問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者を、殲滅するためにミサトが思いついた作戦は、

 魔界より遣わされし3人目の少年と、リツコの代わりとなる女性によって完全に否定された。
 
 
 
 
 

第26話 シンジ 準備
 
 

「11.2%」

「え、どうして?」

 驚きの声を上げるミサト。それはそうだ。

 結果的に無効な物になってしまったが、最初のMAGIの計算では、

 八州作戦こそが最も高い確率を誇っていて、だからこそその作戦を推進したのだが、

 それでもこれより低い 「8.7%」 しか勝算が無かったのである。

 いったい何故こんな結果が出たのか?

 八州作戦では見落としがあったが故にその確率が上昇してしまった。

 今回の場合も、あるいわ何か見落としがあり、

 それが逆に確率を下降させてしまっていたとでも言うのだろうか?
 

「驚く事はないぞミサト。今度の作戦は最初全く検討されていなかったのだから」

「どういう事なのシンジ君?」

「零号機を戦闘に参加させる」

 シンジは先程から、後方でポツンと1人佇んでいたレイの方に視線を向けながら、

 事もなげに言い放つと、それを受けたレイは、

 決意に満ちた表情でシンジに向かって大きく頷いてみせる。

「零号機を!? 待ちなさいシンジ君。防御の方ならともかく零号機に実戦はまだ無理よ!!」

「勿論僕とて、レイを戦闘には参加させたくない。だが今回の場合はそうも言ってられないだろう」

「シンジ君・・」

 悔しそうに言い募るシンジ。

 あの生意気な少年の、初めて見せるその表情に、ミサトも言葉を途切れさせてしまう。

 そこから今度はレイの方に視線を移すと、今しがたのシンジの場合と同様に、

 レイはミサトに向かってもこっくりと頷いてみせた。

『この2人の決心はもう既についている』

 実際に戦闘に臨む2人がそう思っているのならば、最早何もいう事は無い。

 後、残された我々に出来る事は、全力でこの2人のバックアップに努める事だとミサトは判断し、

 その旨をシンジに伝える。
 

「わかったわシンジ君。あなたの立てたこの作戦の詳しい内容を教えて頂戴」

「別に難しい事じゃ無い。僕とレイ、初号機と零号機による別方向からの同時射撃だ」

「同時射撃?」

「そうだ。といっても片方は囮になるがな」

 それに続くシンジの説明はこうだった。

 目標である第五使徒に対し、初号機と零号機をそれぞれ0時と4時の方向に展開し、

 戦自から徴収した大出力のポジトロンライフルと、元々ネルフの所持していたライフルとで、

 使徒を狙撃するというものである。
 

 シンジは過去のサキエル、シャムシェルとの経験から、

 使徒が武器を作り出す際、ATフィールドが消滅する事を知っていたのである。

 これは本来ATフィールドに向けられるべきエネルギーを、

 変容する事によってパイルや鞭を作り出しているせいで、第五使徒においても、

 加粒子砲を放っている間はATフィールドが消滅している事がミサトの実験でも確認されている。

 従ってこの時の第五使徒は、別な方向からの攻撃に対しては無防備な状態にある訳なのだ。

 そこを突こうというシンジの作戦なのだが、彼が病室でハルペルに確認してもらった所、

 ネルフのライフルでは出力が足りないため、こちらを囮に使うというものである。

 そのため同時射撃とは言うものの、実際の所は囮が先に動き、

 使徒がそちらに向かって加粒子砲を放った所で、別方向から大出力のライフルで仕留める。

 といった所が作戦の大まかなあらましであった。
 

「要するにこれは、天の岩戸にお隠れになってしまった天照大御神(アマテラスオオミカミ)
 をどうやって引きずりだすか? という問題なんだ。」

「岩戸の前で踊り、天照の注意を引く天宇受売(アメノウズメ)と、
 扉をこじ開ける手力男(タヂカラオ)の2人が居なければどうにもならない」

「八州作戦」 の事があったからだろうか、古代の日本の神話に模して作戦を説明するシンジ。

 だが確かにこの作戦の状況を非常に良く著していると言えるだろう。

 ミサトを初め、他のオペレーター達もシンジの説明に納得した表情を見せている。

「成る程。天の岩戸か・・・ わかったわシンジ君。それでいきましょ!
 さ〜てみんな、それじゃあ今度は 「天の岩戸作戦」 よ。頑張って!!」

「駄目だ! ミサト」

 ガクッ

「八州作戦」 の中止によって、一旦萎えた気持ちを鼓舞するためか、

 そう言って景気づけようとしたミサトであったが、

 すかさずシンジからのストップの声がかかり、思わずずっこけてしまう。

「ちょっとシンちゃ〜ん。いったい何なのよ?」

「お前には失望したよ、ミサト」

「だから、何が?」

「ネーミングが悪い!」

「はあ?」
 

 シンジからのクレームの内容を確認しようとしたミサトであったが、

 それが単に、「作戦の名称が悪い」 という事に気づきあっけにとられる。

 しかしシンジは、そんなミサトを尻目にその理由を説明し始める。

「最初にお前が思いついた 「八州作戦」 あれは大したものだった。
 古来、日本列島の事を八州と呼んでいたのにからめ、
 日本全国から電気を集める作戦としてはまさにピッタリのネーミングであった」

「それに比べて何だ! 「天の岩戸作戦」 と言うのは!! 」
 叙情もひねりも何もない、僕の言った事、そのまんまじゃないか!!!」

『こ、このガキャ〜 相変わらず!!』

 久々にシンジの憎たらしい面を垣間見て、そう心の中で罵るミサトであったが、

 まさか口に出す訳にも行かないので、「そこ迄言うのなら」 と逆襲に転じる事にする。
 

「ご、ご免なさいね〜、センスが悪くって。でもやっぱ私にはこれが限界みたいなのよ。
 そこへ行くとおっしゃれ〜なシンジ君だったら、素敵なアイデアを持っているんじゃないの?」

「Amaterasu(アマテラス) Trading(トレーディング) Fall(フォール)、略してATFだ」

「へ?」

「つまり、アマテラスを外へ連れ出し(トレーディング)撃ち倒す(フォール)という事だ。
 たった今僕が作った造語だがな」

「今回の事は”ATF”ield(フィールド)をどうやって打ち破るかという問題なので、
 その意味からもATFというのはピッタリ合っていると思うんだが」

 ところがそんなミサトの思惑とはうらはらに、シンジはすぐさま自分のアイデアを述べ、

 それを聞いた3人のオペレーター達も感心し、納得した表情を見せてしまう。

 最早誰の目にもATFの方が受け入れられた事は明らかであり、

 やっぱりこういった事に関してはシンジと張り合うとする事自体が間違っているミサトであった。

悪かったわね!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 第五使徒が襲来したため、普段シンジ達の通っている第一中は臨時休校となっていた。

 夕焼けによって赤く染まった校舎の屋上、常夏の国となってしまった日本でも、

 さすがに夕刻ともなるとその気温も大分落ち、すごやしすくなってくる。

 本来なら人っ子1人居ない筈のその場所に、

 どういう訳か全部で7人程の生徒の姿が見受けられる。

 しかもそのうち4人は教師の目が無いのを良い事に、

 安全のために設けられた転落防止用のフェンスさえ乗り越えている。

(危ないですから、良い子のみんなはこういう事をしてはいけません)
 

「えらい遅いな〜、もう避難せなあかん時間やで」

「パパのデータをちょろまかして見たんだ。この時間に間違いないよ!」

 黒いジャージの少年、鈴原トウジが1人言にしてはやけに大きな声で喋り出したかと思うと、

 7人のうちで最も右側に位置していたメガネの少年、

 相田ケンスケが時計の時刻を確認しながら、それを中途で遮る言葉を口にする。

 いかにも待ちくたびれた。といった口調のトウジの言葉で有ったが、

 語尾の最後に近づくに従って、何となく自信無げなものになっていったのは、

 前回、第四使徒襲来の際に起きたアクシデントが余程応えているからだろうか?

 それに引き替えケンスケの方は、やはり懲りるという事を知らないようで、

 全然気にしている様子は無いみたいである。
 

 たった今トウジが口にしたが、一般の住民に対しては既に避難”勧告”が出されており、

 ある程度時間が経過した時点で、それが避難”命令”へと移行する事も周知されている。

 そしてその残り時間も、もう後わずかなのである。

 安全第一という事を考えた場合、避難や退去といった行動は、

 できるだけ余裕を持ったまま行うようにした方が良いのに決まっているのだが、

 わざわざ休校中の学校に集まってきて、

 いったい彼らはこんな所で何をしようとしているのだろうか?
 

「せやけど、出てけえへんな〜」

 トウジがそう言い放った直後である。

 彼らの右側に位置している小さな山から、

 おそらく数十羽と思われる鳥達が一斉に羽ばたく音がする。

 それにつられて音のした方向を向いた少年達の目に、これはどうした事であろうか?

 山の中腹あたりの部分が、その表面を覆う木々もろとも、

 斜め下の方向に移動していくさまがとびこんでくる。

 地滑り? にしては余りにも不自然なその現象こそが、

 彼ら7人が貴重な時間を費やしても待ち続けていたものが動き出した証拠であった。
 

「山が・・・ 動きよる!」

「エヴァンゲリオンだ!!」

 感嘆。といった口調のトウジ。

 興奮し立ち上がるケンスケ。

 瞳をめいっぱい開いた彼らの眼前に、いつものリニアを使った緊急射出ではなく、

 ゆっくりとしたリフトを利用したエヴァンゲリオンの初号機と続いて零号機が、

 地下のケージから地上へと姿を現してくる。

 その情景は、少年達の憧憬をかき立てられずにはおけず、彼らの間から一斉に声があがった。

「「「すげ〜え」」」
 

 そして数瞬の後、エヴァ初号機と零号機はリフトオフされ、

 作戦開始前の待機地点に向かい移動を開始する。

「頑張れよ〜」

「頼んだゾ〜」

「頑張れ〜」

「まかした!」

「頼むで〜」

 2体のエヴァに対して、少年達から思い思いの激励の声が響く。

 とはいってもこれだけ離れていたのでは、例え外部の集音マイクをオンにしていたとしても、

 それを聞き取る事は出来なかったであろうが。
 
 
 
 
 

 そんな彼らの存在に、シンジが気づいたのはほんの偶然であった。

 それ迄彼の頭の中では、これから自分達が行う、ATF(アマテラス・トレーディング・フォール)

 のシミュレーションを何度も何度も繰り返しており、どの方法が最も良いのか、

 検討していた所で、本当であれば彼らの存在が省みられる事は無かった筈なのである。

 しかしたまたま自分の右側から差し込んでくる夕日の眩しさに、

 視線だけをほんの少し左側にずらした所、それにつられたエヴァのカメラアイに、

 少年達の姿が捉えられたのであった。
 

「あいつら」

 ほんの少しだけ呆れたような感じを口に出したシンジが、

 少年達の様子を観察するため、マルチスクリーンのその部分を拡大してみると、

 その中に今やシンジの舎弟ともいうべき存在になってしまったトウジとケンスケ、

 この2人の姿も有り、殊にケンスケなどは、

 遠目で見ても興奮を隠しきれていない様子がよくわかる。

 しかしまあ、そうはいっても彼らが自分達を激励するために、

 わざわざ休校中の学校迄やって来てくれたのは間違いないようであり、

 やはりこうして声援を受けるというのは、悪い気持ちではない。
 

 碇シンジという少年は、これ迄も様々な人々から、期待され、頼まれ事をされてきたのだが、

 それらの全てを、勿論なんなくという訳ではなかったがクリアしてきたのである。

 そのためこういったエールを受けるというような事も、覚えきれない程経験しており、

 別段特に感慨を受けるというような事も無かったのだが、

 何故か今回は、彼らの純朴ともいえる行動に嬉しさを感じ取っていた。
 

「レイ!」

「何? お兄ちゃん」

「左の・・・ 学校の屋上を見てご覧」

 前方を行くシンジが何か重要な、あるいわ新たな敵でも発見したのだろうか?

 緊張感を高めながら、レイがそちらの方に零号機の顔を向けると、

 何やら校舎の屋上で踊りを踊っている連中(少なくともレイにはそう見えた)の姿が、

 彼女の視界に入ってきて、それ迄彼女が高めてきたものが霧散してしまう。

 ある者は口の所に両手でメガホンを作ってみたり、

 何か不満でもあるのかのようにジャンプを繰り返したりしている者もいるが、

 大抵の連中は、片手を頭上に掲げてそれを自分達、即ちエヴァに向けて一生懸命振りながら、

 大声で何かを叫んでいるようだった。
 

「あんな所でいったい何をしてるの?」

「僕とレイとを応援してくれてるんだよ」

「応援?」

「そうだよレイ。試しにお前も左手を彼らに向けて振ってごらん」

 トウジやケンスケのそういった行動の意味が理解できなかったレイが、

 シンジにその事を尋ねると、彼の方ではおそらくレイの答えを事前に推測していたのだろう、

 全く迷う事なく、その答えを返してやると、

 更にはこういった場合のリアクションの方法迄も伝授してやる。
 

 半信半疑ながらも、それでもレイはシンジに言われるままではなく、自分自身で考え、

『やってみたい!』 という結論に落ち着いた後、それ迄握っていたレバーから左手を離し、

 校舎の屋上に向けて軽く手を振ってみせる。

 しかしどうした事か、レイ本人が手を振っているというのに、少年達からの反応が無い。

 レイはその事で多少の寂寥感、失望感を味わいながらその事をシンジに告げる。

「別に・・ 何も起こらないわ」

「え?!」

 不審に思ったシンジが、初号機ともども零号機を振り返ると、

 零号機は自分の後をついてきているだけで、他にめぼしい動きは見られない。

 そんな零号機の様子から、大体の事情を察したシンジは、その事を指摘してやる。
 

「レイ、エントリープラグの中で自分の手を振っていても彼らには見えないだろう」

「そうね」

 ざっと自分の周りを見渡したレイが答える。

 自分達パイロットの様子は逐一発令所のモニターで確認出来る筈だが、

 彼ら少年達の手元にそれが有る筈も無い。

「だから、彼らにわかってもらうためには、
 零号機の手を振ってみたら良いんじゃないかと思うんだが、どうだい?」

「・・・・・わかった。やってみる」

 レイはシンジからの言葉に対してそう答えると、再び手をエヴァのレバーへと戻し、

 シンジのリクエストに応える動きを開始した。
 
 
 
 
 

「うおー、すげー」

「気づいた? 気づいた!」

「うん。気づいたよ、気づいた!」

「おっしゃ、やりー」

「危ないって、危ない!」

 自分達に向けて手を振り返してくれたエヴァの仕草に、感激・感動を覚える少年達。

 最初は後方を歩んでいたオレンジ色のエヴァの方だけが、手を振るというよりは、

 手を動かすといった様子で、ぎこちなさが感じられていたのだが、

 その後、前方を歩んでいた紫色のエヴァの方も手を振り始め、

 それに触発されたのか、オレンジ色のエヴァの反応も段々とスムーズなものになっていく。

 少年達の方も段々とエスカレートしてきて、とうとう柵の外に出ていた者の中に、

 危うく足を踏み外しそうになり、仲間に助けられる者迄出てくる始末である。
 

 言う迄もないがその少年とは相田ケンスケの事なのであるが、

 後日彼は、この時の事を思い出しては深い後悔に苛まれる事になる。

 とはいっても決して反省している訳ではない。

『自分達に向けて手を振る2体のエヴァ』

 被写体、シチュエーション、構図、

 どれをとっても今後二度と望むべくもない最高の場面を記録し損ねる。

 という悔やんでも悔やみきれない致命的なミスを犯した事が、

 彼の両肩にずしりと重く乗りかかっていたからである。
 
 
 
 
 

「どうだい。レイ?」

「よく・・ わからない・・ けど・・」

「けど?」

「心が・・ 温かい」

 レイの言葉に満足そうな表情を浮かべるシンジ。

 レイはというと、最初は彼女の言う通り、はっきり言って別段何という事は無かったのであるが、

 自分・零号機が手を振り始めると、すぐにシンジ・初号機も手を振り始め、

 それにつれて少年達の反応もどんどんと良いものに変わってきたのである。

 距離が離れていたため、彼らが何を騒いでいたのかは全く聞き取れなかったが、

 その様子を見るだけで、自分達に好意的な感情を寄せてきてくれている事が理解でき、

 自分自身の心が彼らによって温められていくのを感じていたのである。
 

「さてと、それじゃ、アイツらのためにも頑張ろう! レイ」

「うん。頑張ろう! お兄ちゃん」

 レイの最後の言葉に一瞬驚きの表情を浮かべるシンジ。

 あのレイが自分から人に対して、「頑張ろう!」 と言ったのである。

 シンジとしては決して大した事では無いと思っていた病室での出来事だったが、

 レイにとっては非常に重要な意味を持つものになったようである。

レヴィアのフォローだけでなく、リリスを導いてやるのもやっばり僕の役目なんだな、
 ま、しょうがないか、自分が好きでやってるんだからな。特にリリスは』

 またしてもシンジの胸中に浮かぶ不可解な思い。

 しかし以前決めたように、当面はなりゆきに任せる事にしたシンジは、

 それに囚われる事無く、すぐさま思考を作戦へと切り替えるのであった。
 
 
 
 
 

「私達も1830にはここ(本部)を出発するわよ。各員準備にかかって!」

「「「了解」」」

 シンジ達を送りだした後の発令所にミサトの声が響く。

「八州作戦」 は中止になってしまったが、代わりに実施されるATFにおいて、

 二子山は継続して前線基地として使用される事になっているので、

 作戦を指揮するミサトを初め、オペレーターの3人、その他サポート要員から、

 選抜された人数が、本部から二子山へと移動する事になっているのである。

 更にシンジとレイのうち、宇受売(ウズメ)役を努める者は、

 二子山より使徒に対し4時の方向に移動しなければならないのだ。
 

 その意味でも本当に1分・1秒が貴重で有り、ミサトの声に反応したオペレーター達のうち、

 マヤと青葉はすぐさま席を立って発令所を後にする。

 ミサトの直属の部下にあたる日向だけが、ミサトの様子を確認し、

 マヤと青葉より一拍遅れて2人の後に続こうとしたのだが、

 どうもそのミサトの様子がおかしい事に気づく。

 何やら難しい顔で、真剣に何か考え事をしているようなのだが、

 ミサトのそんな表情を見た事の無い日向には、

 どうにも違和感が感じられてしょうがないのである。
 

 日向は、普段そういった表情を見せる事の無いミサトの事を、

『作戦指揮官であるが故に、その自分が難しい表情をしていれば、
 部下に対していらぬ不安を与えかねない。 と考えて、わざとお気楽に振る舞っている』

 という風に好意的に解釈していたのだが、

 実際はそうでない事は皆さんの方が良くご存じであろう。

そんな事無いわよ、ちゃんと私も考えてるの!

 ともあれ、そんなミサトの様子が気になった日向は、時間も無い事も手伝って、

 彼女にその事について、率直に訊ねる事にした。
 

「どうかしましたか?」

「ん? ああ、日向君」

「何か考え事をしていたようでしたが?」

「う〜ん、それがわかんないのよ?」

「は???」

 心配そうに問いかける日向に対するミサトの答えは、何とも気の抜けるようなものだった。

 思わず目を丸くしてしまう日向。

 それはそうだろう、悩んでる本人がそれがわからないなんて、

 普通であればはっきり言ってボケているか、あるいわふざけているとしか思えないのだが、

 ミサトの場合はそのどちらでもなく、その理由を日向に向けて語り始める。
 
 

「何か、大事な事を忘れていたような気がするのよ。
 それが何だったか一生懸命に考えてたんだけど、やっぱり思い出せないの!」

「大事な事・・・ ですか?」

「そう・・・・・ う〜ん。でもまあ思い出せないって事は、実は本当は大した事じゃないのよ。
 きっとそうよ。日向君、行きましょう!」

「はい。わかりました」

 それ迄の悩みを持ち前の安寧さで簡単に切り捨てると、日向の所を焚き付けるミサト。

 やっぱりこれが彼女の本質のようである。

う、う〜

 日向はそんなミサトのあまりの安直さに一瞬脱力しかけたが、

 すぐさま立ち直ると、ミサトと共に自らも発令所を後にするのであった。
 
 
 
 
 

 主要なスタッフが退席し、先程迄とは比べ物にならない程静まり返った発令所。

 それを見下ろす位置にそびえる司令席には、

 むさ苦しい髭をはやした男が1人、合わせた掌を顎の前に置いた、

 いわゆる『ゲンドウポーズ』を取ったまま座っている。

 今更確認する迄もないが、当然司令のゲンドウ、である筈なのだが、どうも様子がおかしい。
 

 現場の方については、まあミサト達に一任するとして、

 本来司令である彼は残されたスタッフを指揮し、現場と密接な連携を継続しながら、

 様々な情報収集に努め、全体を統括するという非常に重要な役目を果たさなくてはならない。

 ところがどうした訳かゲンドウはピクリとも動く気配が無く、

 近づいて彼の事をよくよく見てみると・・・・・ 滂沱の涙を流しつつ固まっている。

 そこには昔日の面影は無く、これが本当にあのゲンドウかと疑いたくなるような光景であったが、

 やはり間違いはないようで、その証拠という訳でも無いが、

 彼のかたわらには副司令の冬月がおり、ゲンドウの事を見つめている。
 

「碇・・・・」

 冬月がゲンドウの名前? を呼ぶのだがどうした事だろうか、

 その口調にはいつもとは違い、哀れみが感じられ、それに対するゲンドウの反応も無いようだ。
 

 まさか自分が最初に感じた事が、こんな形で具現化されるとは・・・

 冬月はシンジが1番最初にエヴァに搭乗し、

 それの発進許可を出す際に感じた事をはっきりと思い出していた。

『碇、本当にこれでいいんだな。・・・・・・・・
 はて? 私は誰に問いかけているんだろう。碇・・ゲンドウかそれとも・・・・』
 

「八州作戦」 の中止、およびそれに代わるATFの採用。

 当然これは司令であるゲンドウの許可を得てから行われるべきの物であるのだが、

 ミサトを初めとする発令所の主なスタッフは彼の存在をすっかり忘れていたし、

 ましてや作戦に関するゲンドウの許可の取得など、

 全く大した事じゃないようになってしまっていたのである。

 今やすっかりその存在がシンジにとって代わられていたゲンドウ。

 果たして次の使徒が襲来した際の”碇”司令はどっちを指す事になっているのだろうか?

(何か、本当にゲンドウが可哀想になってきた)
 
 
 
 
 

『精密機械ですから取り扱いは慎重にお願いします』

 戦自からこれを調達する際にもミサトから言われていたので、

 レイはマヤの依頼にも特に緊張する事もなく、

 零号機で狙撃用のポジトロンスナイパーライフルを台座へと固定していく。

 おそらく狙撃手はここから伏射の姿勢で第五使徒をシュートする事になるのだろう。

 しかし絶好のスナイプポイントというのは、他の地点からの格好の標的になりやすく、

 同様に自分が狙う相手も、逆に自分を狙いやすいのである。
 

 その意味からすれば、ある程度の機動性も確保しておきたい所なのだが、

 なにぶんにも借り物なので、一撃必殺の確率を上げるために、

 その分リスクを負わなくてはならないのはいたしかたない所なのであろう。

 となると狙撃手は勿論だが、囮役の役目がそれ以上に非常に重要な鍵を握る事になる。

 2人とも無事なまま、作戦を成功に導けるのか?

 はたまた1人は加粒子砲の餌食になったとしても、使徒を殲滅する事が出来るのか?

 それとも・・・・ 人類は滅亡の時を迎えてしまうのか?

 全ては囮役の働き如何によって決まる。と言いきってしまっても良いぐらいなのだが、

 シンジとレイ、1人の少年と1人の少女のどちらがその役目を負う事になるのだろうか? 
 

「シンジ君一つ聞いて良いかしら?」

「何だ」

「アナタとレイ、どちらが宇受売を努める予定なの?」
 

 レイがライフルをセットしている間、さすが、というか逆に彼女としては当たり前というか、

 この点が非常に重要なポイントである事を見抜いていたミサトは、

 元々この作戦を提唱したシンジを自分の手元に呼び寄せ、その事を尋ねてみる。

 もしかしたら囮を努めた方は、あの強烈なる加粒子砲をまともに浴びる可能性が有るのだ。

 そうなればシンジの敗北の時を見てもわかるように重大な、

 あるいわ最悪の結果を伴う危険性が有る。

 前述の通り、どちらがそれを努めるかというのはとても大きな意味を持っているのだが、

 シンジは全く躊躇する事無く今回の舞台のキャスティングを発表する。

「勿論僕が宇受売を努める」

「アナタが?」

「そうだ! 男のダンスなど見たくもないだろうが、さっきミサトが言った通り、本来であれば、
 まだレイに実戦は無理なんだ。となればより動きの必要な宇受売を僕が演じるのは当然の事だ」

「わかったわシンジ君。もう何も言わない! あなたたち2人のお手並みをとくと拝見させて貰うわ」

 そう言ってシンジを励ますミサトであったが、

 実を言えば作戦部長としてのミサトの初めの考えは、シンジとは全く逆だったのである。

 残酷だが、ミサトはシンジとレイに対して、「死ね」 と言える立場なのである。

 今回の場合、例えレイを犠牲にしたとしても、彼女をウズメにした方が確率的には高くなる。

 ミサトはそのように思っていたのだが、シンジがここ迄決意しているのならば、

 彼の思惑通りに事を進めた方が良いと判断したのであった。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者を、倒すためのしっかりとした土台作りに専念していた、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、その仕事を完了し、反撃の舞台は全て整った。
 
 

                                                         
 
 

 初めての実戦において、訳の分からぬままにおののくファーストチルドレン、綾波レイ。

 言葉では知っていても、今迄経験した事の無いそれは、「不安」 という感情だった。

 更にシンジは、危険な役割を担わされる自分を気遣う日向に対し、己の役割を認識させる。

 次回 問題無い  第27話 シンジ 決戦

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


管理人のコメント
 
 初号機が囮になり、零号機が使徒を殲滅する。
 八州作戦に替わり、いよいよATF(アマテラス・トレーディング・フォール)作戦の開始です。
 しかし気になるのは始めて使徒との戦闘を経験するレイ。
 上手くいくかどうか……
 
 それにしても、哀れゲンドウ。
 ある意味、初号機に喰われるよりも悲惨かも。(笑)
 さあ、彼の復活はあるのか?!
 次回を待て!<だからそういうお話じゃ(以下略)
 
 
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