問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者の、勝利に対するお礼と、被害に対する修理の依頼を終えた

 魔界より遣わされし3人目の少年と、対となる少女も弐号機の最終調整の依頼を完了した。
 
 
 
 
 

第31話 シンジ 訪問
 
 

 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン

「きりーつ・・・・、                礼・・・・、                      着席」

 新興の第三新東京市立第一中学校は、まだまだ生徒数が増加している途上にあり、

 今現在各学年ごとのクラス数はいずれも1つしかない。

 その中の1つ、2年A組の教室内に 4時限目の授業の終了と同時に、

 いつもの如く洞木ヒカリの号令が響き渡る。

 午前中の授業が終了した安堵感と同時に、『ようやくお弁当にありつく事が出来る』

 という幸福感に満たされていく育ち盛りの生徒達。

 中でもこれだけが唯一の楽しみで学校に来ている者達のエネルギーは凄まじく、

 自前で弁当を調達して来ている者達はともかく、これからそれの確保作業に着手する者達は、

 ヒカリの 「着席」 の言葉が言い終わるかどうかというタイミングでもって、

 教室から脱出し、購買という名の戦場へ向けて脱兎の如く駆け出していく。
 

 中学へ入学した当初は、そんな連中の事をあまり面白く思っていなかったヒカリであったが、

 2年生となって慣れたせいもあってか、今ではむしろそんな連中の行動を面白く感じていて、

 最近は笑みを浮かべながらその後ろ姿を見送った後シンジの所へと向かい、

 彼女にとっても1日のうちで最も楽しいお弁当の時間を迎える事が日課となっている。

 但し、彼女の場合は言う迄も無いが”食べる”事が楽しみな訳では無くて、

 シンジに自分が作ったお弁当を”食べて貰える”事がとてつもなく大事なのである。

 ところが、待ち望んでいた時間がやって来たというのに、

 何故か今日の彼女の表情は曇ったままである。
 

 自分から見て左斜め後方の席を振り返るヒカリ。

 いつもならば、その席に居るシンジが立ち上がって自分の方に向かってくる姿が、

 目に入ってくる所なのだが、生憎今日はそこには誰の姿も無い。

 更にそのほぼ延長線上の窓際の席にはシンジの妹であるレイの姿が見える筈なのだが、

 やはり彼女もヒカリの視界に収まる事は無かった。

 振り返るのを止め、普通の態勢へと戻ったヒカリは、

 3人分のお弁当が納められたバッグへとチラッと目をやる。

 前回、第四使徒が襲来して来た際には、シンジに対して多大な迷惑をかけてしまった。

 そのためにヒカリは以降のお弁当はより一層気合いを入れて、作ってきていたのだが、

 本来それを食べてくれるシンジとレイの姿が見えないのである。

 果たして2人はどうしてしまったのか?

 不安にくれるヒカリが益々その表情を沈みこませて行きそうになった時の事である。
 

「どうしたヒカリ? いつもの所に行ってお昼にしようじゃないか」

 慌ててヒカリが顔を上げると・・ いつの間にやって来ていたのだろう、

 シンジが目の前に立っているではないか、しかもそのすぐ後ろにはレイの姿も見える。

 レイは学生鞄、そしてシンジはディパックを背に担いでいる所を見ると、

 2人とも教室にやって来たばかりのようであり、それ迄陰りを帯びていたヒカリの表情が、

 パーーーーッと晴れやかなものへと変化していく。

「シンジさ・・・」

「センセ、無事やったんですか、午前中休んでおられたさかい、心配してたんでっせ」

「そうですよ。もしかしたら戦闘で怪我でもしたんじゃないかって気が気じゃなかったですよ」

問題無い
 

 ようやくヒカリが立ち直ってシンジに声をかけようとした時の事である。

 乙女心を全くわきまえない朴念仁な男どもの無粋な乱入によって、

 シンジとヒカリの間に醸成されつつあった、淡く甘い雰囲気があっという間に霧散してしまう。

『もう! せっかく良い所だったのに』 とのヒカリの考えが伝わったのか、

 シンジはいつもの台詞でこのうっとうしい男2人組を退けると自分の席へと向かい、

 レイも自分の席に鞄を置いた後で再びヒカリの所へと戻っていく。

 ヒカリはともかくとして、取り残される形となったトウジとケンスケは、”ゐとあはれ”といった所か。

 今やこの3人が共にお昼を過ごす事は、クラス全員に周知されている事であり、

 どうやら今日もそのスケジュールが狂う事は無かったようである。
 

 ヒカリの事を他の女子生徒達がうらやましげに眺めている一方で、

 男子生徒達の視線はレイへと注がれていた。

 エヴァのパイロットであるシンジが遅れてくるのは仕方が無いとしても、

 いくら兄妹だからといって何故レイも遅れてきたのか?

 普通ならば疑問に感じる所であるが、実はこの2年A組においては、

 シンジのみならず、レイもエヴァのパイロットであるという事が既に知れ渡っており、

 しかもそれは、クラス内だけの公然の秘密という事で扱われているのである。
 

 第四使徒を殲滅した後で、シンジはトウジとケンスケに対し、

 レイもエヴァのパイロットである事を知らせた(ヒカリは以前から知っていた)のであるが、これは、

『ある程度情報をオープンにした上で、
 それが機密事項に当たる旨を彼らに納得させた方が良いと僕は思う』

 と考えたからだったのだが、その思惑はシンジの意図する所以上に効力を発揮したようで、

 男子生徒達へはこの2人から、そして女子生徒へはヒカリを通じてこの情報が流され、

 この事を表だって口にするものは存在しないように徹底されたのである。
 

「それじゃ、行きましょうかシンジさん。レイ」

 先程迄とはまるで比べものにならない程、内心を嬉しさで覆われたヒカリは、

 それを全く隠す事なくシンジとレイに対して、いつもの場所へと行く事を提案するのだが、

 そんなヒカリの心情を知ってか知らずか、シンジは意外・・・ と言えるかどうかはわからないが、

 この3人の輪の中に更に2人を加えるべく、

 所在無げに立ち尽くしていた彼らに対して新たに参入するよう呼びかける。

「トウジ! ケンスケ! どうだ、もし良かったらお前達も一緒に来ないか」

「え! 良いんでっか? センセ」

「俺達なんかと一緒でも!?」

問題無い

 今度はトウジとケンスケの2人の顔色が喜色に彩られていく反面、ヒカリの方はというと・・・

『えーーーーーーーーーーーーーーーっ! どーして〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?』

 といった感じにみるみる変化していく。

 シンジとしてはヒカリの心情もわからないでもなかったのだが、

 とりあえず妙な状態になっているトウジとケンスケとの間柄をはっきりとさせたいと考えたのだ。

 また、それと同時にこれ迄チャンスが無くて伸び伸びになっていた、

 トウジの妹への見舞いを行うためにも2人に声をかけたのである。
 

「それじゃ、行くぞ。トウジ! ケンスケ!」

「「へい(はい)。お供します」」

 元気良く答えるとシンジの後をついていくトウジとケンスケ。

 ヒカリはあきらめたのか、『しょうがないわね』 といった表情を浮かべると、

 更にその2人の後をついていく。

 さて、新たな2人が加わる事で複雑な心情になっていたヒカリに対して、レイはというと、

『ヒカリのお弁当は美味しい。ヒカリのお弁当は美味しい。ヒカリのお弁当は美味しい。・・・・』

 もうすっかり気分はお弁当へと向かっていたのであった。
 
 
 
 
 

 さて、シンジ達3人がいつもの馴染みの場所に、2人をプラスして到着した後の事である。

 これ迄の3人の状態であれば、シンジを中心にその右側にヒカリが、そして左側にレイがと、

 3人が並ぶような形で座るのが普通だったのだが、今日は2人多い5人となるため、

 これ迄とは違い、車座になるような形でそれぞれ思い思いの場所に腰を降ろす。

 尤も2人の女性がシンジの両隣を占める位置関係に関しては全く変動は見られず、

 トウジとケンスケの2人がほぼシンジと向き合うような形となったのだが、

 この2人が何も手にしていない事を気づいたシンジが不思議に思ってその事を2人に尋ねる。

「トウジ、ケンスケ、お前達2人の分の弁当はどこにあるんだ?」

「「へ?」」

 2人はシンジに言われて互いに顔を見合わせた後、

 どうやら初めて自分達の置かれた状況に気づいたようで、途端に2人して大きな声をあげる。

「「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」」

「ど、どうかしたの? 相田君と鈴原君」

「どうやらこいつら、弁当が無いらしいんだ」

 状況がわからず2人の事を質問するヒカリに対し、シンジは簡潔に答えてみせる。
 

 普段であればチャイム一閃。

 購買へと真っ先に駆けつけるトウジの場合は、例えどのような困難な状況に置かれたとしても、

 最悪でも焼きそばパンとコロッケパンをゲットし損なった事はかつて1度としてなかったのだ。

 戦場においては、例え親友であったとしても情けは無用。

 己の力のみを信じ、これ迄数々の武勲を上げてきた彼が、まさかこのような事でつまずくとは。
 

 それに比べればケンスケの方は如何にも実力不足の感が否めない。

 せっかく捕まえた獲物を横取りされた事も数しれず、結局1つも手に入れる事が出来ず、

 何度か寂しく牛乳だけを啜っていた姿を何人かのクラスメートに目撃されている。

 ただ彼にとって幸いだったのはトウジと交友関係があったという事で、

 戦場においては全く理性のなくなるトウジも、

 戦線を離脱し、ある程度自分の欲求が満たされてくると、徐々にそれを取り戻していき、

 ケンスケがそういう状態にあると気づいた時は、大抵の場合戦利品を分け与えているのだ。

 当然ケンスケは、トウジに対する感謝の念で一杯なのだが、実は彼は知らないのだ。

 混乱の中で自分の獲物を横取りしていっている人物こそが当のトウジである事を。
 
 

「えらいこっちゃ、こうしてはおれん。行くでケンスケ!」

「ああ!」

 トウジのゲキに対して、ケンスケが答えた直後、2人は急に立ち上がると、

 屋上の出入り口へと突進していき、ついでバタバタと階段を降りる音もけたたましく、

 あっという間にシンジ達の前からいなくなってしまう。

 ヒカリがあっけにとられてポカンとしている中、

 シンジは自分の腕時計にさっと視線を走らせるとボソッと小さく呟いた。

「無理だな!」

「え、シンジさん。無理って・・・」

「今の時間ではもう間にあわん。
 奇跡でも起きない限り、パンもあるいわ焼きそばなんかも既に売り切れになっている筈だ」

 小さな頃から洞木家の家事全般を取り仕切り、ずうっとお弁当で過ごしてきたヒカリには、

 学校における昼時の購買の凄まじさというものを経験した事が無かったので、

 シンジの言っている事も半分程度しか理解する事が出来なかった。
 

 それに対してシンジの方だが、お弁当に関してはヒカリに作って貰っているものの、

 彼自身の現在の料理の腕前は、決して彼女に勝るとも劣らぬものであるのだが、

 1人暮らし、要するに自炊を始めた中学への入学当時は、

 いかな彼といえど何度も何度も失敗を繰り返していたのだ。

 しかし持ち前の器用さと、何といっても天才的なひらめきによって、

 たちまちのうちに現在と殆ど変わらない迄に腕前を引き上げたのだが、

 そうなる迄の間は、彼も第二新東京市立第四中学校の購買に大分お世話になっていたので、

 今現在、トウジ達が非常に困難な状況に陥っている事を把握する事が出来たのである。

「そこでだヒカリ、せっかく僕とレイのために作ってきてくれたお弁当なんだが・・・」

 何やらヒカリに対して頼み事を始めるシンジ。

 やがて彼は、どういった事かはわからないが、ヒカリの了解を取り付けると、

 今度はレイに対して同じように何かを頼み始める。

 全く問題無くシンジの頼みを了承してくれたヒカリに対して、

 むしろレイの方が説得に時間がかかったのだが、

 それでもシンジは何とかレイの了承も取り付ける事に成功したのであった。
 
 

 肩をがっくりと落とし、とぼとぼとシンジ達の所に戻ってくるトウジとケンスケ。

 シンジの予測した通り、2人ともその手には何も持っていない。

 やがて3人の所に到着した彼らは、精も根も尽き果てたといった感じで、どっさりと腰を落とす。

 午後からの2時間を何とか生き延びるためにはどうしたら良いのか?

 懸命に対策を考えようとするのだが、

 やはり空腹のままでは頭そのものがうまく回転してくれないようで、

 文字通り、空回りを繰り返すだけである。

 絶望感に打ちひしがれ、コンクリートの表面をただ眺めるしか出来なかった2人の目の前に、

 ふいに弁当箱が1つ差し出されてくる。
 

「鈴原君、相田君、良かったらこれ・・・ 2人で食べて」

 トウジとケンスケがゆっくりと顔を上げて行くと、

 ヒカリが2人の所に、それを差し出しているんだという事がわかってくる。

「せ、せやけど、これって」

問題無い

「「え!」」

「僕はヒカリとレイからそれぞれ分けて貰う事にしたからな。
 僕が言うのも変だが、別に遠慮する必要は無いぞ」

 ヒカリに向けてトウジが質問しようとした所が、

 横合いからシンジの声が割り込んできた事で驚きの声を上げる2人。

 どうやらトウジとケンスケは昼飯を調達出来そうにないと睨んだシンジが、

 本来自分の物になるべきであったお弁当の1つを提供するように申し出たようである。

 またしても顔を見合わせるトウジとケンスケ、やがて今度はケンスケの方から、

 再度の確認の言葉が発せられる。

「本当に・・・ 良ろしいんですか?」

 今度は言葉を発せず、こっくりと頷いてみせるシンジ。

 次の瞬間には2人の歓喜の声が屋上に高らかに響き渡っていた。

「「ありがとうございます!!」」
 

 阿吽の呼吸で、まず初めはケンスケが弁当に手をつけ初め、

 半分程たいらげた所でそれをトウジに渡す。

 一方受け取ったトウジは箸の向きを変え、本当で有れば指で握る側を使って、

 勢い良くご飯やおかずをかっこんでいく。

 何となく涙さえ流していそうな感じのトウジは全く気づく事は無かったのだが、

 とりあえず自分の分の食事を終えたケンスケは、

 何故かヒカリが真っ赤になりながら両手で頬を抑え首を左右にうち振っている事に気づく。

 さながら 「イヤンイヤン」 とでも言っているようなその仕草を訝しんだケンスケだが、

 彼女の姿からその原因を探り当てる事は出来ず、視線をシンジへと移していくと、

 その原因らしき物体が目に入ってくる。

 それはシンジの右手に握られていた箸が、ヒカリの物であるという事であり、

 そしてその握り方はというと・・・

 ケンスケとトウジのように逆向きにするような事もなく、

 ごく自然にそのままの形で握っているのである。

 ケンスケが視線を少しずらし、今度はシンジとヒカリの2人を見比べてみると、

 シンジがご飯やおかずを自分の口に運ぶ度に、

 ヒカリの顔の振れ具合がより一層激しくなる事がわかってくる。

 ケンスケは思わず汗を浮かべてしまうのだが、

 当のヒカリ自身は至上の幸福感に包まれていた事は間違いは無かった。

『こ、これって・・ 間接キスよね・・ あ、また・・ キャ〜 もう、シンジさんたら不潔! あ、また・・』

(ごちそうさまでした)
 
 

「ごっそさん。いや〜委員長、ホンマうまかったで、おおきに」

「ホント、おいしかったよ。ごちそうさまでした」

「お粗末さま!」

「僕の方もとても美味しかったよ、いつもありがとうヒカリ、ごちそうさま」

「い、いえそんなシンジさん・・・ こちらこそ」

 トウジとケンスケに相対する場合とシンジの場合とでは、

 ヒカリの対応はまるっきり異なっているのだが、まあこれは仕方無いだろう。

 何と言っても彼女にとってシンジは・・・

 そういえば彼女の呼ぶシンジの呼称もいつの間にか、

「碇さん」 から 「シンジさん」 へと変わってしまっているのだが、

 果たしてこの2人の間にいったいナニがあったというのだろうか?

(オイ)
 

「ところでトウジ」

「何でっか、センセ」

「以前に話していた妹さんの見舞いの件なんだが、
 もし都合が良ければ今日伺いたいと思うんだが・・・ どうだ?」

「エライすんまへんな、気ィ使わせてもうて」

問題無い

 シンジを殴った事を思いだし、殊勝な態度になるトウジ。

 しかしシンジ自身はキッチリとその事については割り切っていたのでどうという事は無く、

 後、事情はともかくとして自分の(実際はエヴァだが)手で怪我をさせてしまった彼の妹に、

 謝罪するのは当然の事だと思っていたので、気にする必要は無いと彼に対して伝えてやる。
 
 

 15年ぶりに人間世界に姿を現した、『天界より遣わされし3番目の使者』

 よりもたらされた人的被害に対し、日○政府は”0であった”と公式には発表したのだが、

 現実問題としてそんな事があり得る筈も無く、シンジがマヤを通じて確認した所、

 やはり相当数の人達が怪我をしている事が判明したのである。

 但し、その怪我人の大部分は、第三使徒が襲来した当初に被災した人達が殆どであり、

 幸い、と言ってはトウジの妹が可哀想かもしれないが、初号機が発進した後に怪我をしたのは、

 その子を含めてもわずか数人であり、それらもシェルターに避難する際に転んだとか、

 階段を踏み外したというもので、直接初号機と第三使徒との戦闘の被害を被ったのは、

『鈴原ナツミ』 という少女、只1人だったのである。
 

「うちはいつでも構いまへん。来てくれたらきっと妹も喜んでくれまっせ」

「そうか! じゃあ早速だが今日の放課後に伺う事にしよう。
 ヒカリ、レイ、良かったらお前達も一緒に行かないか?」

「私で良ければ・・」

 かつてシンジが現れる以前、好ましい存在として思えていた鈴原トウジという少年。

 だからこそ彼がシンジと激突した際は、いつものヒカリらしく無く激しい嫌悪感を示したのだが、

 男達が和解してしまった今、別段こだわる事も無くなった彼女は、

 シンジの提案にすぐさま賛同の意を示す。

 それに対してレイの方だが・・・

「私も、行っても良いけど、私のは見舞いじゃないわ」

「どういう事、レイ?」

「見舞い・・ 家族や親戚・友人知人等が病気や怪我をした際、その人を尋ねて慰める事。
 私は彼(トウジ)は知ってるけれど彼の妹は知らないもの」

「・・・・・・・・・・」

 レイが何を言いたいのか良くわからなかったヒカリは、その事について聞き返してみて、

 レイもちゃんと答えを返してよこしたのだが、その後を引き取る言葉が見つけられず、

 黙り込む事となってしまう。

 まあ確かにレイの言い分のみを検証すれば、決して間違っている訳ではないのだが、

 例の 「嬉し泣き」 の件もそうだったように、

 学校の勉強以外に彼女が学習しなくてならない事は、どうやらまだまだたくさんあるらしい。
 

「ま、まあ名目はともかく、一緒に行く事については、問題無いんだな、レイ?」

 シンジの問いかけにこっくりと頷くレイ。

 それを受けてシンジはトウジの妹の元を訪れるメンバーの最終発表を行う。

「それじゃあ、僕とヒカリとレイ、それからケンスケ、お前も来るよな?」

「あ、はい。勿論です」

「それじゃトウジ、お前も含めて5人で行く事にしよう。放課後、道案内をよろしく頼むぞ」

「わかりました!」

 ヒカリ以外にトウジとケンスケの2人もレイの言葉にあっけにとられてしまっていたのだが、

 シンジの言葉によってようやく己を取り戻す事が出来たようで、

 ともかくこの5人のメンバーでトウジの妹をお見舞い・・

 いや、まあ、とりあえず”訪問する”事が決定したようである。
 
 
 
 
 

「あれ、ノゾミ! あんた何でこんな所に居るの?」

「ヒカリお姉ちゃん! そういうお姉ちゃんこそどうしてここに?」

 放課後、トウジの妹が入院しているという病院へとやって来たシンジ達一行の中で、

 ロビーに見知った顔を見つけたヒカリが驚いて声をかけたのだが、

 逆にその人物の方から質問を返されてしまう。

 見た所、どうやらまだ小学校の4・5年といった感じのその子は、

 ”少女”と呼ぶよりもまだまだ”女の子”と呼んだ方がピッタリくるようで、

 その身長にに見合ってか、仲々愛くるしい顔立ちをしており、

 髪はまだこの年齢の子達に多く見られるおかっぱ頭である。
 

「どうしたヒカリ、知り合いか?」

「あ、シンジさん・・・ 紹介しますね、私の妹のノゾミです。
 ノゾミ、この人達は私のクラスメートの・・」

「何や、ノゾミちゃんやないか、いつもスマンの」

「あ、ナツミちゃんのお兄さん」

 事情が飲み込めなかったシンジが間に入った事が幸いしたのか、

 ヒカリはようやく互いの事を紹介し始めようとしたのだが、

 途中思わぬ会話が耳に飛び込んできたため、生憎それを中断せざるをえなくなってしまう。

「ノゾミ! 鈴原・・ 君の事を知ってるの?」

「うん。だってナツミちゃんのお兄さんだもん。良く知ってるよ」

「ナツミちゃん・・ て、何でアナタがナツミちゃんの事を知ってるの?」

「知ってるも何も、ナツミちゃんはアタシの友達だもん!」

 あっけらかんと言い放つ妹の言葉に、一瞬あっけにとられてしまうヒカリ。

 その後もこの姉妹の間では様々な情報がやり取りされ、その結果わかってきた内容によると、

 トウジの妹であるナツミと、ヒカリの妹であるノゾミは、元々クラスメートであり、

 仲の良い友達でもあったらしく、何度か彼女もナツミの事を見舞っていたらしい。

 そのため、ナツミの怪我が酷かった時分、個室でつきっきりの看病をしていたトウジとは、

 既に顔見知りの間柄になっていたのである。

 今日も彼女はナツミの見舞いを行うために、一旦帰宅した後で再び外出し、

 病院のロビー迄来た所でシンジ達と鉢合わせした。という状況のようである。

 世間は狭い、という事をまるで如実に物語っているかのような兄妹、姉妹の関係である。
 
 

「洞木ノゾミです。初めまして!」

「ノゾミちゃんか、僕はシンジ、碇シンジだ。よろしく」

「相田です。よろしくねノゾミちゃん」

「綾波レイです。よろしく」

 ノゾミとナツミの関係を理解したヒカリは、

 今度は自分達が何故ここにやって来たのかを妹に対して説明し、

 お互いにその関係を理解した所でようやくそれぞれの自己紹介が行われる。

 果たしてちゃんと自己紹介が出来るのか?

 心配されたレイであったが、どうやら無難にやり遂げる事が出来たようで、

 シンジは勿論の事、何故かヒカリも思わずホッとする。
 

「さてと、それじゃ自己紹介も済んだし、みんなでナツミちゃんの所に行こうか」

「うん。ノゾミが案内してあげる。でもその前に・・・ お姉ちゃんと話したい事があるんだけど」

「え、私と・・ 何なのよノゾミ」

「ここじゃちょっと」

 言い淀むノゾミ。そのためヒカリがシンジの顔を覗き込むと彼はこっくりと頷きを返してくれる。

 シンジの了解を得たヒカリは、いかにも仕方なくといった感じで、

 一旦この場を辞す事を一行に対して通知する。

「ご免なさい、それじゃちょっと」

問題無い。時間はあるんだから別に慌てる必要もないぞ」

 そう言って姉妹を送り出すシンジ。

 ヒカリはシンジに感謝しながら妹の後をついていき、2人を除いたシンジ達4人は、

 彼女達が戻ってくる迄の暫くの間、ロビーで待機する事となった。
 
 
 
 
 

「ところでお姉ちゃん。どの人がお姉ちゃんの恋人なの?」

「な・・・・ 突然何を言い出すのよ!」

「だってお姉ちゃん、最近急に綺麗になってきたじゃない。
 コダマお姉ちゃんが言ってたよ、『きっと恋人が出来たに違い無いって』」

 まだ小学生であるノゾミの口から、下の姉に対する容赦無い追求の手が差し伸べられる。

 確かにノゾミの言うように、ヒカリのトレードマークとも言うべきそばかすが、

 以前に比べると少し減少したように思えるのだが・・・
 

 2人がやって来たのはリネン室である。

 ノゾミはこの病院に何度もやってくるうちに、ここには普段人の出入りが殆ど無い事を気づき、

 何となく”秘密の場所”といった感じで捉えていたのだが、

 それだけに内緒の話をするのには絶好の場所だと思い、姉をここへと連れ込んだのである。

(本当は部外者がこんな事をしてはいけません)

 あまりにも的確な妹の指摘に絶句してしまうヒカリ。

 それに比べて妹のノゾミの方はというと、何やらニヤニヤとした表情を浮かべながら、

 困った表情を浮かべている姉の事を楽しげに見つめている。

 さしづめ”小悪魔的な笑顔” と言った所だろうか、

 男女の艶めかしい間柄よりは、姉をからかう事の方に喜びを見いだしているようである。

 やはり彼女はまだまだ”少女”では無く、”女の子”であるらしい。
 

 しかし、実はノゾミ自身は既に男達に対する値踏みを完了しており、3人の男達からそれぞれ、

 ”処置無し” ”朴念仁” ”危険な男” という感覚を感じ取っていたのだが、

 誰がどれに当てはまるのかについては皆様の想像にお任せする事にしよう。

『”処置無し”は勘弁して貰うとして、”朴念仁”がお姉ちゃんには1番合ってると思うんだけど、
 でもやっぱり女の子だったら”危険な男”よね〜』

「わかったわよ!」

「え!?」

「そのかわり、コダマお姉ちゃんには絶対秘密だからね!!」

「うん、わかった。2人だけの秘密だよね!!!」

 例え、まだ”女の子”であったとしても、その性差がXX染色体で彩られている者ならば、

 誰しも惹きつけられずにはいられない少年に魅せられていたノゾミは、

 姉の決意に満ちた言葉に反応するのが弱冠遅れたのだが、すぐさまそれを取り戻すと、

 秘密を共有する者同士の邪悪な笑みを姉と2人して浮かびあがらせる。
 
「じゃ、耳貸して」

「うん」

 やがてヒカリがノゾミの耳元に口を近づけると”2人だけの秘密”という事で、

 姉の口から1人の少年の名が妹に向けて語られるのだが、まさか近い将来、

 今度は自分と姉のコダマとの間に、別な意味での”2人だけの秘密”

 が出来上がる事になるとは、この時のヒカリにわかる筈も無かった。
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者に、初号機が受けた被害は皮肉にも、

 魔界より遣わされし3人目の少年に、しばらくの間、充電する猶予を与える事となった。
 
 

                                                         
 
 

 トウジの妹を見舞ったシンジは、そこで素直に自分の犯した失策を謝罪する。

 そんなシンジに対し、明るく何の気兼ねも無く話す少女は、むしろ兄の方を叱責する。

 妹にやり込められ、形無しとなったトウジは、己の存在意義をもう1度確認する。

 次回 問題無い  第32話 シンジ 見舞

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


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