問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者が、ネルフに与えたダメージは初号機だけに留まらず、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、自分が搭乗できない間の対策に頭を痛める事になった。
 
 
 
 
 

第30話 シンジ 依頼
 
 

「どうやら確証は取れたようだね」

「ああ、間違いない。第三・第四・第五、彼らはいずれもあれを目指している」

「くっくっくっくっ、長い事待たされたが、その甲斐があったというものだ」
 
 

 場面はどうやら、また例の黒いモノリス達が集う、

 どことも知れない漆黒の空間へと戻ってきたようである。

 これ迄何十年となく権謀術数の世界にその身を置き、

 ひたすら自身の権力と財産を拡大して来た彼らは、

 策略の一環として、わざと感情の噴出を装う事はあったとしても、

 自らの本心を誰にも、家族にも晒す事は決して無かったのだ。

 しかし初めの3人の口調はそんな彼らにしては珍しく、嬉しさを隠し切れないものとなっている。
 

 およそこの世で考えられうる、ありとあらゆるものを手に入れた彼ら。

 脇目も振らずただその事にのみ奔走してきた者達が、それらを手にし、

 ふと立ち止まって自身の先を見てみると、ほんのわずかな先で道がプッツリと切れている。

 その時彼らが感じた恐怖はいかばかりのものだったのか?

 大抵の人物であれば絶望し、悲嘆にくれるか・・・

 あるいわそれを粛々と受け入れて、静かにその時を待つか・・・

 この2つのいずれかだと思うのだが、このどちらを選んだとしても、

 彼らがこれ迄手に入れた強大なる”力”を手放す事になってしまう事には変わりはない。

 それは彼らにとってあまりにも惜しく、到底受け入れる事など出来る筈も無い事だった。

 そこで彼らは、自らが保持している”力”を強引に利用して、

 第3の選択肢を出現させる事にしたのである。

 即ち、『道が途切れていれば、更にその先に自分達で道を作る』 という事に。
 

 そのキーとなるのが、彼らが”予言書”と信じて止まない 『死海文書』 であり、

 第三・第四・第五といずれも 「使徒」 と呼ばれる異形の生命体は、

 これに記されている内容の通りに行動してくれてきたのだ。

 最早疑う余地は無い、粗悪なまがい物とは違う、まさに 『死海文書』 こそが人類至上初の、

 そして唯一の 『予言書』 なのだ。

 その事は”死”をより身近なものと感じ取っていた者達にとって久しぶりに訪れた朗報であり、

 彼らをしてなお興奮せしめるだけの魅力に満ち溢れていた。
 

「しかし、初号機の様子はどうなのだ? かなりの被害を被ったとの事だが・・・」

「確かに! あの目障りな親子から少しでも力を削げたのは本来喜ぶべき事なのだが・・・」

「左様! 第三・第四、そして第五、これらは初号機が居たからこそ倒す事が出来たもの、
 もしこのままの状態で次の使徒が来たら・・・
 せっかく予定通りに来ていたものが根底から覆されてしまう」

 この世でただ1点のみを除いて、思い通りにならない事のなかった彼らだったが、

 最近その1点の他にもう1点、目障りな蝿が自分らの周りを飛び回るようになってきた。

 言う迄も無いが、碇親子の台頭である。

 当初の予定ではゲンドウは単なる自分達のマリオネットでしか無い筈だったのだ。

 それが使徒と唯一対抗できるエヴァのパイロットに自分の息子を抜擢するや否や、

 その息子は父親の期待以上の活躍で使徒を次々と倒して行き、

 今や彼らのみならず、人類にとっても無くてはならない存在へと変貌を遂げているのだ。

 彼らの”力”をもってすれば、1人の中学生を闇から闇へと葬る事など造作も無い事なのだが、

 その結果使徒の侵攻を許し、 『死海文書』 のスケジュールを狂わされるハメになっては、

 それこそ本末転倒な話しである。
 

「サードチルドレンか、いったい何者なんだ?」

「わからん。しかしあの男がわざわざ自分の息子をそうなるように仕向けたのだ。
 もしかしたら、最初から計算ずくだったのかもしれん」

「1つだけわかっている事がある。
 それは今の我々にとってサードチルドレンと初号機はまだ必要だという事だ」

 この言葉によって、それ迄あまり活発という所迄はいかない迄も、

 それなりに議論が交わされていた場は静まり返る事になってしまい、

 最初に感じられた高揚感も、どこかに霧散していってしまう。

 認めたくは無いが認めるしかないだろう、今キャスティングボードを握っているのは、

 自分達では無くあの憎たらしい親子なのだ。

 しかし彼らとて、これ迄全て順風満帆でここ迄たどりついた訳では無く、

 逆風に晒された事も何度と無くあった。

 要は最終的に自分達の目的を達成できれば良い訳で、

 そのために砂粒が1度や2度、目や口の中に入る事があっても、

 それを甘んじて受け入れるだけの気概は、この場に居る者ならば誰しもその身に備わっている。
 

「現実問題として、今初号機は無い。これに変わる何かしらの対策は必要となるであろう。
 もしかしたらあの男の方から何か言ってくるかもしれんが、
 とにかく 『死海文書』 のスケジュールを守る事を第1に考える事にしよう。以上だ!」

 この場に現れた12体のモノリスのうち、正面に位置していた1体のモノリスが、

 最後の台詞と同時に消え失せていく。

『01』 と記されていたhネ外、他のモノリスと寸分違わぬ形状をしていたそのモノリスだが、

 何故か他のモノリスと比べると威厳というものが感じられた。

 実際議長役を務めていた彼が去った後、他の参加者の立体映像も次々と消去されていき、

 最後に静寂と闇のみがこの空間に残される。

 果たして再び彼らがこの空間に集う事になるのは、奇しくも議長・キールの言い残した通り、

 ゲンドウの要請によるものであった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 長かったミーティングが終わり、シンジとレイがミサトのマンションへと戻ったのは、

 もう日も白々と明け始めている頃合いであった。

 シンジは先にレイを休ませると、自らは再び第三新東京市の朝の街へ・・・

 そう、ハルペルの所へとその身を繰り出す事になる。

 いくらまだ若いとはいえ、生死を分ける激闘を繰り広げた彼の肉体の疲労は、

 既に限界を通り越していたのだが、

 これ迄どんな事情があろうとも、女性との逢瀬を反古にした事の無い彼にとって、

 それは決して譲る事の出来ない、デッドラインだったのである。
 
 

 コンコン

「はい!」

「僕だ」

「シンジ様ですね、少々お待ちください」

 ガチャ

「どうぞ」

 ハルペルに招き入れられるまま、その身を部屋の中へと導き入れるシンジ。

 そして彼を導き入れたハルペルの格好はというと、おそらくこのホテル備え付けの物だと思うが、

 落ち着いたベージュ系のバスローブを羽織っている。

 時間が時間なのでそれ程驚くには値しないのだが、その胸元がしっかりと覗いており、

 どうやらノーブラである事は間違い無いようだが、さて下の方はどうなっているのだろうか?

 シンジでなくとも気にかかる所である。

(だからシンジにかこつけるのは止めろと前にも言っただろうが、このオヤジが!)

 普通の少年であれば、こういったスタイルにはそそられるものを感じ取り、

 どぎまぎしてしまう所なのだろうが、シンジの場合は全くそんな様子は感じられず、

 平然としたまま自分を招き入れてくれたハルペルに声をかける。
 

「すまなかったな、こんな時間に」

「いいえ、まだこっちに来てあまり時間も経って無かったでしょう。
 時差ボケで眠れなかったので丁度良かったですわ」

 確かに、普通の日本人であればこの時間ならばまだ、

 日本を脱出し夢の国の住民となっている者が殆どなのであろうが、

 8時間の時差があるドイツの場合は、食事を終え入浴を行うなど、

 これから就寝に向けて、徐々に体をリラックスさせて行く時間帯に向かう所なのだろう。

 その様はハルペルのスタイルだけでは無く、全体的な雰囲気からも感じ取れる。
 

「そう言って貰えると少しは気が休まるよ。さて、早速お礼をさせて貰いたい所なんだが・・・
 その前にシャワーを浴びさせて貰って良いかな?
 ミーティングが長引いたもので、残念ながらその時間が取れなかったんだ」

「あら、私は別に気にしませんのに、
 それに・・・・ 男性の汗の匂いって仲々セクシーじゃありません」

 ハルペルはシンジの背後にピタリ寄り添ったかと思うと、

 そこから両腕を前方へと伸ばし、まだ華奢な感じのする彼の胸板に指先を這わせ、

 熱く眼を潤ませながら、しっとりと耳元に語りかける。

 これでは少年どころか、恐らく作者であっても、もう辛抱たまらん。といった所なのだが、

(オイ!)

 さすが、と言うべきか、シンジは軽く『碇スマイル』を浮かべると、

 ハルペルの両腕をゆっくりと自分の胸元から引き剥がしていく。

「喩え君が気にしなくとも、僕の方が気にするんだよ。良いね」

 そう言いながらシンジはクルリとハルペルの方に向き直り、

 彼女に対して今度は本格的な『碇スマイル』を浮かべて見せる。

 これをされてはもうどうしようも無い。

 ハルペルは多少の落胆と、それを遙かに上回る期待に更に胸を熱くしながら、

 バスルームのある場所を指し示す。

「わかりました。あちらですわ」

「じゃ、少しの間失礼するよ」

 パタン!

 ドアが閉じられ、やがてしばらくしてから水が床を打つ音が響き始める。

 この間ハルペルは、

 シンジが消えていったバスルームへと続く脱衣所のドアの前にじっと立ちつくしていたのだが、

 更に数分が経過した後、その手がゆっくりとバスローブを束ねている帯へと伸びていく。
 
 

 パサッ

 白日の下に晒されたハルペルの背中はシミ一つなく、

 牛乳を流し込んだように清楚で、それでいて何とも言えない艶やかさが感じられる。

 やがて彼女は天国へと昇る・・ いや相手がシンジであるこの場合は、

 地獄の底へと通じる階段を堕ちていくために、そのしなやかな右足を踏み出して行く。
 
 

 カチャ

 ドアが開かれる音と同時に、シンジがその視線を壁に据え付けられた鏡へと向けると、

 そこには文句のつけようが無い、見事な肢体が映し込まれている。

 一方、ゆっくりと後ろを振り返るシンジの肉体は、小柄で華奢な感じを受ける外見とは裏腹に、

 それでいて少年らしさを失っていない、しなやかな筋肉に覆われており、

 それを見た後、ハルペルはまるで吸い寄せられるかのように彼のすぐ側迄移動すると、

 そうする事がさも当然であるかのように少年の前に跪く。
 
 

 リツコ、ミサト、そして・・・。

 かつて 「放蕩の三嫌蛇」 と呼ばれ、シンジと同年代の少年達をさすらい喰らい、

 文字通り蛇の如く嫌われていた彼女達の、これが恐怖の伝説の終焉であった。

 願わくば、子羊達の魂が永遠に安らかであらん事を。

(しかばね、じゃなかった死ねバカ!)
 
 
 
 
 

 碇 シンジ ・・・・ やはり魔界より遣わされし少年である。
 
 
 
 
 

「本当にイイのね(はあと)」

「ああ、自分のシテイる事に後悔は無い」

「嘘! シンジさんの事忘れられない。 でも、イイの〜 私は〜」

(って、このシーンわかる人って何人居るんだろう?)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「りっちゃん、起きてくれ、着いたぜ、りっちゃん」

「うん・・・」

 自分の肩を軽く揺すりながら声をかけて寄越す人物が居る。

 この声は・・・ 聞き覚えがある。

 確か・・・ ミサトの昔の恋人で・・ 名前は・・・ そう加持、加持とか言う軽い感じの男だ・・

 どうしてこの男が自分の側に居るのだろう?

 確か・・ ミサトの話しでは別れたという事だったのに。
 

 まどろみの中でぼんやりとそんな事を考えていたリツコの瞼が徐々に開いていき、

 やがて、自分の肩を掴んで、揺すっていた男の顔の輪郭がハッキリしてくる。

 ああ間違い無い、この男は加持リョウジ、今はネルフドイツ支部に勤務していて、

 エヴァ弐号機の最終調整のためにやって来た私を迎えに来てくれたのだ。

 と、リツコがぼんやりしていたのはここ迄だった。

 加持の存在を認識した次の瞬間、彼女の、MAGIと迄は行かないものの、

 ○entiamWや○thlonなんぞとは比較にならない超高性能な頭脳は、

 アイドル状態から、すぐさまシステムの立ち上げを完了する。

 そのレスポンスの良さは折り紙つきであり、立ち上げの際、

 大麦を原料とするアルコール分5.5%を含んだ液体をどうしても必要とする、

 どこかの作戦部長とは、性能、効率性、燃費、どれを取っても比較にならない。

アンタね〜!
 
 

「ご免なさいね、加持君! いつの間にか眠ってしまったみたい」

「な〜に、別に謝る程の事でもないさ、むしろりっちゃんの寝顔を拝めるなんて実に幸運な事だよ。
 それに・・ わかっているよ、技術部長はそれこそ寝る間も無い程忙しいって事はね」

 どうやら加持とリツコを乗せた車は目的地であるネルフドイツ支部へと到着したようで、

 加持は寝付いてしまったリツコを起こすために、

 後部の右側のドアからその身を半分だけ車内へと乗り込ませている

「そう言えばハルペルはどうしてるの? 元気かしら」

 自分にとって最大のライバルであり、また一方では最大の理解者でもある女性が、

 このドイツ支部の技術部長である事を加持の言葉によって思いだしたリツコは、

 彼女の近況を加持に対して尋ねるのだが、

 返ってきた答えは彼女の予想だにしていないものだった。

「残念だけど、彼女はもうここにはいない」

「え、どういう事!」

「アメリカ第一支部に転勤になったんだ。あまりに急な話しで君と連絡をとる事も出来なくてな」

「アメリカ第一支部・・・」

 鸚鵡返しに囁くリツコの脳裏には疑問が渦巻いていた。

 この世で自分以外にエヴァのメンテナンスを実施出来る人物と言えば、

 言う迄もないが、ハルペルをおいて他に有り得ない。

 だからこそ彼女は本部以外に唯一エヴァのあるここドイツ支部に勤務していた筈なのだが、

 その彼女をアメリカ第一支部に追いやっていったいどうしようというのだろうか?

「ま、りっちゃんが疑問に思うのも無理無いが、とりあえずそいつは後回しにして、
 今は・・ この俺に一生着いてきてくれないか?」

「そうね! でも一生は勘弁して頂戴」

 リツコはまたしても行われた加持のどさくさ紛れのプロポーズを受け流すと、

 今だ自分の右肩に置かれた彼の左手の手首を握り、力を入れずにそれを肩から外し、

 加持はというと、自分の策略がうまく行かなかった事で、軽く肩をすくめてみせるのであった。

「さ、行きましょう」

「はいはい」

 かつて自分の恋人であった女性の、無二といっても良い親友であった女性。

 当時から何とかその恋人の目を盗んでは、何度と無く粉を懸けまくっていた加持だったが、

 その目論見が成功した事は一度も無く、10年近く経った今でもその状況は変わりそうに無い。

 しかし、ケンスケでは無いが、彼も女性に関しては”懲りる”という事を知らない人物である。

 リツコがここドイツ支部に居る間は勿論の事だが、彼女が本部へと戻り

 自身がドイツ支部から本部へと異動になった後もそれは続くのであるが、

 果たしてその時にはどんな修羅場が待っているのだろうか?
 
 
 
 
 

「初めまして支部長」

「よく来てくれたね、赤木博士。まず初めに紹介しておこう。
 この女の子が弐号機の専属パイロット、惣流・アスカ・ラングレー君だ」

「アスカ君、そちらの女性が弐号機の最終調整を担当する事になった本部の赤木リツコ博士だ」

 加持がリツコを伴って支部長室へと彼女を案内していくと、

 そこには既に愛らしい先客が、2人が来るのを今や遅しと待ちかまえており、

 支部長はリツコへの挨拶もそこそこに、2人に対しての互いの紹介を始めてしまう。
 

 支部長とエヴァ弐号機専属パイロット。

「対 使徒」 という事を考えれば別なのかもしれないが、組織的に見た場合は、

 かなりの階級の差があるこの2人の関係の筈だが、どうも支部長の態度を見る限りでは、

 むしろ彼の方がアスカに対して気を遣っているような様子が伺える。

 どうやら本部におけるシンジの場合と同様に、ここドイツ支部では彼女、

 アスカの巻き起こす奔流が猛威を振るっているようで、

 支部長を見る加持の視線は、『お気の毒』 といった感じにあからさまに彩られている。

「赤木リツコです。”アスカ”と呼ばせて貰って良いかしら?」

「どうぞ、その代わり私も”リツコ”と呼ばせて貰うわよ」
 

『リツコ・・・。これは?』

 かつて少年が自分を平然と呼び捨てにした時の最初の台詞を思い出すリツコ。

 なんとなくこの少女からは、自分にとって最もかけがえが無く大切な少年と、

 似たような匂いが感じられるだが、彼に比べれば幾分その力は劣るようで、

『どうぞ』 『貰うわよ』 と言った台詞からも、その辺の事が伺える。

 シンジの場合は、最初の言葉が指し示すように、

『貰うわよ』 なんぞと言う一応許可を得る言葉を発する事は無かったし、ましてや、

『どうぞ』 という言葉がその口をついて出る事も皆無であった。

『それじゃあ、もし私が”シンジ様”と呼ばせて貰ってよろしいでしょうか?
 と聞いたらシンジ様は何て答えるのかしら・・・・ やっばり・・ 「問題無い」 でしょうね!』

 いつしか心中をシンジの事で占められてしまっていたリツコには、

 アスカからの再度の確認の言葉にすぐには反応する事が出来なかった。

「ちょっと! 私が、この私が聞いてんだから何とか言いなさいよ!!」

「え!? あ、ああ、ご免なさい。それで構わないわよ」

「O.K.じゃあ大至急最終調整にかかって頂戴。私は今すぐにでも実戦を経験したいんだから」
 

「サードチルドレン」 に対してよっぽど鬱憤が溜まっているのだろうか、

 アスカはリツコに対して弐号機の調整にすぐさまかかって貰うように依頼するのだが、

 そう簡単に行くものでは無い事を良く知っているリツコは、

 その事を伝えようと口を開きかけるのだが、それを横から遮る声が支部長室に響き渡る。

「まあ、そう急ぐなよアスカ! そんなに簡単に終了するものだったら、
 わざわざ本部から赤木博士が来る必要は無いって事は君も本心ではわかっているだろう?」

「勿論そんな事はわかっているわよ! けれど次の使徒がいつ来るかわからないのよ。
 その時に備え全力で対応するのは当然の事でしょう」

 どうやらせっかくの加持の助け船もあまり役には立たなかったようである。

 我が儘と言えば我が儘なのかもしれないが、アスカの言っている事は正論そのものなので、

 リツコは改めて彼女からの要請に対する返答を口にする。

「わかったわアスカ、アナタの期待に応えられるよう全力をつくすわ、よろしくね」

「こちらこそ! よろしくねリツコ」

 アスカは差し伸べられたリツコの右手にチラッと視線を投げかけた後、

 すぐさま自分も右手を出して握手に応じる。

 ここにエヴァ弐号機は実戦配備に向けての具体的な1歩を踏み出したのであるが、

 さすが、赤木リツコ博士はプロフェッショナルであった。

『当たり前でしょう。だって1日も早く帰ってシンジ様に会いたいですもの』

(アラ!)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 あれから何時間経ったのか、

 シンジに先駆けて目を覚ましたハルペルは、その豊かな胸元をシーツで覆い隠しながら、

 今自分のかたわらで静かな寝息を立てている少年に穏やかな視線を向けている。

 本当であればまだ平日の今日は、学校の中で授業を受けていなくてはならない時間なのだが、

 殆ど徹夜に近い状態で使徒殲滅とそれに続くミーティングをやり終えたスタッフには、

 午前中の間、全員休養を取って良いように通達がなされている。

 中学生であるシンジやレイに関してもそれは例外ではなく、

 教育委員会の方との話しが既についており、シンジはしばし平穏なる眠りを享受する。

 その寝顔を見る限りでは、まだまだ中学生のそれであり、ハルペルには、

 この少年がとても数時間前に自分を荒波渦巻く大海で翻弄した人物だとは信じられない。

 が、事実は事実であり、その無垢といっても良い少年の表情に、怒りと迄は行かないが、

 何となく腹立だしさを覚えたハルペルの心の中にムクムクと悪戯心が沸き上がってくる。

 そしてハルペルはそれを実行するべく、左手をスッと下の方に伸ばして行くのだが、

 彼女の左手が目的地(っていったいどこだ?)に辿り着こうとしたその瞬間の事である。 

 ハシッ

 突然その手首を掴まれて吃驚するハルペル。

 見るとその手を掴んでいるのはシンジの左手であり、

 いつのまにか彼の瞼は両方ともしっかりと開けられていた。
 

「何だ?」

「い、いえ何でもありませんわ」

 愛想笑いを浮かべて誤魔化すハルペル。

 どうやらシンジはハルペルの気配を感じとって目を覚ましたようであり、

 彼は捕まえていた彼女の左腕を放した後、もうお昼近くになっているのだが、

 起きがけの挨拶を交わす。

「えーと、ぐーてんもるげん、ハルペル」

 シンジの言葉にちょっと吃驚したハルペルであったが、そのたどたどしさが可笑しかったのか、

 それとも自分の事を思いやってくれるシンジの心遣いが嬉しかったのかはわからないが、

 クスリ、と軽い笑みを浮かべると、シンジとは全然比べものにならない、

 流暢なドイツ語の挨拶を紡ぎ出す。

「Herr Shinji Guten Morgen」

 シンジはその言葉を聞いた後むっくりと上半身を起こし、

 ベッドの傍らにおいてある高級そうなアンティーク時計に目を走らせる。

 どうやら、まだ暫くは余裕があるようなので、彼は再びその体をベッドに横にすると、

 自分がここへ来た目的である、お礼以外のもう一つの事について彼女に話し始める事にした。
 

「ハルペル! 君に頼みがあるんだ」

「何でしょう? 私に出来る事でしたら良いのですが・・・」

 突然真剣になったシンジの口調に、思わず引き込まれるようにハルペルの方も身構える。

 やがて彼の口から語られた言葉は彼女が予想だにしていなかったものであった。

「実は、今度の戦闘で使徒を倒す事は出来たのだが、初号機の方も重大な被害を被ってな、
 実質、大破といっても良い状態に追い込まれてしまったんだ」

「そうだったんですか、でもシンジ様が無事で良かったですわ」

「ありがとう。だが喜んでいる暇は無い、何しろ次の使徒がいつまた現れるとも限らんのだからな。
 そこでだハルペル、頼みというのは他でも無い、君に初号機の修理を受け持ってほしいんだ」
 

 初号機の修理!

 ハルペルにとっては実に魅惑的なシンジからの依頼であった。

 自分がこれ迄一生懸命手塩にかけてきた弐号機の最終調整を、

 よりにもよってリツコが行うと聞かされた時の悔しさといったら・・・

 アメリカ支部での新たなるエヴァの建造を自分が担当するという条件が、

 事前に提示されていなかったならば、恐らくその場で辞意を表明していた事だろう。

 それだけ彼女のリツコに対するライバル心は凄まじいものがあるのだが、

 今のシンジの依頼内容からすると、リツコと自分がそれぞれ逆の立場でエヴァと向き合う事なる。

 ハルペルとしてはすぐさま了承の意を伝えたい所だったのだが、

 自分は既にアメリカ支部の技術部長として赴任する事が決まっている身なので、

 まずはその懸念をシンジに告げる事にする。
 

「私を指名して頂いて大変光栄なのですが、既にアメリカ支部へ行く事が決まっているので・・
 しばらくお時間を頂けないでしょうか?」

「その事なら心配いらないよ!」

「え?」

「何と言っても父さんはネルフの総司令官だからね。
 ハルペルのアメリカ行きを撤回するというのならば、問題あるかもしれないが、
 延期という事であれば多少の軋轢は生じたとしても、最終的に総司令の権限で何とかなる筈だ」

 ハルペルの懸念を無用のものだと言い切るシンジ。

 単純な通常の人事であればシンジの言う通り、最高司令官であるゲンドウの一声で、

 何とでもなるのだろうが、もしそうで無かった場合は少々やっかいな事になる筈なのだが・・・

「でも・・・」

問題無い。父さんも伊達や酔狂でネルフの総司令を務めている訳では無いからな!」

 力強く、しっかりと言い切るシンジ。

 その表情は自信に満ち溢れ、女ならば誰しもが惚れ惚れするといった表現が、

 ピッタリと当てはまるように引き締まっている。

「わかりました。私でお力になれるのでしたら」

「よろしく頼む」

 いつもながらの鮮やかなやり取りでハルペルからの協力の約束を取り付けるシンジだが、

 内心ではそう単純な問題では無い事は彼も重々承知していた。

 シンジは、ネルフにかなりの影響力を持っていながら、それを対外的に公表出来ない組織が、

”存在”している事についてはこれ迄の経験から察知していたのだが、

 その詳細な内容について、どころか通称をゼーレと言う事ですらも掴んでいないのだ。

 恐らく今回のハルペルの人事に関しても、その組織が一枚噛んでいる可能性が高く、

 その場合、組織から譲歩を引き出す事は実に難しい命題となる事であろう。

 しかし通常の場合はともかく、今回キャスティングボードを握っているのは自分達の方で有り、

 相手よりも遥かに優位な状況に立っているのは間違いない。

『大丈夫! 父さんならば必ず・・・・・・ 父さんなら・・・・ 父さん・・
 ・・・あんまり期待はしないでおこう』

 相変わらず、息子から全く信頼されていないゲンドウであった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者の、勝利に対するお礼と、被害に対する修理の依頼を終えた

 魔界より遣わされし3人目の少年と、対となる少女も弐号機の最終調整の依頼を完了した。
 
 

                                                         
 
 

 いつも自分の弁当を美味しく食べてくれる少年の姿の無い事に落胆を覚えるヒカリ。

 彼女の努力が無に帰する事は無かったのだが、同時にそれが彼の胃袋に収まる事も無かった。

 シンジはかねてトウジと交わした己の約束を果たすために、病院へ行く事を提案する。

 次回 問題無い  第31話 シンジ 訪問

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


管理人のコメント
 おおっ!
 とうとう、アスカさんとリツコさんが出会いましたね。
 でも、アスカさんの出番はほんの少し……
 しくしく。
 いや、でもこれ以降、アスカさんの登場は増えるに違いありません。
 楽しみです♪
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
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 さあ、じゃんじゃんメールを送ろう!


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