部屋の片隅で少年は目を閉じ、膝を抱えて座っていた
耳に差し込まれたイヤホン
伸びたコードの先にある、Ｓ−ＤＡＴ
襖が静かに開き、少女が入ってきた事にも彼は気付かなかった
彼女が、彼に寄り添うように座るまで
「・・・・・・何、聞いてたの？」
少女の問いに、少年は答えなかった
黙ったまま、イヤホンの片方を少女へ差し出す
「・・・・・・・・・あ」
少女の耳に届く
姉の
兄の
友人達の
笑い声
蘇る思い出
楽しかった、ひととき
望んでも二度と過ごせる事のない、ひととき
少女は少年の肩に顔を埋めた
少年は静かにＳ−ＤＡＴのスイッチを切ると、微かに震える少女の肩を抱いた
何も言わず
優しく、包み込むように
音のない部屋
音のない世界
聞こえてくるのは
互いの鼓動だけ
「・・・・・・・楽しかったよね」
「うん・・・・・・・」
「忘れちゃ・・・・・・・いけないんだよね」
「・・・・・・・・・・うん」
少年は、少女の肩に回した手に少しだけ力を込めた
精霊流し
written by map_s
小川のほとりを、ふたりは歩いていた
無言のまま
互いの手をしっかりと握り締めて
遠くから微かに聞こえる笛の、太鼓の音
楽しそうに笑う、子供の声
彼らの耳には届いていない
砂利を踏締める、足音さえも
「・・・・・・この辺で良いかな」
少年が足を止め、ゆっくりと腰を落とす
少女もそれに倣う
片手に下げた紙袋から取り出したのは
小さな木箱
何本かの蝋燭
小振りな缶ビールが二本
蝋燭の一本に火を点けると
木箱の中へと蝋を垂らす
蝋が固まりきらないうちに
火の点いていない蝋燭を木箱へと立てていく
同じ事を幾度か繰り返し
全ての蝋燭を立て終えると
バランスを崩さぬように
缶ビールを隙間へと置いた
全ての蝋燭に火が点る
細い煙が、何本も立ち昇っていく
ふたりは暫しの間、蝋燭の炎を見つめていた
やがて少年は立ち上がり
木箱を両手で包み込むように持ち上げる
少女は少年の後について
川縁へと歩いて行く
川面に浮かべられた木箱は
静かな流れに揺蕩いながら
ゆっくりとふたりとの距離を伸ばしていく
年に一度
ふたりのもとへと還ってくる
思い出の中に生きる人々
彼らが迷わぬよう
在るべき場所へと還れるよう
火を流し
道を照らす
少年は
父の背中を
微かに覚えている、母の笑顔を
儚げな微笑を見せた、蒼い髪の少女を
姉のように慕った女性を
自分を励ましてくれた男性を
頭の中に思い浮かべながら
少女は
優しかった頃の母を
共に戦った、滅多に感情を露わにしない少女を
優しく包み込んでくれた女性を
仄かな恋心を抱いていた男性を
頭の中に思い浮かべながら
送り火をじっと見つめていた
緩やかな弧を描くカーブの向こう側へ流れ去っていくまで
少年が少女の手を取った
少女は少年の指に、自分の指を絡めた
それが合図のように
その場を立ち去るために歩き出す、ふたり
たった一言を
その場に残して
「「また、来年・・・・・・・」」
月明かりが、ふたりの道を照らしていた
＜了＞
なおのひとこと
物語りは、静かに閉じる。
すべての人を連れ去って。
しかし、ふたりは……残された。
忘れられない記憶、忘れてはいけない思い出を残して……
map_sさんから「るな・ぶる」四萬ヒット記念をいただいてしまいました。
ありがとうございます。
「精霊流し」、といえば長崎ですね。
三千を越す精霊船が流れるさまは壮観。
やわらかな灯りが、川面をキラキラと反映する風景は幻想的です。
そして、爆竹。
今では危険なほどの爆竹がそこらじゅうではじけるみたいです。
毎年、けがをする人がでるとか……(汗)
初盆の精霊を船に乗せ、極楽浄土へと導く。
月明かりがふたりの道を照らすように
精霊灯が、かれらの思い出を洗い流し、
未来へと導いてくれる光になることを祈ります。