問題無い
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者の、圧倒的攻撃力の前に、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、まるでなす術を持っていなかった。
 
 
 
 
 

第4話 シンジ 謀略
 
 

 ゆっくりと開けられたシンジの目に、白い天井が飛び込んでくる。

 どうやら軽く寝てしまっていたらしい。

 肉体的にはどこも異常は感じられない。

 やはりエヴァへの初めての搭乗はかなり精神を疲弊させていたらしい。
 

 あたりを見回してみても人の気配は無く、

 白を基調にデザインされた部屋の真ん中にポツンとベッドが1つ。

 どうやらここは病室であるらしい。

 シンジはもう1度目を閉じると自分の、これまでわずか14年ではあるが、

 その半生の中で最もドラスティックに展開した今日1日の事を思い出していった。
 
 
 
 
 

 むさ苦しい男達が6人。

 お互いに 『お前らの顔なんぞ見たくない』 という表情をありありとさらけ出したまま、

 しかし相手にはその表情がわからないようにするためか、

 照明の落ちた部屋で向き合っている。

 ここはネルフの1室。6人の中に1人だけそのネルフの関係者が含まれている。
 

 正面から見ても、左90度から見ても、指名手配のよく似合う、首領?のゲンドウである。

 その他にもネルフには、秘密結社につきものの、マッドサイエンティスト、リツコ

 そしておよそヒーローには似つかわしくない。

 というよりも 「鬼」 と言った方がピッタリな、人造人間エヴァンゲリオン等がおり、

 これらの情景を見る限り、やっぱりネルフの正体は悪の秘密結社だと言うのがよくわかる。
 

 これから世界征服のための秘密会議でも始めるのだろうか?

 6人の内の1人が自分のセリフと同様、唐突に口を開いた。

「使徒再来か、あまりに唐突だな」

「15年前と同じだよ。災いは何の前触れも無く訪れるものだ」

「幸いとも言える。我々の先行投資が無駄にならなかった点においてはな」

「そいつはまだわからんよ。役に立たなければ無駄と同じだ」
 

 口を開いたゲンドウを除く他の5人の内4人は、

 やっぱりゲンドウの事を快くは思っていないらしく、セリフの1つ1つに、

『お前なんか嫌いだ! お前なんか嫌いだ! お前なんか嫌いだ! お前なんか嫌いだ!』

 という情感がはっきりと受け取れる。

 だがゲンドウはそれらに対し、全く反応せず平然と受け流す。

 こたえている様子は見受けられない。

 どうやらゲンドウはいじめられっ子ではなかったらしい。もしそうだったら逆にちょっと怖いが。
 

「左様。今や周知の事実となってしまった使徒の処置、情報操作、
 ネルフの運用は全て適切かつ迅速に処理してもらわんと困るよ」

「その件に関しては既に対処済みです。ご安心を」
 

 まとまりが全然感じられない4人の意見を何とか集約した、

「要望」 という形をとってはいるが実際には 「命令」 であるものに対し、

 ゲンドウは、もうこの手の事には慣れてしまっているのか、100点満点の解答を返した。
 
 
 
 
 

「発表はシナリオB−22か。またも事実は闇の中ね」

 ミサトがリモコンを片手に次々とチャンネルを切り替えている。

 それにしてもエヴァもシーンの切り替えが多くて、書いている方も大変だ。

(生意気言うな! ヘボなくせに)
 

 チャンネルの順番はやはり放映局に気を遣っているのか、

 テレビ○チュッ!が1番最初で、時間も他局に比べるとほんの少し長い。

 以下日○テレビ、フ○テレビ、T○S、N○KBSと続く。(どうした? テレビ○日)

 全く、視聴率調査会社からすれば困った視聴者だ。

 まあ尤も、どのチャンネルもやっている内容は全て同じだったので、

 ミサトだけではなく日本中の視聴者の内、かなりの数がミサトと同じ行動を取っていたが。
 

「でも、広報部の人たちは喜んでましたよ。やっと仕事が出来たって」

「うちもお気楽なもんね〜」

 全然仕事を手伝ってくれず、独り言を言うミサトに対し、

 皮肉のつもりだろうか、後方からマヤが声をかける。

 自分の尊敬するリツコはそれこそ寝る暇も無い程忙しいのに、

 同じ部長でありながらミサトの方は、

 広報部と同じように使徒が来る迄本当に仕事が無かったのである。

 しかもリツコがいない分、自分が懸命に働いているのにミサトが手伝ってくれる気配が全く無い。

 ついつい皮肉の一つも言いたくなったのだが・・・・やはりミサトに皮肉は通じなかったようである。

 それにしてもこういった調査の場合、

 責任者となって陣頭指揮を取る筈のリツコの姿が見えないのは、どうしたのであろうか。
 

 ともかく今ミサト達がいる場所は、

 何故こんなものが第三新東京市の真ん中にあるのかはわからないが、

 巨大なクレーター、その中央部に設営された1基のテントの中である。

 その中では何やら無骨なスーツ(何じゃこりゃ放射能防護服か?)に身を包んだミサトが、

 首にタオルを引っかけてうちわで扇いでいる。

 どう見ても独身の、しかも妙齢の美女が取るスタイルではない。これでは百年の恋も冷め・・・・・

余計なお世話よ!
 
 
 
 
 

「ま、その通りだな。しかし碇君、ネルフとエヴァ、もう少しうまく使えんのかね?」

「零号機に引き続き、君らが初陣で壊した初号機の修理代。国が1つ傾くよ」

「聞けばあのオモチャは君の息子に与えたそうではないか」

「人。時間。そして金。親子揃っていくら使ったら気が済むのかね?」

「それに君の仕事はこれだけではあるまい。”人類補完計画”これこそが君の急務だ」

「左様。その計画こそがこの絶望的状況下における唯一の希望なのだ。我々のね」

 場面は再び老人達の会議の場所に戻って来たのだが、

 相変わらずゲンドウに対する批判的な追求が続いているようだ。
 

 全く、女性の嫉妬というものはやっかいな事は確かだが、その反面可愛らしい面も持っている。

 それに対して男の愚痴の羅列というのは・・・・酔っぱらった時だけにしてもらいたい。

 このままでは話が進まないと判断したのか、

 ゲンドウの正面に位置する奇妙なバイザーをつけた老人が、

 場を纏めるためか、会議が始まってから初めて口を開く。

 6人の配置関係。そしてその貫禄からして、

 どうやらこの男こそがゲンドウを影であやつる秘密の大首領であるらしい。

(違うって。イイ加減そこから離れろ)
 

「いずれにせよ、使徒再来における計画スケジュールの遅延は認められん。
 予算については一考しよう」

「では後は委員会の仕事だ」

「碇君。ご苦労だったな」
 

 どうやらこの集まりは何かの委員会らしい。

 その中の委員の1人が最後にゲンドウに対しねぎらいの言葉をかけると同時に、

 ゲンドウとその正面に位置する議長役らしい老人を除いて、4人の姿が一斉に消え失せる。

 何の委員会かは知らぬが、やはりその中で扱っているのは、

 お天道さまに顔向け出来るような内容ではないらしい。
 

「碇! 後戻りは出来んぞ」

 捨てゼリフともとれるその言葉を議長役の老人が発した後、

 その老人の姿もゲンドウの前から消え去った。

 どうやらゲンドウを除く5人は立体映像だったらしい。
 

「わかっている。人間には時間が無いのだ!」

 全員が消え去り、1人取り残されたゲンドウが小さくつぶやく。

 みんながいなくなった後に1人こっそりとつぶやくなど、

 外見とはうらはらにいかにこの男が小心者であるかというのが良くわかる。
 
 
 
 
 

 キンコン

「どうぞ」

 シュッ

「失礼します」
 

 シンジは病室の呼び出し音に自分の思考を一時中断し、

 半身を起こすと入室の許可を口にする。

 自動ドアの圧縮空気音に続いて部屋に入って来たのは、

 いつも通り白衣を身に纏ったリツコなのだが、こうして見るとまるっきり女医さんに見える。
 

「起きていらしたんですか?」

「ああ」

「どこか具合が悪い所とかありませんか」

問題無い。それより検査の結果はどうだったんだ」
 

 サキエルとの闘いが終了した後、

 シンジは自分の足でエントリープラグから降りて来たのであるが、

 その足取りは重く、かなり疲労している事は明らかであった。

 しかしとりあえず無事生還したと言う事は、

 人類は種としての滅亡を当座免れた事は間違いないだろう。

 だがその喜びよりも、リツコにとってはシンジの体に対する心配の方が先に立ち、

 人類を滅亡から救った英雄のご帰還だというのに他者を全く寄せ付けず、

 彼に対し、検査のために入院するように強硬に主張したのである。

 シンジの方も自分の疲労の度合いは認識していたらしく、

 リツコの言い分におとなしく従ったのである。

 先程ミサト達が居た調査現場に彼女の姿が無かったのは、

 どうやらシンジの検査に付き従うためだったらしい。
 

「身体的にはどこも異常は認められませんでした。
 精神的な面も・・・多分初めての事でお疲れになったのでしょう」

「では、もう退院しても構わないな?」

「念のため、今日1日はこちらでお休みになった方がよろしいかと」

「・・・・・・わかった今日1日はおとなしくしていよう」

「そうしていただけると助かります」
 

 そう言い終えるとリツコはシンジに優しげな笑みを向ける。

 日頃の彼女を知るものが見れば、誰しもが驚いたであろう。

 クールビューティー。天才と呼ばれ、孤高を保たざるをえなかった彼女。

 それが故に彼女に与えられた笑みは、

 いわゆる 「氷の微笑」 と呼ばれる類の物しかなかった。

 しかしそんな彼女にも、こんな素敵な表情が出来たのだ。

 リツコさんに乾杯
 
 

 ところがそんな素敵な笑みを見せてくれたと思ったのも束の間、

 今度は一転して表情が曇り出す。

 シンジも雰囲気が変化した事に気づいたのか、リツコの方に向き直った。
 

「どうした?」

「いえ・・・・今後はどうなさるおつもりですか?」

「明日第二新東京市に帰る。そうだ! 切符の手配を頼む」

「そうですか・・・」

 益々沈んだ表情になっていくリツコ。

 できればシンジにはまたエヴァに乗って、というよりこのままここに残ってほしかったのだが・・・

 せっかく巡り会えたというのに、もうこれでシンジともお別れなのかと思うと、

 リツコは胸が締め付けられる思いであった。
 
 

 いや、自分にはもうシンジのいない生活など考えられない。

 自分程の知識と技能があれば、たとえどこに行っても働き口に困る事はないだろう。

 決めた! シンジについて行こう。

 そうリツコが悲壮な決意を固め、シンジにその事をうち明けようとした時だった。

 シンジの口から思いがけない言葉が語られる。
 

「荷物を纏めるのは1日あれば充分だろう。
 3日後にはまたここに戻って来るから、それまでに宿舎をどうするのか決めておいてくれ」

「え・・・・・・また戻ってきていただけるんですか?」

「そのつもりだ」

「・・・・・・・・ありがとうございます」

 深々と頭を下げるリツコ。その目には光るものも見受けられる。

 だが不意にある可能性に思い至り、やにわに頭を元に戻すとその事について質問する。

「宿舎につきましては、碇・・・司令と同居なさる。という事でよろしいのでしょうか?」
 

 確かに2人はこれまで第二新東京市と第三新東京市、

 お互いの生活基盤が別な場所だったため、別れて暮らして来たのだが、

 今後は同じ第三新東京市で暮らしていく事になる。

 となれば親子関係にある2人が同居するのは、ごく自然な事だと思われる。

 ところが聞かれたシンジの方は一瞬キョトンとしたが、次の瞬間には大声で笑い出してしまった。
 
 

 仲々笑いを止めないシンジに、

 リツコは何故か自分がとてつもなく恥ずかしい事を言ったような気がして顔を赤らめてしまう。

 そしてさすがに腹に据えかねたのか、シンジにくってかかる。
 

「もう〜シンジ様。イイ加減笑うのは止めてください」

「ハ、ハ、ハア〜〜。いや悪かった」

「そんなに私おかしな事を言いました?」

「いや、おかしくないよ。おかしく、おかし、ク、ク、ククク、・・・・・」
 
 

 しばらくしてからようやく立ち直ったシンジにリツコが再度念を押す。

「大丈夫ですか?」

「ああ、もう大丈夫だ!」

「それで、どうなんですか」

「自分としては一緒に暮らしてもかまわんが、多分父さんが拒否するだろう」

 シンジの言う事は正解だろう。何と言っても10年前ゲンドウはシンジを 「捨てた」 前科がある。

 あの顔とはうらはらに、感情をコントロールするのは苦手なのだ。
 

 その逆にシンジは一見すると美少年で、ひ弱なお坊ちゃんという感じだが、

 10年間たった1人で生き抜いてきたのだ。

 もしゲンドウが許可するのであれば、是非ゲンドウと一緒に暮らしたいと思うが、

 それが親に対しての思慕とか、愛情によるものではなく、

 むしろ 「おもしろそうだ」 というものであり、あまりいい趣味とは言えないだろう。

 こういった点を見るとやはりまだ少年なのかもしれない。
 
 

「そうですね・・・・あの・・・・それでしたら」

 リツコが言い出しにくそうにしている。珍しい。

「何か言いたい事があるのか?」

 シンジはリツコを促すが逡巡はまだ解けない。

 そこでシンジはリツコのために方程式を用意してやる事にした。
 

「宿舎について何か具体的なプランがあるんだろう? 言ってみろ!」

「あの・・・・私の所へいらっしゃいませんか?
 私は一応部長なので1人で暮らすには広すぎる所をもらっているので、
 もし・・・・シンジ様さえよろしければ」

「それにシンジ様は世界に3人しかいないエヴァのパイロット。当然ガードが付く事になります。
 お恥ずかしい話ですが、その方面のネルフの予算は決して潤沢ではありません。」

「つまりリツコと一緒に暮らせばガードを集中でき、守りやすくなる。おまけに予算も浮く」

「その通りです」
 

 危機管理と言う事を考えた場合、方法としては大きく分けて2つあるだろう。
 

 1つはリスクを分散させる方法。
 

 今回のケースに当てはめると、シンジ、リツコ、ゲンドウ、冬月、ミサト、レイなどの重要人物は、

 それぞれ別個の空間に居住させ、それぞれにガードをつける方法である。

 各個々人の安全性は低くなるが、万一の場合のダメージも低く抑える事が出来る。

 一方コストは高くなる。
 

 もう1つは安全性を高める方法である。
 

 重要人物をある程度まとまった空間に居住させ、ガードを集中させる方法である。

 これだと安全性は高められるが、万一の場合のダメージはどうしても高くなる。

 反面コストは低く抑えられる。
 

 どちらの方法も一長一短があり、ベストの選択をするのは不可能だろう。

 どちらがよりベターなのか?いずれにしろ判断に迷うところだ。
 
 

「確かに・・・・ここ(ネルフ)とは比べ物にならないだろうが、
 少ない予算の運用に苦労するのは、僕も生徒会役員をやっているのでよくわかる」

「それでは!」

「まあ待て・・・・1つ聞きたい事がある。レイの宿舎は現在どうなっているんだ?」

「レイは現在郊外のマンションに1人で住んでいます」

「1人でだと?」

「はい」
 

 突然シンジがレイの事について問い質してきたのだが、

 リツコは平然とそれに対して答えを返していた。

 これがもし、相手がシンジでなくゲンドウだったら一悶着あっただろう。
 

『やっぱり碇(六分儀)家の人間というのは、
 碇ユイのDNAを持った人物に惹かれてしまうのかしら?
 自分と母が碇(六分儀)家の人間に惹かれるように・・・だとしたらしょうがないわね。』

 そう達観させられるだけの物をシンジは持っているのである。

 リツコは、自分にとってのシンジの存在の大きさを再認識し、

 今後はその近くにいられる事の喜びを噛みしめていった。
 

 幸せそうなリツコとは対照的に、シンジの表情はやや険しくなってきた。

 それにつれて、雰囲気も段々と重くなっていく。

 リツコも遅まきながらその様子に気づき、心配そうに事態の推移を見守っていると、

 やがてリツコの耳に何やら小さな話し声が聞こえてくるではないか。

 何だろうと耳をそばだてて見ると、シンジが小声で何かを話しており、

 リツコはもっとよく聞き取るためシンジへと顔を近づけていった。
 

この部屋の監視システムはどうなっているんだ

 驚いてシンジの顔をよくよく眺めるリツコ。みると口元に『碇スマイル』が浮かんでいる。

 シンジが急に小声になったのは、もしや具合が悪くなったのではと危惧していたリツコは、

 ホッと安堵のため息を一つつくと、シンジの質問に答え始めた。
 

「私の権限で全てカットしてあります。復旧するためには私のIDとパスワードが必要になります。
 尤も、司令と副司令は私より上位のコードを持っていますので、
 あの2人ならば解除は可能ですが」

そうか、ならば普通に話しても問題無いな?

「ええ」

「さっきの話の続きになるが、何故レイは1人にされてるんだ」

「それは・・・・」

 シンジは再度質問を繰り返したのだが、何故かリツコはその質問に対し言い淀んでしまう。

 そんなリツコの胸中を察したのか、シンジは自らの考えを口にする。
 

「大体察しはついている。父さんだな?」

「え・・・ええ、その通りです」

 それを聞くとシンジは何か考え込んでしまった。

 いったい何を? リツコはシンジの真剣な表情に口を挟めぬまま、

 口を開いてくれるのをジッと待つ事にした。
 

「リツコ」

「はい」

「お前はレイと同居しろ。僕はミサトと同居する」

「え・・・・・?」

 リツコは、突然意外な名前が出現した事に驚いてしまった。

 どうして自分はレイと同居してシンジはミサトと同居すると言うのだろうか?

 シンジの真意を確かめようと再びリツコは口を開こうとしたが、

 それより早くシンジの口から理由が語られた。
 

「まず第一に僕とリツコだけが同居し、レイはそのまま1人、と言う状態にはしておけないということ」

「次に、じゃあレイは誰と同居させれば良いのか?
 おそらく父さんが唯一許可を出す可能性のある人物・・」

 シンジはそこで一旦言葉を切り、リツコの方を見る。

 某作戦部長とは違いカンのいい、くじ運もいいリツコは、

 シンジの言いたい事をすぐさま理解した。
 

 自分の提案では同じエヴァのパイロットであるシンジとレイを明らかに差別する事になる。

 従って、レイも同じ条件にするには誰かの保護下に置く必要があるのだが、

 そのためにはゲンドウの許可が必要となる。

 そしておそらく、ゲンドウが許可を出す可能性の有る唯一の人物。

 といえば当然自分しかいない。

『本当は自分(ゲンドウ)が一番一緒に住みたいでしょうけど、さすがにそれは問題が有るものね』
 

 逆に残されたシンジはどうなるか?

 この第三新東京市において、

 既にシンジと面通しが済んでいて、自分と同等の権限を持った人物。

 無論これ以外にも、男性同士という事で冬月、青葉、日向という線も考えられなくもないが、

 冬月の場合、本来親子関係にある司令のゲンドウとシンジが同居しないというのに、

 副司令がしゃしゃり出る様な形になってしまい不自然だし、

 青葉と日向では年齢が若過ぎるだろう。

 となると残された選択肢は・・・・・・
 

「でも・・・」

「もちろんベストとは言わん。だが現時点ではこれがよりベターな選択だと思うが?」

 がっくりと肩を落とすリツコ。やはりシンジとの同居というのは夢物語だったらしい。

「そんな顔するな。リツコとミサトは部長同士なんだし、用事を作ってちょくちょく遊びにくればいい。
 もちろん僕も機会を見つけてはそちらへ顔をだすよ」

 そう言ってシンジはリツコを慰めるのだが、

 彼の本心はどちらの女性に会いたがっているのだろうか?
 

「わかりました。それでは以上でよろしいでしょうか?」

「・・・僕の事以外に、この後何か特別な用事は?」

「いえ、特に。何か?」

 リツコは、シンジから依頼された事を処理するためにこの場を去ろうとしたのだが、

 シンジにはまだ何か話があるのだろうか、今後の予定をリツコに尋ねる。
 

「それじゃ、この事を処理するのは後でもいいよ。
 それより、後・・そうだな1時間半程、僕につきあってもらうよ」

「それはかまいませんが、どういったご用件でしょうか?」

「・・・・・・・」

 シンジからの返事が無い。
 

 不審に思ったリツコがもう一度シンジの顔を良く眺めると、

 シンジは例のごとく口元に『碇スマイル』を浮かべたまま、ジッとリツコの事を見据えている。
 
 

 蛇に睨まれたカエルの様に、あるいわ蜘蛛の巣に捕えられた蝶のように全く動けなくなるリツコ。

 やがてその肩から白衣が滑り落ちていったのは、ほんの少し後の事である。
 
 
 
 
 

 碇 シンジ ・・・・ やはり魔界より遣わされし少年である。
 
 
 
 
 

「イイわよ〜、とても(はあと)。あなたのお父さんに似ず、とても器用なのネ」

「器用って何がですか?」

「イかせる事が」

(大馬鹿者!!)
 
 
 
 
 
 

「やっぱクーラーは人類の至宝、まさに科学の勝利ね!」

 調査が終了したのだろう。ネルフへと引き上げる大型トレーラーの運転席

(だと思うがハンドルが無いので何とも言えない)

 らしき所で、先程のうちわがこたえたのか、ミサトが科学への賛美を口にする。

 その姿はタンクトップ1枚であり、仲々扇情的だ。
 

「変ですね?」

「どったの?」

「繋がらないんです。先輩と」

 ミサトの脇に座っていたマヤが、受話器を右手に持ちながらミサトの方に向き直る。

 どうやらリツコへ電話をかけようとしているが繋がらないらしい。
 

「え、でも病院内じゃ携帯の使用は御法度でしょ?」

「ええ、ですからオンラインの方に繋いでもらってるんです。それでさっき確認したら、
 まだシンジ君の病室に居る筈だって言われたんで、そちらにかけてるんですけど」

 話し中というのではなく、呼び出し音はなっているのだが出る気配が無いらしい。

 仮に電話がかかるのと入れ替わる様にリツコが部屋を出たのだとしても、

 シンジは残っている筈なのだが。

 何回コールしただろうか、さすがにあきらめて受話器を置こうとする寸前、

 マヤの耳にシンジの声が飛び込んできた。
 

「僕だ!」

「え!あの」

「ああ失礼。シンジだ」

 常日頃の癖がつい出てしまったのだろう。

 尊大さを全く隠さないシンジの口調に、マヤは対応不可能になってしまう。

 だがすぐさま自分のミスに気づいたシンジは、次の瞬間には己の言動を訂正したため、

 マヤはどうにか次のセリフを絞り出す事が出来た。
 

「あ、シンジ君。初めまして私オペレーターをしてます伊吹マヤといいます」

「碇シンジだ。よろしく」

 普段のマヤならこんな無礼な応対をする少年に対しては怒りを感じていた筈だ。

 しかも初めてエヴァに搭乗した際の、

 自分が尊敬する赤木リツコ博士に対するシンジの傍若無人な態度は到底許せる物ではない。
 

 だが、今初めてシンジと直接言葉を交わしたマヤの胸の内に湧き上がってきたのは、

 怒りではなくこれは・・・ なんだろう とにかく怖くて恐ろしい、いいしえぬ恐怖であった。

 だがその一方で、抗いがたい魅力も感じているのである。

 もし彼に乞われたならば、喜んで己が身を捧げてしまいそうな、

 それ程迄に、この碇シンジという少年は自分を惹きつけて止まないのだ。

 マヤは受話器を握り締めたまま、次に何を話して良いのかわからなくなってしまい、

 すっかり固まってしまっていた。
 

「もしもし?」

 すっかり間が開いてしまい、不審に思ったシンジがマヤに問いかける。

 マヤは受話器より漏れ出てきたシンジの言葉により、呪縛から解放されると、

 何とか用件を思いだし、シンジに問いかける事が出来た。
 

「あの、そこに先ぱ・・・赤木リツコ博士はいませんか?」

「リツコならもうイッてしまった」

「あ、そう・・・ですか」

 今後の事についてリツコに2、3、確認したい点があったマヤだがいないのならばしょうがない。

 どうしようかと思案していると、シンジの方から解決策を提案してきた。
 

「目が覚めたらこちらから連絡するように伝えておくよ」

「目が・・・・? あ、それじゃ、お願いしていいかしら?」

「かまわん。電話番号は?」

「赤木博士なら知ってる筈だから」

「わかった」
 

 ガチャ

 シンジとの話を終えたマヤは、受話器を元に戻すのだが何となく釈然としない。

 お互いの意志は伝わった筈なのだが、シンジとの会話が今一つ噛み合っていなかったような、

 そんな違和感を感じたマヤであったが、約1時間半後、

 何故かとても上機嫌なリツコからかかってきた電話によって、全てを綺麗に忘れてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「よろしいのですね同居でなくて」

「碇達にとってはお互いにいない生活が当たり前なのだよ」

「むしろ一緒にいる方が不自然! ですか?」

 明けて翌日。副司令室においてリツコに伝えられたシンジの宿舎は、やはり予想通りであった。

 成る程、さすがシンジの読みは正確だ。

 あのこわもてゲンドウがシンジから逃げ回っているのかと思うと、リツコは笑い出しそうになったが、

 何とかそれを抑えると、シンジの計画を成就させるための提案を冬月に対して行った。
 

「副司令、私から1つ提案があるのですが」

「何だね? 言ってみたまえ」

『さあここからよリツコ。シンジ様と私との明るい家族計画のために』

 気合いが入り過ぎて、とんでもない事を考えるリツコ。

 この時の彼女はいつにも増して弁舌も、そして何故かお肌の艶も滑らかだったと・・・・・

大きなお世話よ!
 
 
 
 
 

「何ですって!」

「だから〜、シンジ君はあなたと同居させる事にしたから。上の許可もとったし、
 別に心配してないわよ。あなたがシンジ君に手を出す訳ないし」

『その逆はあるかもしれないけどネ』
 

あ、当たり前じゃない。全く何考えてんのよリツコ・・・・・・・・・」

『冗談じゃないわよ。何であんなくそガキと〜         (でも、チョッチイイかも)

 ミサトの絶叫に思わず耳から受話器を離すリツコ。 だがこれがいけなかった。

 自分の同好の士(まてや コラ!)であり、まして10年来のつきあいのあるミサトの事である。

 ミサト自身、自覚はしていなかったのだが、他人であるリツコが話せば、

 後半の雰囲気から何となく 「あぶないな」 という事を感じ取れたのであろうが、

 あいにくその時点では既にミサトの声は聞こえなくなってしまっていたのである。
 

 とにかくあの後レイと自分、シンジとミサトの同居をゲンドウまで承認させたリツコは、

 その事をミサトに告げたのである。

 しかし表面上だけではあるのだが、当然ミサトの方は収まらない。

 とはいえ、もう既に決まった事だ。ミサトには呑んでもらうしかなく、

 リツコは受話器を再び顔に近づけると、ミサトに対する懐柔を開始した。

「いいミサト、これ迄とは違い実際に使徒が来襲した事によって、
 エヴァのパイロットの重要度は比べ物にならない位に上昇したのよ。
 となれば彼らのガードを強固にするのは当然。
 とはいってもうちの保安部の予算と人数では心許ない。
 そこでシンジ君と直属の上司になるあなたを同居させ、
 集中してガードする事によって安全率を上げる。
 それがこの同居の意味なの。わかるわね?」

「でも〜 う〜 そ〜それじゃレイはどうなるのよ。レイは?」

「レイは私と同居する事になったわ」

「・・・・・・・・・・」

 ミサトの反撃を封じるために一気にまくし立てるリツコ。

 一方ミサトは、乏しい反論材料の中からやっと一つを見つけて反撃を開始するが、

 あえなく撃沈されてしまう。
 

「ね〜リツコ〜何とかならない?」

「ならないわよ。いい加減あきらめたら?」

「そうだ!! ねえとっかえっこしましょ。
 私がレイを預かるから、あなたはシンジ君を預かるって事でどう?」

 我ながらいい考えだとミサトは思った。

 まあレイが扱いづらい事は確かだが、これまで表立って自分に反論した事は無く、

 とりあえず自分の指示には素直に従ってくれている。

 シンジに比べれば百万倍はマシだと思われた。

 おまけにリツコはシンジの事を最上級に気に入っているようなので、

 リツコもこの提案には乗ってくると思ったのだが。
 

「何言ってるの! いい!! 私は一応レイの保護者になっているのよ。
 それなのにあなたに任せたりしたら、それこそおかしな話よ。保護者失格だわ」

 ミサトの提案は当然至極リツコにも魅力的であり、

 個人的にはO.Kを出したいのはやまやまだったが、ゲンドウからの許可が下りる訳がない。

 シンジはその点も見抜いて今回の計画を提案したのだから。
 

「あきらめなさいミサト。今回は許可という形を取っているけど、
 いよいよとなれば命令という形に置き換えてもいいのよ!」

 ミサトに対し死刑を宣告するリツコ。所詮舌戦でミサトがリツコに勝てる筈がなかったのだ。

 がっくりとうなだれるミサト、だが赤木裁判長の判決文の朗読はまだ終わっていなかった。

「それからシンジ君だけど、あさっての15時25分に第三新東京駅に到着する予定だから、
 あなたが迎えに行ってね」

「チョット勘弁してよ〜」

「よくそんな事が言えるわね。
 シンジ君が最初に第三新東京市に来た際に、自分が迎えに行くと言っておきながら、
 その事をすっかり忘れていたのはどこのどなただったかしら?」
 

 どうやら情状酌量の余地も全く無いらしい。

 ミサトは、自分の両脇を係官に支えられて退廷させられる被告人の気持ちが、

 理解出来たような気がしていた。
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者が、第三新東京市に刻んだ爪痕の残る中、

 魔界より遣わされし3人目の少年は、三度その土を踏む事となった。
 
 

                                                         
 
 

 第三新東京市に三度戻ってきたシンジ、
 彼との同居を今だ納得出来ないミサトは、彼に出ていってもらおうと様々な陰謀を画策する。

 だがそんなミサトの計画は、リツコによりすっかり見抜かれていた。

 ペンペンとの触れ合いに心和んだシンジは、ミサトに己の真実(本当)の姿をさらけ出す。

 次回 問題無い  第5話 シンジ 帰還

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ

(何だか怒るのが馬鹿らしくなってきた)