ボブ=ブラック


社会関係を爆破することはできない....でも、やってみると楽しいかも!


本論文は、Anarchy: A Journal of Desire Armed、第33号(1992年夏)に掲載された。原文は、You Can't Blow up a Social Relationship... But you can have fun tryingで読むことができる。原文で参照されているオーストラリアのアナキスト組織が書いたパンフレットは、社会関係を爆破することはできないで読むことが出来る。(訳者)

1979年、オーストラリアのアナキズム・「リバータリアン社会主義」の四組織が「社会関係を爆破することはできない」という小冊子を出版した。おこがましくもその副題は「テロリズムに反対するアナキズムの主張」だという。あたかも彼等の主張こそがテロリズムに反対する唯一の主張であり、テロリズムに賛成の主張などないかのようだ。このパンフレットは北米アナキストグループ−−通常、労働者史上主義者−−が再販し、配布している。他にそういったものがないため、アナキストにとって規範となる信頼に足るテロリズム批判として広く流布されているようだ。

実際、このパンフレットはガラクタである。一貫性がなく、不正確で、国家主義でさえある。アナキズムの世間体を整える試みとしてしか意味がない。暴力問題をまき散らしているが、そこにスペースが残っているのなら、テロリズム賛同ではないものの、この場合は反反テロリズムという観点から歴史のごみ箱の中に掃き集めねばなるまい。

このパンフレットに書かれているテロに対する酷評が実に見事なのは、論が進む内に、自身を論駁するやり方をとっているからだ。オーストラリアにいるクロアチア人ファシストによる曖昧な行動を参照することから始まり、著者等は、左翼弾圧を正当化するために国家が右翼テロリズムを利用していると説明する。実際、民主制は「自身の行動を正当化するために、テロリズムを教唆したり、企んだりしさえする。」彼等は、「1920年代の有名な米国のサッコ・ヴァンゼッティ事件」を「反対者に政治的暴力の罪を着せる覚悟を警察がしていることを示す原型的な事件」だとして引用している。明らかに、著者等にとってこの事件はあまり有名ではなかったようだ。この二人が「政治的暴力」ではなく、むしろ−−彼等が伝えようとしていたように!−−「盗みと殺人」をでっち上げられたことに気付いていないのだから。ヘイマーケット事件はもっと適切な事例だったろうが、多分、充分有名ではないのだろう。何か教訓を引き出すとすれば、それは、いずれにしてもアナキストははめられる、ということである。サッコとヴァンゼッティは、ヘイマーケットのアナキストたち(リングを除き)同様に、「銃を手に取」ってはいなかった。彼等は「この社会を公表し、理解するという長く厳しい活動に従事」していたとオーストラリア人達は提起している。何故、爆弾を一つか二つ投げなかったのだろうか?(リングが逮捕されたときにそれを実行しようと準備していたように、明らかに、ヘイマーケットのような事は避けられなかったのだ)

アナキストが国家の言葉を語るときにどのようなものになるかをここに示そう。

世界中で「テロリズム」という言葉は、抵抗の事象に対する敵対心を煽るためやテロリズム行為に対する武装防衛の準備をするために、政治家と警察によって無差別に使われている。テロリズムを特徴付けているのは、政治目的で民衆に対して組織的暴力を行使することである。

警察と政治家が用いる時には無差別な言葉の使い方は、一文後に、アナキストが用いる時になると区別されるようだ。この定義によれば、暴力革命はテロリズムである。人口の大多数がそれに参加したとしても。事実、集団的自衛は、著者等が別なところで暗に承認しているが、(数ある目的の中でも)政治目的で暴力を組織的に行使することである。さらに愚かしい例だが、この定義は、単独行動の組織的攻撃−−チョルゴシュによるマッキンレー大統領暗殺・バークマンによるフリックの負傷−−を除外している。これをテロリズムと適切に呼ぶことについては、誰も常に同意している。これらのオーストラリア人たちは、適切な英語を話していないし、方言が違うわけでもない。

自分達の主題について軽蔑的で無意味な定義を使いながら、著者等は、ばかばかしさをさらに押し進める。「支配者が」−−お分かりのようにある種のアナキストも−−「『テロリスト』という言葉を好むように、テロリストは『都市ゲリラ』という記述を好む。この描写はテロリストに偽りのロマンティックな雰囲気を添えている。」著者等は、都市ゲリラはテロリストだ(丁度「支配者」が述べているように)が、田舎ゲリラは違うと説明する。「特に、田舎の戦闘では、こうした人々は非テロリズムの武装行動を行うことができる。これには、警察や軍との武装衝突が含まれることが多い。」ならば、村落で警察署を武装攻撃することはゲリラ戦争だが、都市で警察署を武装攻撃することはテロリズムなのだろうか?こうしたアナキストは、人々が殺された土地の住民数を警察が気にするとでも思っているのだろうか?一般住民が気にかけるとでも思っているのだろうか?誰がロマンティックなのだろうか?こうした人々は農民と一度もあったことがないから、農民にロマンティックな考えを持っているのだ。そして、自分達と同じような種類の人々を知っているから、自分達のような都市のインテリの悪口を述べているのだ。

こうした戦術家達によれば、田舎ゲリラは、成功したゲリラが実際に行っていること全てを行えはしない。ベトコンは田舎を拠点としていたが、都市でも暗殺・爆破・収用を行っていた。ゲリラ戦争は何処で行われようとも定義上ご都合主義で融通が利く。田舎ゲリラが「非テロリズムの武装行動を行使」できる(そして実行する)という事実があるからといって、クメール=ルージュやセンデロ=ルミノソの村落大量虐殺のように、テロリズムの武装行動を行わないという意味ではない。

語彙の問題はさておき、何が本当にこうしたアナキストたちを不安にさせているのだろうか?このパンフレットはテロリズムそれ自体と全く何の関わりも持っていない。逆に、1960年代・1970年代に主としてナショナリスト集団やマルクス−レーニン主義集団−−IRA・PLO・RAF・SLAなど−−が行った都市武装闘争の批判なのである。理解できることだが、こうした左翼主義者達(繰り返し自称しているように)はこうしたテロリストと混同されたくないと思っている。だが、テロリストと同じことの多い手段よりも、彼らの矛盾した目的こそがテロリストとは全く違うのだ、というのは確かなのだろうか?彼らが認めているように、大部分のマルクス主義集団は、党建設とプロパガンダを望ましいとしてテロリズムを非難している。これは、このオーストラリア人達が呼びかけているのとほとんど同じだ。赤い旅団は、イタリア共産党と何ら変わらぬ容赦ない敵だった。その反面、このオーストラリア人達は方法の違いを誇張しているようだ(アナキストのテロリズムが持つ長い歴史をほぼ無視しながら)。何故なら、彼らはマルクス主義者と綱領的にさほど変わらないからだ。彼らは、「多数派の運動が構築されたときにしか民主主義は生まれない」といった不可解な発言をしていた。良くあることだが、この一般化は誤りである−−これは日本と西ドイツが民主化したやり方ではなかった−−が、それはともかくとしても、何故アナキストが民主主義−−政府の一形態−−が生み出される条件を促すことに関わるのだろうか?それとも「リバータリアン社会主義者」はそれを密かに取り込んでいたのだろうか?

彼らは言う。権威主義や前衛主義のような思想とテロリズムは対立しない。なるほど、テロリズムと対立しない思想は数多くある。テロリズムは活動であり、思想ではないと思われるからだ。テロリズムはベジタリアニズムとも対立しない。ヒットラーはベジタリアンだったし、アナキストの銀行強盗団であるボナ団にしてもそうだった。だから何だ?つまり、たとえ著者等がテロリズムに反対するアナキストの主張を行っていても(行っていないが)、アナキストのテロリズムに反対する主張は行っていない。つまり、彼らはアナキストのテロリストを除外し、自分達の限定的な使用方法のためにテロリストというレッテルを横領しているのである。これこそが、とどのつまりこのパンフレットが示していることだと思われる。

著者等によるアナキストのテロリズムの扱いは薄っぺらく、当てにならず、不完全である。テロリズムとは組織的政治暴力だという彼らの定義が、多くの厄介な暗殺・爆弾攻撃・銀行強盗を言葉の巧妙な誤魔化しで処理することを意味しているなら、彼らは思ったよりも賢い。だが、実際には、この主題(政治的暴力)を全く実践的重要性のない模造品に変えているだけである。彼らは他人の注目を求めない独り言を言っているだけである。それどころか、自分達が意味していることを充分明確に述べていない。

明白なことから述べてみよう。アナキストは一世紀にわたり、人々に向けられた政治的動機を持った集団的暴力というこれら「オーストラリア人の」意味でのテロリズムを実践してきた。1870年代のイタリアの様々な町でアナキストがやり損なった蜂起には国防省警官との銃撃戦が含まれていた。こうした局地的な叛乱はすぐにスペインの田舎における農民アナキズムに頻繁に見られる特徴となった。1890年代まで、アナキストは、西洋世界の至る所で国家の長を殺していた。権威的アナキズム組織によってそうするよう委任されなければ、「テロリズム」と「前衛主義」との結び付きは断ち切られないのだろうか?

著者等はスターリンの銀行強盗についてほのめかしているが、ボナ団やドゥルティの銀行強盗については言及していない。もっと最近の事でいえば、著名なイタリア人アナキスト、アルフレド=ボナンノは銀行強盗のために有罪となった。彼らは、バークマンがフリックに行った襲撃を、ドラ=カプランによるレーニンの暗殺計画を、スチュワート=クリスティによるフランコ暗殺計画の失敗を無視している。この内の幾つかに、確かに最後の例には、共同謀議が含まれており、従って「集団的」であるはずである。アナキストと爆弾を投げる人をイコールで示すことは、極めて不公平である。爆弾を投げる人だった−−多くの場合自分の生命をなげうって−−アナキストを無視することは、不正直であり卑劣である。

スペイン革命についてはどうだろうか?アナキスト武装集団は、「スペイン革命と戦争から、そして、第二次世界大戦の終焉後にさえも続く都市戦争から、自分達の具体的正当性の多くを引き出していた」と述べているが、それが何なのかは一度も示されない。そう、正しく、都市ゲリラ−−テロリスト−−は、妥当であろうとなかろうと何らかの「具体的正当性」を持っていたのだ。理由なく銃を手に取る人が誰もいないなどと述べてはいないが、彼らが述べている結論は、言い逃れであると同時に凡庸でもある。「ここでの議論にとって、スペイン内戦は教訓となる。『まず戦争に勝つ』というスローガンは政治に反対し、革命を中断し、ひいては、スターリン主義者に支配されてはいたものの意欲的な共和国政府の下に革命を留めるためだったからである。」愚鈍の往来だ。不当なことに、このオージーどもが「政治」と呼んでいることと、スペイン人が起こした「革命」とが同じだとされている。地球の反対側にいる弱虫どもにとって、政治は代替制度構築(多分、いつもの左翼主義のあれだ、有権者のロビー活動だとか食料協同組合だとか)とプロパガンダを意味している。全てのスペイン革命家にとって政治ははるかに大きな意味を持っていたのであり、確実に銃を手に取ることが含まれていた。戦争同様革命も銃で行われるのだ。ドゥルティとその縦隊は、ファラガの町を占領し、38人の警官・司祭・弁護士・地主などを処刑した。これが政治だったのであり、革命だったのであり、政治的暴力だったのだ。一部の人たちによれば、テロリズムだったのだ。これはまた、アナキズム革命でもあった。どうか教えていただきたい。この激変が教訓だというならば、何戒めなのだろうか?

アナキストの暴力は裏目に出ることが多く、持続的な勝利を一度ももたらしたことはなかった。これは真実である。だが、これがアナキズムが今まで失敗だったと述べているに過ぎない。アナキストのプロパガンダは失敗である。アナキストの組織作りは失敗である(IWWを見よ)。アナキズムの学校は失敗である。何かあるとすれば、アナキストは他のどのようなやり方よりも暴力によって多くを成し遂げたのだ。ウクライナとスペインがその例である。事実はと言えば、左翼やファシストや自由主義のライバル達と比べて何をどうしてもアナキストは何も達成してこなかったのである。例えば、そのプロパガンダがナチス・テレビ宣教師・フェビアン社会主義者によるプロパガンダの有効性に近づいたことはなかった。その制度構築(オーストラリアの共同体に押し売りされている)は、アナキストが食料協同組合でグラノーラを請うていたり、スターリン主義者だの環境ヤッピーだのが訴えるデモのために役立たずを提供したりする程度のことにしかならない。アナキストができることなど、他の人ならばもっと上手くできる。やはり、アナキズムそれ自体が大部分の人々を怖がらせて遠ざけてしまい、自由の恐怖を刺激し、他のやり方を見るための言い訳として「テロリズム」のような過保護な誹謗中傷に飛びつく程にしているのだろうか?

私の目的は限定的で否定的だった。雑草を刈り取るだけで、何も植えなかった。アナキストがイメージに関する問題を持って−−そして、それを気にかけている−−なら、それは、時々起こるテロリズムにではなく、自分のアナキズムに付随している。オーストラリアのアナキストは、いわゆるテロリズムに対するアナキズムのアプローチにではなく、自分達の政府に自分達は無害だと保証することに最も関心を持っているように思える。彼らの恒久的恥辱のために、私は彼らが無害だと確信する。国家と階級社会に対して無害にはなりたくないアナキズムはテロリズムと関わらねばならない。それももっと別な、もっと先鋭的なやり方で。

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