問題無い
 
 

 天界より遣わされし4番目の使者は、自らの持つ能力をフルに駆使して戦ったが、

 魔界より遣わされし3人目の少年の、その周到なる軍門に下る事となった。
 
 
 
 
 

第19話 シンジ 追求
 
 

「シンジ君! レイ?」

 22D会議室へ向かう途中、ちょうど廊下の角を曲がった所、

 その向こう側で腕を組んだまま、壁にもたれている少年と、

 その側にじっと立ちつくしている少女の姿を見つけ、ミサトは思わずその名を呼んでしまう。

 どうもシンジの様子から察するに、ずっとミサトの事を待っていたようで、

 それを裏付けるように、シンジはミサトの姿を認めると、

 そうする事がさも当然といった感じで、彼女の方に向き直った。
 

「ミサト、あの3人への尋問だが僕がやらせて貰う」

「駄目よ。こういう事は部長である私の仕事。シンジ君! パイロットであるあなたの出る幕じゃないわ」

「ミサト、僕にはそれを行う当然の権利が有るんだ」

「権利ですって?」

 確かにミサトの言う通りで、

 作戦遂行上重大な障害となった彼女ら3人に対するその身柄を含めた処分の権限は、

 作戦部長である彼女がその全権を握っている。

 そのためこういった事は一介のパイロットであるシンジが口を差し夾むべき問題では無いのだ。

 にも拘わらずシンジは自分にはその権利が有ると言っている。

 果たして彼の言う権利とはいったい?
 

「そうだ。僕はさっきの戦闘で、あの3人がそばにいたおかげで、
 大層苦戦を強いられる事になったのだ。その当事者として理由を知るのは当然の権利だ」

「シンジ君、あなたの言い分もわかるけどこれは組織としての問題よ。下がりなさい」

「あの3人が出てきた理由がもしかしたらこの僕にあるかもしれないと言ってもか?」

「!」

 シンジの主張に対し、作戦部長としての威厳を見せつけ、

 あっさりと却下しようとしたミサトで有ったが、彼の発した最後の言葉に思わず引き込まれてしまう。

 ヒカリ達3人は言う迄もなくシンジのクラスメートで有り、

 そういう意味でシンジとの交点が多いのは仕方がないのだが、

 そこで何か問題になるような点が有ったのだろうか?
 

「シンジ君。こっちへ」

 廊下で話すような内容では無いと判断したのか、

 ミサトはシンジを伴ってすぐ近くの空き部屋へと入っていく。

「いったいどういう事なの説明して頂戴」

 部屋へ入り込んだミサトは、早速シンジのさっきの言葉を誰何するのだが、

 逆にこれが彼女の責任問題に発展しかねない内容になるとは、

 今の段階での当の彼女にわかる筈もなかった。
 

「あの3人は僕がエヴァというか・・ ロボットのパイロットで有る事を知っていたんだ」

「!! どうして、それは機密事項である筈よ」

「理由は簡単だ。僕自身がその事を認めたからで、
 あの3人だけでは無く、僕のクラスの連中は全員が知っている。
 いやそれどころか更にどこ迄広がっているのか、現時点では想像もつかない」

「シンジ君、あなた」

「勘違いするなミサト。僕が自ら積極的に喧伝していった訳では無い」

「さっきお前も言ったが本来機密事項で有るこの事がどこから漏れたかは知らないが、
 その質問が回ってきた段階では既に否定できる状況には無かったのだ」
 

 全く・・ 恐ろしい少年である。

 彼がエヴァのパイロットであるという噂がクラス内に流れたのは、

 彼の持つミステリアスな雰囲気が周囲の想像力をかきたてたのと、

 そして何より、使徒襲来後に唯一転校してきた人物であったためであり、

 仮に、シンジ以外にもう1人でも転校生が居たとしたならば、こういった噂が立つ事はなかっただろう。
 

 14歳という年齢は、『巨大ロボットのパイロットが中学生』 などと言った事を頭から信じる程、

 子供では無いのだが、『もしかしたら』 とは思わずにはいられない、

 完全には大人になり切れていない微妙な年齢である。

 そういう意味で、この”中学生”あたりだけが唯一噂が広まる可能性を孕んだ年代で、

 否定したとしても勘ぐられる事のなかったものを、彼がわざわざ肯定したのは、

 将来の事も考えたためで、

 この時点におけるネルフの機密の漏洩は、まだ存在していなかった筈なのであるが、

 シンジは、『自分がパイロットである事を漏らした人物が、このネルフの中に存在している』

 と主張したのである。
 
 

 勿論これは交渉を優位に進めるためのシンジのブラフなのであるが、

 いきさつはともかくとして、彼がエヴァのパイロットである事が一般に知られる状況となれば、

 シンジに対して、周囲の者達が何らかのリアクションを起こすのは必至で有る。

 現にもしかしたらあの3人が取った行動は、それに関係しているのかもしれないのだ。

 もしそうだとしたら、シンジが苦戦した根本的な原因はその情報の漏洩にあるという事になる。
 

 パイロットであるシンジは作戦部長であるミサトの指揮下に有り、

 戦闘の時はその指示に従って貰わねばならないが、逆に裏を返せば、

 ミサトはなるべく彼が危険な状態からは遠い位置に存在するように気を配らねばならない筈だ。

 勿論今回の事は戦闘ではなく、情報管理という事なのだが、

 全体を見渡した場合、それらの責任は当然司令で有るゲンドウに行き着く事になるが、

 やはりその大元となるミサトの責任も追及されて然るべきなのであり、

 シンジは遠回しにではあるがその事について非難を行っているのである。

 彼自身は自分のみならず、レイ迄もエヴァのパイロットである事をヒカリに話しているのだが、

 そんな事はおくびにも出さずに、平然とそれを行っている。
 
 

「わかったわシンジ君。だけど最初の尋問は私が実施するわ。
 あなたは私が終了した後、これが譲れるぎりぎりの限界よ」

「・・・・・仕方ないな、わかったその条件で手を打とう

 シンジの本心としては、満足の行く状態迄条件を引き出す事が出来たのだが、

 わざと不満げな様子でミサトの提案を了承してみせる。

 ネルフの作戦部長であるミサトと対等以上に渡り合う、弱冠14歳の碇シンジ。

 まさに末恐ろしい少年である。
 
 
 
 
 

 シュッ

 長かった。

 時間にすればわずか1時間ちょっとといった所だったが、

 恐らく彼らにとってはこれ迄の人生の中で最も長く感じられた1時間だったろう。

 出口の見えないラビリンスにさまよい込んでしまっていた彼らにとって、

 その孤独を癒す事の出来る存在ならば、例え相手がミノタウロスであろうと構いはしなかった。

 ところが部屋に入ってきたのは、そんな彼らの予測の範疇を遙かに逸脱した人物であった。
 

 カタッ

 ほんのわずかでは有るが、左の方からパイプ椅子が動く音がした。

 少年2人が音のした方に顔を向けると、

 3人の内で1番左に座っていた少女が立ち上がった所だった。

 自分が座ったままな事に気づいた少年達も、つられるように慌てて立ち上がると、

 部屋に入って来た女性に再び視線を走らせる。
 

 割とラフな赤いジャケットを羽織り、下はその脚線美を惜しげもなく晒すホットパンツ。

 豊かなロングの黒髪はシャンプーのコマーシャルにでも出演出来るのではないか思える程で、

 彼ら中学生の少年達からすればまさに魅惑的なお姉さんといった感じの女性である。

 トウジにしろケンスケにしろ、しばしその女性に見とれていたため、

 自分達の置かれた厳しい現実というものをその間だけは忘れていられたのだが、

 残念ながらその時間はそう長くなく、その女性の発する声によって、

 彼らは非常な現実に引き戻される事となった。
 

「そこのあなた」

「はい」

「相田ケンスケ君ね?」

「そうです」

「そしてあなたは鈴原トウジ君」

「はい」

「後、あなたが洞木ヒカリさんで間違いないわね?」

「はい、そうです」

 念のため3人の素性を確認したミサトは、ついでヒカリ達に対して自らの立場を明らかにする。
 

「まずは自己紹介させて貰うわ。私はネルフの作戦部長をしている葛城ミサトといいます。よろしく。
 さて、早速だけど聞かせて貰うわよ。
 何故あなた達3人は避難命令が出ているのにも拘わらず、あんな所に居たの?」

 すぐさま叱責を開始するのかと思われたミサトだったが、

 素性を確認していた際に、3人から全く覇気が無い事を感じとっていたため、 

 まずは何故あの場所にいたのか、理由を確認しようとする。

 しかし人間誰しも、自分の口から自分の犯した過ちというものは言いたくないもので、

 ミサトの質問に対する返答が返ってくる事は無かった。
 

「どうしたの? 何か理由が有ったからあんな危険な場所に居たんでしょう?
 その理由を言ってご覧なさい」

 ミサトは意識して口調をより柔らかいものへと変更し、3人の気持ちを解きほぐそうとするが、

 やはり返事が返ってくる兆候は見受けられない。

 質問を変えようかと思い始めた彼女に対して、一番意外と思われていた少女の方から

 答えが返されてくるのだが、生憎それはミサトの質問に答えるものでは無かった。

「申し訳ありません。私が悪いんです」

「え!?」

「みんな私が悪いんです。すいませんでした」

「ヒカリさん。私は別にあなたに謝って欲しい訳じゃないの。
 何故あの場所にいたのか? その理由を教えて頂戴」

「私が、私が悪いんです。すいません」

「ヒカリさん・・・」
 

 ミサトの頭の片隅には先程シンジに言われた事が引っかかっていたのである。

 即ち、彼がエヴァのパイロットで有る事が一般に知れ渡った事が事実なのか、

 そしてそれが今回の事件の引き金となったのか?

 作戦部長として出来れば確認したかったのだが、今の所唯一答えを返してくれているヒカリは、

 ただ謝罪の言葉を繰り返すのみで、一向に解答に結びつけられるような様子は感じられない。

 これがどこかの組織から送り込まれた工作員とかだったら話しはもっと簡単で、

 赤○印の正体不明の薬品? を静脈注射すれば良いだけの事だったのだが、

(シャ、洒落にならん)

 何しろ相手はシンジの同級生の中学2年生の少年少女である。

 手荒な真似など到底出来る筈もなく、どうしても当たり障りのない言葉だけのやり取りになってしまう。

 さてどうしたものか? このままではただいたずらに時間を浪費するだけだ。

「しょうがないわね。しばらくこのままで待ってて頂戴」

 ミサトはほんの少し思案した後、予定よりは大分早いがシンジを登場させる事にし、

 彼を中へと招き入れるために、一旦部屋の外に出て行く事にした。
 

 さて後に残された3人のうち、トウジとケンスケはミサトに謝罪を繰り返したヒカリに対し、

 とても申し訳ないと感じていた。

 別に責任逃れをするつもりは無かったのだが、本来謝罪を行うべき自分達より、

 委員長の方が先に謝り始めてしまったため、

 何となくタイミングが取りづらくなってしまったのである。

 トウジはトウジで、

『女に責任を押しつけて黙っとるなんて、鈴原トウジ−おんどれはそれでもホンマに男か』

 などと考えていたし、それ以上に何と言っても今回の事件の元凶であるケンスケは、

 ヒカリの様子に更に罪悪感をかきたてられたようで、

『今度あの人がやって来たらちゃんと僕の口から全てを話そう』

 そう堅く決心するのであった。
 
 
 
 
 

「どうだ3人の様子は、何かわかったか?」

「駄目ね。やっぱりまだショックが大きいみたいで、はっきりした事は何も・・・」

「そうか、ならばどうするつもりだミサト」

 そう言って詰め寄ってくるシンジをミサトは憎々しげに見つめ返す。

 実際に被害を受けた自分自身が尋問を行うというシンジの主張に対し、

 あくまでも職位職責を第一義に押し通し、彼女の方がそれを行ったのであるが、

 その結果はご覧の有様である。

 これが狭量なゲンドウで有れば、メンツにこだわり続けたかもしれないが、

 ネルフの作戦部長として優秀で有り、度量も大きいミサトは、

 ここに至ってついにシンジの提案を受け入れる事にした。
 

「わかったわシンジ君。後はあなたに任せるわ」

「良いんだな、ミサト」

「ええ、でもあの子達精神的に結構まいっているようだから、あんまり追い詰めないでね」

問題無い。それからミサト、それにレイ、お前も一緒に来い」

「え、でも」

 てっきり今度はシンジ自身が単独であの3人に向き合うものと思っていたミサトは、

 シンジの意外な提案に驚きの色を見せるが、

 レイの方はシンジの提案に対して、静かにこっくりと頷いた。
 

「ミサト今お前自身が言ったろ、「精神的に結構まいっている」 って、1人だけなら何とでもなるが、
 さすがに3人ともなるとその全てをフォローするのはちょっときつい」

「確かにあなたの言う通りかもしれないけど・・・・ でもシンジ君、
 それだとレイの事もあの子達にパイロットである事をバラしてしまう事になるんじゃないの?」

 本来今の段階でエヴァのパイロットとしての素性がばれているのはシンジだけで、

 レイの事はまだ知られていない筈なのだが、ここで彼女を3人の前に連れ出すのは、

 レイもパイロットである事を自ら晒け出すようなものである。

 無論ヒカリはシンジのみならずレイもパイロットである事はシンジから聞いて知っているが、

 トウジとケンスケの残りの2人は当然初めてその事を知る事となるのである。

 ミサトはその事を心配しているのだが、シンジにはシンジの確固とした考えが有った。
 

「ことがここ迄露見した以上、余計な隠蔽工作はかえってアイツら2人の疑念を増やすだけだ。
 この場合はむしろ、ある程度情報をオープンにした上で、
 それが機密事項に当たる旨を彼らに納得させた方が良いと僕は思う」

 シンジがパイロットで有るという事は最早公然の秘密という状態になっているから問題無いとしても、

 今後こうして使徒がやってくる度に2人が揃っていなくなるという事態が続けば、

 一緒にいなくなるレイについてクラスの連中から不審な目が向けられるようになるのも、

 それ程長い時間がかかる事はない筈だ。

 いずれはあの2人だけでなく、クラス全体に対しても何らかの対策が必要になるだろうが、

 とりあえず今は、逆にこっちの方が先手を取ってあの2人に対し言い聞かせた方が良い。

 うまくすればあの2人を利用できるかもしれないのだ。

 そうシンジは判断し、あえてレイを連れていく事にしたのである。

「う〜〜ん。わかったわシンジ君。レイ、行きましょう」

 シンジの意見に完全と迄はいかないものの、何とか納得出来る点を見いだしたミサトは、

 そう言い切ると、今度はシンジとレイを伴って再び22D会議室へと入っていった。
 
 
 
 
 

 シュッ

 再び会議室のドアが開く音に反応して、それ迄俯き加減であったトウジとケンスケが、

 立ち上がりながらそちらに視線を移すと、意外な人物を見つけて2人とも驚いてしまう。

 先程のミサトという女性についで入ってきたシンジは良いとして、

 更にその後から、あの一中bPの美少女、綾波レイも続いていたのである。

 ヒカリはシンジより、レイもエヴァのパイロットである事を聞いていたので、

 特に反応はしなかったのだが、

 2人の少年にはいったい何が起こっているのか、皆目検討がつかなかった。
 
 

「あらためて紹介する必要は無いかもしれないけれど、一応紹介しておくわね
 こちらが碇シンジ君。さっきあなた達が見ていたあのロボット、
 エヴァンゲリオンて言うんだけど、それのバイロットよ」

「そして向こうが綾波レイ。彼女はまた別なエヴァのパイロットなの」

 シンジだけでなくあのレイもパイロットだったというのか!?

 トウジとケンスケは意外な事実に愕然とするが、

 そんな2人の思考を遮るように更にミサトの説明は続く。

「何故シンジ君とレイの2人がこの場に居るのかというと、さっき実際に戦っていたシンジ君が、
 どうしてもあなた達に聞きたい事があるそうなので連れてきたのよ。
 それじゃシンジ君、後は任せるわ」

 そう言ってミサトは場の主役の座をシンジへと明け渡す。

 それに対してシンジは無言で頷くと、どういう訳か全く迷うような事はなく、

 ヒカリの所へと移動すると、その正面にすっくと立つ。

 シンジからの言葉を緊張して待ち受けるヒカリ。

 しかしそんな彼女に対し、シンジが取った行動は実に意外なものだった。
 

 シンジはその口元をフッと緩めると、『碇スマイル』を浮かべながら、

 彼女を気遣う言葉を実に優しげにかけてやる。

「ヒカリ、怪我は無かったか?」

 途端に彼女の目には涙が次々と溜まり始め、やがて大粒の滴がそこからポタポタと落ちていく。

「い、碇・・・ さん」

 そういった直後、ヒカリはシンジに抱きついていく。

 今の今迄ピーンと張りつめていた彼女の心だったが、

 シンジの言葉によってようやくそれを緩める事が出来たのだろう。後はもう言葉にならなかった。
 

「トウジと、確か・・ ケンスケだったな。何故あんな所にいたんだ」

 シンジはヒカリを抱き留めたまま少年2人に対して事のなりゆきを把握するための質問を行う。

 ヒカリが冷静な状態のままでいれば、彼女に確認するのが一番間違いが無いと、

 シンジは思っていたのだが、それを行わなかったのは勿論ちゃんとした理由が有る。

 実はさっきのヒカリとミサトとのやり取りを、彼は廊下でしっかりと伺っていたのである。

 そのためにあえてこういった変則的な手法を取ってきたのだが、

 その試みはズバリ的中したようで、メガネをかけた少年がやがてポツリと話し始めた。
 
 

「僕が・・ 悪いんだよ・・・ 僕がどうしても戦闘を見たいって言ったんだ。
 トウジは僕に協力してくれただけで、委員長はそんな僕らを心配して探しに来てくれたんだ。
 だから・・・ だから・・・ みんな僕が悪いんだ!! 2人には何の責任もないんだよ!!!」

 最後の方は絶叫にも近い感じで自らの非を認めるケンスケ。

 今回の事件の舞台はこれで幕が降りるものと思われたのだが、

 実はまだ、この後に第2幕がしっかりと用意されていたのである。
 

「トウジ、今ケンスケが言った事に間違いは無いのか?」

「あ、ああ」

 すっかりシンジに気圧されていたトウジだったが、何とかシンジの質問を肯定する。

「何故止めなかったんだ!! コイツを・・・ ケンスケを・・・
 妹さんと同じ目に合わせるつもりだったのか!!!」

「ワイ、ワイは・・・」

 シンジの言葉は、雷に打たれたようなショックをトウジに与えていた。

 無論彼にはそんなつもりなど毛頭無く、ただ悪友の願いを聞いてやっただけであり、

 自分が殴り倒した相手であるシンジの事が気になっていたのに過ぎないのだ。

 しかしシンジの指摘した通り、自分自身の妹がそれによって怪我をしていたというのに、

 その後に取りうる行動としては、余りにも迂闊過ぎていたと言うしかないだろう。
 

「ミサト」

「え?」

「ヒカリはこのままでは何だから、僕自身が連れていく。良いな?」

「え、ええ、わかったわ」

 突然のシンジの言葉にミサトは深く考える間もなく、O.Kを出してしまう。

「レイ、そういう事なので、すまんが1人で帰ってくれるか?」

「うん、わかった。お兄ちゃん、ヒカリの事をよろしくね」

 その言葉にシンジは驚いてレイの事を見つめ返す。

 あのレイが他人の、ヒカリの事を心配してしてくれたのである。

 ほんの少しづつではあるが、レイも前へと進みつつある。

 その事を感じて嬉しくなっていたシンジは、レイの言葉にしっかりと頷いた。
 
 

 やがてシンジはヒカリを伴って部屋を出て行こうとするのだが、

 最後の最後に再びトウジに対して声をかける。

「トウジ、妹さんの名前、何て言うんだ?」

「ナ、ナツミ、鈴原ナツミや」

「後で良いから妹さんが入院している病院の名前を教えてくれ。
 いつ、とは約束出来ないがそのうち必ず見舞いに行くから」

 シュッ

 とうとうシンジは部屋を出て言ってしまった。

 後に残されたトウジの目には、涙が後から後から湧いてきて、留まる所を知らなかった。

『男は泣いたらアカン』

 そう固い信念を持っている彼にとっては、物心ついて以来初めて流す大粒の涙であった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「もう大丈夫かい。ヒカリ?」

 自分の事を気遣ってくれるシンジのその言葉に対し、ヒカリはこっくりと頷いた。

 涙の後はさすがにもう乾いている。

 あの後シンジは、以前1度来たヒカリの家の前迄彼女を送ってきたのだが、

 その間彼女に対して一言も声をかける事は無かった。

 当然それがシンジの優しさである事をわかっていたヒカリは、そんな彼の心遣いを嬉しく思い、

 彼女を自宅へと送るために用意された車の後部座席において、

 なにげに膝の上に置かれた自分の手の上に、横に座るシンジの掌が重なってきても、

 割と潔癖性で恥ずかしがりやな彼女にしては珍しく、

 それを嫌悪したり、あるいわ払いのけたりするような事はなく、そこから伝わるシンジのぬくもりに、

 じっくりと自分の心の中迄もが暖められていくのを感じ取っていた。
 
 

「じゃ、僕はこれで」

「あ、待って!」

 そう言うとシンジはきびすを返して彼らを送ってきた車に再び乗り込もうとするが、

 ヒカリはそんな彼を引き留めるように声をかける。

 そのためシンジはまだ何か用があるのかと思い、再びヒカリの方に向き直ったのであるが、

 彼女の口から続きの言葉が紡ぎ出されてくる様子が全く感じられない。

 訝しんだシンジが、もう1度ヒカリの様子をじっくり観察すると、

 さっき迄は何とか落ち着いていた彼女が、シンジがほんの少し離れてしまった今、

 どうした訳か小刻みにではあるが、カタカタと小さく震えているのである。
 

「どうしたヒカリ、大丈夫か?」

 シンジはヒカリの所に戻っていき、彼女の状態を確認するために、

 そう言って彼女の肩に自分の両手を重ねていくと、これまたどうした訳か、

 ヒカリの震えはピタッと止まってしまったのである。

 これにはシンジのみならず、ヒカリの方も驚いてしまっていた。

 つい今の今迄、シンジが自分のすぐ側にいる間は、彼女の心は温かいもので占められており、

 自分としても落ち着きを取り戻せたと感じていたのだが、どうやらそれは錯覚だったようである。

 彼女はシンジが側に居たから、シンジに支えられていたからこそ、

 何とか自我を平静に保つ事が出来ていたのだが、

 こうしてシンジが彼女から離れていこうとすると、支えを失った彼女は、

”心”が震え出す事を止める事が出来なかったのである。
 

 何といってもヒカリは女の子であり、しかも14歳という最も多感な時期を迎えている。

 そんな時にあの巨大な使徒と正面から相対するという事になってしまったのだ。

 その時の恐怖心はいったいどれ程のもので有ったのか、

 恐らく我々には想像もつかない程、彼女の心の中に重い重石となって残っているのだろう。

 もしもシンジという存在がすぐ側に居なかったならば、かつてミサトがそうであったように、

 彼女も言葉を失う、というような事態に陥っていたのかもしれない。
 

 しかし彼女の場合は幸いな事に、”碇シンジ”という強大なカリスマ性を保持した少年が、

 彼女を陰からでも支え続けてくれていたおかげで、

 そういった最悪の事態は回避する事が出来たのである。

 しかしその少年が目の前から去っていこうとしている現実を目の当たりにして、

 彼女はその支えが崩れていってしまうような感覚を覚えていたのだ。

 残念だが彼女自身が心の平静を取り戻すのは今の段階ではどうも不可能なようで、

 今しばらくの間は、シンジの存在が彼女にとっては必要不可欠なものであるらしい。
 

 シンジはそんなヒカリを見ていて、突然何を思ったのか、

 それ迄肩に置いていた手を外すと彼女の事をギュッと抱き締めていた。

 一方抱き締められたヒカリの方もシンジの突然の所行に驚いていたが、

 彼女の心の中では、それ以上に安堵感がその殆どを占めていた。

 特に胸板が厚いという訳でも無い。抱き締める腕がたくましく太いわけでも無い。

 しかし何故だろう? こうしているととても安心できる。

 ヒカリはシンジの腕の中で何とも言えない幸福感を感じていた。
 

 スッ

 さすがにもう大丈夫だろうかと、シンジはヒカリに廻していた腕の力を緩めると、

 ゆっくりと彼女の側からその体を引き離しにかかるのだが、

 それに対してヒカリの方は、シンジの事を切なそうに、恨めしそうに見上げると、

 離れたくないとばかりに今度は彼女の方からシンジに抱きついていく。

『やはりまだ駄目か』

 シンジはそう判断すると、フッと『碇スマイル』を浮かべ、ヒカリに声をかける。

「わかったよヒカリ、大丈夫! 僕はどこにも行かないよ」

 そう言うとシンジは、尚も彼に対して両手で抱きついてこようとするヒカリをなだめながら、

 彼女の肩を片手で抱いてやり、先程からずっと待機していた車の中へと彼女の事を誘っていく。
 

「僕のマンション迄頼む」

 ヒカリと2人して車へと乗り込んだシンジは、

 運転手役を努めている保安部の人間に行き先を告げる。

 内心どう思っているのかはわからないが、黒スーツは黙ったままシンジの言う通り、

 車をこの少年のマンションへと向けて発進させる。

 そして少年のマンションへとたどり着いた後、彼女は・・・
 

 産まれて初めて異性の、しかも同い年の少年に、自分の髪留めを解いてもらう事になった。

 一旦解き放たれた髪が、今度は彼女自身の手で再びその髪留めにより纏められる頃には、

 例えシンジが側にいなくとも、彼女の体が震え出す事は無かったという。
 
 
 
 
 

 碇 シンジ ・・・・ やはり魔界より遣わされし少年である。
 
 
 
 
 

「一つ聞いていい?」

「何?」

「あのムッツリスケベのどこが良い訳?」

「やさしいトコロ(はあと)」

(ナニが?)
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし4番目の使者は、街はともかく、少年と少女に強烈なダメージを与えており、

 魔界より遣わされし3人目の少年も、少女のフォローだけで手一杯で有った。
 
 

                                                         
 
 

 恭順の意を示す2人の少年に、元々そういう事に慣れているシンジはあっさりO.Kを出す。

 しかし、あの碇シンジについていくとい事は、一筋縄でいくものではなかった。

 レイの再起動実験の成功に接したシンジは、己をもう一度鍛え直す事を決意する。

 次回 問題無い  第20話 シンジ 立会

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ
 
 
 


 ぐあぁぁぁぁぁぁっ! (T-T)

 と、とうとうヒカリちゃんが、シンジの魔の手にっ!

 でも、LHSの方々には、良いかも……(汗)
 
 しかし……ナニがやさしいのでしょうね。(巨爆)
 
 次回起動実験ってことは、ヤシマ作戦が始まりますね。
 そして、これからがレイちゃんが主人公のお話です!<違います(汗)
 
 
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