添田唖蝉坊


  ああ金の世

ああ金の世や金の世や。地獄の沙汰も金次第。
   笑うも金よ、泣くも金。一も二も金、三も金。
親子の中を割くも金。夫婦の縁を切るも金。
   強欲非道と譏(そし)ろうが、我利我利亡者と譏ろうが、
痛くも痒くもあるものか、金になりさえすればよい。
   人の難儀や迷惑に、遠慮していちゃ身がたたぬ。

ああ金の世や金の世や。希望(ねがい)は聖(きよ)き労働の
   我に手足はありながら、見えぬくさりに繋がれて、
朝から晩まで絶間なく、こき使われて疲れ果て
   人生(ひと)の味よむ暇もない。これが自由の動物か。

ああ金の世や金の世や。牛馬に生れて来たならば、
   あたら頭を下げずとも、いらぬお世辞を言わずとも
済むであろうに、人間と 生れた因果の人力車夫(くるまひき)。
   やぶれ堤灯股にして、ふるいおののくいぢらしさ。

ああ金の世や金の世や。蝋色塗の自動車に
   乗るは妾か本妻か。何の因果ぞ機織りは、
日本に生れて支那の米。綾や錦は織り出せど、
   残らず彼等に奪われて、ボロを着るさえままならぬ。

ああ金の世や金の世や。毒煙燃ゆる工場の、
   危うき機械の下に立ち、命を賭けて働いて、
くやしや鬼に鞭うたれ、泣く泣く求むる糧の料(しろ)。
   顔蒼ざめて目はくぼみ、手は皆ただれ足腐り、
病むもなかなか休まれず。聞けよ人々、一ふしを。
   現代の工女が女なら、下女やお三はお姫さま。

ああ金の世や金の世や。物価は高くも月給は
   安い。弁当腰に下げ、ボロの洋服破れ靴。
気のない顔でポクポクと、お役所通いも苦しかろう。
   苦しかろうがつらかろうが、つとめにゃ妻子の(あご)が干る。

ああ金の世や金の世や。貧という字のあるかぎり、
   浜の真砂と五右衛門は、尽きても尽きぬ泥棒を
押さえる役目も貧ゆえと、思えばあわれ、雪の夜も、
   外套一重に身を包み、寒さに凍るサーベルの、
つかのま眠る時もなく、軒端の犬を友の身の、
   家には妻の独り寝る、煎餅布団も寒かろう。

ああ金の世や金の世や。牢獄(ろうや)の中のとがにんは、
   食うにも着るにも眠るにも、世話も苦労もない身体。
牛や豚さえ小屋がある。月に百両の手当をば、
   受ける犬さえあるものを。「サガッチャコワイ」よ神の子が、
掃溜などをかきまわし、橋の袂(たもと)や軒の下、
   石を枕に菰(こも)の夜具、餓えて凍えて行路病者(ゆきだおれ)。

ああ金の世や金の世や。この寒空にこの薄着。
   こらえきれない空腹も、なまじ命のあるからと、
思い切っては見たものの、年取る親や病める妻、
   餓えて泣く児にすがられて、死ぬにも死なれぬ切なさよ。

ああ金の世や金の世や。神に仏に手を合わせ、
   おみくじなんぞを当てにして、いつまで運の空頼み。
血の汗油を皆吸われ、頭はられてドヤサレて、
   これも不運と泣き寝入り、人のよいにも程がある。

ああ金の世や金の世や。憐れな民を救うべき、
   尊き教えの田にさえも、我儘勝手の水を引く。
これも何ゆえお金ゆえ、ああ浅ましき金の世や。
   長兵衛宗五郎どこにいる。大塩マルクスどこにいる。

ああ金の世や金の世や。互いに血眼皿眼(ちまなこさらまなこ)。
   食い合い奪(と)りあいむしり合い、敗けりゃ乞食か泥棒か、
のたれ死ぬか、土左衛門、鉄道往生、首くくり。
   死ぬより外に道はない。ああ金の世や金の世や。



  あきらめぶし

地主金持は我儘者で、役人なんぞは威張る者。
   こんな浮世へ生れて来たが、我身の不運とあきらめる。

お前この世に何しに来たか、税や利息を払うため。
   こんな浮世へ生れて来たが、我身の不運とあきらめる。

苦しかろうが又辛かろうが、義務は尽くさにゃならぬもの。
   権利なんぞを欲しがる事は、出来ぬ者だとあきらめる。

たとえ姑が鬼でも蛇でも、嫁は柔順(すなお)にせにゃならぬ。
   どうせ懲役するよなものと、何も言わずにあきらめる。

借りたお金は催促されて、貸したお金は取れぬもの。
   どうせ浮世は斯様(こう)したものと、私ゃ何時でもあきらめる。

米は南京、お菜(かず)はひじき、牛や馬ではあるまいし。
   朝から晩までこき使われて、死ぬより増しだとあきらめる。

どうせ此の世は弱い者いじめ。貧乏泣かせだ是非もない。
   こんな浮世へ生れて来たが、我身の不運とあきらめる。

汗を絞られ油を取られ、血を吸い取られた其の上に、
   投(ほう)り出されてふみつけられて、これも不運とあきらめる。

長い者には巻れて了(しま)え。泣く子と地頭にゃ勝たれない。
   貧乏は不運で病気は不孝、時よ時節とあきらめる。

あきらめなされよ、あきらめなされ、あきらめなさるるが無事である。
   私ゃ自由の動物だから、あきらめられぬとあきらめる。


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