ぼくは独りぼっちだった
居場所も
帰るべき家も
ぼくを待つ人も
何もない
ずっとそう思っていた
だから捜そうとした
だからあの家を出た
ぼくがぼく自身で居られる処
ぼくの故郷
そんな場所を探しに
街中の雑踏
ぽつんと建った公衆電話
青々とした街路樹
涼しさを吹き上げる噴水
ビルの谷間を横切る雲の影
全てを見渡せる丘の上の公園
風に揺れるブランコ
夕日の紅に染まる風景
一日中歩き回ったけれど
そんな場所は何処にもなかった
とっぷりと日は暮れて
疲れ果てたぼくは立ち上がる気力すらなかった
できることはただひとつ
公園のベンチに寝転びながら
虚空を眺めつづけるだけ
近づく足音
街灯に照らされて伸びた人影
目の前に差し伸べられた手を
ぼくは振り払うことができなかった
てのひらに感じている微熱
微かに伝わる鼓動
ふたりの間に横たわる不安と緊張
無機質な部屋に辿り着くまで
それが断ち切られることはなかった
その後のことは良く覚えていない
ベッドに腰掛けたぼくは
彼女の傍らに寄り添いながら
眼を閉じて
言葉を閉じて
あっさりと眠りに落ちたから
まどろみから覚めたぼくの目に映ったのは
雲ひとつない青い空
透き通るような蒼い髪
彼女の香りに包まれながら
ぼくはゆっくりと思い出す
囁くような歌声
昔の子守唄
それがぼくにしみ込んだ
だからぼくは
何もかも忘れて
何の不安も抱かずに
こうして朝を迎えたのだと
そしてぼくは気がついた
けして独りぼっちじゃない
居場所はここにある
待つ人が居てくれる
ここがぼくの故郷なんだと
うっすらと持ち上がる瞼
隠れていた紅い瞳
唇に浮かぶ微笑
優しくて冷たくてとても暖かい
そんな君の唇に
とても自然に
ぼくは唇を重ねた