問題無い
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者の、襲来を前にレイの起動実験が成功した事で、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、妹を心配し、自らには更に気合いを入れるのであった。
 
 
 
 
 

第22話 シンジ 融和
 
 

 複雑な表情を並べている2人をよそに、連動試験の方は順調に推移していっているようで、

 オペレーター達は相変わらず忙しく動き回っている。

 やがて本日の予定は全て終了、オールオーバーとなったようで、

 実験開始の時と同様、ゲンドウの口からそれの終了が宣言される。

「これにて、零号機の再起動実験の全てを終了する。
 各員、ご苦労だった。レイ、実験は終了した。戻れ」

 オペレーター達に続き、レイにかけられたこの言葉に、

 彼女もそれ迄の緊張が一挙に解けたのだろう。

 エントリープラグ内のシートに身をもたれさせると、その可愛らしい口元が自然と開いていき、

 そこから漏れ出た気泡が、LCLの中をたゆらいながらゆっくりと上昇していった。
 
 
 
 
 

「も〜シンちゃん。次の使徒の事を今から悩んでてもしょうがないでしょ。
 とにかくレイの再起動実験はうまく行ったんだから、それのお祝いと、
 明日っからドイツに行っちゃうリツコの送別を兼ねて、今夜はぱーっとやらなきゃね」

 シンジより一足先に立ち直ったミサトは、そう言って今夜の予定を強引に決めてしまう。

 しかしまあ、こういう場合彼女のキャラクターというのはありがたい訳で、

 シンジにしては珍しく、ミサトのノリに素直に付いていく事にした。

「そうだな。 よし、わかったよミサト。つき合おう」

「そ〜こなくっちゃ、じゃあ今日のお膳立ては言い出しっぺの私がやるから、
 たまにはシンちゃん休んでて」

「おい! 大丈夫なのかミサト?」

 第四使徒を殲滅した際、自ら料理は×である事を認めたミサトに対し、

 シンジから声がかかるが、彼女は全くめげる事なく彼の心配を一蹴する。

「だ〜い丈夫、大丈夫、シンジ君がこっちに帰ってきた時に言ったでしょ、
 私のカレーはみんなが感激してひっくり返るぐらいだって」

「まあ、そこ迄言うのなら止めはしないが・・・ 頼んだぞミサト!」

「O.K、お姉さんにど〜んとまかせなさ〜い」

 ミサトはそうは言うものの、やっぱり不安なシンジであった。

 しかも当然の事ながら、その不安は的中してしまう事になる。

 葛城ミサト ・・・ もしかしたら彼女も魔界より遣わされし女性・・・ なわきゃ無いわな。
 
 
 
 
 

「まずはこんな所か」

「そうだな、我々としても徐々にあの親子に対抗出来る力をつけていかなくては」

「それよりもいっその事、「サードチルドレン」 を排除してしまった方が早いのではないか?」

「それも一つの選択肢では有るが、第三・第四使徒に見せた初号機の力、
 あれを今手放すのは得策とは思えん」

「左様、まだ実戦配備されていない弐号機、そしてようやく起動に成功した零号機、
 この2体だけでは、次に来る奴に対していささか不安が大き過ぎる」
 
 

 ここはいったいどこなのだろう?

 先程ドイツ支部長の前に現れたものと同じモノリス、といっても表面に記された英数字のうち、

 数字の部分だけは異なっているが、それが5体、漆黒の空間に浮かび上がっている。

 これ迄の事から推察するに、このモノリスの1体、1体が、実はあの老人達なのだろうが、

 何故、エヴァの後半においてはこのシーンはこの様に書かれる事になってしまったのだろうか?

 時間が無かったのか? 予算が無かったのか? あるいわただ単に手抜きがしたかったのか?

 ちなみに作者はどうしても手抜きに思えて仕方が無いのだが、

 とりあえずこの場は 「視覚効果を狙った物」 と解釈しておこう。

(喧嘩売っとんのか、おまいわ)
 

「その通りだ! (って、違うよ。喧嘩売ってるという意味じゃないよ) 次でおおよその目処が着く。
 2度目迄なら偶然かもしれないが、3度目となれば必然だ!」

 それ迄黙っていた5体の中央に位置するモノリスから声が発せられる。

 やはりこれがゲンドウの際にも中央に位置していたあの貫禄有る老人であるらしい。

「いよいよ死海文書の裏付けが取れるのか」

「我々の計画が成就するのももうすぐだな」
 

『死海文書』

 金、地位、名誉、およそこの世で欲しい物を全て手に入れてしまった老人達だが、

 そんな彼らに対して、たった一つだけ恐怖と不安を与えていた事があった。

 それは、「自分達に残されている時間が、あとわずかしかない」 という事であり、

 それを克服するために、自らの権力を駆使してありとあらゆる方策を探しまわった彼らが、

 最後にたどり着いたのが、この”予言書”なのである。
 

 そこに記されていたのは、常識では到底信じられない事ばかりだったのだが、

 内容そのものはセカンドインパクト以降、破滅への道を一歩一歩進みつつある人間にとって、

 唯一希望を導き出す事が出来るかもしれないといったもので、

 妄執に執り就かれていたといっても良い老人達にとっても、

 この文書は実に貴重でかつ都合の良い物であった。

 そうは言っても”予言書”なんぞという物は、これ迄の例を見る限りその研究者達が、

 勝手に自分の解釈で過去の歴史を当てはめたものばかりであり、

 この 『死海文書』 についてもそういった疑念がずっとつきまとっていたのだが、

 サキエルとシャムシェルという2体の使徒の襲来については見事に予測してのけていたのである。

 しかし2度迄なら偶然という事も考えられるので、彼らは現在3度目の使徒の襲来、

 そしてそれによって 『死海文書』 の裏付けが取れる事を期待しているのだった。
 

「慌ててはいかん! そのためにも今は、打てる手を一つ一つ確実に打っておく事だ」

 老人にしては気の急いてる委員を戒めるためか、議長役の老人はそう言ってこの場を締めくくった。
 
 
 
 
 

シュッ

「お! レイ。いらっしゃい」

「お邪魔します」

「ああ、遠慮なく上がってくれ」

「シンジ様、今日はわざわざありがとうございます」

問題無い

 シンジはそう言うと、レイとリツコをダイニングではなくて、リビングの方へと案内していく、

 そこでは既に晩餐の用意が整っておりテーブルの4方向に、

 まずはシンジ、レイ、リツコの3人がそれぞれ別れて座る。

 わざわざリビングにしたのは特に意味があった訳ではないのだが、

 しいて上げれば前回この4人が揃った時はダイニングだったので、

 今回はこちらに代えてみたという所と、足を伸ばしてリラックスしたかった、

 という所だろうか?
 

 そこにミサトがキッチンの方から大きめのトレーを持ってやってくる。

「何よ! それ〜」

「カレーよ」

「相変わらずインスタントな食事ね」

「お呼ばれされといて文句を言わない」

 そう言いながらミサトは、トレーを一旦テーブルの脇に置くと、

 そこから3人の前にカレーを並べていく。

 リツコの方ははっきりと文句を言ったというのに、

 どういう訳かシンジの方は、呆れ顔はしているものの、黙ったままである。
 

『やっぱりミサトに任せたのは失敗だった』

 実はシンジはこのように反省していたのであるが、今更そう思っても最早後の祭りである。

 シンジはあきらめてカレーを口にするためスプーンを手に取るが、

 その段階でミサトの前にだけカレーが置いて無い事に気づく。

「おいミサト、お前の分はどうした?」

「へへ〜ん。私の分は特製なのよ。ちょっ〜ち待っててね」

 そう言ってミサトはキッチンに消えていき、

 再びリビングに戻って来た彼女の手に握られていたのは・・・ そう、カップラーメンである。
 

「ミサト・・・  何だそれは?」

「え、見てわからない? カップラーメンよ」

「いや、僕が聞きたいのはそういう事じゃなくてだな」

「シンちゃん、わかってないわね。最初っからカレー味のカップ麺じゃね、この味は出ないのよ〜。
 ふ〜ん。へへ〜ん。いただきま〜す。

 どうやらミサトが持ってきたカップラーメンの中には、カレーが入っているらしいが、

 いったいどんな味がするんだろう?

 まあカレー自体が普通のものであれば別に不味くはならないと思うのだが、

 これを見た後でもまだ作者はためした事が無いので、いまだによくわからない。

「スープとお湯を少な目にしとくのがコツよ」

 ミサトはそう言うと、周りであきれ顔をしているシンジやリツコに頓着する事なく、

 実に美味しそうにカップラーメンを食べ始める。

 つられてシンジ達3人も、仕方なくカレーをスプーンで掬いとって自分の口に運んでいくのだが、

 それを一口味わった途端、全員の手が止まった。

「「「!!!」」」
 
 
 

「これ作ったのミサトね!」

「わかる〜」

 ミサトと10年来のつきあいが有り、その間何度か被害に遭っていたリツコの体内には、

 既に免疫がついていたとみえて、それ程のダメージは受けなかったようで、

 即座にこのカレー、と似てはいるが非なるものの作者を確認する。
 

「ミサト! 何だこれは?」

「何って決まってるでしょ〜、カレーライスよ」

 一方シンジの方であるが、彼が料理を覚えたのは、

 1人暮らしで自炊を始めるようになってからなのだが、

 勿論最初から全て上手く行った訳ではなく、上手くなっていくその課程において、

 相当数の失敗作も生み出している。

 当然彼の場合は、これを廃棄するような事はなく、自分で責任を持って処理したのである。

 そのため彼の体内でもある程度の耐性が出来ていたのであろう、

 リツコ程では無いが何とか我慢出来たようで、この何とも言えない食品? の正体を確認する。
 

『無理を言ってでも自分が準備するべきだった』

『レトルトを原料によくここ迄』

 シンジとミサト、2人の最初のやり取りから、今度はシンジとリツコがそう感想を抱く迄の間、

 レイからのリアクションが全く見られないのだが、いったいどうしたのだろうか?

 実は彼女は今回の事で、それこそ計り知れないダメージを受けていたのである。

 何と言ってもレイの場合は、それ迄無菌室で大切に育てられていた子供が、

 いきなり外界へと放り出されたようなものであったため、

 シンジとリツコいや、普通一般の人と比べても、比較にならない程免疫力が無かったのである。
 

 葛城ミサト作戦部長のカレーを初めて食した、ファーストチルドレン・綾波レイのコメント。

「私が死んでも代わりがいるもの」

(洒落になっとらんぞ)

「レイ? おいレイ!」

「死な(知ら)ないの、多分私は3人目だから」

 さすがに様子がおかしい事に気づいたシンジが、レイに対して声をかけると、

 その言葉で何とか意識を取り戻す事が出来たようで、

 どうにか彼に返事をするのだが、その内容は意味不明なものであった。

 しかもまだショックは尾を引いていて、記憶の混乱を招いているらしい事が、

 続く言葉によって証明されてしまう。
 

「・・・ヒカリのお弁当は美味しい・・・ けど、葛城一尉のカレーは美味しくない」

 今だに完全には立ち直っていないレイの様子に、シンジとリツコは最初彼女の方を見やった後、

 その視線を今度はゆっくりとミサトの方に移動させていく。

 特に今迄幾度となくミサトのせいで酷い目に遭ってきたリツコの視線は冷ややかであった。

「シンジ様、やっぱり私の所に引っ越してきてください。
 がさつな同居人の影響で、一生を台無しにする事はないですわ」

「そうしたいのはやまやまなんだが、僕がここを出て行ってしばらくした後、
『大都会、独身女性孤独の死』 という新聞の見出しを見つける事になりそうで怖いんだ」

 実際はかなりマジ入っているが、冗談めかした口調で語ったリツコに対し、

 シンジも冗談で返してやるのだが、どうした訳かそのシンジの言葉を聞いた途端、

 リツコの表情がみるみる険しいものに変わっていく。
 

「どうしたリツコ。僕が何か気に障るような事でも言ったのか?」

「あ! いいえ、大丈夫ですよシンジ様。何でもありません」

 出来る限り平静を装うリツコだが、その表情が晴れる事はなく、

 顔色そのものも段々と悪くなっていってるようである。

 先程のミサトカレーが今頃になって効いてきたのだろうか?

 それにしてはリツコよりも免疫力の少ないシンジの方がまだ元気な顔をしているのだが。

あのね!
 

「おいミサト! タクシーを呼んでくれ」

「え〜、む〜わかったわよ。ちょっち待っててね」

 ミサトはそう言うと携帯を手に取り、タクシー会社のダイヤルをコールし始めるが、

 リツコはシンジを気遣って、気丈なフリを装うとミサトに対しストップをかける。

「必要ないわよミサト! 大丈夫ですよ、シンジ様」

「しかし・・・」

「ミサトのカレーを食べた時はいつもこうなんです。じきに治りますよ」

 リツコはそう言うとシンジに微笑んで見せる。

 さすがにここ迄言われるとシンジも引かざるを得なくなったようで、フッと軽く一つ溜息をつく。

 勿論そのすぐ脇ではミサトが不満たらたらの表情を浮かべていたのだが・・・

「・・・ヒカリのお弁当は美味しい・・・ けど、葛城一尉のカレーは美味しくない」

「何でよ〜。どうしてみんなこの味がわからないの?」

 相変わらずのレイの様子に、さすがに少しはめげるミサトであった。
 
 
 
 
 

 シンジのベッドの上で、レイが穏やかに寝息を立てて眠っている。

 と言ってもとりたてて変な意味では無い。

 前々話で述べた通り、リツコは明日からエヴァ弐号機の最終調整のため、

 ドイツ支部へ出張する事が既に決定しているのだが、

 そのため彼女の居ない間はレイは1人、孤独なマンションに取り残される形となってしまう。

 シンジと出会う以前のゲンドウの”人形”であった頃のレイであれば、

 別段何という事も無かったのだろうが、シンジと巡り会い、ヒカリと触れ合う機会を得た彼女は、

 それ迄1人で居た時間が余りに長すぎたその反動であろうか、

 逆に人一倍孤独に対する恐怖感を保持するようになっていたのだ。
 

 一緒に暮らしながらも、プライベートタイムにかなり時間差のあるリツコとレイとの交点は、

 それ程多くは無かったため、リツコはそこ迄詳しくレイの状態を把握していた訳ではないのだが、

『自分が居ない間は、レイも1人では何かと寂しいだろう』 と考え、

 自分がドイツへ行っている間は、レイを預かって貰えるようシンジに依頼したのである。

 勿論シンジには異論など有る訳も無く、でも一応家主であるミサトの意向を伺い、

 しばらくの間、3人で一緒に暮らす事の了承を得たため、

 早速、今日はリツコも交えてここに泊まっていく事になったのである。
 

 さて、何故それでレイがシンジのベッドの上に居るかというと、

 あの後4人はとりとめのない話をしながらも、なんやかやと結構盛り上がって行ったのだが、

 その途中からレイが段々と船を漕ぎだしたのだが、 

 何分突然の事であり、満足な寝具の用意が無かったため、

 ミサトとリツコが2人して、レイをシンジのベッド迄運んだためなのである。 
 

 今日、レイは初めてエヴァを起動させる事に成功したのだが、それは彼女の肉体は勿論、

 それ以上に精神面を非常に疲弊させていたのである。

 あのシンジでさえ、初めてエヴァから降りてきた際にはフラフラになった程で、

 彼の場合は実際に使徒と戦争をしたという事を差し引いて考えたとしても、

 レイが極度に疲れ切っている事は容易に推察出来たのである。

 レイの寝顔は満足感で一杯であったが、これは単に、 

『エヴァを起動する事が出来た事が嬉しかった』 という訳では無く 、 

『これでシンジを助ける事が出来る』 という事からくるものだったのである。
 
 

 さて残りの3人はどうなったか? というと、もう大分夜も更けていたので、

 さすがに宴会の方もお開きになったようで、ミサトは自分の部屋に戻っており、

 リツコは空き部屋に泊まっていく事になったのでそちらに行っていて、

 ただ1人、シンジだけが照明の落とされたリビングで佇んでいる。

 何故彼だけがここにいるかというと、

 言うまでもなく可愛い妹に自分のベッドを占領されてしまったからなのであるが、

 それ以外にもう一つ、気にかかっていた事が有ったのである。それは・・・
 

「シンジ様・・・」

「リツコか」

 どうした訳か、部屋に引き揚げた筈のリツコが再びリビングに、

 と言うよりシンジの所へと戻って来た。

「何か僕に言いたい事が有ったんだろう? いったいどうしたんだ?」

「はい。実はレイの事なんですが」

「レイ、レイがどうかしたのか?」

「シンジ様、私は以前、今のレイは3人目だという事をお話ししましたよね」

「ああ、確かそういう事だったな。それがどうかしたのか?」

 科学者らしく、物事をキッチリと割り切って話をするリツコにしては珍しく歯切れが悪い。

 シンジはリツコの様子がおかしくなった時の事を思い出してみるが、

 原因と思われる物はやはりミサトのカレーしか思いつかない。

 しかし、その後のリツコの様子からはどうもそうでは無いようで、

 他に該当する物の見当がつかないシンジは、リツコの方から口を開いてくれるのを期待して、

 その先を話してくれるように彼女を促す。
 

「実は2人目のレイが亡くなったのは、前回の零号機の起動実験の時なのです」

「!」

 リツコの思いがけない告白に、珍しく驚きの表情を浮かべるシンジ。

 確か以前聞いた話では、2人目のレイは事故で亡くなったという事だったが、

 まさかその事故が起動実験だとは・・・

 そこ迄思った時に、もう一つ彼の脳裏にリツコから話された言葉が甦ってくる。
 

『シンジ様がまだここに来る前、起動実験中に零号機が暴走したの。聞いてますでしょ?』

『ああ』

『その時、パイロット・・・ レイが中に閉じこめられて』

『レイが!?』

『司令が彼女を助け出したんです。加熱したハッチを無理矢理こじ開けて』

『父さんが!?』

『掌の火傷はその時のものなのです』
 

「リツコ! それはもしかして零号機が暴走して、レイが閉じこめられた時の事か」

「ええ、そうです。この時レイは奇跡的に軽傷で済んだという事で、表向きは発表したのですが、
 実際の所は重傷を負った彼女の命を救う事は出来なかったのです」

「しかしそれは・・・ 仕方が無いと言っては亡くなった2人目のレイには可哀想なのかもしれないが、
 不慮の事故だったのだろう? ・・・責任者としてはそうも言ってられないのかもしれないが」

「そうでは無いのです、シンジ様。レイが司令の手によって助け出された時に、
 すぐ治療を開始すれば、もしかしたらレイは助かったのかもしれないのです」

「けれど私はそうしようとしなかった。何故ならレイを治療をするよりも、
 2人目のレイを見捨ててしまって、3人目のレイを覚醒させた方が、
 時間も費用もかからない。そう・・・ 私が考えたからです。私はそんな女なんです、シンジ様」

「リツコ・・・」

 彼女の魂の告白に、さすがのシンジもすぐには返す言葉を持てないでいる。
 

 なんという皮肉だろうか、リツコは知らない事だが、かつて彼女の母親である赤木ナオコ博士は、

 1人目のレイを自らその”手にかけた”のである。

 ところが、逆にリツコの場合は”手をかけない”事によって、

 2人目のレイを涅槃へと追いやる結果になっていたとは・・・
 
 

 小刻みにリツコの肩が振るえているのは、泣き出すのを何とか抑えているからなのだろう。

 泣いてしまった方が楽になれる筈なのに、わざとそうしなかったのは、

 命を弄ぶ冷血な自分には泣く資格は無いと彼女が考えていたからなのだ。

 この前、第四使徒の検証をしていた際に聞いた零号機の暴走事件、

 そして先程シンジが言った、あくまで冗談である筈の 『大都会、独身女性孤独の死』 、

 という言葉に、それぞれリツコが過剰に反応したのは、かような理由が有ったのである。
 

 ポン

 シンジはそんな彼女の左の肩に軽く右手を乗せる。

 つられてリツコがシンジの方に顔を上げると、

 彼はリツコに対し、じっくりと言い含めるように話し始めた。
 

「リツコ、確かにお前が2人目のレイに対してやった事は、褒められる事とは言えないだろう」

「シンジ様・・・」

「だがな、元々人間というのは不完全な生き物なんだ。だからどんな人間でも必ずミスは起こす。
 これは人間が人間である以上、どうしても防ぐ事が出来ないものなのだ」

「で、でもシンジ様、私は助かる可能性の有るレイを見捨てたんですよ、
 殺人と迄は行かなくても・・・ 単なるミスで許されるものでは・・・」

 ミスをする事は仕方の無い事だと言うシンジに対して、

 リツコはそう言ってあくまで自分の罪を求めていく。

 しかしはたして彼女がレイの治療に全力を注いだとして、2人目のレイが助かったかどうかは、

 最早誰も確かめようの無い事なのだ。
 

「なあリツコ、僕は何もお前を許すなどとは言っていない。僕が言いたいのは、
 同じ過ちを2度繰り返さないためにはどうしたら良いのか? という事なんだ」

「それは・・・ 私にはちょっと・・・」

 物理的な対策を設けるというのならば。リツコの得意分野なのだろうが、

 何分にもこれは、精神的な問題で有る。

 さすがのリツコもロジックで無いこの問題の解答を導き出す事は出来なかった。

「良いかリツコ。さっきも言ったが人間はミスをする生き物だ。
 従ってミスした事を気にする必要はない。その代わりミスした事を常に気にかけろ

気にせず・・・ 気にかける・・・・・」

「そうだ。そうしておけば同じ過ちを繰り返す事は無い」

 シンジの言葉を何度も何度も胸の中で反芻するリツコ。

 完全にとはいかなくとも、シンジがリツコに与えたこの言葉は、

 大分彼女の心の重石を取り払ってくれたようであり、先程迄の沈痛な表情と比べ、

 それが段々と安らいだものに変わってきているように見受けられる。
 

「わかりましたシンジ様。私はもう気に致しません、その代わり常に気にかけて行きたいと思います」

「それで良い。そうして行けばおそらく2人目のレイも納得してくれるさ!」

「はい!」

「さて、それじゃそろそろ休もうか?」

「そうしますね。ありがとうございました、シンジ様」

 リツコはそう言うと肩に置かれたシンジの右手の上に、自分の右手を重ねて行く。

 彼女の動作は、出立する前にほんのわずかではあるが、

 シンジのぬくもりを感じ取るだけのつもりのものだったのだが、

 突然、開いている右肩の方にもシンジの左手が乗せられたかと思うと、

 ぐいっと彼の所に引き寄せられてしまう。

「シンジ様?」

「僕とレイは学校があるから見送りに行けないからな、餞(はなむけ)だ」

 2人しかいない筈のリビング。

 しかし窓から差し込む月明かりだけは、この男女の様子を余す所なく捕らまえていた。
 
 
 
 
 

「ここが第三新東京市。成る程仲々活力に溢れた街だわね」

 リツコが機上の人となって数時間、ドイツに到着する迄には今しばらく時間がかかるだろうか?

 まるで彼女と入れ替わるように、

 ネルフドイツ支部からアメリカ第一支部の技術部長へと転任する事になった、

 ハルペル・ド・フォン・ラーヘルは第三新東京市へとやって来ていた。 

 ここ第三新東京市に観光旅行にでも来たかのように、街の第一印象を口にするハルペル。

 当然この後彼女はネルフ本部へと向かうものと思われたのだが、実はそうでは無く、

 駅から乗ったタクシーの行き先は、この街1番の高級ホテルであった。
 

 チェックインが終了し、身軽になった彼女だが、やはりネルフに向かおうとはせず、

 取り出した端末から本部のスーパーコンピュータ 「MAGI」 へとアクセスし、

 そこに有るデータを閲覧し始める。

 と言っても現在彼女が見ているのは、一般的に公開されているデータのみで、

 本来の彼女のお目当てである、「サードチルドレン」 碇シンジに関する事は一切載っていない。

 彼女は一通りの事に目を通すと、回線をクローズにし、ついで端末をスリーブにさせる。
 

「さて、これからどうしようかしら?」

 まるで予定の立っていないみたいな言い方をするハルペルであったが、

 事実その通りで、非公式に第三新東京市へとやって来た彼女は、

 自分が今ここに居る事が本部にしれたらやっかいな事になると思い、

 あえて本部とのアポを一切取っていなかったのである。

 これからどうするかという選択肢に対して答えは2つあるだろう。

 一つは本部に対して正式なコンタクトを取り、視察という名目ででも、

「サードチルドレン」 と接触する機会を持つか?

 あるいわこのままの状態を続け、

「MAGI」 に対して違法アクセスを行い、彼のデータを引き出すか?

 リツコと同等の能力を持つ彼女であれば、

 結構深い所まで侵入して行っても決してバレる事は無いだろう。
 

 さて、どちらの方が良いか?

 思案するハルペルであったが、そんな彼女の耳にホテルからのアナウンスが入り込んでくる。

「お客様に重要なお知らせを申し上げます。
 たったいまこの第三新東京市の全域に非常事態宣言が発令されました」

「お客さまにおかれましては速やかに荷物をお纏めください。
 後ほど係員が各お部屋を回りましてお客さまを誘導致しますので、
 その指示に従い当ホテルの地下のシェルターに避難していただきます。
 慌てる必要は一切ございません。当ホテルのシェルターは非常に頑丈で有り・・・・・・・」

 どうやらまた使徒がやって来たらしく、

 これではのんびりと本部の視察などやっている場合では無いだろう。

 これによって最初の案は事実上不可能となり、

 ハルペルは必然的に2番目の案を選択せざるを得なくなってしまうのだが、

 そこからもたらされたデータによって、シンジと直接話す機会を見つける事が出来るのである。

 彼女にとっては実に幸いな事で有った。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし5番目の使者が、その姿を第三新東京市へと現した事により、

 魔界より遣わされし3人目の少年が、これを向かい撃つために単独で出撃する事となった。
 
 

                                                         
 
 

 ついに現れいでた最強の”5番目”によって、初めての屈辱を味合わされるシンジ。

 その模様を密かにモニターしていたハルペルは、シンジの居場所を探り当てる。

 ミサトは一旦崩れた態勢を立て直すため、己の能力と権限を駆使して八州作戦を発動する。

 次回 問題無い  第23話 シンジ 敗北

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


 一ヶ月ぶりの『問題無い』です。
 待っていた読者も多いことでしょう。
 いやー、僕は見捨てられたのかと思いました。(^^;;;
 
 
 とうとう明らかになった三人目のレイの秘密。
 実は、リツコが原因だったのですね。
 これを読んだ時は、彼女に殺意を覚えたほどでした。(^^;
 
 でもそれは、もしかするとリツコの贖罪かもしれません。
 
 治療の施し様が無いほどの重傷。
 このままでは助からない。
 その時、ふっと、リツコの脳裏によぎる。
 ――三人目がいる。
 その所為で、治療に全力を尽くせなかったのかもしれません。
 まさに「私が死んでもかわりはいる」です。
 
 実は彼女は、治療に全力を尽くしたのかもしれません。
 しかし結局、二人目のレイは死んでしまった。
 リツコは、一度でも「代わりがいる」と思ってしまった自分を責める。
 
 僕の勝手な想像ですが、きっとそうであったと思いたいです。
 
 
 >モノリス
 僕は思いつきだと思います。(^^;
 
 業師さんは仕事がお忙しいらしいです。
 来月になれば少しは余裕が出来るとのことなので、それまで励ましの感想メールを送りましょう!
 
 
 この作品を読んでいただいたみなさま。
 のあなたの気持ちを、メールにしたためてみませんか?
 みなさまの感想こそ物書きの力の源です。


 業師さんのメールアドレスは wazashi@nifty.comです。

 さあ、じゃんじゃんメールを送ろう!


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