竹内鉄五郎


  

日本皇帝睦仁君に与う


  日本皇帝睦仁君足下、余等無政府主義者、革命党暗殺主義者は今足下に一言せんと欲す。
 抑(そもそも)天地間に存在せる総ての物体は一分時、一秒時と雖(いえども)静止の状態あることなし、人類界又然り、昨日の人類は今日の人類にあらず、今日の人類また明日の人類にあらず、或いは遥かに遡って人類の祖先を尋ねては猿類なりしを知るべく、猿類の祖先またそれ以下の動物たるや明也。之を精細に比較考究せば其間に進化律の存するありて斯の如く変化し、斯の如く進歩発達して殆ど以前の形骸をだに認めざるに至る。足下知るや、足下の祖先なりと称する神武天皇は何者なるかを。日本の史学者は彼を神の子孫なりといえども、そは足下に阿諛(あゆ)を呈するの言にして虚構なり。自然法の許さざれる所なり。故に事実上彼また吾人(ごじん)と等しく猿類より進化せる者にして特別なる権能を有せざること今更余等の喋々を待たざる也。彼は何処に生まれたるやに関しては今日確実なる論拠なしと雖、恐らくは土人にあらずんば支那或いは馬来半島辺りより漂流せる人ならん。遮莫(さもあらばあれ)、彼は其付近を掠奪して多くの奴隷を作り、大いに暴威を揮(ふる)いたること今日足下が吾人に向かってなしつつあることと敢えて異ならざるべし。
 其の当時に於て最も残忍刻薄なる彼れ神武は、自ら主権者なり、統治者也てふ名目の下に罪悪汚行を専らにし、其子また父にならい、其子また父にならって遂に百二十代の足下に至れり、噫二千五百有余年!
 此間足下及び足下の祖先は足下等の権力を維持せんがために、足下等の虚栄心に満足を与えんがために、如何に多く吾人を苦しめたるよ。如何に多く吾人を屠りたるよ。如何に多く吾人の富を奪いたるよ。吾人は之を思う時に当たり、足下等の首を斬り、足下等の肉を炙りても猶あきたらざる心地す。敢えて問う、足下等は何処より権力を得たる、若し足下等が生まれながらにして得たりとせば、足下等に迫害され蹂躙せられつつある吾人もまた得ざるべからず。然るに事実はこれに反せり、余等の足下等を目して残忍刻薄なりと云うは実にこれが為なり。
 権力は暴威也。暴威を以て他を圧するの力也。故に暴威益々盛なれば権力益々盛也。足下の祖先の或者がたまたま他より権力を害せられたる時は、暴威を他より害せられたる時なりき。今日足下は足下の権力を他より害せられざらんがために、而して其権力を絶大無限ならしめんがために、其機関として政府を作り法律を発し、軍隊を集め、警察を組織し、而して他の一方には人民をして足下に従順ならしめんがために奴隷道徳、即ち、忠君愛国主義を土台とせる教育を以てす。またつとめたりと云うべし。而してその必然的結果として生じたるは貴族也。資本家也。官吏也。此等の輩は常に足下の威をかりて暴逆無道、人民を苦しむる恰(あたか)も木偶漢を遇するが如し。如斯にして日本人民は奴隷となりたる也。自由は絶対的に与えられざる也。足下は神聖にして侵すべからざる者となり、紳士閥は泰平楽をならべて人民はいよいよ苦境におちいれり。睦仁君足下。足下よく自由なくして「人」たるを得るか。思うに得ざるべし。足下の人たるを得ざる如く吾人もまた得ざる也。如何となれば人は「人」にして初めて人なれば也。
 鳴呼、誰か人の如く生まれて「人」たるを欲せざらんや。吾人は実に人たらんと欲する也。故に奴隷の位置を棄て自由の位置を得ざるべからず。今日学者能く人生の意義を語る、然れども彼等の語る処は人生の意義にあらずや、現在所謂「人間」の意義にあらずや。自由なくして何の人生ぞ。人は自由にして生き、自由にして初めて進歩発達す。然るに足下の権力及び其機関は常に生を害し、進歩発達をさまたげつつあるにあらずや。
 茲(ここ)に於いてか知る、足下及び足下の機関の存在は、吾人五千万の日本人をして「人」たらしめざるなり、如斯にして吾人猶足下に向かって敬意を表し、陛下よといわざるべからざるや。睦仁君足下、足下はさきに足下の暴威の範囲を拡張せんために隣邦支那と戦えり、近くは露国と戦いたり。此時に於いて足下の幇間は挙国一致を説き、忠君愛国を語りつつ殺戮を奨励したり。鳴呼、日本の平民に何等の怨恨かある、彼等の多くは日本人を知らざるが如く、日本人も亦彼等を知らざる也。故に其間に何等の利害得失あるべき筈なし。況や剣を抜き砲を取りて戦うに於ておや。然るに足下の奴隷道徳に養成されたる或者は「国家」のためと呼び、或者は足下の法律の強制にかりて戦場に走りぬ。斯くして彼等は足下の名によりて数百万の富を強奪し、強奪され、或いは消費し了わんぬ。彼等の多くは何のために戦いしかを能く解せざれ共、其結果は能く吾人に何の為なるかを語る也。戦後の足下は一等国の君主となりしにあらずや。貴族は爵位を得しにあらずや。而して自ら銃砲をとりて戦いし平民の子は戦場の露と消え、或いは捕虜となり、幸にして帰りし者は重税を課せられ十億の国債を荷って猶飢餓と戦いつつにあらずや、君よ、足下及び足下の周囲なる権力階級は失うことなくして得る処大なるを。君よ、平民階級は失う処大にして得る処一つもなきを。
 人は生を欲す、これ足下と吾人と等しく欲するところ也。人は生を愛す、これ足下と吾人と等しく愛するところ也。総ての動物は生の自由を有す。鳥の生存するは鳥の自由也。人の生存するは人の自由也。此自由ありて人は初めて幸福に、鳥は初めて幸福也。故に吾人の生存は吾人自身の幸福のために生存するものにして、足下に束縛せられ蹂躙せられんがために生存するにあらず。足下の権力は常に此生存の自由を無視しつつあり、足下の命令に依りて殺戮せられたるは足下の自ら手を下して殺戮したるに等しき也。足下重税を課して飢餓せしめたると足下自らとを下して飢餓せしめたるとは等しき也。此意味に於て足下は謀殺者也。虐殺者也。如此にして猶吾人は足下に向かって忠実なる奉仕をなすの義務ありと云うか。
 睦仁君足下、足下は只足下の権力を維持せんがために斯くまでも大なる犠牲を作りて敢えて顧みるところなきか。而して日本の自由論者は足下に何を語り、何を要求しつつあるかに耳をかたむけざるか。余等は知る。足下は只単に耳をかたむけることさえなさずして、却って彼等を迫害し、圧制しつつあるを。自由を叫びたる新聞雑誌は発行を禁止され、罰金を課せられたるにあらずや。自由を叫びたる新聞雑誌記者は入獄を命ぜられたるにあらずや。自由を要求したる労働者の一群は軍隊に射殺され、投獄されたるにあらずや。ここに於て、吾人は断言す。足下は吾人の敵なるを。自由の敵なるを。而して足下が自由論者に向かってなしたる行動は、自由論者に向かって挑戦したる行動なりと。よし然らば、吾人もまた吾人の覚悟あり、吾人も徒に暴を好むものにあらず、然れども暴を以て圧制する時には暴を以て反抗すべし。然り、吾人は最後の血液までをそそがんまでも足下に反抗し、現在の秩序に反抗すべし。遊説や扇動の如き緩慢なる手段を止めて須く暗殺を実行し間諜者圧制者は総て其人の如何なる地位にあるを問わず尽(ことごと)くそを謀殺すべし。
 足下の政府は意のままに余等を絞殺し、又或一部の革命団体を圧伏撲滅するを得ん。余等はまた足下の政府が革命の肝要なる機関を打破するに於て成功し得べきを認めん。然れども、そは到底事物の有様を変更するの力を有せざること明らか也。
 春来りて花咲くは何の為ぞ。そは自然の力也。夏来たりて実を結ぶは何の為ぞ、そは自然の力也。夫れ革命の起るや起らんとして起るにあらずして自然に、起るもの也。革命は決して個人に関係せし事にあらずして、むしろ、社会有機体の進行也。国民の不平は不平として生ずるにあらで、自然淘汰の作用によりて生出したる也。而して其作用の最後に起りたるは余等の暗殺主義その其者也。
 それ等を単純なる紙上の空論と誤認する勿れ、暗殺主義は今や露国に於て最も成功しつつあり、仏に於てまた成功したり、余等の暗殺主義はこれ等の先進者の成敗に鑑みて一層秘細なる研究をつみて生まれたるもの也。足下には実に怖るべく驚くべきものにあらずや、然り、これ実に怨むべきものの最也。然れどもこは足下自ら作りしものなり、又如何ともすべからざるもの也。睦仁君足下、憐れなる睦仁君足下、足下の命や旦夕(たんせき)に迫れり。爆裂弾は足下の周囲にありて将に破裂せんとしつつあり、さらば足下よ、

1907年11月3日、足下の誕生日
                    無政府党・暗殺主義者


 ※上記の文書は、1907年(明治40年)11日3日「天長節」を期して、サンフランシスコの福音会会員によって発表されたもの。サンフランシスコ日本領事館に貼付されると同時に、日本国内の官庁にも多数送付。また独仏英三国語に訳され世界中に流された。在米日本人アナキスト竹内鉄五郎らによって作成配布されたものと推測されるものの、真相は不明である。
 出典は「増補 日本の反逆思想」(秋山清著 三一書房 1977年)。尚、古色蒼然たる文体なので、カタカナ表記はひらがなに、送りがなは現代風改める等、文意をそこなわない程度に変更した。


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