桜会
written by map_s
 
 
 
 
 
コンコンコン
 
 
「・・・・・・はい。」
 
「僕・・・・・・・」
 
 「あ・・・・・入って。」
 
 
 
 

窓際に設置されたベッド。 

妻は枕をクッション代わりにしながら、窓の外を見ていた。 

公園を埋め尽くすように植えられた、桜。 

さながらピンクの絨毯が敷かれているようだ。 
 

僕はパイプ椅子を引っ張り出すと、定位置となったベッドの脇に座る。 
 
 
 

「どう?調子は。」
 
「ん〜〜〜・・・・・まぁまぁ、かな。」
 
「そっか。」
 
「・・・・何?その大荷物は・・・・」
 
「後でのお楽しみ。」
 
「・・・・・あそ。」
 
「今日は暖かいし・・・・・桜並木の下を歩くのが気持ち良かったよ。」
 
「いいわよね、男は・・・・・なんの苦労もないンだから・・・・」
 
「そう言わないでよ・・・・・だから毎日通っているんじゃないか。」
 
「・・・・・・アナタが会いに来るのは私?それとも・・・・・・」
 
「決まってるだろ?僕の大切な家族たちに、さ。」
 
「・・・・ま、いっか。」
 
 
 

妻は再び窓の外に視線を投げる。 

春の日差しが、彼女の髪を亜麻色に染める。 
 

退屈だ、と彼女の背中が僕に訴えかける。 

行動的な彼女がこんなところに4日間も幽閉(笑)されているのだから、当然だろう。 

僕は腕時計を見て、頃合がいい事を確かめる。 
 
 
 

「・・・・・・そろそろ、いいかな。」
 
「・・・・え?」
 
 
 

急に立ち上がった僕を訝しげに見上げる妻。 

ロッカーから彼女のカーディガンを取り出し、肩に掛ける。 
 
 
 
 

「歩けるだろ?」
 
「大丈夫だけど・・・・でも、何で?」
 
「そろそろ限界だと思ってさ・・・・・
許可は取ってあるから、行こう?」
 
「・・・・・・?」
 
 
 
 
僕は荷物を持ち上げると、病室を出る。 

怪訝な表情の妻には何も言わぬまま階段を下り、中庭へ。 

穏やかな風が、春の香りを運んでくる。 
 

隣の公園が見える位置にシートを敷き、彼女を座らせる。 
 
 
 

「気持ち、良いでしょ?」
 
「ウン・・・・・久し振りだし。」
 
「・・・・・ハイ、どうぞ。」
 
 
 

彼女に渡したのは、一組の箸。 

目の前に広げた、重箱。 

何年も続けている家事の成果が、重箱の中に詰まっている。 
 
 
 

「・・・・・・嬉しい・・・・・・けど、こんなに食べきれないよ?」
 
「あ、大丈夫。余った分は後で父さんのトコに持って行くからさ。」
 
「余りものなんて・・・・・・お義父様に悪いわよ。」
 
「いーのいーの、爺バカだから・・・・・・・
孫を産んでくれた君を最優先に、って考えるよ、あのヒトも。」
 
「そう・・・・・・?」
 
「そうそう。病院食もいい加減飽きてるだろ?遠慮なくどうぞ。」
 
「ン・・・・・いただきます。」
 
「はい。」
 
「コレ・・・・タコよね。」
 
「そうだよ、桜煎・・・・桜煮とも言うんだ。」
 
「ウン・・・・・・美味し。」
 
「ゆっくりで良いよ、時間はたっぷりあるんだから・・・・」
 
 
 
 

満足そうな笑顔を見せる彼女。 

僕の作った食事を食べながら、にっこりと笑う彼女をもう何年となく見ている。 

すでに、日常。 

この数日、それが見れなかっただけに僕も満足。 
 
 
 

「お次は・・・・・っと。コレは甘露煮ね?」
 
「そう、小鮎。この時期に獲れるのを桜魚って呼ぶんだよ。」
 
「ふぅん・・・・・・」
 
「このかき揚の中身はイカとエビ、貝に玉葱・・・あと春菊。」
 
「・・・・もしかして、コレも『桜』ナントカって・・・・?」
 
「そう、ご名答。桜烏賊、桜海老、桜貝。桜尽くし・・・・・って風にしてみたんだ。」
 
「フフッ・・・・・・アナタらしいわね。」
 
「まだまだあるよ・・・・・・ホラ。」
 
「え・・・・・・お茶?」
 
「桜湯。七分咲きの八重桜の花を塩漬にして、熱湯を注いだものだよ。
慶事の時とかに飲むんだってさ。」
 
「へぇ・・・・・・ウン、面白い味だわ。」
 
「けっこう『桜』って名のつくものは多いよ。
桜鯛、桜鰄、桜粥、桜海苔、桜鱒、桜味噌・・・・・
あ、桜味噌はコレだけどね。」
 
「食べ物ばかりじゃない・・・・」
 
「君が好きかと思って・・・・さ。」
 
「あーーー!!ヒドぉい!!」
 
「ははっ・・・・・冗談だって。」
 
「ぶーーーー・・・・・」
 
「ちゃんとデザートも用意してあるからさ・・・・・
機嫌直してよ、ね?」
 
「・・・・食べ物で釣ろうとするしぃ・・・・・」
 
「だって、釣られるじゃない(笑)」
 
「ぶーーーーーーーーーーー!!!!」
 
「ぷっ・・・・・あははははははははは!」
 
 
 

麗らかな春の午後。 

静かに流れ行く、愛するヒトとの時間。 
 

ほんの数年前なのに、あの時とはまったく違う。 

生と死の狭間にいた、あの頃。 
 

辛かったけど。 

苦しかったけど。 

何度も泣いたけど。 
 

僕は彼女に出会えたから。 

彼女は僕に出会えたから。 
 

今となっては、思い出。 

忘れる事のない、思い出。 
 
 
 
 

「・・・・・ねぇ。」
 
「・・・・・・何?」
 
「・・・・・・なんでもない。」
 
「・・・・・・・・・」
 
「・・・・・・・・・」
 
「・・・・・・・・・」
 
「・・・・・・・・・」
 
「・・・・・・・・・静かだね。」
 
「・・・・・・・・・ウン。」
 
「・・・・・・・・・幸せ?」
 
「・・・・・・・・・ウン。」
 
「・・・・・・・・・僕も。」
 
「・・・・・・・・・」
 
 
 
 

充足した時間。 

きっと君もそうなんだろう。 
 

心が通じているから、余分な言葉は要らない。 
 
 
 

ヒトは弱い生き物だと、父は言った。 

互いを理解しようとする、だがそれは不可能なのだと。 
 
 

僕は彼女と共に歩んでいる。 

ひとりだけど、ふたり。 

お互いを理解しようと努力し、ある程度の事ならば言葉がなくても通じ合う事ができる。 
 

自分ひとりだけなら、きっと弱いと思う。 

でも、ふたりなら強くなれる。 

互いが互いを補い合い、支え合う事ができれば。 
 
 
 

他人を知らなければ裏切られることも、互いに傷つくこともないと友人は言った。 

ヒトは独りだから、寂しさを永久に無くすことは出来ないと。 
 
 

お互いを傷つけあいながら生きてきた、ふたり。 

裏切りとも言える行為をした、ふたり。 

互いの存在がないと寂しく感じた、ふたり。 
 

でも、今は寂しくなんかない。 
 

僕の傍に君がいるから。 

君の傍に僕がいるから。 
 
 

彼らの言葉に嘘はない。 

けど、すべてが真実というわけでもない。 
 

こうして僕達は生きているのだから。 
 
 
 

「今・・・・・・何時?」
 
「・・・・・もうすぐ1時半。」
 
「私・・・・戻らなきゃ。
あのコにミルクあげないと。」
 
「・・・・じゃ、戻ろうか?」
 
「ウン。」
 
 
 

僕は手際よく荷物を纏め上げ、立ち上がる。 

妻は僕が手を差し出すまで決して立とうとはしない。  

それは、いつもの事。 

そして、繋いだ手を離す事もない。 

これも、いつもの事。 
 
 

微かに強い風が吹き、桜の花びらが舞う。 
 

桜吹雪の中を、僕達は歩く。 
 

手を繋いで。 
 

肩を並べて。 
 

もうひとりの『家族』の元へ向かって。 
 
 
 
 

「・・・・ねぇ。」

「何?」

「名前・・・・・・・決めてくれた?」

「ふたりで考えよう・・・アスカ・・・・・」

「・・・そうだね、シンジ。」
 
 
 
 
Fin.
 
 

 
 


 Esse-Esseでご活躍中のmap_sさんから初投稿!壱萬ヒット記念をいただきましたぁ。ああ、うれしいよ〜(T-T)
 満開の桜の花びらが二人に降り注ぐ姿はなんとも幸せな光景で、二人へのやさしさが端々からにじみ出ているのを感じることができます。
 ああ、僕もこんな幸せなFFがかけたらなぁ(爆)
 map_sさん 素敵な小説をありがとうございましたぁ。


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