問題無い
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者が、ネルフに到達せんとする少し前。

 魔界より遣わされし3人目の少年が、ついにネルフの面々に、初めてその姿を晒す事となった。
 
 
 
 
 

第2話 シンジ 到着
 
 

「ミサト朗報よ!」

「え、何が?」

「シンジ君。到着したそうよ」

「見つかったの!?」

「今、南ゲートにいるそうよ」

 2人の間に立ち込めていた重い重い空気が一瞬にして霧散していく。

 その表情は先程迄とはまるで比べ物にならない。

 いや、ミサトが本部に異動してきてから2人のこんな晴れやかな顔は初めてである。

 シンジに会えるという事は2人にとってはそれほど大切な事だったのである。

 そう人類の滅亡よりも。

(コラコラ)
 

「じゃシンジ君の事迎えに行って来るわ」

「待ちなさい、ミサト」

「あによ、どうかしたのリツコ」

「あなた、どこへ行くつもりなの?」

「どこって、決まってるでしょ〜。南ゲートよ」

 自分の行き先を確かめるリツコに対しミサトは、

『なんでわざわざそんな事を聞くのか?』 といった感じで答えを返す。

 あまりにも至極当然なその答えからは、別に問題になるような点は感じられないのだが、

 リツコには何か、特別憂慮しなければならない事でもあるのだろうか?
 

「南ゲート迄はどのルートを、どう通っていけば良いのか、わかってる?」

「う゛」

 成る程、どうやらリツコの懸念は的中していたようで、その急所をしっかり押さえられたツッコミに、

 ミサトは当然ながら二の句を繋ぐ事は出来なかった。

「全く、しょうがないわね」

 リツコはそう言いながら軽く溜息をつくと、受話器を上げどこかにダイアルをし始めた。
 
 

「保安部についていってもらう事にしたわ。3号エレベーターの前で待ってるそうよ」

「うう・・・ すいません。そ、それじゃ」

「あ、待って」

 リツコの的確な対応に、きまりの悪さを感じたミサトはそそくさとこの場を立ち去ろうとしたのだが、

 そんな彼女を再びリツコが呼び止める。

「エレベーター迄ちゃんと迷わず行ける? 地図書いてあげましょうか?」

「リツコ! あんた私の事馬鹿にしてるでしょ」

「冗談よ。シンジ君によろしくね」

 あながちそうとも思えなかったが、そう言ってリツコはミサトを送り出した。

 一方送られたミサトの方は、最初のうちこそ憮然とした表情を見せていたが、

 やはりシンジに会えるという事が嬉しかったのだろう、その表情も徐々に戻り始め、

 南ゲートに続くフロアにエレベーターから降り立った時点での彼女の表情は、

 まさに 「満面の笑み」 というものに彩られていた。
 
 
 
 
 

「え〜と。あなたが碇シンジ君ね? 私が葛城ミサトよ。よろしくね(はあと)」

「初めまして碇シンジといいます。よろしくお願いします。」

 シンジのような美少年が、好み120%なミサトは精一杯の愛想を向けて挨拶を行うが、

 それに対してシンジの方は、例によって無表情で儀礼的な返事を返すのみである。

 しかしミサトはそんなシンジの態度を何ら気にする事はなく、

『きれいなお姉さんに会えて緊張してるのね。大丈夫よ。
 お姉さんが手とり足とりあんな事やこんな事をやさしく・・・ジュルジュルジュル』

 などと自らの想像力(というよりこれはもう妄想だ)をフル稼動させていた。

「葛城さん?」

「へ??・・・あ!・・まあ固い事は抜きにして、
 チョッチ急いで頼みたい事があるんで、あたしについてきてくれない?」

「どんな用事ですか?」

「現場についたら話すわ。だからお願い」

「葛城さん!」

「ミサトでいいわよん(はあと)」

「ではミサト。僕はここに来る前に父に何故ここに来なければならないのか理由を聞いたんだが、
 返ってきたのは理由はここについたら教えるというものだった。」

「そして今また、理由は後で教えるから自分についてきてくれという。
 いったいネルフという組織は人にものを頼むということをどのように考えているんだ?」

「・・・・・あなたの言うことは尤もだわ。でも今は時間が無いの。
 お願い私についてきてちょ〜だい。このと〜り」

 不機嫌さをわざと顕わにし、シンジがミサトにツッコミを入れる。

 当のミサトは反論せず、というよりまだ半ば妄想から覚めていなかったため、

 両掌を顔の前で併せ 「お願い!」 のポーズだ。
 

 シンジはそんなミサトを冷ややかに眺めていたが、

 このままでは埒が開かないと判断したのか承諾の言葉を告げる。

「ま、いいだろう。つきあおう」

「ありがと〜。じゃ、こっちよ」

『むう。顔はカワイイのに態度は何て憎々しいのかしら。このガキャ〜』

 さすがにここまで来るとシンジの性格がわかり始めてきたのか、

 ありがとうと言いつつミサトの顔は引きつっている。

 実際シンジの事をどう思っているのかバレバレであった。
 
 
 
 
 

「例の男の子ね」

 ケージへと向かうエレベーターの中、ミサトと合流したリツコがシンジの事を問い質す。

「そう。マルドゥックの報告書によるサードチルドレン」

「よろしくね」

 リツコはミサトから目線を外し、それをシンジに向けながら挨拶する。

 刹那。それに気づいたのかシンジはリツコの視線を正面から受け止め、

 例のゲンドウ、いやこうなるともう『碇スマイル』というべきか、を浮かべながら答える。

「よろしく」

 リツコの全身を衝撃が走る。

「これまた父親そっくりなのよ〜! 可愛げのない所とかね〜」

 ミサトはここぞとばかりにシンジのことをこきおろす。

(目の前に本人がいるんだから少しは考えてしゃべれよ)
 

 だがリツコは最早、ミサトの言葉など聞いてはいなかった。

 視線がシンジに固定されてしまい、全く動かす事が出来ない。

『ああ・・・私は・・このかたに仕えるために生まれてきたのかもしれない。
 ・・・いえ、生まれてきたんだわ』

 己の天命にたった今気づいた。いや気づかされたリツコであった。
 
 
 
 
 

「碇!碇!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 再び向こうの世界へ行ってしまったゲンドウを何とか司令室まで連れ帰った冬月は、

 懸命の蘇生措置を続けていた。

 無論マウス・トウー・マウスはしていない。

(気持ち悪いぞ)
 

「碇、シンジ君が見つかった。今ケージに向かっているそうだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・(キラリ)」

 ゲンドウの目の奥に光が戻ってくる。

(こいつはエヴァか!)
 

「では後を頼む」

 どこかのオーナインシステムなどとは、全く比較にならない高い起動確率を誇るゲンドウは、

 そう告げると座席からやにわに立ち上がった。
 

 だがその足元はふらついており、どうもたよりない。シンクロ率が低いのだろうか?

「碇、今は歩く事を考えろ」

 冬月の言葉が届いたのか、ゲンドウはゆっくりと右足を繰り出した。

「歩いた」

 感動した口調で冬月が・・

(イイ加減にしろ!)
 
 
 
 
 

 ゲートが閉じ一瞬真っ暗になった室内に明かりが点灯すると、

 シンジの正面に例の紫色の 「鬼」 が現れ出た。

「顔?巨大ロボット?」

『いや、これは・・確か・』
 

「人の造り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン、その初号機。
 建造は極秘裏に行われた。我々人類の最後の切り札よ」

 一気にまくし立てるリツコ。

 その口調はとても嬉しそう、というより自分の言葉に酔っている感じすら受ける。

 まさに 「科学者として一世一代の見せ場」 といった所か。
 

 そんなシンジ達3人を見下ろす位置からゲンドウが声をかける。

 右手はポケットに突っ込んだままだ。

(態度悪いぞ)

「久しぶりだな」

 当然シンジに向けた言葉なのだろう。

 だが当のシンジはゲンドウの言葉には一切反応せず、

 ひたすら目の前のエヴァ初号機を注視していた。
 

 息子に無視された形となったゲンドウは瞬間肩を落としかけたが、

 気を取り直すと例の『碇スマイル』を浮かべながら、

 作戦開始の言葉とは思えないほどの小声でボソッとつぶやいた。

「出撃」

「出撃? 零号機は凍結中でしょ!・・・・まさか!? 初号機を使うつもりなの?」

「他に・・・道は・・・ないわ」

 ゲンドウとミサトのやりとりに、さすがに我に返ったリツコが言葉の補足にかかる。

 だがシンジの事を気にしてか、やはりその口調には迷いが見受けられる。

「やっぱり・・・それしかないの?」

 ミサトの問いに対しリツコは無言で頷くと、再び視線をシンジの方に向けて言い放った。

「碇シンジ・・・君。あなた・・・が乗るのよ」

 自分が仕えるべき主人に対し、どうしてもためらいがちになるリツコの口調。

 だが指名された当のシンジは、この期におよんでもまだエヴァを見続けていた。

 

『そうだ! こいつだ!! 間違いない!!!』

 

 周りの喧噪に対し、シンジがそれまで全く無反応だったのは、

 彼が自分の全神経を集中して記憶の糸をたぐり寄せていたためだった。

 そう10年前のあの日。母が自分の目の前で消え去ったあの瞬間。

 どうして今まで忘れていたのか? こんな大事な事をどうして?

 シンジは己の迂闊さに歯噛みするしかなかった。
 

 たが、母親の事を忘れていたからといって、誰もシンジの事を責める事は出来ないだろう。

 幼き子供にとって母親の存在は、「絶対」 に限り無く近いものが有り、それが奪われた時、

 そのつらさを忘れるために自らの記憶を封じるのは、自己防衛上やむを得ない事である。
 
 

 10年前何があったのか?・・・・・・

 いったいこのエヴァとは何なのか?・・・・

 そして今、いったい何が起きているのか?・・・・

 シンジは、疑問、質問、それらが頭の中をぐるぐると回り、

 気持ちを整理する事が非常に困難な状態にあったが、何とかそれらの気持ちを抑えると、

 自分がここに来る前から持っていた唯一の質問をゲンドウにぶつける事にした。
 

「父さん。何故呼んだ?」

「お前の考えている通りだ」

 その言葉を聞いた瞬間シンジは思わず笑い出しそうになった。

 何故ならゲンドウのいう 「自分の考え」 に対し、

 実際の 「自分の考え」 とはおそらく100%違っているからである。
 

「重要な事だ。電話では話せない。こちらに来たら教える」
 

 自分がこちらに来る前、その理由についてゲンドウはこう答えて回答を引き延ばしている。

 シンジの 「質問」 そして 「考え」 はその時点に戻った、

 つまり目の前のエヴァも含めて全てが白紙の状態なのである。
 

 それに対してゲンドウが考えているのは、このエヴァに関する事であろう。

 何とか笑い出すのを抑える事に成功はしたが、

 口元には例のごとく『碇スマイル』が浮かんでいる。
 

 シンジは、敢えておもしろそうだとゲンドウの言葉に乗ってみる事にした。

(やっぱり性格悪いわコイツ)

「こちらに向かってくる途中で爆発に巻き込まれたが、あれはいったいなんだ?」

「使徒と呼ばれる謎の巨大生物がこちらに向っている。」

「じゃあ、僕がこれに乗って・・・・その使徒とかいう物とでも戦えっていうのか?」

「そうだ」

「無理だ! 出来る訳がない」

「乗るなら早くしろ。でなければ帰れ」

「わかった。しばらくしたら帰らせてもらおう」

(オイオイ待ってくれ。それじゃ話が終わっちゃうよ)
 
 

 シンジのこの言葉を聞いて焦ったのはリツコである。

『そんな、あなたがいなくなったら私は・・・』

「シンジ君。時間がないわ」

 何とかシンジに思い直してもらおうと思うのだが、うまい言葉が見つからない。

 それに対してミサトの方は、冷酷な言葉を投げつける。

「乗りなさい」

「ことわる」

 作戦部長という彼女の立場からすれば、とにかくパイロットがいない事には話にならない。

 だが実際は、『この生意気なガキが嫌がっているのならば、何としても乗せてやりたい』

 という嗜虐心の方が大部分を占めていた。

 そんなミサトの本心を知ってか知らずか、即座に拒否の姿勢を露わにするシンジ。
 

「シンジ君。何のためにここに来たの? 駄目よ逃げちゃ! お父さんから、何よりも自分から」

 鞭が駄目だとわかると、即座に飴に切り替えるミサト。

 ここら辺はさすがにこの年齢でネルフの作戦部長をしているだけの事はある。

「無理な物は無理だ・・」

 あくまでも拒否の姿勢を崩さないシンジ。

 口調は厳しいが口元は相変わらず『碇スマイル』のままだ。
 
 

 さすがにこれ以上の説得は無理と判断したミサトは、

 シンジに合わせかがんでいた態勢を元に戻すと、視線をリツコへと移す。

 対するリツコの心は千々に乱れていた。何かシンジに対し声をかけてやりたい。だが・・・・・・
 

「冬月!・・レイとコンタクトしてくれ」

「しかし、レイの起動試験は先程失敗したばかりだぞ?」

「予備が使えなくなった。仕方がない」

「わかった」
 

 この間シンジの表情をジッと眺めていたリツコは奇妙な事に気づいていた。

 シンジの口元が微妙に歪んでいるのである。

 他のものが見たら悔しさをこらえているようにも見えただろうが、

 リツコには何故かそうでない事がわかった。

『シンジ・・・・様。笑っている。何故・・・・』

 だがいつまでもこうしているわけにもいかない。

 リツコは決心すると、ほんのわずかに顔をしかめてシンジから視線をはずした後、

 ゲンドウに向かって言い放った。
 

「指令、技術部長として純粋に技術的観点から意見があります」

「何だ?」

「現時点においては、 「レイによって初号機が起動するのは不可能」 としか言えません。
 従って再度初号機の起動試験を実施するのは取り止めていただき、
 代わりに零号機の凍結を解除して頂きたいのですが」

「何とかならんのか?」

 不機嫌さを隠そうともせずゲンドウが返す。

 無論最終的な判断はゲンドウに帰するのだが、

 ことが技術的な問題となれば、いかなゲンドウといえど無理は言えない。
 

「時間的な事も考えますと、今は零号機を凍結解除した方が確率は高いかと」

 さすがにこうまで言われるとゲンドウとしても返事に窮する。

 だが事態は、意外な所から意外な転がりを見せ始める。
 

 シンジ達がやって来たのと反対側の方角から、

 1人の少女がシンジ達の方向に向かって歩いてきたのだ。

 髪の色は・・・・蒼銀、とでもいうのだろうか?

 プラチナブロンドに、ほんの少し蒼みがかったその髪は、

 少女の神秘的な雰囲気をより一層盛り立てている。
 

 さらにその瞳・・・・ブラッディアイ、

 透き通って向こう側が見えるのではないかと思える程の白い肌、

 そして身に纏っている白のボディスーツ、

 それらが相まって 「妖精の化身」 と言われても信じてしまいそうだ。
 

 少女のボディスーツからは全身のラインがくっきりと現れており、

 それを見る限り小柄で華奢な体つきではあるが、なかなかのプロポーションであると言えよう。

 オールヌードより、むしろなまめかしいエロチシズムが感じられる。

 ただ包帯を巻いていないのは、その方面のファンからすればマイナスポイントか?

(やめろって。アブネーぞ)
 
 

 少女は周囲の状況などまるで気にした風でもなく、つかつかと歩み続けてきた。

 そのままシンジの脇を通過しようとした瞬間の事である、

 シンジの視線に気づいたのであろうか?

 ピタリと立ち止まり、自分の左側に位置するシンジに顔をむけた。

「アナタ、誰?」

「僕はシンジ、碇シンジだ! 君は?」

「私はレイ、綾波レイ」

 ここへ来る途中、保安部の連中と相対した時とは全く異なり、素直にレイの質問に答えるシンジ。

 実際彼は、レイの質問に対し、ごく自然に応対した自分に驚いていた。
 

 レイの胸中もシンジとほぼ同じようなものであった。

 彼女はこれまで人に対して 「質問」 というものをした事がなく、

 その雰囲気を含めた外見と同じように、

 人から、特にゲンドウからの命令のままに生きてきたのである。そう、まさに人形のように!

 その自分が何故か今、目の前にいる少年に興味を引かれている。

 尤もレイ自身は 「興味を持つ」 という事に関してわかっていなかったが。
 

『この子はいったい何だ? 間違いなく産まれて初めて会ったはずなのに、以前どこかで・・・』

『この感じは何? 碇? 司令と同じ名字 司令の関係者? でも・・・なつかしい・・・』
 
 

 最初に二言・三言言葉をかわした後、

 まるで時間が止まってしまったかと思われるように、身じろぎ一つしない2人。

 周りの情景が田園であれば、さしずめミレーの絵画のごとしであり、

 周囲の人間はこの2人の状況の異様さにあっけに取られてしまっていた。
 
 

 そんな中、リツコは自分の気持ちが意外な程平静な事にかえって驚いていた。

 ゲンドウの事を特別好きだというわけではなかったが、

 自分と特定の関係にある男が他の女の事を気にかけるというのは、やはり女として気分が悪い。

 まして自分に相当な自信を持っており、プライドの高いリツコとしては当然の事であった。
 

 ところがシンジを相手にするとそういった感情が全く起こってこない。

 これはレイと自分との間にはさまったシンジの存在があまりにも大きすぎて、

 向こう側にいるはずのレイの存在が隠されてしまったためであろう。
 
 

 どれほどそうした時間が経過したであろうか、

 おそらく使徒の攻撃だと思われるが、ふいにケージが震動に包まれる。

 我に返ったゲンドウが、シンジとレイのただならぬ雰囲気に、

 顔面いや、もう体全体をガラスにへばりつける。つぶれた顔が気持ち悪い。

「シンジ(やつ)め、レイ(ここ)に気づいたか」

 と本心の方を声に出してしゃべっていたが、

 幸い顔面が醜く歪んでいたため何を言っているのか全くわからなかった。
 

 それでも動く様子が見られない2人。

 だが何度目だろうか?

 一際大きな震動が来たと思った次の瞬間、2人に向って器材が落下してくる。

 思わず目を閉じるリツコとミサト、一層ガラスにへばりつくゲンドウ、

 漫画やアニメならばそのまま人型が抜けてくるのではないかと思われる程の圧力だ。
 

 やがて恐る恐る目を開けたリツコはシンジの無事な姿に安堵する。

 と同時に、シンジとレイの2人に覆いかぶさるように突き出された巨大な手に気づく。

「まさか! ありえないわ!! エントリープラグも挿入していないのに動くはずないわ!!!」

「インターフェイスも無しに反応している。というより守ったの?彼を・・・ いける」
 
 

 シンジは自分の頭上にあるエヴァの手を眺めていたが、

 ミサトの声が聞こえると、やにわにミサトではなくリツコの方に向き直り簡潔に告げる。

「僕が乗ろう!」

 相変わらず抑揚のない口調、口元には再び『碇スマイル』が浮かんでいる。

 彼の胸中はいったい?・・・・
 

「ただし、1時間、時間をもらう」

「ちょっと待ってシンジさ・・・シンジ君。さっきも言ったけど時間がないのよ!」

「攻撃を受けたらわずか1時間ももたずに陥落してしまうのか?
 随分強固だな天下のネルフの防御システムは!」

 痛烈な皮肉を言うシンジ。『碇スマイル』はそのままであり、口調はとても楽しそうである。
 
 

 誰1人として反論出来ないネルフのスタッフ。中でもゲンドウは

『全く、生まれた時からユイにとてもかわいがられやがって。
 それだけでも許せないのにわしには全くなつかない。
 昔から憎たらしいガキだったが、尚一層生意気になりやがって。いったい誰に似たんだ?』

(アンタだ。アンタ!  そっくり)

 実は、ただ単に息子に嫉妬したオヤジだったゲンドウ。全く大人げない。
 
 

「どうして1時間なの?」

 このままではどうしようもないと思ったのか、リツコがシンジに理由を問う。

「先程も言ったが、今すぐこれを操縦しろといってもそれは無理だ。
 こいつの操縦練習のためと、今何が起こっているのか説明してもらうための時間。
 それが1時間だ!」

 なるほど納得できる理由である。

 説明を後回しにしているくせに 「説明を受けろ」 とか、

 後から色々指示を出すくせに 「座っていればいい」 などと言うより、よっぽと説得力がある。
 

 シンジの説明に納得したのか、ゲンドウを見上げるミサトとリツコ。

 途端に表情が 『ウゲッ』 となる。そこには・・・
 
 

 相変わらずヤモリのようにガラスにへばりついたままのゲンドウ。

 尚これは余談であるが、ゲンドウは自力では離れられなくなり、

 冬月とその指揮下にある青葉の力を借りて、

 ようやくガラスから脱出できたのは、サキエル殲滅の後だったという。
 
 
 
 
 
 
 

 サキエルの攻撃は継続していたが、先程のシンジの皮肉に発奮したのか、

 ミサトはネルフの防御システムをフルに駆使して、

 何とか時間稼ぎをする事に成功していた。

 そして1時間後、リツコから一通りの説明を受けたシンジは、

 エヴァのエントリープラグ内のシートに身を沈めていた。

 当然エヴァの起動をサポートするため、

 先程まで戦自に占領されていた発令所に3人のオペレーター達も戻ってきている。

 本来の自分達の居場所はやはり落ち着くのか、

 マヤの態度はレイの時と比べると何となく落ち着きが感じられるような気がする。
 

「エントリープラグ注水」

 マヤのかけ声と同時にシンジの足元から何やら水のようなものが湧き出てくる。

「リツコ・・・。これは?」
 

 平然と 「リツコ」 と呼び捨てにするシンジ。

 これに対しリツコ本人ではなく、シンジの態度がイイ加減腹に据えかねていたミサトが口を夾む。

「シンジ君。私の事は私自身が言った通り呼び捨てでかまわないわ。
 しかし赤木部長の事まで呼び捨てにするのはどうかと思うわ」
 

 シンジに意見するミサトに対し、どういう訳かマヤが大きく 「うんうん」 とうなずいている。

 だがそんなミサトの忠告も、シンジからすればくだらん事にすぎなかった。

 今1番優先されなければならないのは、とにかく使徒を倒す事だ。

 エヴァ、そして使徒に関する事ならともかく、

 それ以外の事に時間をとられるのはもったいないと感じたのか、

 シンジは直接リツコの意見を聞く事にした。
 

「赤木部長。あなたは自分の名前が呼ばれる時、敬称をつけてほしいか?
 あなた自身の意見が聞きたい」

「え! わ、私?」

 突然自分に振られ、うろたえるリツコ。そんなリツコを睨み付ける4つの目。

 うち2つは 「これ以上あのガキをつけ上がらすんじゃないわよ」 と言っており、

 後の2つは 「先輩、先輩はもっとキリッとしてなきゃダメです」 と語っている。
 

 そんな2人の視線を当然リツコはひしひしと感じていたが、

 それよりもリツコにとってはシンジの不興をかうことの方が怖い。

 とにかくこの場は、当たり障りのない回答をしておくのが無難だと判断したリツコは、

 努めて冷静な口調でシンジの質問に答える事にした。
 

「呼び捨てでかまわないわよ」

「リツコ!」

「別にいいでしょう。 それにミサト、一応同じ部長職なのに、
 あなたは呼び捨てで、私には敬称をつけるというのはおかしな話だわ」

 確かにリツコの言う通りであろう。だがミサトもマヤも理解はしても納得はできないようである。
 

「ところで何の話だったかしら?」

「この液体は何なのかという話だ」

 何故かあきれたような口調でシンジが答える。

 質問を思い出したリツコは、説明を行うため、その身をほんの少し前へと乗り出す。

「大丈夫、肺がLCLで満たされれば直接血液が酸素を取り込んでくれます」

「もういい。わかった」

 話をしている間にシンジの体は既に水没してしまっており、

 プラグ全体が充水されるのもあと少しであった。

(これがLCLでなく水とかだったら、とっくの昔にシンジは溺れてしまっているぞ)
 

「気持ち悪い」

 自分の口の中を満たす液体が気に入らないのか、ボソッとした口調で囁くシンジ。

 LCLというものが、どんな味がするのかはわからないが、

 少なくともバナナやストロベリーのような味がしないのは確かなようだ。

「我慢なさい! 男の子でしょ」

 お返しとばかりに横から口を出すミサト。

 リツコは黙っていたがそんなミサトを横目でギロッと睨んだ。
 
 
 
 
 
 

「第二次コンタクトに入ります」

「A10神経接続・・異常無し・・」

 だが次の瞬間、マヤの耳に飛び込んできたのは・・・・・・

「うわあああああああああ」
 

 突然のシンジの悲鳴に頭の中が真っ白になるマヤ。

 ついでエントリープラグ内の映像、音声を含めた全ての監視システム、

 さらには制御システムまでもがダウンする。

「え! こ、何で?」

「何が起こったの? マヤ!」 

 泣き出しそうなマヤの声につられ、リツコが身を乗り出してモニターを覗き込む。

 しかしそこには・・・ただカーソルのみが悲しそうに点滅しているではないか。

 これは完全にダウン・・・・ いや・・どうやらダウンでは無いらしい。

 システムそのものはまだ生きているらしく、

 マヤが何とか完全に復旧しようと懸命にキーを打ち込んでいる。

 しかしマヤの必死の努力にも拘わらず、

 エヴァの監視・制御システムからは、全く反応が返ってこない。

「駄目ですエヴァ反応しません」

 泣き出す寸前の表情でリツコを振り返るマヤ。

 リツコの心はマヤ以上に激しく揺れ動いていた。だが、こうしていても何の解決にもならない。

『逃げちゃダメよ!逃げちゃダメよ!逃げちゃダメよ!逃げちゃダメよ!逃げちゃダメよ!・・・・』

(何も・・・・言うまい)
 
 

『私がしっかりしなきゃ。シンジ様が!』 そう自分に言い聞かせると、マヤに確認する。
 

「安全装置は?」

「1番から15番迄全てロックのままです」

「そう」

 マヤの返答に対しそう答えると、作業員達に指示を出すためにマイクを手にするリツコ。

 おそらく手動でエントリープラグをエジェクトするつもりなのだろう。

 だが次の瞬間、マヤから思いがけない、しかしリツコにとっては驚喜する言葉がかけられた。
 

「待ってください・・・・・・・システム復旧しました。
 双方向回線開きます。 シンクロ率・・・98.4%!?」

「すごいわね!!
 でも・・・このデータが正常かどうか、もう1度チェックして、それからパイロットの状態も」

 先程とはうって変わって、はずむような感じさえ受けるマヤの言葉。

 あまりのシンクロ率の高さに、リツコは科学者らしからぬ感嘆の言葉をつぶやきつつ、

 一時フリーズしかけたシステムのデータが、正しいかどうかの確認を命ずる。

 しかしフリーズしかけた、いや実際には一旦完全にフリーズしたエヴァの中において、

 シンジのシンクロ率が400%に達していた事がリツコに知れていたら、

 おそらく彼女は半狂乱になっていた事だろう。

 幸いにも、この事はリツコだけでなく、誰にも知られる事は無かったが。
 

「わかりました。チェック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・チェック終了。
 システム、データ共に異常ありません」

「パイロット、脳波、心音、脈拍 いずれも正常です」

 急にマヤではなく男性の、日向の声がリツコに届けられる。
 

 エヴァのシステムに関しては当然技術部の管轄だが、パイロット本人は作戦部の所属となる。

 そのためパイロットの管理に関しては、

 やはり作戦部に籍を置く日向にその役割が分担されていたのである。

 日向の報告にほっと胸をなでおろしながら、リツコはパイロット本人に最終確認を取るために、

 先程から握ったままのマイクの回線をエヴァ初号機に切り替えた後、そのスイッチをONにした。
 

「シンジ君! シンジ君!!」

「なんだ」

「シンジ君その中で・・・・どこか異常とかは起こっていない?」

問題無い
 

 オペレーター3人衆を初め、リツコ、ミサト・・・・・・・・全員の動きが一旦停止した。

 と思った次の瞬間、みんなが一斉に主のいない司令席を振り返る。

 冬月ですらも首を左後方に向けている。

『『『『『『やっばり、親子だ(ネ)』』』』』』

 この時、彼ら6人のシンクロ率は400%であった。
 
 
 
 
 

「ハーモニクス全て正常値。暴走・・ありません」

「いけるわ!」

 何とかオペレーターとしての職務復帰に成功したマヤ。

 他方リツコは、珍しく感情も露わにミサトを振り返る。

 はたから見ると、エヴァが起動できそうな事に対して喜んでいるような感じを受けるが、

 実際は・・・・

『シンジ様が無事だった。シンジ様が無事だった。シンジ様が無事だった。
 シンジ様は無事。シンジ様は無事。・・・・』

(もう・・・勝手にしてくれ)
 
 
 
 

「発信準備完了」

 やがて全ての準備が完了した事がリツコの口から告げられる

「了解」

 ミサトはそう答えると、最終確認を取るために司令席を見上げるが、

 先程も述べた通りそこにゲンドウの姿はない。

 仕方なく冬月に対し了承を求める。

「かまいませんね?」

 だが冬月はそれに対して言葉では返さず、ただ大きくうなずいてみせるだけだった。

『碇、本当にこれでいいんだな。・・・・・・・・
 はて? 私は誰に問いかけているんだろう。碇・・ゲンドウかそれとも・・・・』
 
 
 

「発信!!」

 ミサトのかけ声と共に強烈なGを伴って地上へと射出されるエヴァ。
 
 

『ったく。あのガキャ〜さんざん生意気言って。もしこれで負けてごらんなさい。
 タダじゃおかないんだから・・・・・・ でも、はっきり言って顔は120%私のタイプなのよね〜
 やっぱり・・・シンジ君、死なないでね(はあと)』

(負けたら人類滅亡しちゃうんですけど)
 
 
 
 
 

 天界より遣わされし3番目の使者を、この世から抹消せんとする思い上がった人間の為に、

 魔界より遣わされし3人目の少年が、おのが背の黒い翼を、初めて羽ばたかせる事となった。
 
 

                                                         
 
 

 起動途中で、一時全く反応の無くなったエヴァ。その時シンジの身にはいったい何が起こっていたのか?

 全てが遮断された空間の中で、シンジは自分とエヴァとを結びつけたものに巡り会う。

 そして10年ぶりに再会したその人物は、シンジに己の決意を語って聞かせる。

 次回 問題無い  第3話 シンジ 邂逅

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ

(神様の顔は何度かわからんが、仏の顔は3度だぞ!)