問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者も、遂にその目的を達する事はかなわかったが、

 魔界より遣わされし3人目の少年の、当面身動きを封じる事には成功した。
 
 
 
 
 

第29話 シンジ 提言
 
 

 フランクフルトから飛び立ったル○トハ○ザ航空のエ○バス・A3○0が、

 夕刻に少しづつ近づいていくケルン空港に到着し、

 着陸態勢に入ったのは予定より5分程度遅れた時間であった。

 2005年には就航し、新しい世紀にふさわしい超大量輸送時代の幕開けを告げる筈だった、

 このスーパージャンボ機が、実際に世界にその偉容を初めて晒したのは2010年の事である。

 何故5年もその予定がずれ込んだかというと、わざわざ説明する必要も無いかもしれないが、

 セカンドインパクトの発生により、設計を担当する技師達に多大な犠牲者が出るのと同時に、

 生産を行うための設備も、かなりの被害を受けたためである。

 しかし予定よりも5年遅れたとはいえ、もとより次代を担う花形飛行機として、

 航空関係者の熱い注目を浴びていたこの機は、瞬く間に全世界の航空会社に採用され、

 国際線は勿論、国内線であってもかなりの乗客を見込める主要路線で活躍する事となり、

 今では世界各国の空はかなりの割合でこの機によって覆い尽くされている。
 

 そのファーストクラスの1角に、左目の左の付け根にほくろのある金髪の美女が1人、

 ゆったりとしたシートにその身を預けてはいるものの、何故か心はリラックス出来ていないようで、

 彼女は身じろぎ一つせず、不安そうな表情を浮かべ続けている。

 文句無しの美人で、しかもナイスバディなその女性には、

 悩みに値する事など全く無いように思えてしょうがないのだが、

 彼女は今も眉をしかめたままであり、一向にそれが解消する兆しは無い。

 さて、その眉に目を向けて見ると、何故かその色は黒色であり、

 ヘアスタイルと合わせて仲々良くマッチしている彼女の金髪が、

 このパーツが加わる事によって、どうもアンバランスな感が否めないものとなってしまう。

 どうやら彼女は純粋なるブロンドヘアという訳では無く、元々は黒髪であったものを、

 金髪へと染めなおしたようである。

 顔の輪郭は全体的にシャープな感じで、目だけを見る限りはキツめな感じを受けるのだが、

 泣きぼくろに見えない事も無いほくろがクッション役を果たしており、

 大分彼女の印象を和らげている。
 

 金髪美女は左手で頬杖をつきながら、

 やはり左側の窓から見える眼下に広がる針葉樹の森へと、視線を落としている。

 殆ど海沿いに設置して有る日本の空港と違い、ここケルンはかなりの内陸に位置しているため、

 空港の両側に広がる広大なるその森は、これ迄もここを訪れる観光客の心を癒し、

 ビジネスマンにも一服の清涼感を与え続けて来てくれたのだが、

 残念ながら彼女の目には単なる情景の一つとしてしか映っておらず、

 ここ暫くずうっと憂鬱感を抱え込んでいる彼女の慰めにはなっていないようだ。
 

 憂い顔を隠す事無く、それをずうっと続けているの金髪の美女。

 彼女から醸し出される雰囲気は、また何とも言えないものがあり、

 それは、着陸に伴う各人のシートベルトをチェックしていた男性のパーサーを魅入らせ、

 思わず注意を促す事を忘れさせてしまう程であった。

 しかし、プロとしての職業意識のなせる業だろうか、

 パーサーはすぐさま自分の役割を思い出すと、彼女にシートベルトを着用するように申し出る。
 

「お客様、当機はまもなく着陸致しますので、シートベルトをお付けください」

「あらご免なさい。わかったわ」

 自分の申し出によってその美女がベルトを着けてくれたのを確認したパーサーは、

 一つ満足げに頷くと、立ち去りがたい気持ちを振り切って次の乗客の元へと向かって行く。

 今更説明するのもなんだが、この美女こそ世界にその名を知られた赤木リツコ博士である。

 国連の特殊機関であるネルフの本部の技術部長である彼女がここドイツにやって来たのは、

 汎用人型決戦兵器、エヴァンゲリオン弐号機の最終調整を行うためである。

 エヴァンゲリオンは現時点で3体が完成しており、

 テストタイプである零号機、プロトタイプである初号機の2機がネルフ本部に配備してあり、

 残りの1機、プロダクションタイプである弐号機のみがネルフドイツ支部に設置してあったのだが、

 幸か不幸か、エヴァの、ひいては”人類の敵”とされる使徒がその姿を現したのは、

 本部の有る第三新東京市のみであったため、弐号機の実戦配備はこれ迄見送られてきたのだ。

 だが、今後は第三新東京市以外にも、新たに使徒が襲来してくる事が予想されたため、

 とうとう2号機も現場へと赴く日が・・ いや、正直な所を話そう。
 
 

 世界征服委員会(間違って無い・・ よね?)という、世界を、そしてネルフを操る影の組織は、

 単なる実行犯の役割を負わせるだけの存在であった筈の、

 ネルフ本部の総司令官、「碇 ゲンドウ」 と、

 その息子でエヴァ初号機のパイロットである、「碇 シンジ」 という親子が、

 段々と力をつけていくのに従って、逆に危機感を抱くようになっていったのである。

 エヴァンゲリオンは通常兵器を完璧に防御する事の出来るATフィールドという、

 一種のバリアシールドを作り出す事が出来るため、人類の中にあってはまさに無敵の存在で、

 正面からこれを突破する事は不可能なのである。

 そのためパイロットであるシンジの暗殺も、ほんの少しだけ口の端に上がった事はあるのだが、

 使徒を倒す事が第1義である事を考えた場合、そんな事が出来る筈も無く、

 この案は即座に否定される事となったのであった。
 

 そこで委員会の老人達が次に考えたのが、「目には目を」 という事だったのである。

 碇親子がクーデターを企てるような事が起こった場合、

 今の所、自分達にはそれに対抗できるだけの武力が存在していないのだ。

 そこで今迄ドイツ支部の技術部長を務めていた、ハルペル・ド・フォン・ラーヘルという女性を、

 アメリカ第一支部に転勤させ、そこで新たなるエヴァの製造に着手させる事にし、

 また緊急避難的には、エヴァ弐号機を急遽実戦配備し、自分達の楯とする事で、

 あの悪辣なる親子の暴走を防ごうとしたのである。
 

 要するに老人達は、自分達の防御手段を確立するために、

 わざわざ本部から赤木博士を呼び寄せたのだが、この後弐号機は様々な交渉の結果、

 最終的には本部へ配置転換される事になってしまうという、

 何とも皮肉な結末を迎える事になるのである。
 
 
 
 
 

 ランディングを完了し、シートベルトオフのサインが出るやいなや、ドアへと急ぐリツコ。

 彼女はこの後も手荷物の受け取りなどを含めた諸手続きを迅速に済ませると、

 空港のターミナルビルを出てすぐに迎えに来ていた車を見つけ、足早にそちらへと歩いていく。
 
 

「やはり僕達2人は、どんなに離れていようとも結ばれる運命にあったんだね!
 こうしてまた君に会えた事を神に感謝し、そして誓おう! もう決して君を離したりはしない」

「私も・・・ 喩えどんなに遠く・・ どんなに長く離れていようとも信じてた。
 ずっと・・ ずっと信じていたわ、アナタに会える日が必ずくると」

「リツコ!!」

「はい、そこ迄! 急ぐんだから早く車出して!」

 感動の巡り会いの演出が功を奏したかに見え、

 男が美女の細腰を己の手の中に納めようとした、まさにその寸前の事である、

 それ迄は相手につきあって甘く切ない雰囲気を醸し出していたリツコだったのだが、

 そろそろ頃合いと思ったのか、いともあっさりとそれを打ち捨ててしまう。

 他方、かわされた男の方はと言うと、軽く肩を竦めては見せたものの別段悪びれた様子もない。

 ドイツ支部に対しての本部と、いくら直接的な繋がりは薄いといっても、

 部長を務めているリツコに対しやけに馴れ馴れしい態度を取るこの男。

 アスカがハルペルと一緒に初号機の戦闘の様子を確認していた際に、

 ハルペルを呼びに来た・・・・・ そう、あの加持リョウジである。

 元々親友同士であったリツコとミサト、そしてかつてミサトの恋人であった加持の3人は、

 大学時代からの知り合いではあったのだが、出会った当初から、

 加持の”軽さ”が好きになれなかったリツコは、常にこの男とは1歩距離をおいて、

 それでいて当たり障りの無いつき合いを続けては来ていたのだが、

 さすがにミサトと別れてからは会ってはいなかったので、

 多少懐かしい感じはしたものの、それとは比べものにならないぐらい、

 今の彼女には気にかかる事があり、加持のプロポーズ? をやんわりと退けると、

 さっさと送迎用のベ○ツへと乗り込んでしまうのであった。
 
 

「本部の状況がどうなっているのかわかる?」

 彼女の送迎を担当する事になったらしい加持に対し、リツコはいきなり質問を浴びせかける。

 ファーストクラスの席を手配して貰った彼女ではあったのだが、

 どうやらゆったりとした快適な空の旅を楽しむような事は無かったらしい。

 まだ機上の人であった時分の憂鬱な表情も、どうやら今の質問にあるように、

 本部の状況が気にかかっていたためらしい。
 

 ミサトとはまるで正反対で、真面目で几帳面な彼女は、

悪かったわね!!

 機内に居る際にも持ち込んだパソコンによってエヴァンゲリオン弐号機の最終調整のための、

 プログラムの検証や、そのスケジュールの策定を行っていたのだが、何しろ長時間の旅の事、

 時折手を休めては音楽を聞いたり、あるいはニュースを見たりしていのだが、

 そのうちにまた新たな使徒が第三新東京市に現れた。

 というニュースが飛び込んできたのである。

 当然リツコとしてはすぐさま本部と連絡を取りたかったのであるが、

 あいにく彼女の手元には航空会社が提供する一般の電話しか無かったため、

 機密の漏洩を恐れ、結局本部への連絡は取らなかったのだ。
 

「残念だけと、詳しい状況はわかっていない。もし確認したければこの電話だったら大丈夫だ。
 スクランブルがかけられているんで、盗聴の心配は無いよ」

 加持はそう言うと車載電話のコードレスの受話器を持ち上げてリツコへと渡す。

 受け取ったリツコはボタンを1つ1つ、確認するように押していく、

『大丈夫よ! あのシンジ様の事だもの・・・ きっともう既に使徒を倒しているのに違いないわ』

 祈りを込めてそう心の中でつぶやくリツコ。

 その思いが通じた訳でも無いが、実際この時既に第五使徒ラミエルは殲滅されていたのだ。

 だたし、彼女が気にしていたシンジが搭乗していた初号機は、

 ラミエルの放つ苛烈な加粒子砲をまともに受け、殆ど大破と言って良い状況になっていたが。
 
 

「赤木です」

「あ、先輩!」

「第五使徒の殲滅は・・ うまくいったの?」

「ええ、何とか倒す事は出来たのですが、
 その際初号機が使徒の攻撃で、殆ど原形を留めない程の被害を受けてしまって・・・」

 言い淀むマヤの言葉に目の前が真っ暗になるリツコ。

『原形を留めない程の被害』 とは、いったいどういう事なのだ?

 気が遠くなっていくような感覚さえ感じていたリツコであったが、

 どうしてもこれだけは確認しておきたくて、最後の力を振り絞って、

 シンジの安否を確認する言葉を口にする。
 

「シンジ様は、シンジ様は無事なの!?」

「はい。最初は心配されたんですがシンジさんは無傷でした。安心してください」

 シンジの無事を伝えるマヤの台詞に今度は肩の力がスッと抜けていくリツコ。

 その目に幾分光るものが見えるのも、どうやら気のせいでは無いらしい。

 詳細な状況はまだ確認出来ないものの、使徒を殲滅する事には成功し、

 どうやらシンジの方も無事だったらしい。

 初号機の被害は気になったものの、それらも含めて今回の使徒殲滅に関するデータは、

 ドイツ支部到着後に受け取る事にし、リツコはこの場での会話は一旦ここで打ち切る事にする。

「そう、わかったわ。それじゃマヤ、一旦これで切るけど、ドイツ支部に着いたらまた連絡するから、
 今回の戦闘に関するデータを送って頂戴」

「わかりました」

「それじゃあね」

「はい」

 Pi

 目を閉じて、シートにどっしりと体を預けたリツコの脳裏に、

 シンジの『碇スマイル』が浮かんでくる。

 彼が無事だったという事で安心したのと、長旅の疲れが出たのだろう、

 やがてリツコはそのままの態勢で、安堵の表情を浮かべながら静かに寝息を立て始めた。
 

『シンジ様って・・・ 初号機のパイロットとされている碇シンジ君の事か?
 どうやら相変わらずらしいなリっちゃんは・・・ て事はまたあの惨劇が繰り返されるのか!』

 ミサトとリツコ。かつて第二新東京大学のキャンパス全体を巻き込んだ、

 サラマンダとヒドラの激突を知る加持はそう心の中で思い浮かべる。

「碇 シンジ」 という少年については、今迄サードチルドレンであるという事しか知らず、

 さほど興味も無かったのだが、アスカと共に見た使徒との戦闘を思い出すにつれ、

 彼の行動のエネルギー源とも言える、好奇心と探求心がむくむくと沸き上がってくる。

 最初の戦闘の際には戦略・戦術と言うよりも、パワーでねじ伏せた、という感じだったのに比べ、

 二度目の時には、思わず自分も唸るような戦法を用いて、本当に”鮮やか”という形容詞が、

 ビッタリくる戦い方で使徒を倒してのけているのである。

 元々は素人であった筈の彼が見せた、短期間のうちの驚異の成長、

 変な意味では無いが、やはり碇シンジという少年は、人を惹きつけずにはおれない存在らしい。

「1度会ってみたくなったな、噂のサードチルドレンに」

 思わずポロッと本音を漏らしてしまう加持。

 エージェントとしての彼の優秀さは、ネルフ内部のみならず、

 多かれ少なかれ裏の世界と関わっている機関の中では有名であり、

 この言葉がリツコの耳に入っていたならば、かなり彼女を警戒させる事になってしまっただろうが、

 ここ迄の行程でかなりの精神力と体力を消耗していた彼女には、

 残念ながらこの言葉を聞き取る事は出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「レイ!」

「はい」

「ご苦労様・・ シンジ君!」

「はい」

「ご苦労様」

問題無い

 強烈な第五使徒の攻撃を受けながらも、無事生還を果たした2人の兵士に、

 作戦部長からの労いの言葉がかけられる。

 別に珍しい光景では無い、使徒の殲滅に成功したこの2人の英雄は、

 言う迄も無く人類の救世主であり、それこそ惜しみない賞賛を受けて然るべきなのだが、

 ここは 「対 使徒」 専門機関のネルフ、浮かれてはいられない。

 自分達の敗北は、即人類の滅亡につながるのだから。

 ミサトもやはりそこら辺の事はしっかりと弁えているのだろう、

 まだまだこの2人に、特にシンジに言いたい事が山程あったのだが、

 その気持ちをぐっと抑え、型通りの挨拶に終始する。

 しかし、ミサトは最後に一言だけ彼らに対して私情を交えた言葉を投げかける。

 どうしてもこれだけは言っておきたかったのだ、”作戦部長” としてでは無く”1人の人間”として。
 

「シンジ君、レイ」

「「?」」

「ありがとう」

 ミサトのこの言葉にシンジは毎度同じみの『碇スマイル 』を、

 そしてレイは 「魔性の微笑み」 を浮かべてみせる。
 

 だが、これで終わった訳では無い。

 この後今回の作戦を検証するためのミーティングを行わなくてはならないのだ。

 元々は軍人では無いシンジとレイには、仲々キツいスケジュールとなってしまったが、

 ミサトのこの一言によって多少報われた気分になった2人は、別段不平を述べる事も無く、

 きっちりと最後迄自分達が果たすべき役割をやり遂げるため、

 ミーティングを行う視聴覚室へと向かうのであった。
 
 

 それにしても今回の作戦はあまりにも被害が大きすぎた。

 特に何と言っても、これ迄”人類の命運を一身に背負っていた”

 と言っても過言では無い初号機が、大破と呼べる状況に陥ってしまったのは重大である。

 概してミーティングの中味については、作戦自体の検証よりも、

 むしろ今後使徒が襲来した際の対応をどうするか?

 という事にウェートがシフトしかかってしまったのだが、誰もうまい案を出せる筈も無く、

 延々と堂々巡りを繰り返す事となってしまう。

 そのため、本当であればなるべく簡潔に終わらせる予定だったミーティングは、

 今や時間無制限1本勝負の様相を呈してきていた。
 

 常夏の日本、早い朝はすぐそこ迄忍び寄っており、誰もが皆この不毛な論議に終止符を打ち、

 疲れた体を休めたいとは思っていたものの、”初号機が使えない”という状況が、

 彼らを休ませる事を拒否していたのである。

 休みたい。しかし休めない、いや・・ 休みたくない!

 こんな中途半端で不安な状態のままで見る夢は、きっと悪夢に決まっている。

 ほんの少し、蝋燭・いや線香の先程のかすかなものでも良い、

 とにかく光明が見いだせない事には誰もが休む気分にはなれなかった。
 
 

「シンジ君! 何か君の方から言う事はないかね?」

 それ迄一言も発せず、じっとミーティングの中味に聞き入っていた4人、

 即ちゲンドウ、冬月、シンジ、レイの中から、冬月がシンジに対して問いかける。

 ATFを提案した時と同様、こういった場合のシンジは、

 何かしら思案をしているものと冬月は推察したのであるが、

 それに対するシンジの答えは、やや曲解的なものだった。
 

「副司令、リツコが返ってくるのはいつ頃になる予定なのですか?」

「確実な事は言えんが・・ おそらく10日から2週間程度後になると思うんだが、
 それがどうかしたのかね?」

「事態が事態です。至急彼女を呼び戻して下さい」

「しかし、そ・・・」

「それは出来ん!」

 冬月とシンジの会話に、突如復活したゲンドウが割り込んでくる。

 ギョッとして冬月が声のした方に顔を向けると、ようやくゲンドウが復活してきたようで、

 サングラスに遮られてわからないものの、鋭い視線を当たりへと投げかけている。

「何故だい、父さん? 今のままでは、リツコが居ない間の期間にプラスして、更にその上、
 初号機の修理が完了する迄、本部を守る事が出来るのは零号機のみとなってしまうんだぞ!」
 

 わかっていた。わかっていたからこそ、ここに居合わせた面々は、

 その事を口の端に載せようとはしなかったのだが、

 自分達の現状を如実に現したシンジの言葉に、場の雰囲気が益々沈み込んでいく。

 小心者のいつものゲンドウであれば、シンジの言に押し流される所なのだが、

 多少怯みはしたものの、どうした訳か今回は、執拗な食い下がりを見せる。

「初号機パイロット、お前の言い分もわからんでも無い!
 だがそれをしてしまったらドイツ支部はどうなる?
 新たな使徒がドイツ支部に現れるような事態になった場合、それを防げるのは弐号機だけだ」

 確かにゲンドウの言う事には一理ある。

 現状では本部の場合、初号機を稼動させる事は不可能だが、まだ零号機が存在しているのだ。

 それに対してドイツ支部の場合は弐号機がまだ実戦配備されていない状況な訳で、

 両者を比較した場合、まだ本部の方が恵まれていると言えるだろう。

 大半の者がゲンドウの言葉に心中で頷く一方、シンジの考えは全く彼らとは異なっていた。
 

 何をか言わんや、である。

 未知の存在、未知の生命体である使徒が、これ迄3度ともこの第三新東京市に姿を現したのは、

 単なる偶然だったとでもいうのか?

 否! そうでは無い。2度迄なら偶然という事もあり得るが、

 3度となるとこれはもう、この第3新東京市に使徒を惹きつける何かがあるのに違いないのだ!

 そして、その惹きつける者とは・・・

 シンジは自分の隣に座っているレイにチラッと視線を走らせた後、

碇スマイル』を立ち上らせて、その事実の一部を暴露にかかる。

「父さん、本当にそう思っているのかい? ドイツ支部が襲われるって」

「・・・あくまで仮定の話をした迄だ。
 何もドイツ支部が必ず襲われると決まった訳では無い」

 ゲンドウは一瞬シンジが何を言いたいのかわからなかったのだが、

 とりあえず当たり障りのない返答を返す事にしたのだが、

 生憎この言葉はシンジにとって思う壺となってしまう。
 

「確かに、父さんの言う通りだね。
 それじゃあこれ迄の3体の使徒は、何故全て第三新東京市に現れたんだい?」

 シンジのこの言葉に、会話の当事者であるシンジとゲンドウ、

 それに冬月の3人を除くこの場に居合わせた全員がハッとした表情を見せる。

 ドイツ支部が必ず襲われると決まった 訳では無い・・・

 それでは何故本部は必ず襲われるのか?

 今迄は目の前に現れた使徒を殲滅する事だけで手一杯で、

 これ迄考えた事もなかったのだが、言われてみれば確かに変な話しである。

 本当にたまたま偶然が重なりあったという事もあり得るが、

 それよりは使徒は何か目的があってここ、第三新東京市に 襲来して来ている

 と考えた方がよっぽど自然である。

 しかもそこには、「対 使徒」 専門機関であるネルフ本部が存在しているという、

 あまりにも出来過ぎた話しに、全員の疑惑の目がゲンドウに集中していく。

 一方それに晒される事となったゲンドウだが、

 こういった突発的な事態に対処する能力に乏しい彼に、うまい反論が出来る訳も無く、

 押し黙ってしまう事となるのだが、意外にもそんな彼に救いの手を差し伸べたのは、

 彼をそういった事態に追い込んだ本人である1人息子であった。
 
 

「ま、そうは言っても相手は使徒なんだから、理由なんかわかる訳も無い!
 しかし今迄の状況を鑑みると、ドイツ支部が襲われるよりは、
 次もまた本部にやって来る可能性の方が高い。と僕は思う」

 それ迄ゲンドウに向かっていた視線が、今度はシンジの方へと移動していき、

 完全に自分が注視される状態になったと判断したシンジは、続く言葉を口にする。

「そこでだ。今後の対策として弐号機は最終調整が終了次第、
 ドイツ支部から本部に速やかに配置転換をする事が1つ」

「それともう1つ、ミサト、弐号機がドイツ支部にあったという事は、当然支部において、
 それのメンテナンスをしていた人物が居ると思うんだが・・」

「え、ええ、ハルペルと言って、私もリツコも良く知ってる人物がそれを担当していたわ」

 突然自分に振られたため、一瞬とまどったミサトであったが、

 やはり作戦部長らしくきっぱりとした口調で、シンジの期待した通りの答えを返し、

 それを受けてシンジは納得した表情を浮かべる。

「その人物とコンタクトを取り、リツコがやってくる迄の間は初号機の修理を担当して貰う事にする。
 とまあ、こんな所ですが・・ 如何ですか、碇司令」
 

 恩着せがましい『碇スマイル』を浮かべたまま、そう言ってゲンドウに詰め寄るシンジ。

 何だかんだ言って、これでは得をするのは本部ばかりであり、

 支部からの反発は容易で無いものが予想されるだが、彼にはこの方法こそが、

 ベストの選択であるという確信があった。

 最初シンジはリツコがドイツに向かったのは父親のセコい策略だと思っていたのだが、

 先程、彼女を呼び戻すというシンジの言葉に対するゲンドウの反応の様子から、

 どうもそれだけでは無いように思うようになり、それにつられるように、

 以前冬月との会話からチラッと感じられたキナ臭い組織の存在が、

 彼の頭には浮かび上がって来ていたのである。

 正体はわからないながらも、そういった組織が裏で糸を引いていたとしたならば、

 弐号機の移送に不満を覚えたとしても、初号機が居ないという現実の前では、

 戦力の集中化を納得せざるを得ないだろうと思われる。

 しかしこれだけでは理由付けとしては弱いと判断されたとしても、

 これ迄部外秘的な存在であった本部のテクノロジーを外部に晒す、

 という交換条件も用意してあるので、最終的にはこちらの要求を呑むしかないのである。
 

「反対する理由は無い」

 苦々しく、それでいて弱々しくシンジの提言を承認するしかないゲンドウには、

 この息子に比べたら、本来海千山千である筈のあの老人達ですら、可愛い存在に思えてくる。

「では、後の事は全てお任せしましたよ、碇司令。もう時間も大分経ちましたし、
 中学生である僕達はこれで失礼させて貰います。じゃ行こうか、レイ」

「うん、お兄ちゃん」

 レイの返事を聞いた後、すぐさまシンジは彼女を伴って視聴覚室を出て行こうとするのだが、

 退出する寸前、ゲンドウに対してほんの一瞬だけ、サッと視線を走らせる。

『1つ貸しだよ、父さん!』

 やはりなんやかや言っても親子なのだろう。

 他の誰もが、すぐ側に控えていた冬月でさえ、気づく事はなかったのだが、

 息子の言いたい事を瞬時に理解したゲンドウは、更に奥歯をギュッと噛みしめる。

 その間にもシンジはさっさと部屋を出ていってしまい、残された人々は言うと、

 皆一様にあっけにとられ、誰も暫くの間、口を開く事が出来なくなってしまうのだが、

 そんな中、副司令である冬月だけは、他の者に聞こえないような小声ではあったが、

 最終確認を取るためにゲンドウに対して問いかける。

碇、本当にこれでいいんだな。・・・・・・・・

問題無い

わかった。じゃあ老人達との交渉については任せたぞ

「!」

 そうだ・・・ すっかり忘れていた。

 あの老人達を相手に交渉を行い、そして譲歩を引き出さなければならない。

 ・・・という役割を課せられるのは自分だという事を。

『おのれ、シンジめ・・・』

 今更、心の中でののしってももう遅い、結局貧乏くじを引かされるゲンドウであった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者が、ネルフに与えたダメージは初号機だけに留まらず、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、自分が搭乗できない間の対策に頭を痛める事になった。
 
 

                                                         
 
 

 老人達が自分達の描くシナリオに沿って事態が進んでいく事に満足感を覚えていた頃、

 ドイツ支部へと到着したリツコは、赤毛の少女にシンジと似た部分がある所を感じ取っていた。

 ハルペルへの”お礼”を完了したシンジは、初号機の修理を己の口から直接彼女に頼み込む。

 次回 問題無い   第30話 シンジ 依頼

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


管理人のコメント
 
 リツコがいよいよドイツへ。アスカ登場はもうすぐですね。
 ほんと楽しみだったりしてます♪
 
 本部では、ゲンドウよりやっぱり一枚上手のシンジ。
 でも、実は僕、ゲンちゃんのことが好きだったりします。(笑)
 なので『問題無い』ではシンジに負けてばかりのゲンちゃんを、ついつい応援してしまったり……
 でも、次もきっとシンジのいいように扱われるんでしょうねぇ。(^^;
 
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