『Luna Blu』一周年記念小説
かげろうの少女

「綾波と……結婚するんだ」
「……え?」
「………………」
 
 惣流さんが、驚いている。
 私も、碇くんが突然、その事を切り出したのに、少し驚いた。
 碇くんがその事を言ってから、握っていた私の手を、強く握り締めていた。
 少し痛かったけど……彼はもっと、心を痛めている……だから、私はこの痛みを耐えようと思った。
 
「綾波がさ……言ってくれたんだ。『幸せになりましょう』って」
 
 惣流さんの目は、彼の言葉を信じていないようだった……いえ、信じようとしなかったのかもしれない。
 気を取り直したように、いつも見てきた、彼女の悪戯っぽい目が、私達を見た。
 
「またまたぁ! バカシンジにしては中々クリティカルな冗句だったけど……」
「嘘じゃないよ。僕は綾波と生涯を共にする事に、決めたんだ」
「シンジ……嘘、でしょ? だって、ファーストは……」
「綾波の事そんな呼び方するなよっ!!」
「ひっ!?」
 
 碇君が怒っている……私の為に。
 そう思うと、私の心は嬉しさで一杯になっていった。
 でも、正面の彼女は私の心とは全く、反対。
 悲しみで満ち満ちてゆくのが、私には手に取るように分かった。
 でも、碇君はそんな惣流さんに、全く気付かないように、話を続けた。
 
「終わったんだよ……僕達はもうエヴァのパイロットじゃない。セカンドでもサードでもない。もちろん綾波だってもう以前の父さんの人形じゃないんだ。確かに、綾波は僕の母さんのクローンかもしれない。でも、それは生物的な遺伝情報にしか過ぎないし、綾波は母さんじゃない。それに僕は……僕は綾波を、愛してる」
「碇くん……」
 
 私の事を『愛してる』と言う言葉と同時に、碇君は私の瞳をじっと見詰めてくれた。
 その視線は、その時の私には少し、照れ臭かった。
 
「………………」
 
 惣流さんは碇君を見て声も無く、ただ黙って私達の事を力無く、見詰めていた。
 いえ、見詰めるしか、出来なかったのかもしれない。
 そんな彼女の見詰める前で、碇君は私の顔に自分の顔を、そっと近づけて来た。
 
 そして私は…私達は…………キスをした。
 
 初めての……キス。
 まさか、こんなふうにする事になるなんて、思いもしなかった。
 
 私は捨て鉢になって、碇君に告白をした。
 だって、碇君は惣流さんの事を愛しているって、そう思い続けていたから。
 絶対私を選んでくれないって……そう、思ったから。
 
 だから私は、彼のキスが嬉しくて、それまで軽く押し付けていた唇を、強く碇君に押し付けた。
 それだけじゃ足りなくて、彼の首の後ろに腕を回して、私はもっと強く彼と……キスをした。
 
「……わ、分かったわ…分かったわよっ!!」
 
 突然口を開き、弱々しい声から悲鳴のような声にかえて、惣流さんがそう叫んだ。
 そして彼女は、私達の居る部屋から、走って出て行ってしまった。
 まるで、私達の前から逃げ出すように、ドアを "バタン" とさせて。
 
 でも、碇君はそれに構わず、私とキスを続けていた。
 まるで、惣流さんの事なんて、全く意中にないように。
 でも私はその後に見てしまった……彼の閉じられた瞼に、薄っすらと滲む透明の液体を。
 そして唇を私達は離し、少し "ほぅっ…" としながら、私の事を優しく見詰める彼に、私は聞いた。
 
「碇君……良いの?」
「なにが?」
「惣流さん……今でも、好きなんでしょう?」
 
 私のその言葉に、碇君は優しく微笑むだけだった。
 私にはそれが、誤魔化しているように見える。
 でも、それは私を誤魔化す笑みじゃなく、私の事を安心させようとする……そんな笑みに見えた。
 そして碇君は、私に静かに、そして穏やかに、こう言ってくれた。
 
「僕は綾波が良い……綾波が、好きなんだ」
「………………」
 
 もう私には、迷いは無かった。
 私は再び、彼の胸の中に、身体を預けた。
 クローンとして生まれ、そしてイキモノとして安定出来ない、蝕まれた身体を。
 そして私は、彼のその胸の中で、こうお願いをした。
 
「碇くん……私のこと、死ぬまでずっと、いちばんそばで、見ていてください」
 
 その私のお願いに、彼は私を強く抱き締める事で、答えてくれた。
 いつもの優しい抱擁ではない……力強い抱擁で。
 まるでもう『言葉なんていらない』とでも、言いたげに。
 そして私達はずっと、そのままの姿で、その場所にいた。
 まるで刻がピタリと、止まったように。
 この大切な時間を、一秒でも長く、無駄にしたくないとでも、言うように。
 
 もう直、この世界を去らなければならない私の命を、絶対離したくないと言いたげに。
 
 そして私は、彼の腕の中で、命の暖かさを感じていた。
 彼も今きっと、私の命を感じてくれているのに、違いないって思っていた。
 私達は、お互いの温もりを感じながら、同じ刻を共有する。
 今、私は生きているって、強くそう感じた。
 
 ありがとう……碇君。
 私はあなたと会えて、本当にしあわせだったと思う。
 
 だから、短い時間だけど、私もあなたに、しあわせをあげる。
 私でしかあげられない、しあわせがあるという事を、心から信じて。
 だから、あらためて、言わせてください。
 
「……愛しています……」
 
 私は……私達は今、しあわせです。
 
 
 
 
 
 


 なおのコメント

 MAP1144でご活躍中の中川 健(仮名)さんから『Luna Blu』一周年記念に頂いてしまいました。
 掲示板にカキコして頂いたのを、再掲載です。(^-^)/
 
 もうすぐこの世界から去らねばならないレイ。
 それを知っても、なおもレイを受け入れようとするシンジ。
 悲しくて、切なくて――とても素敵な作品です。
 中川さんありがとうございました。(^-^)/
 
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