問題無い



 天界より遣わされし3番目の使者が、第三新東京市にその威容を顕わさんとするのとほぼ同時刻。

 魔界より遣わされし3人目の少年が、第三新東京市新箱根湯本駅のプラットフォームに少年にとっては小さな、

 しかし人類にとってはとてつもなく大きな一歩を踏み出そうとしていた。






第1話 シンジ 襲来



 第三新東京市へと向かい進行しているリニア車両の中、

 座席には所々空席が有り、立っている人も数人見受けられる。

 昼時であるためそれ程混んではいない、まあ普通といったところか。


 その車両の中ほど、白のカッターシャツに黒の学生ズボン・中学生だろうか?

 いでたちから見て少年だと思われるが、つややかな黒髪に中性的な顔立ち、

 そして全体的に華奢な骨格と、私服を着ていたなら判断に少し迷う所だろう。

 少年はリラックスした態度のまま座席に腰掛け、窓の外を流れる景色に視線を泳がせている。

 どうやら何か考え事をしているようだが、

 その表情からはどのような事を考えているのかを伺う事は出来ない。


 その少年の思考を遮るように、通常の場合に流れる録音されたディスクの女性の声ではなく、

 やや低めの、それでいて車内に良く通る男性の声でアナウンスが流れはじめた。

「本日はJR○海をご利用頂きまして誠にありがとうございます。お客様にご連絡を申しあげます。
 当列車は第三新東京市が終点の予定でしたが、先程非常事態宣言が発令されました。
 そのため次の停車駅であります新箱根湯本駅にて運転を打ち切らせて頂きます。
 お忙ぎのところ誠に申しわけございませんが、
 駅のアナウンスに従い速やかに避難されますよう、ご協力の程よろしくお願い致します。」

「繰り返して連絡致します。当列車は・・・・」


 少年は車掌のアナウンスを聞き終えると、

 網棚の上に置いてあったディパックに手を伸ばし座席へと下ろした。

 他に荷物は無いようなのでこれで下車の準備は完了のようである。

 やがて数分後、列車は新箱根湯本駅のホームに静かに滑り込んでいった。






「人類の最後の砦」 などど偉そうにのたまうネルフ、その作戦部においては、

 非常事態宣言が発令されるしばらく前から、組織発足以来初めて忙ぎの仕事が発生していた。

 何故なら正体不明の怪物、いやこれはもはや怪獣か? が相模湾に上陸した後、

 第三新東京市に向けて進行していたからである。

 とはいえこの怪獣に対する戦闘指揮権は現在彼らの手にはなく、

 国連軍、正確にはその指揮下にある戦略自衛隊(戦自)が、

 何とか足止めしようと無駄な足掻きを続けていた。

(それにしてもいくら同じ国連組織とはいえ、何で戦自の連中がネルフに居るのだろうか?

 自分達の指揮所を持てない程予算がついてないのだろうか)



 しかし怪獣はそんな人類の努力を嘲笑うかのように、

 自分の回りをうるさく飛び回るカトンボVTOLや、足元をカサコソと動き回るゴキブリタンクどもを、

 叩き落とし踏み潰しながらゆうゆうとある方向へと向かっていた。

 その方向には当然ネルフがあるわけだが、

 実際カトンボやゴキブリを指揮している戦自の幕僚連中には、

 何故そちらへ向かうのかについての理由は全く分からなかった。いや考えようとさえしなかった。


 なぜなら彼らはある○獣映画を見て育った世代であり、

 1人は 『怪○の行動に理由は無い』 という強い信念を持っており、

 後の2人は 『東○からの撮影協力依頼は来てたっけ?』 とか、

『ゴ○ラはいつ出てくるのだろう』 などと考えていたため、

 足止めをするための有効な方法をとれるべくも無く、

 国民が汗水流して収めた税金をせっせと無駄遣いしていった。



 その3人を冷ややかに眺める男が2人。

 一人は長身痩躯・髭面で人相悪し、

 どう見てもこの顔にピンときたら1○0番に載っていそうな中年の男。


 一方もう一人の方は白髪できちんとした身なり、

 その厳粛そうな雰囲気はいかにも学校の先生といった感じの初老の男。


「やはりATフィールドか?」

 愛想もボケもツッコミもないセリフを初老の男が紡ぐ。

 戦自の幕僚3人に聞こえない程度に音声を抑えているのは、

 本来争いを好まないこの男の性格故か。

「ああ。使徒に対し通常兵器は役にたたんよ」

 髭面の男がしれっと答える。

(わかっているなら教えてやれよ、俺達の税金が無駄使いされてんだぞ)


 どうやらあの怪獣は 「使徒」 というらしい。 「使徒」 の正体を知っているこの2人の男。

 髭面の方がネルフ指令・碇ゲンドウ

 白髪の方が副指令・冬月コウゾウである。


 表向き 「対 使徒」 の専門機関である彼らからしてみれば、

 戦自に使徒を倒されてはおまんまの食い上げである。

 だから彼らが本心では使徒に対して一生懸命声援を送っていたとしても、

 誰も2人を責める事は出来ないだろう。

(オイ)

 この2人の声援が届いたせいかどうかはわからんが、

 相変わらず使徒は悠々と進行を続けていた。



 一方、その 「対 使徒」 専門機関ネルフ本部の別の場所においては、

「対 使徒」 のための準備体制の確立に余念はなかった。

 いくら指揮権が現在彼らに無いとしても、

 戦自が失敗すれば必然的に自分達にお鉢が回ってくるのである。

 その時に備えた対応を取っておくのは当然の事と言えた。


 しかし通常兵器が役に立たないこの 「使徒」 などというものに対し、

 どのように対処するつもりなのであろうか?

 施設内を見回してみても、戦闘ヘリ・自走砲・ミサイル等はあちこちに配備してあるようだが、

 それらが役に立たないのは先程からの戦自の攻撃で証明済である。



 いや人々、特に技術部の面々が忙しげに動き回っているのはそれらの兵器の周辺ではなく、

 これは・・・紫色の巨人? ロボット? というより 「鬼」 と言った方がぴったりくるであろうか。

 ともあれ、作業員の動きを見る限りどうもこれがネルフの切り札のようである。

 それにしては肝心の 「鬼」 自体に全く動きが見られないようだが?



 しかし時間が経過すると共に、作業員達の動きが段々と落着きを見せ、

 やがて全員が 「鬼」 のまわりから退避するのと入れ替わるように、

「鬼」 を見下ろす位置に設置された、指令所と言うよりはオペレーションルームといった個所に、

 3人のオペレーターが緊張の面持ちでシートに身を預けた。


「エヴァンゲリオン初号機、第二次コンタクトに入ります」

 3人のオペレーターのうち小柄でショートカットの女性が声を発する。

 その女性の後ろには、いつのまに・・・赤木リツコ博士が、

 更にその右側には葛城ミサト作戦部長が姿を現していた。






「駄目です。エヴァ起動しません」

 長身でロンゲのオペレーターが残念そうにつぶやく。

 どうやらあの紫の 「鬼」 は、エヴァンゲリオンと言うらしいが、どうも起動しなかったらしい。

「ここまでね。マヤ、シーケンスをストップさせて」

「はい。了解エヴァ起動シーケンスストップします。・・・・・・・・・・・ストップ完了しました」


 場を何とも言い難い重い雰囲気が包む。

 何とかその雰囲気を打破しようと思ったのか、

 メガネを掛けたいかにも実直そうなオペレーターが口を開く。

「どうします?このままでは・・・・・零号機の起動準備にかかりましょうか?」


 気を利かしたつもりの実直そうなオペレーターの言葉に対し、

 それに答えるべき作戦部長は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたままであった。


 ちなみに3人のオペレーターのうち、ショートカットの女性はリツコに名前を呼ばれたように、

 マヤ、伊吹マヤというらしい。彼女には失礼かもしれないが童顔で中々可愛らしい。

 後の男2人はどうでも良い。・・・・・・というわけにも行くまい。

 ロンゲは青葉シゲル。メガネは日向マコトという。説明終わり。



「そうね、どうするの?
 もし零号機の起動準備にかかるのなら司令に零号機の凍結解除の依頼をするけれど」

 返答の無かったミサトに代わり、リツコが助け船を出す。

「・・・・・・・わかった。お願いするわ」

「マヤ、エントリープラグを排除して、レイにはしばらく休息するように伝えて頂戴」

「よろしくね!マヤちゃん」

「わかりました」

 肩を落としオペレーションルームを出て行く2人の部長さん。

 この年にして既に中間管理職の悲哀が滲み出ている。 お疲れさまです。






「はあ〜〜〜〜〜〜〜」

「落ち込んでるとこ追い討ちをかけるようで悪いんだけど、
 零号機が又暴走するような事態になった場合・・」

「チョットやめてよ〜」

 どうやら2人はリツコの研究室に向かっているようだが、

 その途中でリツコはミサトに対しトドメを差すような言葉を口にする。

「話は最後まで聞きなさい。零号機が暴走するような事態になった場合、
 来たばかりで申し訳ないけれどシンジ君に初号機に乗ってもらうわ。」

 その言葉を聞いた途端ミサトの歩みがピタッと止まる。

 2、3歩行き過ぎてからそれに気づいたリツコが振り返り、怪訝な顔でミサトに声をかけた。

「どうしたの?」

「エ〜〜ト、その〜〜、シンジ君なんだけど」

 良く見るとミサトの顔は真っ青であり、全身からは滝のように汗が流れている。

「あなたが迎えに行くって言ってたわよ・・・・ね・・?。・・・・・・・・・あなた!どうしてここにいるの?」

「だって警戒体制が発令されて・・・・・ すぐ非常事態宣言されて・・・・・
 エヴァの起動試験は始めるというし・・・・・」

「要するに忘れてたのね!

「ゴミン・・・」

 頭をかかえるリツコ。

 それに対してミサトは多少バツは悪そうだがどうも反省している様子は見受けられない。

「と、とにかく至急保安部に連絡してシンジ君の居場所を探させるわよ。
 こっちに向かっているのは多分間違いないと思うから。」

「頼むわよ〜ミサト〜」

 明らかに脱力したリツコの声が廊下に響く。

 その間を利用してミサトは手近にあったインカムに飛びつくと、

 保安部にシンジを迎えに行ってもらえるように依頼する。


「あ、もしもし葛城ですが」

「どうしました? 葛城部長」

「実は今日、司令の御子息である碇シンジ君という少年がこちらに来る事になっていてね、
 それで本当は私が迎えに行く予定だったんだけど、この騒ぎでしょ、
 どうしても抜け出れそうにないのよ、それで申し訳ないんだけれど、
 誰か私の代わりにその子を迎えに行って欲しいのよ」

「それはかまいませんが、その少年が今どこにいるか、おわかりになりますか?」

「多分、第三新東京駅にいると思うんだけれど」

「う〜ん」

「どうかしたの?」

「情報では非常事態宣言が出された段階で、列車の運行はストップしてしまっているんですよ、
 ですからおそらくどこか手前で足止めをくっていると思うんです。
 それと避難勧告、場所によっては避難命令も出されていますので、はたして・・・」


 保安部・・・その名前の通り、主な仕事は要人の警護であるが、

 それと同時にありとあらゆる情報活動を行う、ネルフにおける、いわばCIAといった部署である。

 彼らにとっては当たり前というべきなのかもしれないが、時々刻々と変化する情報を、

 このように漏らさず抑えているのは、我々一般人の目から見ると、さすがというしかないだろう。

 しかしながら、話の最後を要約すれば、

『シンジ君が今どこにいるか、見当もつきません』

 という事なので、ミサトは更にあせりまくり、シンジの捜索を依頼する。


「と、とにかくお願いするわ。何とか彼を見つけ出して頂戴」

「わかりました。大至急捜索に出発する事にします」

「あ、待って写真とかは・・・」

「・・・MAGIのデータベースからでも引き出しますよ。大丈夫、任せて下さい」

「お願いね」


 ふーーー

 ミサトは一つ大きな溜息をついた後、今の結果を伝えるためにリツコの方に向き直る。

「至急捜索に出てもらう事にしたわ。大丈夫、きっとどっかシェルターにでも避難してるわよ」

「是非ともそうあってほしいと思うわ。でないとあなた・・コレよ」

 リツコはそう言うと、右手の掌を水平にしてそれを首の前で左から右へとスッと引いて見せる。

「ちょっと、どうしてそんな風になるのよ」

 いわゆる 「クビ」 というアクションに対し不満を述べるミサトだが、

 それに対してリツコは呆れたようにその理由を説明した。


「いい、もし彼に万が一の事があってご覧なさい。
 あなたはシンジ君を見殺しにしたと言われても反論できない立場になるのよ。
 まして司令とシンジ君は実の親子。相応の処分が下るのは当然の事だわ」

「そんな〜〜、何とかならないのリツコ?」

 まあゲンドウとシンジの親子関係については、多少リツコの誤解があるようだが、

「シンジ」 というより 「サードチルドレン」 をロストするという状況に陥った場合、

 決して有り得ない話では無い。 

 ミサトはそこ迄の事情をわかっている訳ではないのだが、

 信憑性のあるリツコの口振りにさすがに不安になったようで、情けない声を出す。

 だがそんなミサトに対しリツコが返した言葉は、一縷の望みすら打ち砕く更に冷酷なものだった。


「祈る事ね。シンジ君の強運と、うちの保安部が優秀である事を」

 普段冷静なリツコがこういう事を言うのは珍しいが、仕方がないだろう。

「サードチルドレン」 がこの世からいなくなるという事は、

 彼女、いや人類にとって大きな痛手となる事は間違いないのだから。

『当たり前でしょ。
 彼のような素晴らしい美少年がこの世からいなくなるなんて、人類の大きな損失だわ』

(アラ!)


 まるで牧師のようなリツコの言葉にがっくりと肩を落とすミサト。

 さすがにそれを見て可哀そうと思ったのか、リツコはフォローの言葉をかけてやる事にした。

「大丈夫、彼はきっと無事よ、きっとね」

 無論何ら根拠があるわけでもなく、単なる慰めの言葉だとはわかっていたが、

 ミサトはそんなリツコの心遣いが嬉しくて、今はその言葉にすがる事にした。


「そう、そうよね! きっと無事よね、きっと」

「ええ、きっと彼は無事にここ迄来てくれるわ。そう信じて、待ちましょう」

 リツコの言葉に大分勇気づけられたのか、ミサトは力強くこっくりとうなずく、

 麗しい女の友情である。



「ところでシンジ君がここに来た後、初号機に乗ってもやっぱり起動しなかった場合だけど」

「ヤメテ〜〜〜」

 ミサトの悲鳴が廊下に響き渡る。いったいさっきのあれは何だったんだ!?


 やがて2人は研究室にたどり着くのであるが、

 お詫びとお礼(復讐?)を兼ねて特製のコーヒーを入れてあげようとするミサトと、

 それを阻止しようとするリツコとの間にまた一悶着が発生するのであった。






 その忘れられていた存在のシンジであるが、

 列車の運行が打ち切られた事をネルフ本部に連絡しようと電話をかけていたのだが、

 何度かけても、いやかける事が出来ないでいた。

 どうも受話器を上げた際の 「ツー」 という音が聞こえない事から察すると、

 話し中というのではなく、電話回線そのものが使えなくなっているようである。

「まいったな」

 言葉はいかにも困ったふうであるが、

 そのイントネーションからはそれほど困っているというような感じは受けない。

 事実、彼は受話器をフックに戻すと、

 全く迷うことなく駅前のタクシープールに向かって歩き始めた。



 タクシープールには非常事態宣言が出ているにも拘わらず、

 かなりの数のタクシーが客待ちをしていた。

 のんきというか商魂たくましいというか、まあ原因は多分両方であろう。

 大体にして非常事態宣言といわれても、

 一体何に対しての非常事態なのか、一般には全く知らされていないのだから無理もない。

「使徒」 などというものの存在もこれまでは全く知らされていなかったし、

 15年前地球上に大災害をもたらした 「セカンドインパクト」 なるものも、

 その原因は遠い南極での出来事であり、それによって日本にもたらされた被害というのは、

 二次発生した津波による所が大部分を占めている。

 ここ第三新東京市は高地に存在したため、

 それらの被害は全くといって良い程受けなかった上に、

 既に15年という年月は一世代移り変わろうかという年月である。

 一般の人々の危機意識が薄くなっていたとしても仕方あるまい。


 一方、非常事態宣言が出された事によって、

 公共交通機関は必然的にその運行を停止せざるを得なかった。

 そのため一般の人が避難するにしても、避難するための足が無いという、

 矛盾が生じてしまっていたのである。

 いきおい、列車運行の打ち切りの情報を把握したタクシードライバー達が、

 次々と新箱根湯本駅へと集結し、更に近くでお客を降ろした者などは、

 避難するどころか稼ぎ時とばかりに、すぐさま駅へととって帰しているありさまであった。



「お客さん、どちらまで」

 やがて順番が来たシンジが車内に乗り込むのと同時に、

 人の良さそうな中年の運転手が元気な声をかける。

 かかっているラジオからは・・・

 相変わらず非常事態宣言に関する事項が繰り返し流されているようだ。

「ネルフ本部」

「正面と北と南のゲートがありますが、どちらが?」

「・・・・一番近い所で構わない」

「了解。では南ゲートに回ります」

 一瞬の間の後即答するシンジ。

 愛想も何もないが運転手はまるで気にした風でもなく、元気良く答えると車を発進させた。



「お客さん、見たとこ学生さんのようだけどネルフにどんな用事?」

「わからん」

「わからんって」

「父親に呼ばれた。理由は着いたら教えるそうだ」

 シンジとしてはこれ以上答えようがない。

 何しろ父であるゲンドウから彼の元に届いた手紙には、

 ふざけた事に一言 「来い」 としか書いてなかったのだ。


 父親と違って世間並みの常識を有しているシンジは、

 すぐさま電話で理由を問い質そうとしたのたが、そんな彼に対し父親から返ってきた答えは、


「重要な事だ。電話では話せない。こちらに来たら教える」


 という人を小ばかにしたような話で、普段の彼ならば、こんな話は無視する所であるが、

 何といっても、別れて生活するようになってから、初めて父親の方から来た連絡である。

 とりあえず旅費はネルフが持つことを条件に第三新東京市へ行く事を承知したのであった。



 さてそんなシンジに対し運転手の方はと見ると、

 このお客のあまりの愛想の無さに二の句が継げなくなっているようである。

 何とか会話の糸口を探そうと思案している途中、

 突如進行方向の右手に閃光がほとばしったかと思うと、

 しばらくしてから巨大な爆音と強烈なショックが、2人を乗せた車両に襲いかかってきた。






「やった」

「残念ながら君たちの出番はなかったようだな」

 前方で戦自の幕僚達が喜びを隠し切れない声で叫んでいる。

 通常兵器の攻撃が全く役に立たないのに業を煮やした戦自は、

 ついに自分たちの最後の切り札であるN2地雷の使用に踏み切ったのである。


 成る程、自慢するだけあってすごい威力である。

 これではさすがの使徒もひとたまりもないであろう。


 戦自の幕僚は勿論、ネルフの2人も実験では何度かN2の威力については見た事はあったが、

 それはあくまで実験用の、しかも実験施設の中という限られた範囲で使用される弾頭であり、

 通常の、つまり実戦用の弾頭が使用されたのは人類の歴史上初めての事なのである。

 その威力のすさまじさは見るもの全てに畏怖を与え、

 その後前者に歓喜を、後者に沈黙を与えるのに充分過ぎるものであった。



 さすがに冬月も視線を爆発の模様を写したスクリーンに固定したままで、

 全く動かす事が出来ないでいた。

『大丈夫なのか?碇』

 気を取り直し、目線でゲンドウに問いかけるが反応がない。

 注意して見ると当のゲンドウの顎の前で合わされた手が心なしか小刻みに震えている。

 さらには小声で何事かを繰り返し囁いているようだ。

問題無い問題無い問題無い問題無い問題無い問題無い問題無い。・・・・・・」

(合掌)

「い、碇!?」






「お客さん・・大丈夫でしたか?・・」

問題無い

 タクシーを見下ろし、多少呆然としながらもプロ意識のなせる業か、

 運転手が乗客であるシンジの安否を気遣う。


 見るとシンジが乗ってきたタクシーがひっくり返っている。

 どうやらN2地雷の爆発に巻き込まれたようである。

 これが横倒しのような状態であったなら

(トラックやワゴンならともかく、普通車がそのような状態になるなどまずありえん!!
 ・・・・というツッコミは却下)

 2人で背中で押してやり、元に戻す事も出来ただろうが、この状況ではどうしようもないだろう。


「無線は使えるか?」

「え?」

「使えるなら代わりの車両を呼んでほしいのだが」

「あ、はいはい少々お待ちください」

 シンジに促されて運転手は代わりのタクシーを手配しようと連絡を取ったが,

 会社の方からは 「それどころでは無い」 と、いともあっさり無線を切られてしまう。

 何といってもあの爆発の直後であり、かなり厳しい状況で有る事は間違いなく、

 即座に却下されてしまったとしても無理もあるまい。



 いい加減途方に暮れた運転手が客であるシンジに対しどう言い訳しようか考えていると。

 そこに黒塗りの 「いかにも」 といったような高級セダンがやってきて停車した。

 降りてきた連中は、・・黒いスーツに黒いサングラス・・これまた定番といった感じの男達である。

 しかしこの2人をもう少し詳しく観察して見ると、何となくフラフラしているような感じを受け、

 黒塗りのセダンの方も片側のフェンダーミラーは無く、

 おまけにあっちこっちがベコベコである所を見ると、どうも彼らも爆発の被害に遭ったらしい。


「碇シンジ君だね?」

「・・・・・・・・」

 男達は遠慮という言葉を元から知らないように、シンジに問いかけるが、

 対するシンジは・・・無言のようである。


「君は碇シンジ君だね?」

「人にものを尋ねる時はまず自分から名乗るのが礼儀だと思うが?!」

 男達は多少ムッとした様子だが仕事を優先させるためか、

 シンジの言い分に従って改めて問い直した。

「失礼。我々はネルフ保安部のものだが、君は碇シンジ君だね?」

「名前は?」

「???」

「名前だ。2人の名前」

『父親に似てなんて可愛げの無いガキだ』

 とは思うものの自分から見れば相手は子供であることに間違いはない。

 何とか怒りを抑えると、自己紹介の言葉を絞り出した。

「私は加賀というものだ。隣は同僚で陸奥という」

「よろしく」

「碇シンジといいます。よろしくお願いします」

 シンジは加賀と陸奥の2人に当てこするようにわざと丁寧な言葉で答えると、

 2人に向かってペコリと頭を下げた。

 逆に頭を下げられた方は虚を突かれた格好になり、

 どのように対処してよいのかわからなくなってしまう。


「それで、僕に何か用でしょうか?」

 反応の無い2人に対し、更にシンジが追撃の手を入れる。

「あ、ああ、我々と一緒にネルフに来てもらえるかね?」

「・・・・・僕の所には父が迎えに来る事になっていた筈ですが?」

 一瞬の間の後シンジが2人に返した言葉は、質問に答えるものではなかった。

「司令の事はよくわからないが・・・?我々は作戦部の葛城部長から
『急用ができて君を迎えに行けなくなったので、代わりに迎えに行ってくれないか』
 と言われたので君を迎えに来たんだ。どうだろう、我々と同行してもらえないだろうか?」

 その言葉を聞いたシンジは、口の端をほんの少し歪めたニヤッとした笑みを浮かべる。

 外見上は全く似た所が無い2人であるが、

 この行為を見るとゲンドウとシンジが親子であることが伺える。

「わかりました。ご一緒しましょう」


 実はシンジはカマをかけたのである。

 自分を迎えに来たという2人は 「いかにも」 といった感じである。

 そんなのにホイホイついていっては危ない事この上ない。

 そこでわざと 「父が迎えに来る」 という事にして、2人の反応を確かめたのであるが、

 わずか14歳にしてそういった行動が出来るとは、恐るべし少年である。


 シンジの突然の対応の変化に戸惑った2人であったが、

 おとなしくついてきてくれるのならばそれにこしたことはない。

「それでは、あの車に」


 促されたシンジだが、すぐさま車へとは向かわず、

 先程から話についていけず取り残されていた感じのタクシーの運転手に近づくと声をかけた。

「ここまでの料金に関しては、後ほどネルフに回してくれ。では失礼」

 そういうとさっさとセダンの後部座席に乗り込むシンジ。

 後に残された運転手だが、結局最後まで何が起こったのか理解する事は出来なかった。






「その後の目標は?」

「電波障害のため確認できません」

「あの爆発だ。けりは付いている」

 困り果てた冬月の耳に、追い討ちをかけるように戦自の幕僚の勝ち誇った声が響く。

 だが次の瞬間。

 お互いの立場が全く入れ替わる事になるとは、この場の誰もが想像だにしていなかった。


「センサー回復します」

「爆心地にエネルギー反応!!」

 つい数瞬前までセカンドインパクト前の南極に立っていたような冬月の心に、光が射し初める。

「なんだと!?」

「映像回復します」

 やがて完全に回復したモニターに映し出された光景は、








 全く・・・・・・・









           何も無い大地に・・









                         ポツンとひとつ・・









                                      使徒だけが・・・・








 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・信じられない。

 だがあの強烈な爆発の中をこの 「使徒」 という生物? が生き延びたのは事実である。

 冬月は心の中で喝采を叫ばずにはいられなかった。

(コラ!!)

『やった。やったぞ碇、サキエルは無事だ』

 内心においては喜色満面の冬月であったが、

 少なくとも表面上は、ポーカーフェイスを何とか保ちながら、再びゲンドウの方に視線を向ける。

 だが・・・

問題無い問題無い問題無い問題無い問題無い問題無い問題無い。・・・・・・」

 相変わらずゲンドウはこちらの世界には帰ってきていなかった。






 重苦しい雰囲気が立ち込める赤木リツコ博士の研究室では、

 リツコが零号機の凍結解除の許可をもらうために、冬月と連絡を取り続けていたのだが、

 先程から堂々巡りを繰り返すだけで、一向に進展が見られなかった。

 実際に零号機の凍結を決定したのは司令であるゲンドウなのだが、

 権限の規程からいけば副司令である冬月でも凍結解除は可能なのだ。

 しかしそのゲンドウがすぐそばににいるのではまさかそういうわけにもいくまいと、

 何とかゲンドウと直接話しが出来るよう交渉しているのだが、電話口の冬月は

「すまん。碇は今・・・・」

 と口を濁すばかりである。

 このままでは埒が開かないと思っている所に別のコールが入ったので、

 リツコは一旦冬月の電話を切り、そちらへとつなぎ替えした。






「今から本作戦の指揮権は君に移った」

 渋面をかくそうともせずに戦自の幕僚の1人が告げる。

「だが、君なら勝てるのかね?」

 こちらは不信感がありありだ。

「そのためのネルフです」

 先程迄向こうの世界に行っていたのをおくびにも出さず、

 ゲンドウはメガネをたくしあげながら得意げに答えた。



「国連軍もお手上げか、どうするつもりだ?」

「初号機を起動させる。問題無い

「レイでの初号機の起動試験、やはり失敗したそうだ」

「も、問題無い。・・・もう1人の予備・が届く」

「その事なんだが、シンジ君は現在行方不明らしい」

「も、問題・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 固まっている。・・・

 どうやらせっかく戻ってきたのに、また向こうの世界に行ってしまったようである。






 天界より遣わされし3番目の使者が、ネルフに到達せんとする少し前。

 魔界より遣わされし3人目の少年は、ついにネルフの面々に、初めてその姿を晒す事となった。



                                                         



 ついにネルフへと到着したシンジに、驚喜するミサトとリツコ。

 父親以上と言われるそのキャラクターは、ネルフにいったいどのような災いをもたらすのか?

 そしてリツコは、シンジによって己の天命というものに気づかされる。

 次回 問題無い  第2話 シンジ 到着

 さ〜て、この次も サービスしちゃうわよ

(前回でこりてなかったのか コイツは!)