靴の中で水が跳ねている
濡れたシャツが肌に張り付く
身体中のそこかしこを滴が流れてゆく
 

突然降り出した雨
ついさっきまでは晴天だった
当然、傘なんか持ってるわけがない
 

走る速度はだんだんゆっくりになって
荒い吐息は溜息に変わって
 

頭からずぶ濡れになりながら
重い足を引きずって歩く
 

今日は朝からまずかったんだ

目覚ましの電池が切れてるのに気付かなくて
慌てて飛び出したから朝ご飯抜き
せっかく予習したノートは机の上
お昼のパンは軒並み売り切れ
罰当番の掃除中、バケツに足を突っ込んで

挙句の果てに、この雨
 

なんてついてない日なんだ
なんてひどい一日だ
 

もしも神様がいるのなら
文句のひとつでも言ってやりたい
 

できるわけ、ないけどさ
 
 



 
 

ようやくたどり着いたマンション
廊下に足跡をぺたぺたと貼り付けた僕は
カードキーをスロットに通した

小さな音と共に開くドア

誰もいないはずの玄関に
彼女は腕を組んで立っていた
 
 


「…………ナニしてンのよ、ばか」


呆然と突っ立っている僕にタオルを掛けて
わしゃわしゃと音を立てながら頭を拭く彼女
 
 

「あーあ、びっしょびしょじゃない!」


その手つきはちょっと乱暴だけど
何故か心地よく感じる
 
 

「ホラぁ、くつした脱いでとっとと上がる!」


さっきまでタオルに掛かっていた手は
僕の手をぐいぐいと引っ張っていて
 
 

「ちょっと熱めにして、ちゃんと身体暖めンのよ?」


僕の鼻先をパチン、と弾いて
後ろ手に洗面所のドアを閉じる
 
 

「………着替え、置いとくからね?」


湯気の向こうから聞こえてきた声
曇りガラスを横切る影

見えてるはずもないんだけど
思わず背中を向けたりして
 
 



 
 

「ホラ、見て見てシンジ!」


シャワーを終えて、着替えも済ませた僕を待っていた彼女は
さっきと同じように窓際へと僕を引っ張ってゆく
 
 

「綺麗………」


静かに流れゆく雲
切れ間から差し込む幾筋もの光

さっきまでの雨が嘘のように
空は穏やかな顔をしていた
 
 

僕の隣に立つ彼女は
うっすらと射し込む陽に瞳を細めながら
何も言わずに空を眺めている

目の前に広がる光景に負けないくらい
穏やかで綺麗な横顔
 
 

そんな横顔に見とれてた僕は
やっぱり何も言えなくて
 
 

時計と心臓の音だけが
僕の耳に鳴り響いてた
 
 



 
 

「もう………大丈夫?」


突然届いた、不安そうな声
上目遣いに見つめる、蒼い瞳
 
 

「………ばか、心配したんだぞ?」


頷く僕の腕を両手で抱いて
彼女はきゅっ、としがみつく
 
 

「電話くれれば迎えに行ったのに」


どこかほっとしたような、うれしそうな
彼女の笑顔
 
 

「どーせ気をつかったつもりなンだろうけどサ………」


目の前に広がった青空に
さっきまでの暗い気分は、どっかに吹っ飛んじゃったみたいで
 
 

「……………迷惑でもなんでもないンだから」


腕に感じるぬくもりに
さえない一日でも
なんだか悪くない、と思えてきて
 
 



「ちょっとぉ、聞いてるの?」


何も答えない僕に
彼女は唇をとがらせて
 
 
 
 
 

僕は返事をする代わりに
そっと彼女にKissをして
 
 

「………ばか…………」




夕やけ空になるより早く
夕陽が僕の胸に沈みこんだ
 

 

 

 

 

 

 


管理人のコメント
 map_sさんから 『KISSの温度』 を頂きました♪
 
 玄関でわざわざ待っているアスカさん。
 口調は厳しいですけれど、シンジ君への愛情が感じられます。
 いいなぁ。(笑)
 
 そして
 >「………ばか、心配したんだぞ?」
 ココです。
 こんな科白をアスカさんに言わしめたシンジ君。
 うらやましいです。(笑)
 
 map_sさん、ありがとうございました♪

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