問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者に、与えられた屈辱を払拭し使者の故郷・天へと送り返すために、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、彼の故郷とも言える地獄の底から甦ってきた。
 
 
 
 
 

第25話 シンジ 蠢動
 
 

「どうして不可能なんだ」

「ちょっと待って、順序立てて説明するわね」

 第三新東京市に有る、ネルフの息のかかったこの病院の第三外科病棟には、

 第五使徒、ラミエルによって一敗地にまみれたシンジが入院していた。

 彼の傍らには、いまや完全に彼の妹となってしまった綾波レイともう1人、

 リツコやミサトよりもやや年下に見える美女が居るのだが、

 これは彼女が先の2人に比べ愛くるしい顔立ちをしているからそう見えるのであって、

 実際の所は3人ともほぼ同年齢である。
 

 かの美女の名前は、ハルペル・ド・フォン・ラーヘル、

 今度ネルフアメリカ第一支部の技術部長を努める事になっている彼女は、

 噂のサードチルドレン、碇シンジに会うために、前勤務地のドイツからアメリカに向かう途中、

 わざわざ遠回りをして迄ここ、第三新東京市に立ち寄ったのであるが、

 そこで八州作戦に関する意見を求められ、この作戦は不可能だと回答した所なのである。
 

 当然の事ながらシンジはその理由を確認しようとする。

 何しろこの作戦の成功率は8.7%という、「一か八か」 よりも低い確率ではあるのだが、

 その数字は、ネルフの誇るスーパーコンピューターMAGIによってはじき出された物なのだ。

 それなのにハルペルは不可能だと言う。はたしてその理由はいったい?

 せかすシンジを彼女は一旦なだめた後に、その言葉通り一つづつ順番に説明し始めた。
 
 

「まず、第五使徒のATフィールド貫くエネルギーの必要算出量は最低1億8千万キロワット、
 これに約1割のマージンを見込むと、実際には約2億キロワットは欲しい所ね」

「それに対して日本全国の発電所の総出力は約3億キロワット。
 これだけを比較すればこの作戦は余裕で実行可能だけど、ここが落とし穴なのよ」

 確かに彼女の言う通りで、作戦実行に必要なエネルギー量の1.5倍もの出力があるのならば、

 充分な余裕が有ると思うのだが、逆に彼女はこれが問題だという。

 いったいどこにネックがあるのか?

 シンジも作者と同じ考えのようで、その事をハルペルに対し尋ねるのだが、

 彼女は科学者の悪い癖の方が出てきたようで、すぐさま解答を話す気は無いようである。
 

「落とし穴って・・・ どこがだ?」

「良いシンジ君、3億キロワットと言うのは日本中で発生するエネルギー」

「それに対して、2億キロワットと言うのは1個所で使われるエネルギーなのよ」

「・・・・・・・・・・」

「けれども! 良く考えて、日本という国は決して一つに纏まっている訳ではないのよ」

 意味深なハルペルの言葉にシンジはしばらく考え込んでしまうのだが、

 やがて何か閃くものが有ったのだろう、ハッとした表情を見せると、

 自身が思いついた事が正解か否か、Doktorハルペルに確認する。
 

「周波数か!」

「その通り!! 優秀な生徒は好きよ(はあと)。後でご褒美をあげなくちゃネ」

 自分の思っていた通り、サードチルドレンの頭とカンの良さにハルペルは納得すると、

 大変良く出来ました。といった表情を浮かべながら、シンジの答えに花丸をつけ、

 ついで解答の説明に入っていく。
 

「ちょっと考えればわかる事なのよね、一口に3億キロワットの出力があるといっても、
 それはあくまで日本全体での話であって、単なる数の合計にすぎないわ」

 ここ迄ハルペルが話した所で、シンジ自身もその内容を確認する意味で、

 彼女の説明の途中に割り込んできた。

「しかし、日本の場合は2つの周波数が存在しているため、
 3億キロワット全ての電気が使用できる訳ではない」

「そう、そして先程確認したんだけど、日本国内における発電所の配置の比率は、
 おおまかに言って東日本が55%、西日本が45%、と言った感じなのよ、
 これではどう頑張っても作戦を遂行出来るだけの電気を確保する事は不可能だわ」
 

 言われてみれば確かにその通りなのである。

 東日本で使用されている電気の周波数は50ヘルツであるのに対し、

 西日本のそれは60ヘルツと、異なったものとなっているのだ。

 従って東日本において最大に使用できる電気の量を前述の話しから計算すると、

 3億キロワット×0.55=1億6500万キロワットとなって、2億キロワットには遠く及ばないのだ。

 これがハルペルが八州作戦を不可能と断じた論拠である。

(しかし、何で戦自は兵器として全く使える見込みの無い物を作ってたんだろう? 謎である)
 
 
 
 
 
 

 ハルペルの最後の言葉の後、再びシンジは考え込んでしまった。

 確かにこれで八州作戦が実行不可能だという事は証明されたが、これだけでは50点である。

 最も肝心なのは使徒を倒す事であり、八州作戦に変わる新たな作戦を立案しなくてはならない。

 シンジは己の全力をかけてこの難問に取り組む事になった訳であるが、

 そう簡単に新たなアイデアが出てくるのならば、これ程楽な事はない。

 タイムリミットの迫る中、はたして人類を救う妙案は浮かんでくるのだろうか?
 

「お兄ちゃん」

「レイか、何だ?」

「ううん、別に」

「そうか・・・・・・・・・・・・ 待てよ!」

 こういう場合の時計の針の進み具合というのは、どうしてこんなにも早く感じられるのであろうか、

 本当はそれ程長い時間ではなかったのだが、

 シンジがあまりにも難しい顔をし続けているのが気になったのだろう、

 不意にレイから声がかけられシンジが反応するのだが、

 元々特に用事が有った訳でも無いので、会話は途中でストップしてしまいかけたのだが、

 何かきっかけでも掴んだのだろうか? シンジはレイの事をまじまじと眺め始めた。
 

『この方法ならば、もしかして・・・ しかしそれだとレイが・・・』

 何か気になる事でも有るのだろうか、

 レイを見つめるシンジの視線が、段々と切ないものへと変化していく。

 その事に気づいたのか。再びレイからシンジへ声が届く。

「どうしたのお兄ちゃん。大丈夫?」

問題無い

 そう言い放った刹那、シンジの両の拳がギュッと握り締められ、

 レイを見つめる視線も意欲に満ちたものへと変化していく。

 どうやら決断の時がやって来たようである。
 
 

「ハルペル!」

「なあに、シンジ君?」

「もし第五使徒にATフィールドが無かったと仮定した場合、
 奴を貫くためにはどの程度のエネルギーが必要になるかわかるか?」

「えーと、ちょっと待っててね」

 ハルペルはそう言うと、またしても端末に手をかけ、

 シンジの質問に対する答えを引き出しにかかる。

 だが今回は先程の八州作戦の半分程度の時間で計算、および確認は終了したようである。
 

「大体1000万キロワットでもお釣りが来ると思うわ」

 いやはや、随分と差があるようだが仕方が無いと言えば仕方無いのかもしれない。

 逆に言えば、それだけATフィールドというのは防御の手段として非常に、

 何てどころじゃない、限りなく完璧に近い程優れていると言えよう。

「うち(ネルフ)のポジトロンライフルの最高出力は?」

「500万キロワット」

 再びなされたシンジの質問で有ったが、ここら辺のスペックはすっかり頭に入っているのだろう。

 ハルペルは間を空ける事なくすんなりと答えていく。
 

「どうやら何か思いついたみたいね!」

「ああ、何とかね。ハルペル、君のおかげだよ」

 そう言ってハルペルの方を向くシンジ。

 その表情にはいつもの、いやいつも以上に自信が漲ってきた。

 ハルペル自身は元々その顔を知っていた訳では無いが、その自信に溢れた”男”の顔は、

 例えどんな女性であろうと惹きつけられずにはおれない程精悍なものであり、

 本当に 「惚れ惚れする」 と言うのはこういった事を言うのだろう。

「私は何もしてないわよ、確かに八州作戦の事に関しては一言意見を述べさせて貰ったけど、
 今あなたが思いついた作戦にはね」
 

 てっきり科学者としての好奇心をむき出しにして、シンジの思いついた作戦の内容を、

 根掘り葉掘り聞き出すものと思われたハルペルであったが、

 どういう訳かそう言った行動には出ず、代わりにシンジに対して一枚の小さな紙片を差し出した。

「これは?」

「私が泊まっているホテルの名前と、そのルームナンバーよ」

「どういう事だ?」

「さっき言ったでしょ、優秀な生徒にはご褒美をあげるって」

 そろそろ本性を現してきたのか、問いかけるシンジに対し、

 「大人の女」 としての余裕を持ってハルペルは答える。

 どうやら彼女は先程の八州作戦の解説の時もそうだったが、

 美味しいところは最後迄取っておく主義らしい。

 しかし、そんな彼女がシンジに対してアドバンテージを確保していられたのはここ迄だった。
 

「そう気を遣ってもらう必要はないよ、むしろ御礼をしなければならないのは僕の方だ」

 シンジはそう言うとハルペルに向けて『碇スマイル』を浮かべて見せる。

 瞬間、ゴクリと唾を飲むハルペル。

 元々最初からわずか14歳ではあるが、この少年から危険な匂いを感じ取ってはいたのだが、

 だからこそ逆に必要以上に平静を装って見せたのだが、

 シンジのスケールはそんな彼女の予想を遙かに上回っていたらしい。

 その証拠に彼女はシンジのこの言葉に二の句が継げなくなってしまい、

 そこを見越したシンジから、更にかさにかかった攻撃を受けてしまう。
 

「約束しよう。必ずこの作戦を成功させて御礼をしに伺わせてもらうよ」

「わ・・・・ わかりました。その時を楽しみに・・ お待ちしております」

 シンジからかけられた言葉に何とか返事を返すハルペルであるが、

 その言葉使いからもわかるように、最早完全にシンジに呑まれていた。

 残念ながら彼女にとって今回は、あまりにも相手が悪すぎたようである。
 
 
 
 
 

「レイ」

「何、お兄ちゃん?」

「頼みがある。これから僕が行おうとしている作戦の事なんだが」

 シンジはそう言うと、レイに対して自分が立案した作戦の概要を説明し始める。

 脇に居たハルペルも当然その内容については興味が有ったので、何とか自分を立て直すと、

 シンジの説明に熱心に聞き入っていく。

「・・・・・ということなんだが、どうだろうレイ! 僕に力を貸してくれないか?」

「わかったわ、お兄ちゃん」

「それじゃ駄目だよレイ! もっとちゃんと考えるんだ!!」

 シンジの説明が終了するのとほぼ同時に、レイはシンジと行動を共にする事を了承するのだが、

 どうした訳かシンジは、それを歓迎するどころか逆に彼女を叱責してしまった。

 これはいったい? 何か問題有ったのだろうか?
 

 思いもよらぬシンジの叱責に、キョトンとした表情を浮かべ、黙り込んでしまったレイに対し、

 シンジが叱責の理由を語り始める。

「なあレイ、お前が僕の依頼に対して、すぐさま同意してくれたのはお兄ちゃんはとても嬉しいよ。
 けれどもそれは、本当にお前が考えてお前の意志でもって決めた事なのかい?」

「お兄ちゃん・・」

「そうじゃないだろう、お前はお兄ちゃんに言われたから、ただ頷いただけなんだ」

「・・・・・・・・・・」

「それじゃ駄目なんだよレイ。自分で考え自分で決めなさい。
 普通の人間である今のお前ならば、必ず出来る筈だ」
 

 最後は優しく言い含めるようなシンジの言葉がレイに向かって放たれた後、静寂が病室を覆う。

 これがもし他人であったならばシンジとレイとのやり取りは、

 ブラコンの妹を兄が叱っている。というようにしか見えなかったであろが、

 かつて赤木ナオコ博士に師事していたハルペルは、レイの正体を知っていたため、

 多少気の毒そうな表情でレイの顔色を窺う。

 当然シンジもレイの事をジッと見続けていたのだが、ややあってからようやくレイの口から、

 彼女の言葉が語られ始めた。
 

「わ、私は・・・・・・ お兄ちゃんと一緒に戦いたい。
 少しでも良い・・・・ お兄ちゃんの力になりたい。だから・・ 一緒に行かせてお兄ちゃん!」

 絞り出すようなレイの本心に対し、シンジは言葉を返すような事は無く、

 ただ大きく、そしてしっかりと頷き返すのであった。
 

「さてと、この作戦はどうかな、ハルペル技術部長」

「そ、そうですね、物理的には特に問題となる点は見受けられませんから・・・
 後はやっぱり、あなた方御2人の問題じゃないでしょうか」

 突如自分に話題が振られたため、ほんの少しとまどったハルペルであったが、

 すぐさまシンジが期待していた通りの回答を返す。

「ありがとう、そこ迄言って貰えれば上等だ。
 レイ、ハルペル、すまないが着替えをする少しの間、外に出ててくれないか」

「わかったわ、シンジ君」

「どうしてそういう事言うの? お兄ちゃん」

 シンジの言葉をすんなりと受け入れる意を見せたハルペルに比べ、

 レイの方は悲しそうな表情を浮かべたまま、納得出来ないといった言葉を返す。

 おそらくはシンジの言った 「外に出ててくれ」 という言葉にショックを受けたものと思われるが、

 逆の意味で言えばそれ以前にシンジが言った、

「自分の考え」 というものを、早速行っている事の証拠であり、

 それはそれで喜ぶべき事ではあるのだが、さすがにこの場面ではそういう訳にもいかず、

 シンジは苦笑を浮かべながら、その事をレイに説明する。
 

「レイ、中学生以上の年齢の人達が着替えをする場合は、
 それぞれ別な場所に別れて行うものなんだよ。ホラ、体育の時間の前後を思い出してごらん。
 男子と女子とがそれぞれに別な場所で着替えを行っているだろう」

「・・・・・・うん。わかった。ご免なさいお兄ちゃん」

 シンジの説明に、暫くの間レイは学校での事を思い出そうとしていたのだろうが、

 やがてその時の事に思い至ったとみえ、素直に納得してみせる。

「別に謝る必要はないよ。じゃ、すまないけどそういう事だから」

 レイはシンジの言葉にこっくりと頷くと、今度は素直に病室を出て行く。

 一方ハルペルの方は一風どころか、かなり風変わりなこの兄妹のやり取りを、

 第三者としておかしく眺めさせて貰っていたのだが、レイがドアの方に向かったのに合わせ、

 自分も部屋の外に出るためにそちらに向かう途中、シンジにチラッと視線を走らせる。

『大変ですね!』

『まあな』

 シユッ

 瞬時にアイコンタクトを交わし、病室を後にするハルペル。

 残されたシンジはというと、

『レイの方が着替えるんなら、お兄ちゃん、是非一緒に居たいんだがな』

 などと兄として、非常にアブない考えに捉われていた。

(オイ!)
 
 
 
 
 

「初号機および零号機パイロットがもうすぐこちらに到着するそうです」

「ちょっと待ってよ! いったいどういう事なの?」

「わかりません。どうも情報の伝達に不備が有ったようで、初号機パイロットの意識の方ですが、
 もうかなり前に取り戻していたようで、検査数値にも問題無いそうです」

 本来であれば、一旦生命維持システムに収容される事になったパイロットの状態については、

 逐一報告が来て然るべきなのであるが、今回は途中そういった事がなく、

 いきなりシンジの復活が告げられてしまったので、ミサトはその実状を確認しようとしたのである。

 しかし納得出来る回答を得る事は出来ず、ミサトは仕方なく作戦の続行を明言する。

「・・・・・・では、作戦は予定通りに」

「了解!」
 

 実はこの情報のストップであるが、もう皆様おわかりの通り、ハルペルのせいによるものであった。

「私とサードチルドレンが接触した事は、決して外部に漏らさないように」

 これによって本当なら、サードチルドレンの監視・報告の義務を持つ黒スーツ部隊は、

 その動きを完全に封じられる事になってしまったのである。

 しかもそれを命じたハルペルはそれを解く事も無く、病院から姿を消してしまったため、

 暫くしてからそれに気づいた彼らが、

 慌ててシンジの事を報告した時には、最早手遅れの状態であったのである。

 とは言うものの、シンジがこちらに向かっているという情報に、ミサトは安堵の念を覚えていた。

 あのシンジならばそんな事は有り得ないとは思うものの、肉体的に1番ダメージを受けた今回は、

 万が一にではあるが、「もう乗りたくない」 と言ってくる可能性があると思っていたからである。

 ところが、そんな彼女を驚かせる出来事が、このすぐ後に待っていた。
 
 

「おいミサト!」

「シンジ君、レイ! どうしてこんな所に?」

 背後から突然かけられた聞き覚えのある声に、ミサトが慌てて振り返ると、

 やはりそこにシンジとレイの姿を見つけ驚きの声を上げる。

 先程、「こちらに到着する」 とは聞いていたが、

 てっきりケージの方に向かうものと思っていたのだ。

 それでなくてもシンジがこの発令所に顔を出したのは、

 以前レイがシンジの妹である事を冬月が説明する際に、それに伴ってやって来た1度きりで、

 まして彼が先頭に立ってここにやって来るなど、これ迄無かった事なのである。
 

 だがシンジはそんなミサトの質問に答える事無く、

 視線を上方にある司令席に走らせ、そこにゲンドウと冬月の姿を確認した後、

 再びミサトの方に向き直ると、彼女に向けて簡潔に言い放った。

「ミサト、八州作戦は中止だ!!」
 
 
 
 
 

「な・・・・ 何を馬鹿な事を言っているのシンジ君。いったいどうしちゃったのよ?」

 一瞬固まりかけた発令所と司令席の時間がようやく動き出す。

 本当であればまだこの時、「八州作戦」 についてはシンジに伝達されていないので、

 何故彼がこの事を知っているのか疑問に思う所だったのだろうが、

 しかしミサトはその事を確認するよりも、およそ信じられない事だが、

 シンジが臆病風に吹かれたものと思ってしまい、彼の事を心配して声をかける。

 だが、当然シンジの真意は別な所に有ったのである。

「マヤ! このデータを付加して、もう一度MAGIに八州作戦の事を計算させなおしてくれ」

「わかりました」

 またしてもミサトの言を無視してシンジがマヤに差し出した紙片には、

 先刻ハルペルが八州作戦を検証した際に引き出したデータの収納先が記載されている。

 それを受け取ったマヤは即刻再計算に入るのであるが、

 2度も作戦部長である自分を蔑ろにされる形となったミサトは当然治まる筈も無く、

 シンジに対して食ってかかる。
 

「イイ加減にしなさいシンジ君! アナタに何の権限が有ってそんな事をしているの!!」

「そうだ! 越権行為だぞ初号機パイロット!!」

 普段はシンジに対し、こそこそと逃げ回るしか能のないゲンドウだが、

 ミサトに触発されたのか、ここぞとばかりにかさにかかってシンジの事を攻撃する。

ゲンドウポーズ』をしっかりと取って、せいぜい司令としての威厳を振りまこうと、

 懸命の演技を続けるが、その口元に置かれた手がカタカタと小刻みに震えている。

 尤も彼にとって幸いな事にそれに気づいたのは、すぐ側に控えている冬月のみであった。
 

「臆病者に用は無い。とっとと・・」

出ました! そんな・・・・ これって!?」

「出て行け」 とでも言おうとしたのだろうか?

 ミサトと同じくシンジが臆病風に吹かれたと思いこんだゲンドウが放とうとした言葉は、

 マヤによって中断の憂き目に遭ってしまう。

「どうしたの、マヤちゃん?」

 完全に動きの止まってしまったマヤを訝しんだミサトは、マヤの所に移動すると、

 先程より彼女がじっと視線をこらしているモニターを覗き込むのだが、

 今度はマヤと同様、ミサトもその動きを完全に停止してしまう。
 

「いったいどうしたのかね、何か問題でも有ったのかね?」

「あ・・・ はい・・ マヤちゃん、お願い」

「は、はい、わかりました」

 ゲンドウ、マヤ、ミサト、この3人に比べると傍観者の位置にあった冬月から声がかかり、

 それを受けてミサトがマヤを促すと、マヤは了承の言葉を何とか発した後、

 今、自分のモニターに映し出されている数値を、

 司令であるゲンドウの座席に設置してあるモニターに映し込む。
 

「これは・・・ いったいどういう事なのかね?」

 ゲンドウのモニターを覗き込んだ冬月の口から疑問の言葉が発せられる。

 何故なら、そこに映し出されていた数値は、

「0.00000001%」

 というものであり、以前のエヴァの起動確率に比べたら一桁マシだが、

 最初の計算結果、8.7%と比較すると、とてもお話しになる数値ではないからだ。

「そんなに難しい話しではありませんよ、副司令。日本には2つの周波数が存在しているため、
 日本中で発生された電気を1個所に集めるのは不可能だという事です」

「ちょっと待ってよシンジ君。今の計算と最初のMAGIの計算と一体どこが違うというの?」

 非情なる数値を納得出来ないのか、それともしたくないのか、

 ミサトは今一度この数値の根拠をシンジに尋ねる。

「僕とて最初の計算のデータを全て把握している訳では無いが・・・ 恐らく最初の計算の際は、
 ”使徒を倒す方法論”にのみとらわれ、現実にそれが可能なのかどうかを検証する、
 ためのバックデータの入力が抜け落ちていたのでは無いかと思われるんだ」

「バックデータ・・・」

「そうだ。だが現実はその数値が指し示す通り、八州作戦は限りなく不可能に近い。
 従って八州作戦は中止すると言っているんだ」
 
 

 シンジの宣言に際し、誰も・・・・ 何も・・・・ 言う事が出来ないでいた。

 そればかりか、自分達がこれ迄数時間に渡り、

 命を削る思いで取り組んで来た事が、全くの無に帰してしまうかもしれないのだ。

 人々の間では、それ迄の意欲に代わり、徒労感と絶望感が覆い始めていた。

 中でもミサトの受けたショックは相当なものであった。

 まあ私生活の面はともかくとして、

 彼女はこれ迄、それこそ血の滲むような努力を繰り返して、今の地位迄登り詰めたのである。

 それが今、ガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていたのだが、

 実は、彼女以上に強いショックを受けていた人物が、この場に1人存在していたのである。
 
 

「申し訳・・・・ ありません

「マヤちゃん!?」

私のミスです・・・・ 私のせいで・・ こんな事に

「あなた1人の責任なんかじゃ無いわ! 元々この作戦を思いついたのは私なんだから・・
 あなたはただ、私の要請に従ってMAGIで計算を行っただけでしょう」

「でも、その際私が見落としをしなければこんな事には・・・」

「マヤちゃん・・・」

 打ちひしがれ、蚊の泣くような声で自分の不明を訥々と詫びるマヤが、

 自分よりも深く傷ついている事に気づいたミサトは、彼女を励ましにかかるのだが、

 ミサト自身も結構なダメージを受けていたため、仲々うまい言葉を拾い上げる事が出来ない。

 1980年頃迄の家電製品は東日本向けと、西日本向けではそれぞれ異なった仕様の物が、

 出荷されていたため、東日本から西日本へ(あるいはその逆でも)引っ越しなどをした際には、

 製品が使えなくなる事態がままあったのであるが、現在の殆どの製品については、

 東日本・西日本のどちらでも、関係なく使用出来るようになっているのだ。

 そのため、普段生活している分において、その事に気づく事はまずあり得ないので、

 つい見落としをしてしまったとしても、いたしかたのない所なのだが・・・
 

「泣き言を言っている暇は無いぞマヤ!」

「シ・ンジ君?」

「シンちゃん?」

「今大事なのはアイツを、第五使徒を倒す事だ。後悔や反省はその後ゆっくりとやれば良い。
 もし、このまま負けるような事になれば、それすらも出来なくなってしまうんだからな」

 確かにシンジの言う通りで、今やらなければならないのはミスを嘆く事ではなく、

 新たな作戦を立案する事である。

 しかし残り数時間という状況になって、

 はたして八州作戦に代わる新たな作戦を見つけ出す事が出来るのだろうか?
 

「で、でもいったいどうすれば?」

「シンジ君。君は何か腹案を持っているのではないのかね?」

 今やネルフ内部において、リツコについでシンジの能力を高く評価している冬月は、

 彼がただ単に八州作戦を否定するだけでは無く、それに代わる代案を持っている物と睨み、

 その事について伺いを立てる。

「マヤ! さっき渡したメモの下の方に、もう一つのデータについて記載された項目がある筈だ。
 今度はそれについてMAGIに計算させてくれ」

「え! ちょっと待って、あ・・ これね」

 やはり冬月の読みは正確だったようで、シンジはキチンと新たなる作戦を用意していたらしい。

 その事を突然言われたマヤは、シンジから貰った紙片に再び目を走らせて、

 彼の話した個所を見つけ出す事に成功する。

 どうやらさっきは慌てていたため、そこ迄目が行き届かなかったようである。
 

 落ち込んでいたマヤであったが、逆にそれを忘れ去るためか夢中でMAGIと向き合い、

 シンジの腹案が最初からの計算であったにも拘わらず、

 再計算の八州作戦と殆ど変わらない時間で答えを算出する事に成功する。

「新しいプランの成功率です。ご覧下さい」

 今度はマヤは、ゲンドウだけではなく、

 発令所に在籍している全員のモニターにその結果を映し出す。

 そこに映し出された数値はというと、全員が驚き、目を見開かせる程の効果を持っていた。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者を、殲滅するためにミサトが思いついた作戦は、

 魔界より遣わされし3人目の少年と、リツコの代わりとなる女性によって完全に否定された。
 
 

                                                         
 
 

 自分の提案が採用される事になり、レイを伴い作戦開始地点へと向かうシンジ。

 そんな2人に対し、クラスメート達からの思いがけない温かい声援が飛ぶ。

 着々と地歩を固める息子の影で、ゲンドウはネルフ内部での己の存在意義を失っていく。

 次回 問題無い  第26話 シンジ 準備

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


管理人のコメント
 なるほどっ!
 周波数とは気がつきませんでした。
 
 実は僕、大学で電気科を専攻していたのですが、今回のことに関して全く知識が無いことを露見してしまいました。(^^;
 電気科って正にこのことを勉強しているはずですが、頭の中からすっぱりと抜け落ちています。
 だって今仕事でやっていること、学校で勉強したことなんてひとっつもやっていないのです。(^^;
 
 ああ、なんだかお話と関係の無いことをうだうだと書いてしまいました。
 すみません。(^^;
 
 とゆーわけでっ
 ミサト立案の八州作戦は図らずも取り下げとなってしまいました。
 かわいそうなミサッちゃん。
 果たして立ち直ることができるのか?
 次回を待てっ。<そういうお話ではないです。(^^;
 
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