KISSの温度 R-Edition 5th
 

written by map_s
 
 



 
 
 
 
 
 
 

低い雲が空を覆い

雫が路面を濡らしていく

ひとつ、またひとつ

冷えた空気が私を包み込む
 
 

突然の雨

為すすべなく昇降口に立つ私
 
 
 

「・・・・・綾波?」
 
 
 

背後からの声

振り向いた先に見えた彼の表情

一瞬浮かんだ驚きは

穏やかな微笑へと変化していった
 
 
 
 
 
 
 
 
 

小さな傘

微かに触れ合う肩

そこだけが日溜りのように暖かい
 
 

雫が弾ける音

重なるふたりの足音

自然と高鳴る鼓動
 
 

私の耳に届くものはそれだけ
 
 

言葉はいらない

ただこうしているだけでいい

私と彼を包む静かな時間

ふたりだけの小さな世界
 
 

いつまでもこうしていたい
 
 

私の心が呟く

ほんのちいさな

ささやかな望み
 
 
 
 
 
 
 
 
 

けれど
 
 
 
 
 
 
 
 
 

気紛れな雲は風に流れてゆく
 
 

雫は彼方へと去ってゆく
 
 

私の望みは霧散してゆく
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・止んだね」

「そうね・・・・・」
 
 
 

雲の切れ間から伸びる天使の梯子

閉じられた傘

閉じられた世界
 
 

行く先に見える十字路

あの角を折れれば

この時間は終わりを告げる
 
 

思わず漏れる微かな吐息
 
 
 

「・・・どうしたの?」

「・・・・・何でもない」
 
 
 

俯き加減の私

微かな変化に気付いてくれる彼

今はその優しさが嬉しく

寂しい
 
 

そして

十字路に差し掛かった時
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・そういえばさ、綾波は『花咲爺』って知ってる?」

「『花咲爺』・・・・・?」
 
 
 

立ち止まった彼

見上げた先にある桜の樹

私も彼に倣い、その高い幹を見上げた
 
 
 

「うん、枯木に花を咲かせたというお爺さんのお伽噺でね。
本当なら桜の咲く季節じゃないのに、灰を振り撒いて花を咲かせる・・・・って話。
実はね・・・・・僕にもできるんだよ」
 
 
 

そう言って微笑みかけてくる彼に、私は首を傾げるしかなかった
 
 
 

「いいかい、見てて・・・・・それっ!」
 
 
 

両手を広げ、天に向けて伸ばす彼

私は視線を枯木に向けた
 
 
 
 
 
 
 
 

無数に伸びた枝
 

その先にしがみつく、ちいさなちいさな雨粒
 

夕日に染まったそれは、紅く晄輝いていた
 
 
 

まるで
 

はなびらのように
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・どう?」
 
 
 

優しい声

やわらかな笑み
 
 

私は彼に小さく頷くと、視線を再び枝へと向けた
 
 
 
 
 
 
 
 
 

人通りのない十字路

この花を見つめているのは彼と私だけ
 
 

彼の優しさが導いてくれた

この風景との出会い
 
 
 
 
 
 
 
 
 

見上げる私の唇に

耐え切れず落ちた雫が一粒
 
 
 
 
 
 
 
 
 

冷たいはずの雫が

なぜか暖かく感じた

 

 

 

 

 

 

 


管理人のコメント
 『Luna Blu』20万ヒット記念にmap_sさんから頂いてしまいました。
 
 春を待つ、彼女の心そのままに、
 春を待つ、桜の樹に光るはなびらの雫。
 
 シンジの何気ない優しさに心打たれるレイ。
 彼女の切ない想いが、言葉の端々から溢れます。
 
 >見上げる私の唇に
 >耐え切れず落ちた雫が一粒
 
 雫の接吻。
 とてもやさしい雰囲気の中、この二人を見守っていきたい。
 そんな感想を持ちました。
 
 map_sさん。
 ステキなお話をありがとうございました。(^-^)/
 


△INDEX