問題無い
 
 

 天界より遣わされし2番目の使者は、これ迄自分の”手を引いて”きた男と決別し、

 魔界より遣わされし3人目の少年と、今後”手を携えて”歩んで行く事となる。
 
 
 
 
 

第14話 シンジ 台頭
 
 

「シンジ君、準備はいいかしら?」

問題無い

「O.K! じゃ、行くわよ」

 ネルフ本部内にしては珍しい畳敷きの部屋に、ミサトの凛とした声が響く。

 それと同時に彼女はシンジに対し半身になると、体重を気持ちかかと側に懸け、

 両手を顔の前に持ってきて、腕と腕の間隔はやや開き気味にファィティングポーズを取る。

 ミサトが取った構えはオールラウンドのスタイルではあるが、

 どちらかと言われれば足技の方が主体になるのであろうか?
 

 それに対してシンジの方は、全体的に前傾気味で体重はつま先、

 両腕はミサトよりも閉じ気味。といった感じで、パンチが主体のインファイターのようである。
 

 2人はそれぞれ、サップを仕込んだグローブを両手にはめ、

 ボディはプラグスーツを応用した格闘専用のボディスーツに身を包み、

 頭部には透明な強化アクリルで作られたヘルメットシールドを被っている。

 どうやらここは専用の武闘場のようであり、これからミサトとシンジは、

 エヴァの近接戦闘のための訓練を行う所らしい。

 その2人から少し離れた武闘場の端の方ではレイがちょこんと、

 いわゆる体育座りをしており、2人の様子を見守っている。
 
 

 因みにスーツの色だが、シンジの方は自分のプラグスーツとほぼ同様、

 上半身は白、下半身は青の配色がされている。

 それに対してミサトの方はどうかというと、上半身は赤、下半身は黒で、

 レイは上下とも白と、これまた彼女達のイメージに良く合っていると言えよう。

 先程も述べたが、このスーツはプラグスーツを応用した物なので、

 当然の事ながらその麗しいボディラインがくっきりと現れており、

 いたいけな中学生にはちょっと目の毒かもしれない。

(スケベオヤジが!)
 
 

 訓練とはいっても、実際はネルフに入って以来既に7年が経ち、

 その間格闘技の腕を磨きぬいたミサトに比べ、

 本格的に格闘技に取り組んだのは、ここにきてからというシンジとの差は歴然であり、

 実際には手合いを通じてミサトがシンジに教示するという形である。
 

 2人はしばらく見合っていたが、やはり生徒に当るシンジの方が先に仕掛ける。

 ミサトとの間合いを一気に詰めにかかり、インファイトを挑む、

 しかしベタ足で無いところを見ると、強打で相手をねじ伏せるのではなく、

 彼本来の持つスピードを最大限に利用し、手数で相手を圧倒する。これが彼の特徴であろう。
 

 足そのものは彼の身長からすると決して短くはないシンジだが、

 いかんせんその身長そのものが限られているので、

 格闘を行う際は彼の場合どうしても、相手の懐に飛び込まないといけないようだ。

 それに比べて、女性ではあるがミサト程長身で足が長いと、当然キック系の技は出しやすい。

 自分の特徴を最大限に活用する。さすがネルフの作戦部長と言った所か。
 

 必死に繰り出されるシンジの左右のパンチを、軽やかなステップワークであしらうミサト。

 彼女はまだまだ余裕があるようであり、シンジに対しアドバイスを兼ねた叱咤が飛ぶ。

「もっと小さく、鋭く!」
 

 するとシンジはアドバイスを瞬時に受入れ、無駄な動きをどんどんと削っていき、

 それをスピードへと感化させていく。

 その動きを見ていると、これまでやった事がなかったからぎこちなかったが、

 元々の才能は豊かなんだというのが感じられる。

 はっきりと、まさに目に見えて上達していくシンジの様子に、

 ミサトは驚きつつも、サードチルドレンの逞しさを感じて嬉しくなってくる。
 

 しばらくミサトは、シンジに合わせてインファイトを行っていたのだが、

 ある程度の時間が経った所で、まだシンジの数段上をいっているステップを駆使して、

 あっという間に2人の間に十分な間合いを確保してしまう。

 結局ミサトの所を責めきれなかったシンジだが、

 これ迄積み重ねてきたキャリアとテクニックの差を考えれば仕方無いだろう。
 

「シンジ君、今度はこちらから行くわよ」

 この言葉を境に先程まで受けに回っていたミサトが、反転攻めに転じる。

 といっても決して変な意味ではない。

(そのネタから離れろ!)

 今迄は攻撃、そしてここからは防御の練習といった形のようで、

 今度はミサトの容赦無い攻撃が、シンジに対して間断無く浴びせられる。

 上下、左右、パンチ、キック、鮮やかなコンビネーションを繰り出すミサトに対し、

 シンジは懸命にブロック、あるいわかわそうとするが、現段階における力量の差はいかんともしがたく、

 ついにミサトの右のミドルキックがシンジの左脇腹を捕える。

 バランスを崩した所に、今度はミサトの狙いすました返しの左フックが飛ぶ。

 やられる! 覚悟したシンジの寸前でミサトの拳がストップする。
 

 ふーー

 それまでの緊張感から解き放たれ、大きく息を吐くシンジ。

 呼吸そのものも結構乱れている。

 それにひきかえミサトの方はというと、まだエンジンがかかり初めといった所で、

 この程度で終わってしまったシンジに対して、多少不満気な様子が見える。

『ま、若いんだから早いのは仕方ないわね、
 でもシンジ君て回復力は信じられない位すごいから、まだ何回もできるし、
 この前も最後にネを上げたのは私の方だったし』

(コラ! イイ加減にしろ)
 

「シンジ君、脇腹、大丈夫?」

問題無い

 まともに入れば成人男性も1発でK.O出来る威力を持ったミサトのミドルキックだが、

 着用しているスーツのおかげで衝撃はかなり緩和されており、戦闘続行には支障はないようだ。

「じゃもう1本いくわよ、それが終わったらレイと交代しましょ」

「わかった」

 残念ながらシンジはまだミサトから1本も取った事が無い。

 悔しさに歯噛みしながらも、それをバネに新たな戦闘意欲を燃やすシンジ。

 だがそんなシンジの驚異的とも言える上達スピードに、誰よりも、本人よりも驚いているのは、

 勿論、他でも無いミサトであった。

 シンジが自分から1本取れるようになるのはそう遠くない日なのかもしれない。

 しかし自分にはネルフに入って以来培って来た戦闘力と、

 それに伴って積み上げて来た自信が有る。
 
 

「対 使徒」 専門機関ネルフ、そこの本部の作戦部長という職に有りながら、

 実際には直接戦闘に参加する事は無く、

 わずか14歳の、1介の中学生を最前線に立たせざるをえないという現実が、

『彼を鍛える事が人類を、何より彼自身を守る事になる』 ミサトにそんな考えを抱かせているのだ。

 傲慢かもしれない。しかしそう考えるミサトは、まだまだシンジに負ける訳にはいかなかった。
 
 

「それじゃ・・ シンジ君は・・ ここ迄にしておきましょ・・」

「あ・・ ありが・・ とう・・ ごさい・・ ました・・・」

 どうやらミサトとシンジのスパーリングは終了したようであるが、

 息も絶え絶え、といった感じで、外見的にも疲労困憊といった状態にあるシンジに比べ、

 ミサトの方には、それ程疲れている、といった様子は感じられない。

 さすがに多少息が上がっている事は隠しようが無いが、それでもシンジに比べたら雲泥の差である。
 

「じゃあ次! レイ、いらっしゃい」

「はい」

 休憩もとらずに、ミサトは次の対戦相手にレイを指名する。本当に化け物じみた体力である。

誰が化け物ですって! 誰が!!

 指名を受けたレイは、自分用のヘルメットシールドを被ると、左右の手にサップをはめ、

 中央で待ちかまえるミサトの所へと移動していくのだが、途中すれ違いざま、

 シンジからレイに対する激励(洒落では無い)の言葉がかけられる。
 

「頑張れよ! レイ」

 それに対して、声に出して答える事は無かったのだが、

 静かに、しかしはっきりとうなずいてみせるレイのその表情はとても嬉しそうで、

 以前の、能面と同様の表情しか持っていなかった彼女しか知らない者が見たら、

 はたして同一人物だと言われても大半の者は信じられなかっただろう。

 ともかくレイは、シンジのこの激励によって、より一層気合いが入ったようで、

 ミサトと向かい合うと、それまでの平穏な表情を一変させ、

 鬼のような・・・ いや、”魔”そのものの素顔をさらけ出し、

 これから対戦するミサトの事をキッと睨み付ける。
 

 親の敵(かたき)、正確には 「兄の敵をとる」 というその突き刺すような視線に、一瞬ビビるミサト。

 シンジ程では無いにしろ、まだまだミサトとの間には、

 かなりのレベルの差があった筈のレイだったのだが、

 この日の対戦はこれ迄1度として無かった白熱したものになり、

 あのシンジが、いや逆にシンジだからこそなのかもしれないが、

 いつしか我を忘れ、懸命にレイに対して声援を送っていた・・・

 それ程素晴らしいものであったという。 
 
 
 
 

 ふーーーーーー

 シャワーを浴びながら一際大きな溜息をつくシンジ。

 残念ながら今日もミサトから1本も取れなかった。とはいえ彼の表情に落胆の色は見えない。

 それは彼自身がミサトとの差が着実に狭まってきているのを感じているせいだろう。

 この前より前回、前回より今回、とミサトと戦闘を繰り返す度に、

 実際に戦っていられる時間はどんどんと伸びて来ているのだ。

 とは言ってもまだまだ、差そのものは大きいが、別にシンジは格闘家になる訳でも、

 将来的にネルフに居座って軍人になる訳でもない。

 要は使徒との戦闘に十分役立てられれば良いのだから、シンジは別段焦る事なく、

 じっくりと自分のファイティングスタイルを確立していくつもりだった。
 
 
 
 
 

「シンジ君!」

 シャワーを浴び、着替えが終了した後、帰宅の途につくため更衣室を出たシンジに向かって、

 落ち着いた深みのある声が彼にかけられる。

 意外に思いながら、シンジはその人物を正面から見据えると返事を行う。

「どうしたんです副司令? 珍しいですね」

「うむ! 実は君にちょっと相談があってな、碇・・・ 君のお父・・・ いや、司令の事なんだが」

 この2人の親子関係について、当人達を除けば最も詳しい冬月は、

 ゲンドウの事をシンジのお父さんと言いかけて途中で止めてしまう。

 シンジ自身は冬月が考えている程ゲンドウの事を憎んでいる訳ではなく、

(これは今の彼がゲンドウの事を父ではなく、むしろ他人として見ているせいだが)

 冬月が彼に対してその事を気遣ったのは、かえっておかしく感じられたのだが、

 いつもの通りに彼は抑揚を抑えた口調で、

 それでもせっかく気を遣ってくれた冬月の事を思いやって答える事にする。
 

「父がどうかしましたか?」

「ここではなんなんでな、私の部屋についてきて貰えないだろうか?」

「わかりました。ご一緒しましょう」

 副司令とエヴァのパイロット。

「対 使徒」 と言う事を考えた場合、はたしてどちらがより重要人物かという事はあるが、

 単純に組織の階級で判断した場合は、bQである冬月と単なる一兵卒であるシンジとでは、

 お互いの立場は天と地程も違うといっても差し支えないだろう。

 通常であれば冬月はシンジを呼び寄せるのに何の不都合もないのだが、

 それをせず、わざわざシンジの事を待っていてくれた冬月の真摯な態度に、

 シンジは日頃の不遜な態度を控え、彼に対して恭順の意志を示す。
 

『この男は信用できる』

 人を見抜く ”眼” というものに関しては、シンジは非常に優秀であり、

 そしてまた、そういった人物を惹きつけて止まないカリスマ性も、比類無きものを備えている。

 かつて研究者としての優秀さと、その誠実な人柄で彼の父の信頼を勝ち得、

 新たなる世界を夢見た男は、

 今度は逆に息子と共に旧き世界を守るために、動こうとしているのかもしれなかった。
 

「副司令、ちょっと良いですか?」

「何かね?」

「レイに先に帰ってるよう、伝言をしておきたいんですが」

「わかった。私はここで待っていよう」

 歩き始めてすぐに自分を呼び止めたシンジに怪訝な表情を見せた冬月だったが、

 至極尤もな理由にすぐさま納得する。

 2人のマンションはそれぞれ本部を出てからは逆方向なのだが、

 おそらくゲート付近までは一緒に帰るように決めていたのだろう。

 シンジは冬月の了解を得ると女性のA級勤務員更衣室へと向かった。

 勿論、中を覗く事も密かに潜入する事も無かったが。

(オイ)
 
 
 
 
 

「あれ以来全く覇気が無くなってしまってな、私としても対応に苦慮している所なんだ。
 彼がこれ迄君にしてきた事を考えると、こんな事は言えた義理では無いのかもしれないが、
 どうだろう、彼を救ってやってくれないだろうか」

「冬月・・ 副司令、副司令は考え違いをしてらっしゃいますよ。
 父を本当の意味で救う事の出来るのは僕では無く、この・・ 世界で母唯1人です」

 副司令室へとシンジを伴って帰ってきた冬月は、彼らしく余計な虚飾を一切つけず、

 シンジにゲンドウの救済をさっそく依頼するが、

 根本的な解決のためには、ユイの存在が必要不可欠なものだとわかっているシンジは、

 あっさりとその依頼を覆してしまう。
 

「そうかもしれん。しかしシンジ君、事は君が考えているように単純ではないんだ。
 少なくとも今我がネルフにとってあの男は必要なんだ」

「それはどういう意味なんですか? 詳しく話してもらえるんでしょうね。冬月副司令」

 ”人類補完計画” そしてネルフを裏で操る ”委員会” の存在について、

 当然の事ながらこれ迄全く知らなかったシンジは、冬月の言い方から、

 何やらキナ臭い物を感じ取り、その中味を確認するべく詰め寄っていく。
 

 説明を求めるシンジに対し、冬月はしばらく考え込んでいたが、

 次に彼の口から放たれた言葉は、シンジの疑念を払拭出来るものではなかった。

「シンジ君。残念だが、今君にそれを話すことはできん」

「副司令!」

「君が納得出来ないのも当然かもしれん。
 しかし君はエヴァのパイロットで有り、極端かもしれんが、全人類の希望の星でも有るのだ。
 そんな君を余計な事で危険に晒す訳にはいかん」

 要するに沈黙は金と言う事か、冬月の言うように当然納得など出来なかったが、

 この場は彼の人格を信頼しシンジはとりあえず矛を納める事にする。

「わかりました。ここはおとなしく引き下がります。
 でもいつかは・・・ それもなるべく早く話してもらいますよ。副司令」
 

 詰め寄るシンジに対し冬月は無言のままだった。

 自分の見る限り、父親以上に指導力・判断力に優れたこの少年が、

 現時点における唯一のエヴァの操縦者、「サードチルドレン」 である。という事を抜きにしても、

 現在bR、実質的には現場における”文”のトップ、赤木技術部長と、”武”のトップ、葛城作戦部長、

 この両部長より厚く信頼されている事は、最早誰しもが認める所である。

 もしかしたら自分達がいなくなった後、ネルフの屋台骨を支える存在になるのかもしれない。

 そんな未来有る少年を、本当で有れば老い先短いはずの老人達の醜い欲望から、

 危険に晒す事は、この実直な人物には出来る筈もなかった。
 
 

「それじゃ、父の所へ行きましょうか、副司令」

「すまんな、シンジ君」

「いいえ、そんな事はありませんよ。何と言っても親子ですから」

 やはり最後まで核心部分については1歩も踏み込もうとしなかった冬月に、

 シンジはこれ以上の交渉は無意味だと判断し、まずは父親の事を解決しようとする。

 しかしシンジは決してあきらめた訳ではなかった。

 副司令はその高潔なる人格故に、自分との間に拒絶の壁を設けたのであって、

 決して自分の言い分を聞かなかった訳ではない。

『リツコならば何か知っているかもしれない』

 そこから突き崩していけば、いずれ全ての堤防を決壊させる事が出来る。

 そう考えるシンジに対し、冬月はこの少年を比翼の内に入れようと考えていたのだが、

 シンジの翼は彼が考えているより、はるかに巨大でかつ強靱であった。
 
 
 
 
 

 シュッ

「失礼する」

 冬月のパスで司令室の入り口を開けてもらったシンジは、

 まるで遠慮する事なく冬月より先に司令室に入っていく。

 そんな彼の目に入ってきたのは、文字通り10年分は年を取ってしまったのではないか?

 と思える程の憔悴ぶりを見せるゲンドウの姿だった。
 

 このゲンドウには遠く及ばないだろうが、みなさんにも似たような経験は無いだろうか?

 かくいう作者も、一○郎あるいわw○rd、1○3あるいわE○cel等の、

 オートセーブ機能をオフにして2〜3時間仕事をしていて、

 もう後少しで終わるという時になって、システムがフリーズしてしまった経験がかなり有る。

(単にお前がお間抜けなんだよ)

 細めなセーブを心がけてはいるものの、どうしても夢中になっていると忘れてしまうのである。

 その時はくやしいと言うよりも頭の中が真っ白になり、何も考えられない状態になってしまい、

 気を取り直してやり直そうとは思うものの、はっきり言ってもう気力が全然湧いてこない。

(コラ! イイ加減話しを元に戻せ)
 
 

 ともかくレイをシンジの妹とするか否かで争った際に、

 ゲンドウが味わった喪失感の巨大さといったら、

 それの10万倍(当社比)だと思って頂いて差し支えないだろう。

(とういう根拠があるんだ!?)

 髪は全体的にはまだ黒髪のままだが、所々に白髪が見受けられ、

 まるで息をしてないんじゃないかとも思える感じで、『ゲンドウポーズ』のまま固まっている。

『まさかあれからずっとこの状態だったのか?』

 シンジは冬月に目で確認すると、その意志は伝わったようで、冬月は1人言のように話し始める。

「あれからずっとこの状態なんだ。 勿論食事もしていない。
 さすがにトイレは1人で行っているみたいだが・・・」

 冬月が話し終えた後、もう一度ゲンドウの方に視線を戻すシンジ。

 さすがにこうなってしまうと哀れなもので憐憫の情を覚えずにはいられない。

 さりとて先程冬月に言ったように、この状態のゲンドウを救えるのはユイしかいないのだ。

 最愛の妻をこの手に取り戻す、そのために行った事の是か非かはともかくとして、

 10年間、この男はただそれだけのために生きてきたのだから。

 その希望が失われた現在、このような状態になるのも無理からぬ事であった。
 

『希望か・・・・待てよ、もう1度希望を持たす事が出来れば』

「父さん、僕の事がわかるかい」

「シンジか・・・」

 どうやらゲンドウは完全に思考がストップしている訳ではなさそうで、

 こちらからアクションを起こしてやれば、反応はするみたいである。

『これならば、行けるかもしれない』

 シンジは一縷の望みを託し、ゲンドウに再び希望が持てるよう、彼の説得を開始する。

 これ迄、数奇な運命と巡り合わせを辿ってきたこの2人にとって、

 もしかしたら本当の意味での 『父と子』 としての会話は、

 これが初めてなのかもしれなかった。
 

「父さん、いつ迄こんな腑抜けた状態でいるつもりなんだよ、
 これじゃいつまでたっても母さんは戻ってこれないじゃないか」

 ピクン!

 シンジの言う 「母さん」 即ちユイさんの事に関して、ゲンドウはすかさず反応を見せると、

 それ迄目を開いていても何も見ていなかった視線を動かし、シンジの方に向き直る。

「私はただユイを救いたかったんだ。
 まさかユイが人類の滅亡を防ぐために自らの意志でエヴァに留まる事を選んだなんて・・・
 これではユイを取り戻す事は出来ない。私は・・・ ユイに見捨てられたんだ」

「何言ってるんだよ父さん。人類が滅亡してしまったら全てがおしまいじゃないか、
 母さんは父さんと僕を守るためにエヴァに留まる事を選んだんだ」

「例え・・・ 例えそうだったとしても、どうやってそれを伝えるんだ?
 人類が滅亡する心配はもう無いという事をどうやって」

「父さん、前に言ったじゃないか、僕ならば母さんと意志を通じる事が出来るんだ」

 どうやらゲンドウはユイが戻る事は可能だった。

 にも拘わらずあえてエヴァに留まる事を選んだ=自分は捨てられた。

 という事になってしまい、あまりの衝撃の大きさからその直前にシンジが言っていた、

 ユイとコンタクトしたという事がすっかり抜け落ちてしまっていたらしい。

 しかし、自分の望みがかなうかもしれないシンジの最後の言葉に、

 それ迄視線と口しか動かさなかったゲンドウだが、

ゲンドウポーズ』を解きシンジの方に向き直る。

「それは本当かシンジ?」

「本当だ。父さんがもし本気で一刻も早く母さんを取り戻したいと考えているのならば、
 とにかく使徒を全て倒す。これに全力を注ぐべきだ」

「使徒を、使徒を全て倒せばユイは戻って来るんだな!」

「ああ、そうだ。だから父さんにはネルフ司令として今迄以上に頑張ってもらわないとこっちが困る。
 それに・・・ 僕だってなるべくなら早く母さんに会いたいからね」
 

 実際はその他にもクリアしなくてはならないハードルはいくつかあり、

 何より最大の問題であるユイの肉体をどうするのかと言う点については、

 はっきり言ってシンジには皆目検討もついていない状態なのである。

 しかし今ここでそれを言ったとしても、状況的に何ら変化がもたらされる事は無い筈で、

『まずは父親を立ち直らせる事が先決だ』 と判断したシンジは、

ゲンドウの言葉を肯定した上に、

碇スマイル』を浮かべながら、更に印象を良くする言葉を付け加える。

 それを受けてゲンドウもどうやら立ち直り始めたようで、

 再び『ゲンドウポーズ』を取り直すと、

シンジに向けてやはり『碇スマイル』を返す。

「わかった。確かにお前の言う通りだな」

「頼みますよ。碇司令」

 冬月はこの2人の事を良く知っているので別に何とも思わなかったが、

 余り2人の関係を知らない人物、

 殊に例の世界征服委員会(アレ、違ったっけ?)の委員当たりが見たら、

『親子2人して何の悪巧みをしているんだ』 と見られてもおかしくない

(というか、まるっきりそうとしか見えない)シチュエーションである。
 

「あ、それから・・・父さん。レイの事だけど」

「レイ、レイがどうかしたのか?」

「レイが僕の妹である事を、正式に父さんの方から公表してもらうよ」

「何を馬鹿な事を言っている。私はそんな話しは一言も聞いていないぞ」

 ゲンドウのこの言葉に冬月は顔をしかめ、シンジは呆れかえってしまう。

 どうやらゲンドウは、都合のいい事にあの時話された内容のうちで、

 自分に不利な事については、殆ど忘れてしまっているようであり、

 冬月はシンジとの間で合意した内容について、

 またしてもその了解を取らなくてはならないハメになってしまう。

 つくづくこういった雑務に関しては苦労を背負わされる、可哀想な副司令であった。
 

「碇、その事については既にシンジ君との間で合意が出来ているんだ。後はお前が・・・」

「何を言っているんだ冬月!
 合意も何も、レイにはこれからもやってもらわなくてはならない事が山程あるんだ。
 くだらん戯れ言につき合っている暇は無い」

「いや、だからな碇・・」

「父さん、母さんに知れたらどうするつもりなんだい」
 

 シンジと冬月との間に交わされた約束を反故にしようと、

 ゲンドウはもっともらしい文句を並べ立ててはいるが、

 彼の本心としては、万一ユイが戻らなかった場合、レイをその代わりに自分の妻にするという、

 いわゆる 『ヒカル源氏計画』 を、この期に及んでもまだあきらめていないという事を、

 シンジは素早く見抜き、すかさずその事を指摘する。

「も、問題無い。 ささ、先程も言ったがレイにはやってもらわなくてはならない事があるから・・・
 何だその目は・・・・ 私はあくまで司令として当然の事を言っているんであって、
 やましい事は何にも無い。本当だ」

 懸命に自らの正当性を訴えるゲンドウだが、あがけばあがく程墓穴を掘っていってるようだ。

 おまけにシンジはこういうゴタゴタは大好きなので、更にゲンドウを煽るようなセリフを口にする。
 

「もう、遅いよ父さん」

「何がだ?」

「レイは僕の事をちゃんと『お兄ちゃん』と呼んでくれたよ」

「何だと!」

「それを今更覆そうとしたらかえってレイに嫌われちゃうよ」

「シンジ、貴様」

 さすがに我慢がならなかったのか、勝ち誇るシンジに対しゲンドウは立ち上がると、

 その胸ぐらを掴み自分の方に引き寄せる。

 端で見ている冬月には、やっぱりこの2人は親子なんだと感じずにはいられなかったが、

 もう少し注意して見ると、息子であるシンジは余裕綽々なのに対して、

 父親であるゲンドウの方がムキになってくってかかっているのがわかってくる。
 

「碇、もうそれぐらいにせんか!」

「しかし冬月、こいつが、こいつが」

「碇!!」

「黙れ、これは身内の問題だ。他人が口を挟む筋合いのものじゃない!」

 冬月はこのままではいつまでたっても収集がつかないと判断し、

 日頃は理知的な彼にしては珍しく声を荒げ、何とかゲンドウを諌めようとしたのだが、

 かえって火に油を注ぐ結果となってしまう。

 しかしまさか最後のこの言葉が取り返しのつかない致命的なミスになるとは、

 ほぼ激高に近い状態にあるゲンドウが気づく筈もなかった。
 

「認めたね、父さん」

「何をだ?」

「たった今言ったじゃないか、『これは身内の問題だ』 って」

 するどい指摘にハッとなり、ゲンドウはシンジを掴まえていた手を離してしまう。

 己のしでかしたミスに思考が停止してしまったゲンドウに対し、

 シンジは乱れた襟元を直しながら、わざとらしく慇懃なお礼を述べる。

「ありがとう。父さんならわかってくれると思っていたんだ。
 僕の事はともかく、レイの事をとても大事に思っている父さんならね」

「ち、違う、そうじゃない・・・ あれは・・ そう・・ 単なる・・ 単なる言葉のアヤだ。
 そう、そうなんだシンジ。いいか私は決して認めた訳ではないからな」
 

 なおも食い下がるゲンドウに、相対するシンジの表情にもうんざりといったものが見て取れる。

 ここ迄往生際が悪いとは・・・ シンジは半ばあきれ、半ば感心しながらも

 イイ加減、この茶番に幕を下ろすために、妥協案を持ちかける事にした。

「わかったよ父さん。それじゃこうしよう。さっき父さんが言っていた、
『レイにやってもらわなくてはならない事』 については、出来るだけ協力する」

「後、戸籍の変更や住居の移転についても、しばらくの間は実施せず先送りする事にしておいて、
 とりあえず僕とレイが兄妹である事を、対外的に公表する。これで良いだろ!」

 ポン

「!?」

 冬月は尚も何かを言い募ろうとするゲンドウより先に、

 彼の肩に片手を乗せて、目を閉じたまま首を左右に振ってみせる。

「あきらめろ碇、シンジ君の言い分だと既にレイは彼の事を兄として認めているみたいだし、
 それなのにお前がそれを否定するような事をすればかえって混乱を招くだろう。
 それにシンジ君の提案通りならば、特にデメリットが生じる事も無い」

「しかし、冬月」

「・・・・・・・」

 コクリ
 

 無念さを滲ませながらも、切々と語りかける冬月の無言の訴えに、

 渋々とではあったが引き下がらざるをえなかったゲンドウは静かに頭を垂れた。

 シンジはそんな2人のやり取りを涼しい目で見ていたが、まるで追い討ちをかけるように、

 レイのお披露目に関する事をしゃあしゃあと冬月に依頼する。
 

「冬月先生、やっぱり父はレイの事を自分の口から”娘だ”と話すのは恥ずかしいみたいですね、
 どうでしょう、よろしければ先生の口からみんなに紹介してはもらえませんでしょうか?」

「私は別に構わんが・・・ 碇、それでいいな」

 ゲンドウはそんなシンジと冬月のやり取りを苦虫を噛み潰したような表情で見ていたが、

 今度は何とか我を抑える事に成功したようで、黙ったままであった。

「碇、どうなんだ」

「冬月・・・・ 後を頼む」

 断腸の思いで何とか言葉を絞り出すゲンドウ。

 この瞬間、綾波レイは正式に碇シンジの妹になる事が決定した。
 
 
 
 
 

 それからの冬月の行動は、やはりネルフにおける実務のbPである彼らしく、

 実にスピーディーだった。

 シンジと、既に自宅に戻っていたレイを急遽呼び出すと、

 2人を連れて発令所へと向かったのである。
 
 

「副司令、どうかされたんですか」

「ああ、ちょっとみんなに知らせたい事があってな」

 いつもは司令席から顔を覗かせる事はあっても、

 発令所の方に顔を出す事はめったにない冬月が姿を見せたのに最初に気づいたのは、

 その指揮下にある青葉だったのだが、彼もちょっと驚いたようで、声が多少上擦っている。

 この2人のやり取りに、他のスタッフも冬月が来た事に気づいたようで、後ろを振り返るが、

 シンジとレイが何故か一緒にいる事に、疑問と違和感を感じてしまう。

 因みに今現在発令所にいるのは、前述の青葉の他に日向とマヤのオペレーター3人衆、

 そして日頃はリツコの研究室に入り浸っているミサトも何故か姿を見せているが、

 逆にリツコの姿はここには無いようだ。
 

「あれ、シンちゃんにレイ、帰ったんじゃなかったの?」

「その事なんだが、葛城一尉、すまんが少し時間をもらえるかね」

 自分との訓練が終了した後、てっきり2人共帰ったものだと思っていたミサトは、

 2人が何故ここにいるのか疑問に思い、その事を尋ねようとするのだが、

 あいにく途中で冬月に遮られてしまう。

「はい、わかりました」

「他のみんなも、かまわんかな?」

「「「はい」」」

 全員の了解を得られた冬月は満足そうに1回うなずくと、

 事実であって事実で無い事をおもむろに話し始めた。
 

「実はシンジ君とレイなんだが、この2人が兄妹である事が判明したんだ」

「「「「は?」」」」

「私も詳しい事は碇から聞いていないのでよくわからないんだが、
 元々2人は2卵性双生児だったんだそうだが、やむを得ない事情があって、
 レイだけが養子に出されていたそうなんだ」

「碇はこの事を知っていたらしいが、2人が微妙な年齢である事を考えて今迄黙っていたんだが、
 このままお互いに何も知らない状態でいる事を不憫に感じたんだろう。
 今日になってこの事を2人に打ち明けたらしいんだ。

「無論、2人共司令の子だからどうこうという事ではない。
 只、シンジ君とレイの2人が兄妹だという事だけを心に留めて置いてほしい。
 10年間苦労してきたこの2人の事を」

「「「「はあ」」」」

 何となく狐につままれたような反応をする4人。

 もしも事前にある程度の根回しがされていたならば、逆に出来過ぎている内容に、

 疑問を抱く者が出てきたかもしれなかったが、余りにも唐突な話しに、

 現実感が無いように感じられたのか、表だって異を唱える者はいなかった。

 そして表面上は学校の時と同じように、数奇な運命を辿り、

 今日感動の再開をはたした筈の、この2人を皆が祝福するのであった。

「オメデトー!」

「オメデトー!」

「オメデトー!」

「オメデトー!」

「オメデトー!」

「オメデトー!」

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ

(え〜い、止めんか、コラ!)
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし2番目の使者は、学校においても、ネルフにおいても、

 魔界より遣わされし3人目の少年の、「妹」 として正式に認められた。
 
 

                                                         
 
 
 

 さらに上のレベルを目指し、より実戦に近い形式でのシミュレーションをシンジに強いるミサト。

 仲々うまくいかないシンジだったが、ミサトのアドバイスによりコツらしきものを掴みかける。

 使徒の襲来以来、久々に2年A組へ登校してきた少年は、シンジに己と対極する力を感じ取る。

 次回 問題無い  第15話 シンジ 修錬

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ