチト可笑しい-と小首を傾ける老人、タダで原稿を書く詩人のことをタダイスト。
▼これはもう一度逆に読みかえしてみたらいいのだ、何辺でもくりかえして。赤い字で書き、青い字で書き、黒く塗り潰し、引き破り、鼻をかみ、丸めて投げつけ、ハダカで踊り、みんな勝手な夢を見ていればいいのだ。
▼A+B、B+G=Z、どうコンビネーションを変えてもエレメントはみんな一つ穴の狢だ。ムジナとムジナがバカし合っているのだ。狸でも狐でもよろしい。オカメでもハンニャでもよろしい。ハタクシハキチガイソウダ。ナンマミホーレンダムツ。
▼文学に懲り始めてから約三十年-末だになに一ツ満足に書けたと思うものは一ツだってない-短歌や俳句は勿論小説もドラマも詩も批評も-
▼しかしそれでいて満更ヘタの横好きだとも考えてはいない-なんとなく凝っている間に日月が用捨なく過ぎ去ってしまったに過ぎない。
▼余計なことばかり考えて暮らしてしまったのだ-しかし、元来文芸などは余計なものだと云うのが近来の説だ。
▼しかしそんなことを徒に議論しているのも余計なことだ-考えると一切が余計なことだと思われる。
▼「虚無思想研究」などもその余計なことの一ツの表現である。
▼無想庵の断片は彼が三十六七歳の時のものだから、多分約十年程以前に書かれたものだ-彼の意志から云えば無論発表なんかされたくないに違いない。
▼僕は自分の書く物を読みなおしてみると大抵不愉快になって、発表したくなくなるのが常だ。しかし、なにか書いて雑誌に売りつけないと食えないから仕方なく恥を曝らしているまでの話だ。
▼手紙だって書きかけて出さない場合が随分多い、-止むを得ない用件にあらずんば大抵中止してしまう。但しラブレタアはこの限りではないが、これは相手がなければ書けないからいつでも書けると云うものではない。
▼自分が真に考え、感じていることだけを書いてみたい、たれが他にどんな影響を及ぼそうと、そんなことを考慮に入れずに、思うままのことを書き散らしてみたいものだ。
▼自分は自分のような物の見方や、考え方を他人に強いようとは思わない、しかし向うが共鳴するのは先の勝手で、僕の知ったことではないのだ。僕は自分の考え方が最上だとは思ってはいないが、-それが自分だけには正しいのならやむを得ない話である。
▼いつでも健康で、晴々とした気持で哄笑しながら暮したいものだ-しかし、健康でない人間が健康だと考えてみたところで、徒らに滑稽で、悲惨な話だ。貧乏な人間がいくら贅沢な生活を夢みたからと云って現在の貧乏は依然として貧乏だ。結局あきらめるより仕方あるまい。
▼あきらめて安心していられるなら、それで甚だ結構なことだと思う。
▼しかし、徒らに社会を呪ったり、他人を恨んでみたりするのはあまり感心は出来ない。
▼いくら悲しくとも、いくら苦しくとも、それを黙々として耐えて生きてゆくのも中々立派な生き方だと思う。(注4)
▼私はニイツエが自分のモットーとしたAmor Fati(汝の運命を愛せよ)と云う言葉が好きだ。
▼昔から達人はみんな工夫して、どんな境遇にあっても自分の心の態度をかえない心懸けをしたらしい。
▼自分はどんなに不幸でも、どんなにツマラヌ人間でも、やはり自分を愛してる。これは負け惜しみかも知れない。しかし実感だから仕方がない。自分以外の人間になりたいとは思わない。思ったところでなんにもならない話なのである。
▼自分が与えられた性格と、才能と境遇と、それ等に出来るだけ順応した生活をして生きて行くだけの話だ。
▼「悠々自適」と云う言葉がる-
▼僕は貧乏を得意にしたり、銭の欲しくないようなツラをして威張っているわけじゃない。銭を取る手段を考えるとウンザリするからだ。自分の好きな仕事をして生きていられる間は強いて余計な真似や、不愉快な思いをして銭をとろうと云う気持にもならないだけだ。
▼如何に世の中がセッパ詰って来たからと云って、もう少し人間は呑気なツラををして生きてもよさそうだ。笑うと損をすると云うような顔付をした人間の殖えることは愉快なことじゃない。
▼酒を飲まないと、少しも交際意識が働いて来ない、随って外出する気が起って来ない。タバコばかり吹かして、番茶などを啜りながら人と話をしてもサッパリ面白くない。
▼たしかに自分はアルコオル中毒患者に相異ない。その癖、酒とタバコを始終やめたいと考えているのだ。
▼恒産なければ恒心なし-マルクスに聴かないでも夙に孔子が喝破している。
▼明日のことを思い煩う勿れ-キリストは彼の生活を浮き草と同様に取り扱っていたのだろう。御心にまかせていたのだろう。
▼自分の心にもないことを云わないで生きてゆけないような人間はみんな可愛そうなもんだ。
▼世の中にはなんと沢山思いあがった愚人どもの多いことか。
▼どうせ生れて来た奴等に幸福な人間など一人もないが、少なくとも僕等のような考え方をする人間がふえれば、世の中はもう少し明るく煩くなく、気楽になると思う。
▼私はこれでも少しばかり自分の同胞や生まれた国のことを心配しているつもりだ。(注5)
▼高橋と中井という悪い奴らがいるが、その点小谷という人間は現代の偉人である。

(おわり)

(注1)辻潤は無想庵が好きだったのだが、無想庵の恋愛問題があってから辻は無想庵に批判的になったようです。

(注2)辻の「擬人の独語」は古谷栄一の影響を受けています。

(注3)「女工哀史」はあの有名なルポルタージュですが、辻は細井を高く評価していたようです。


[ホームに戻る]  [図書室目次に戻る]