メンバーの小屋

乱乱小屋

18. 手首

 そうかあの手首だった。
 釣崎清隆の死体写真。ギャラリー入口近く、いきなり目に入ったのが手首の写真だった。
 長い指、長い爪、キラキラしたブレスレット、無残なその切断面とのコントラストも激しく濃厚だった。しかし美しい。確かに一番美しい切片なのだ。
 以来妙に頭の中に手首が浮かぶ。

 20数年前。私は「金縛り」とか称するものに襲われていた。幽霊お化けの類は承知していたものの「心霊現象」なるものに関して無知だった故、当然「金縛り」は後知恵である。
 「それ/金縛り」はしばしば起こった。自分なりに分析してみると、「それ」には2種類あった。拘束されてしまう状態と、出所不明の恐れが加味されたものと。何れにしても、「それ」が起こると、拘束から解放されんと身体を動かしての悪戦苦闘。 しかしそれらは単なる睡眠時のエピソードに過ぎない。一夜明ければそれだけのこと。確かに奇妙な出来事であり、若干の不快を伴うものではあったのだが。
 ところがだ、予想もせぬ深刻な事態を迎える。「それ」の最中、「何か」の気配が 強くなってきたのだ。「何か」とは、姿形は不可視だが、存在が確かに感じられる「 何か」である。頻度は増し、日を追う事に、「何か」が露呈/顕在化せんと謀るのだ。
 露呈とは、強烈な恐怖感と共に首を絞められるという身体感覚だ。最中、周囲の光景はしかと見えるのだが、空間は歪み、深夜無灯の室内は日中の如く明るい。外気と 遮断され無風にもかかわらずカーテンがなぜか揺れている。絞首部に何かが見える。 灰色のガスのリング?馬鹿な話しだ。
 私は混乱し、恐怖は弥増しに昂進した。毎夜の就眠は魔の時間と化す。またあれが起こるのかと…
 そして極点。寄り合わされ切断された二つの手首が空中に浮かぶ。ふんわりと優雅ですらあった。その誘うかのような尋常でない長い爪。その禍禍しさ。
 かろうじて保持された理性は、対応を必死に考えた。「陀羅尼教が効く」とは小耳 にはさんでいたが、呪文を知らない。やむなく唯一想起可能な経の一節を唱えてその場をしのいだ。
 ところがそれっきりである。嘘のように「何か」は去った。

 私は手首に再会した。形状はもちろん当時のものとは異なっている。当然だろう20年以上も前の話しだ。お互い歳をとったというわけだ。

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