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乱乱小屋

5. 実録・映画界の黒幕

 笹井末三郎は、京都千本三条のやくざ千本組初代荒寅こと笹井三左衛門の三男として生まれる。
 父親の荒寅は、浜仲士を束ねる「かたぎやくざ」(定職を持ち、博打をしないやくざ)として、全国にその名を知られていた。
 末三郎は、幼少期より、文学や詩を好み、同志社中学時代には、様々な雑誌に投稿したり、武者小路実篤や西田天香らに師事しようとしたこともあるらしい。生来のはにかみや故に、女性のペンネームで投稿にいそしんでたところ、それを見た男性読者が間違えて訪ねてくることもままあった。その中の一人に、大杉栄の同志、中村還一がいた。その時、知り合った中村に、無政府主義を教えられ、運動に参加することとなった。1920年(大正9年)、第一次「労働運動」第6号の和田久太郎の小稿に、末三郎の名前が、初めて運動家として登場している。
 その頃の笹井家は、兄が土建業、本家が材木運送業を営んでおり、本家の玄関には、大日本国粋会西京支部の看板と、労働運動社京都支局が並んで掛けてあった。  中村との接触以降、久板卯之助、和田久太郎、大杉栄らが、笹井家を訪ねるようになった。その当時、子分にもならなかった下っ端として、後の永田ラッパ、永田雅一も大杉の案内役として顔を見せている。とりわけ近藤茂雄とは、終生の友となる。末三郎は、労働運動や革命論争自体にはそれほど共感したわけではなかった。生得の詩人肌に加えて、賀川豊彦との対立も影響したらしい。
 大杉のアナ・ボル共同戦線に反発して、結果、関西に居をかまえることになった宮嶋資夫のもとを出入りするうちに、末三郎は、ダダイズムの洗礼を受け、辻潤の著書にも親しむようになる。ついには家出して、上京して詩人として生活しようとするが挫折し、兄に連れ戻されてしまう。
 実家に連れ戻されてからは、そのころ千本三条の治安が急速に悪化してるのを受け、千本組で自警団「血桜団」を結成され、その代表に選ばれる。防犯、自警の仕事と共に、勉強会を通じて、無政府主義の普及にも努めた。大杉栄がその講師を努めたこともある。やくざのなかにも一時的にもしれないが、理解者も現われた。血桜団は、京都の不良少年グループ「白骨団」と、五条大橋で大乱闘するが、その時相手を刺したやくざを近藤茂雄にかくまってもらうようなこともあった。
 末三郎は、新谷与一郎を通じ、大杉虐殺以前にも、ギロチン社から勧誘を受けていたが、血桜団を抱えていたため、参加には至っていない。が、古田大次郎以外は、面識や交流はあった。
 しかし、大杉虐殺事件後、失敗に終ったギロチン社の報復テロの後に続こうとする吉田一の誘いに乗ることになる。末三郎の動機としては、大杉の報復ということももちろんあったが、東京の家出時代に世話になった河合義虎が、亀戸事件で殺されたこともあったようだ。
 和田の失敗した福田雅太郎を、吉田と共に九州で討とうとせんと、銃も準備したが、いざ決行の前日、やくざ稼業で大出入りが生じた。この出入りに至るエピソードは割愛するが、高倉健や鶴田浩二まんまの仁侠世界だ。まあ本物だから、当り前か。で、この時、末三郎はテロ前日もあって躊躇するのだが、なんと吉田の方が「一宿一飯の義理があるから俺もいくよ」となったらしい。いいねえこういうのは…
 この大出入りは、結局、末三郎側の勝利となったのだが、末三郎の活躍は凄まじいものだった。末三郎は、吉田らを逃した後、駆けつけた警官隊の一斉検挙に会うのだが、逮捕した巡査が、末三郎の拳銃を自分の外套に隠し、小声で、「ボン、誰に聞かれても拳銃なんか持ってなかったというんですよ」とかばわれたというのだからから、これもまるで映画だ。末三郎は、後に、この巡査の息子の面倒を見て、義理を果たすのである。
 喧嘩には勝利したものの、その代償として笹井家には金銭的圧迫がのしかかる。末三郎は、懲役一年をくらった後出所するが、その時仮出所の口実として、日活の物品検定所長の座につく。実際は名目上の仕事だったが、末三郎を慕ってくる要注意人物のたまり場となり、その中から、様々な俳優や監督が育ち、「映画界の黒幕」の異名を、笹井末三郎に与えることになるわけである。
 映画とアナキストとやくざの三者が、相互に関係しあった一時代。笹井末三郎という個性が加味されて、特異な展開をしたということのようだ。否、むしろ、そこにアナキズムの本領があったことに気付くものは、少なかったのだろう。大杉や竹中以外は…
 晩年は、末三郎は、辻潤の追悼会にも出たりしたようだが、やくざとアナキズムの狭間に揺れた生涯のようだ。 
 以上は「映画界の黒幕」アナキストやくざ笹井末三郎 柏木隆法著/「マージナルVol.9」(現代書館)から、笹井とアナキストに関係する部分をまとめてみた。本著者による「千本組始末記」(海燕書房)により詳しく記されている。

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