辻 潤 の文章1


 

のつどる・ぬうどる


 生きていくことの面倒くさいことは今に始まったことではない。それがイヤなら死ぬよりほかは名案はない。自分のようなひとから見たらおよそ暇だらけのように見える人間でも、落ちついて本など読んでいる時間の如何に寒々たるものであるかを嘆かざる得ない。しかし生きているのだから、死にたくはないにきまっている。飯はたいてい二度は食べているが、時に一度も食わないこともある、顔を洗うことも洗わないことも、床をあげることも、あげないこともある。新聞を見ることも、見ないこともある。毎日朝から酒でも飲んでいるように思われることもある。朝から飲んでいることもたまにはある。三日位続けて飲んでいる時もあれば、まるで飲まない時もある。手紙を書いたり、便所へ行ったり、客の対手をしたり、これで英蘭銀行に何千ポンドとかいう金でもあずけてあるのならさぞ気楽だろうなどと時々思ってもみるのだ。なにしろ金はやっぱりなんとかして取らなければならんから、原稿というものを書くが、それが必ず金になるとはきまっていないんだからはなはだ困るのである。しかし他に能がないからやっぱり物を書くより仕方がない。
 なにしろ、人間が食うに困るなどということは滑稽でもありはなはだよろしくないことだ。人間の一切の労苦が単に生きんがためばかりと考えると、まことに情けなくなってくる。何千万年生きてきたのか知れないが、今のようなザマでは猿にも劣っているとしきゃ思えない。どう考えても人間は軽蔑に価する。その癖万物の霊長だなどとホザイている奴がいる。霊長ならもっとレイチョウらしくやってもらいたいものだ。昨年「ニヒル」という雑誌を出したが三号で潰れた。まことにたわいもない話だ。この「きゃめれおん」という屑のような代物も気紛れに出してみることになったのだが、一号でオジャンになるかも知れない。とにかく出してみることにした。
 自分だけにしてみれば、もはやたいした問題もなくなってしまっているのだ。なるべく静かな生活をしながら、死ぬまで生きていたいという位のことに過ぎぬ。自分に出来ることはせめて数冊の書物を残してゆくこと位である。それを読む人が多少なりとも同感を表してくれ、いささかの慰めを覚えてくれるなら自分は至極満足なのである。
 自分はひどく常識的で平凡な人間だと自分では考えているのだが、社会的の色眼鏡に映じた「辻潤」はひどく奇妙に思われている。これは飲酒の性癖がしからしめているのであろう。誰でも酔っているときは非常識で気狂いじみている。なにも自分ひとりに限ったことではない。それに僕は常識的であることを別段すぐれていることだと考えていないのだ。会社や、銀行員や、市会議員や、教師やその他多数のフィリスチンの考えていることや、口にしているようなことをなにもわざわざ尻馬に乗ってしゃべる位なら、僕はつとに「文学」などは投擲してしまって撒水夫か、郵便配達にでもなっている。
 自分がなぜアナーキストやマルキストにならないかというと、自分はかれ等のように立派な「理想」を持つことが出来ないからだ。持つことが出来ないというより、持ち得ないからだ。僕にだって昔は「ユートピア」の夢位あったが、それはとっくに消え失せてしまったのだ。むしろ人間が役に立たんユートピアを夢みることによって、醸し出す行為がよけい人生を不幸に陥れているとさえ信じている。もし自分に「理想」というようなものがあればそれは「無理想」であり、人間が「動物」の自覚を持ってもっと無邪気に、屁理屈をいわず相互に自由に跳ねまわる世界を望むこと位のことだ。しかしそれが出来るかどうかは自分のあずかりしらぬことである。
 自分は詩人ではないが、ひどく空想癖が強く、世間的なことにもあまり興味を持たない人間ある。
社会人としてはゼロである。しかしこんな風に生まれた自分をどうしようもない。自分で今まで生きて来られたということを考えると奇跡に近い。
 自分は時代遅れの個人主義者だ。しかし主義者などとなにも四角ばって言葉を使わないでもいい。
つまり「僕は君ではないのだ」という位の程度だ。
「君の顔と僕の顔と似ているかも知れないが、同一ではない」という程の意味に過ぎない。その「自分」と名付けている「存在」も考えようでは実は複雑きわまる「代物」で決して簡単な「個」ではない。掘り出せばなにが出てくるか知れたものではない。同じ「日本人」といったって、随分種類がちがっていると思う。各自の血統をそれからそれと遡って洗い立てたら、どんなことになるのかわからないのと同じだ。だから「民族性」などといって、大把みに定めてかかるわけにはいかない。自分は関西の方へ旅行をする度に感じることだが、どうしても自分がかれ等と同じ人種だとは考えられない。(もちろん一般的にいっての話だ)第一言葉のアクセントから受ける感じだけでも随分違うと思う。昔、フェニキアあたりの商業人種があの辺に移住したのではないかなどと自分は時々そんな風に考えてみる。
 近頃流行の社会的色分からいったら自分などはまずルンペン・インテリゲンチャとでもいうのだろう。なんでもかまわない。ルンペン・インテリならルンペン・インテリとしてのいい分があり、階級意識?もある筈である。全体、社会学とか経済学などというものはまことにヨケイな学問だと自分などは考えているのだ。これは少し無茶ないい方だが、そんな風な学問をしないでも人間が昔、立派に生きていられた時代のことを少しばかり連想してみたからの話だ。もっとも時代の要求に応じて生まれた学問だといえばそれまでの話だ。
 自分は世間の名声とか、金とか女とか、普通の世間一般人の欲望の対象となっているものを軽蔑しているわけでもなく、別に嫌っている次第でもない。ただそれ等の物以外になん等の考えもなく、それ等をこの世の最高の価値基準ででもあるかの如く思いこんでる人間を、軽蔑するだけのことである。従ってブルジョアジーの生活が一向羨望の的とならないばかりか、かれ等の存在がもしその他の多数の人々に不便を与えてるとすれば、むしろなきにしかずと考えているのである。しかし、僕はコミュニスト達のように、暴力によってかれ等の存在を脅かすことには不賛成である。如何なる場合においても、人間が暴力を使用している間は到底不幸は免れ得ない。世に正義人道の名の下に暴力を行使している人間程厭しいものはない。
 フロイド・デルの「智的漂白」という書物の冒頭の文句に、「文学とはある意味で人生に対する一つの論議である」という言葉がある。これは確かに肯かれる説である。自分はこれまでニヒリズムの立場から、若干の論議を提出して来た。現に今でもやっている。しかしニヒリズムというのに特別の形態があるわけでもなく、一定不変の主義があるわけでもない。ただ昔からさまざまな人達が自分の同一の立場にいて、それぞれの理想を表現して来た。時代と国と各人によって、それが異なった形になって表現されている。同じニヒリストでも、だからかなり色彩がちがっているのである。 人間は本来、誰でもみんなニヒリストなのだと思う。唯それを自覚しないか、あるいは余りにも分かりきった話なので、今さら改めて口にしないかどっちかだと思っている。でない人間がもしいるのなら、あれは阿呆か、詐欺漢かどっちかだ。
 自分もかなり長い間ニヒリズムを説いてきたが、実は近来では厭きあきしてしまっているのだ。だから、こんども「ニヒル」という名称を「きゃめれおん」に換えようかと考えたのだが、「ニヒル」の方が流布されているから人に読んでもらう上に都合がいいという意見が出たので、それに従ったわけだ。人間は物に飽きる動物だから、自分がアキたからといって別に不思議でもない。
 自分はこの世に生まれて来たことを別段ありがたいことだと思ってはいないが、ブッダや老荘やショーペンハウエルなどという偉人の教説を知ることの出来たことを、せめてもの一大慰安だと考えている。僕はかれ等の弟子のひとりとして、自分流儀にかれ等の教えをフエンしているに過ぎない。僕に厭き足りない人達は直ちにかれ等の許に走るがいい。自分はむしろそれを乞い願っている。 
自分が「文学」を愛した最初の動機はそれによって人生をより深く味得したいためであった。もちろんそれによって衣食の資を得たり、名声を馳せたいなどという了簡は持ち合わせてはいなかったのだ。だから、自分は未だに自分が「文学」によって生活し得ないことを一向に不思議ではないかと考えている。しかしもはや自分の職業を求めるにはあまりに年をとり過ぎたし、またこれと思うような仕事も見当たらない。やはり、文筆によって生きる他いたしかたがないのであろう。ただ時代の風潮に従って自分の考え方や感じかたを変化することが出来ないばかりである。
 こないだ、武者小路氏の「星雲」五月号所載の渡辺一夫氏の訳しているアンドレ・ジイドの「モンテーニュに就いて」という論文を読んでいたら次の言葉を発見した。 モンテーニュが自分に興味を持ち過ぎるという非難を受け、その非難に対して抗弁するためにソクラテスの「汝を知れ!」という彼の自己探求の最大勝利が、「自己を軽視する」術を学ぶにあることを明らかにしようと努めていること、それから「古代が人間に関して持っていたすべての思想中で、予が進んで採り、かつ最も愛着を感じるものは人間を最も軽蔑し、卑しめ、無視する思想であると、予は概して感じている」という言葉をひき、ジイドはこれは期せずしてパスカルのために弁じているわけであると付け加えている。
 偏見―公平であるということはなんの意見でもあり得ない。自分もまた常に自分らしい偏見を持つであろう。マルクス思想の如きは、偏見の雄なるものである。


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