Kissの温度
 

「A」Edition 8th Other Version
Love2 Asuka Shinji

Written by map_s


 
 
 
 
 
 
 

『・・・・・・・・もしもし、シンちゃん?』
 

『あれ・・・・おはようございます、ミサトさん。
珍しいですね、こんなに朝早く』
 

『え、あ、うん・・・・・・ちょぉ〜っち声が聞きたくなってね(^^;』
 

『・・・・・・・・はぁ?
一昨日電話で話したばかりじゃないですか』
 

『あ、あはははは・・・・・』
 

『・・・・・何かあったんですか?』
 

『・・・・・・実は・・・その・・・・ま、面白そうだからいっか♪
 

『・・・・?』
 

『やっぱ何でもないわ。
シンちゃん、頑張ってねん♪
おねーさんは温かく見守ってるからねぇ〜〜〜♪(ぶつっ)』
 

『ちょっと、ミサトさん?
話が全然見えないんですけど・・・・・って、あれ?』
 

『(ぷーっ、ぷーっ、ぷーっ、ぷー・・・・・・・)』
 

『・・・・・・切れちゃったよ・・・・・・何だったんだ、一体?』















 
 
 
 
 
 
 
 
 

朝早くに掛かってきた、ミサトさんからの意味不明な電話。

何か話でもあったのかな?などと考え込んでしまった僕は仕度に時間が掛かってしまい、いつもよりも遅い時間に昇降口へと辿り着いた。

ちょうど下駄箱から上履きを取り出した時、背後から声を掛けられた。
 
 
 

「あれぇ、碇?
お前がこんな時間に来るなんて珍しいじゃないか」
 

「・・・・おはよう、ムサシ。
君と一緒って事は、結構ヤバい時間なんだよね」
 

「どういう意味だよ、それ?」
 
 
 

声の主、ムサシは始業時間ギリギリにも関わらず、ノンビリと歩いて来た。

彼が上履きに履き替えるのを待って、教室へと並んで歩き始める。
 
 
 

「なぁ、こないだの話はどうなったんだ?」
 

「こないだって・・・・あの事?」
 

「ああ・・・・・ま、答えは聞かなくてもわかるけどな」
 

「・・・・・返事はしたよ」
 

「そっかぁ・・・・・・」
 
 
 

ムサシはそれ以上何も聞かなかった。

他人の話に首を突っ込んでくる割には、根掘り葉掘りと聞こうとはしない。

そんな距離の取り方が、僕にとってはありがたかった。

彼は彼なりに、僕の事を心配してくれているのがわかっているから。
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

教室に入って、授業を受けて。

休み時間毎に入れ替わり立ちかわり群がってくる級友達。

聞かれる事はひとつ。

答えも、ひとつ。

険しい顔をしながらやってきては、安堵の表情を浮かべて戻っていく。
 
 

午前中の休み時間は、これだけで潰れてしまった。
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

昼休み。

ようやく開放された僕は、窓際の一番後ろにある自分の席で単行本を広げていた。
 
 

別に他人との会話が億劫になっているわけじゃない。

寧ろ、言葉のキャッチボールを楽しめるようになったと思う。
 
 

けれど自分の時間というものも大切にしたい。

特に今日は、同じやり取りをするのに疲れていた。

眼鏡を掛けて、本に向き合って。

こうしている時、わざわざ中断させてまで話し掛けてくるような人間は滅多にいない。

これもまた、人付き合いをしていく上で覚えた事。
 
 

自分だけの時間に沈み込もうとした寸前、妙に教室内がざわついているのに気付いた。
 
 
 

「・・・おい、誰だあれ?」
 

「え?どれだよ?」
 

「ホラ・・・・・あのコだよ、金髪の!」
 
 
 

教室内の男子が一斉に窓際へと移動してきた。

その中には、ムサシの姿もある。
 
 
 

「かっわい〜〜〜〜!」
 

「スゲぇなぁ・・・・モデルみたいじゃん?」
 

「学校に用事でもあるのかなぁ?」
 
 
 

窓際に群がる男子、それを冷ややかな目で見つめる女子。

僕は眼鏡を外すと、他の男子と同じように窓の外を見た。

そして、次の瞬間             
 
 

ガタンっ!
 
 

立ち上がる勢いに負けた椅子が、派手な音を立てて倒れた。

教室中の視線が、一斉に音の立った方向へと向けられる。

けれど僕にはそんなものを気にしている余裕はなかった。

考えるよりも先に身体が反応し、僕の足は出口に向かって駆け出していく。

そこに残ったのは、眼鏡と投げ出された単行本だけ。
 
 
 

「お、おい碇ぃ!?」
 

「どうしたんだよ、碇っ!?」
 

「碇君!?」
 
 
 

教室のあちこちから上がる声を無視して、僕は廊下へと飛び出した。

歩く生徒の間を摺り抜け、時にはぶつかりながら。

階段の手摺に手を添え、2段飛ばしにしながら駆け下りていく。
 
 
 

「コラぁっ!階段を走るんじゃないっ!!」
 
 
 

途中で先生に怒鳴られたけど、それでもスピードを緩める事なく走る。

昇降口を駆け抜け、上履きのまま校庭へ飛び出した。
 
 

僕の姿を認めたのか、校庭を歩く彼女の足が止まった。

まっすぐに彼女へと向かって走る足が、徐々にペースを落としていく。

そして、彼女の3歩手前で足を止めた。
 
 
 

「はっ・・・・・はっ・・・・・・はっ・・・・・・・はぁ・・・・・・・・・・」
 
 
 

膝に手を付きながら、乱れた息を整える。

視界の中に、彼女の赤い靴が見える。

僕はゆっくりと       ゆっくりと視線を上げていった。
 
 

すらりと伸びた足。
 

風に揺らめく、レモンイエローのワンピース。
 

細い腰。
 

以前よりも更に成長した胸。
 

尖った顎。
 

ちょっとだけへの字になった、唇。
 

細く通った鼻。
 

上目遣いに睨みつける、蒼い瞳。
 

陽に照らされ、透き通った金髪。
 

そして、カチューシャ代わりの紅いヘッドセット。
 
 

間違いない、間違えることなんて在り得ない。
 
 

荒れた息の隙間から、彼女の名前を呼ぼうとした瞬間だった。
 
 
 
 

パチーーーーーーンッ!!!
 
 
 

渇いた音と共に跳ね上げられた顔。

頬が熱を帯びると同時に、込み上がる痛み。

自分の頬を叩かれた事に気付くまで、数瞬の時を要した。
 
 

そして。
 
 

僕の目の前に敷き詰められた、金色の絨毯。
 
 

鼻腔をくすぐる、甘い香り。
 
 

唇に触れる、やわらかな感触。
 
 

ほんの、一瞬。
 
 

永遠とも思える、長い時間。
 
 

触れた唇が離れ、瞼の裏から蒼い瞳が現れた瞬間。
 
 

僕はようやくアスカとの距離がなくなっている事に気付いた。
 
 
 

「あ・・・・・・・・・あす・・・・・か?」
 

・・・・・・バカぁ・・・・・・・・
 

「な、何で・・・・・どうして?」
 

ばか・・・・・・・・・・・・・ばかばかばかばかばかばかばかぁ!!」
 
 
 

額を胸に当て、両手でぽかぽかと胸を、肩を打つアスカ。

力は入っていない。だから、痛くなんかない。
 
 

何故かそうしなくちゃならないと思った。

だから、僕は彼女を抱きしめた。

力を込めたら折れそうなほど細い腰に腕を回して。

ちょっとだけ力を込めて。

いっぱいの、想いを込めて。
 
 

他には何も見えない。

他には何も聞こえない。

他には何も感じない。

目に映るのはアスカだけ。

聞こえるのはアスカの鼓動だけ。

感じるのはアスカのぬくもりだけ。
 
 

アスカの動きが止まって。

僕の鼓動が落ち着いて。

ようやく、次の一言を口に出せた。
 
 
 

「・・・・・どうして?」
 

「別に・・・・・イイじゃない。
アンタがなかなか帰ってこないから・・・・・・このアタシがわざわざ迎えに来てあげたのよ」
 

「でも・・・・・・」
 

「デモもストもないの!
ナニよぉ?なんかモンクでもあるわけぇ?」
 

「ないよ、文句なんて・・・・・・・ただ、吃驚しただけ」
 

「・・・・・・そ」
 

「うん・・・・」
 
 
 

アスカは片手を胸に当てると、少しだけ空間を作って僕を見上げた。

離れていた間に、一気に伸びた僕の身長。

僕の顎先と、彼女の額が同じ高さにある。
 
 
 

「・・・・・ねぇ、答えて」
 

「何?」
 

「何で一度も連絡してこなかったの?」
 

「・・・・・・・・・僕は弱い人間だから。
もし、アスカの声を聞いてしまったら・・・・・・きっと我慢できなかった。
その日のうちに荷物をまとめて、あの街へ・・・・・アスカの元へ帰ろうとしてしまったと思う」
 

「・・・・・・・」
 

「自分では心の決着をつけたつもりでも、きっと負けていた・・・・・・だから。
こんな中途半端な気持ちで、君に逢いには行けない。
もっとしっかりしなきゃ、って思った。だから・・・・・・」
 

「・・・・・離れて暮らしていて、どうだった?」
 

「・・・・正直に言うとね、最初は落ち込んでたよ。
何でこんなに寂しい思いをしなきゃならないんだろう、苦しまなきゃならないんだろう、って・・・・・・・
でも、生活に追われるうちに少しずつ落ち着いてきて、自分の時間が戻ってきたような気がしたんだ。
夜、ひとりで部屋に居る時も自分の事や周りの事・・・・・・色んな事を振り返る時間が持てるようになった。
父さんに呼ばれるがままにあの街へ行って、使徒と戦って・・・・・・・・嵐のような一年半だったと思う。
でもね、ひとりでいるとそれも嘘だったんじゃないかな?って気分になったんだ。
あの頃はとてもそんな気にはなれなかった。
いつも回りに振り回されてて、自分の事も見えなくなって・・・・・・とても自分の気持ちを見つめるヒマなんてなかった」
 

「うん・・・・そうだね」
 

「EVAに乗っていた頃は、EVAに乗る事が自分の存在を示す手段だと思ってた。
僕にしか乗れない、僕にしかEVAは操縦できない・・・・・・・得意になっていた部分があったとも思う。
でも、EVAはなくなって・・・・・・・僕の存在意義が消えたとも思った。
そして、僕は・・・・・・・・・・その代わりをアスカに求めていたのかもしれない」
 

「・・・・・代わり?」
 

「そう・・・・・・アスカの傍に居る事が、僕が生きるための理由だったんだ。
どんなに拒絶されても、無視されたとしても、僕がそばに居なきゃダメなんだ、アスカの笑顔を取り戻すのは僕しか居ないんだ、って・・・・・・
アスカが戻ってきてくれた時、僕はものすごく嬉しかった。
また同じ生活が出来る、ずっとアスカのそばに居られる・・・・・そう思ってた。
でも暫くして、僕は気付いた・・・・ううん、綾波やカヲル君に教えてもらった事を思い出したんだ。
『ヒトは自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない』って。
『見失った自分は、自分の力で取り戻すのよ』って。
・・・・・・それを思い出させてくれたのは、アスカなんだ」
 

「アタシが?
ウソよ・・・・・・アタシ、シンジに何もしてない・・・・・・」
 

「ううん。
アスカ、ものすごく優しくなったもん。
昔は優しくなかった、って言ってるんじゃないんだ。
相変わらずぶっきらぼうだったけど、でも・・・・・・家事の手伝いをしてくれるようになったり、並んで歩くようになってくれて・・・・・・
アスカは気付いてないかもしれないけど、僕の事を黙って見つめてくれていた・・・・・そんな優しさがアスカにはあるんだよ。
僕のした事は無駄じゃなかった、無意味じゃなかったんだ、って思ったんだ。
それはアスカが変わったから。
誰に言われるでもなく、アスカ自身の意思で変わってくれたから・・・・・・・だから。
僕も変わらなきゃって。
ちゃんと自分を見つけなきゃって。
そう・・・・・・・思えるようになったんだ」
 

「・・・シンジ・・・・・」
 

「本当はあのまま・・・・・・あの家に居て、ずっとそばに・・・・・・アスカのそばに居れれば良いって思ってた。
でもそれじゃ駄目なんだ。
それじゃぁ、僕は何も変われない。
僕は自分を成長させる為に・・・・・アスカに相応しい男になる為に、家を出たんだ」
 
 
 

僕はアスカの目を見つめながら言い切った。

決して嘘偽りのない本心を。

僕の想いのたけを全て。
 
 

そんな僕に向かって、アスカは             
 
 

「・・・・・・シンジ、ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・
正直に話してくれて、とても嬉しいの。
だから・・・・だから、アタシも素直に言うわ。
あのね、アタシ・・・・・・・・待ちきれなかったの。
シンジが戻ってくる、って聞いた時・・・・・・嬉しかった。
もうすぐ逢える、また近くに居られるって思ったら・・・・泣けるほどに嬉しかった。
でも・・・・・でも!!
もうガマンできなかったの!寂しかったの!逢いたかったの!!
たとえ数日間でも、シンジが居ない毎日に耐えられなかったのよ!!」
 

「アスカ・・・・・」
 

「・・・・・・シンジが悪いんだからね?
アタシの心に入り込んで、アタシを虜にして、勝手に欠片を持ってっちゃったんだからね?
もう・・・・離さない・・・・・二度と離れないんだから」
 
 
 

アスカは自分の胸と僕の胸とを交互に指さした
 
 
 

「シンジ・・・・・忘れないで。
アンタの居場所はココ、アタシの居場所はココよ・・・・・
もう、逃がさないんだから。
アタシの心を盗んだアンタを、ぜ〜〜〜〜ったいに逃がしたりしないんだからね!?
責任、取りなさいよ!?」
 
 
 

満面の笑み。

まっすぐに僕の眼を見つめている、蒼い瞳。

抗えるわけがない。

その気も、ない。
 
 

背後から沸き起こる喚声も

窓際に群がる級友達も

僕を追い掛けて飛び出してきた先生も

今の僕には           僕達には関係なかった。
 
 

細い肩を、華奢な身体を抱き寄せ

肯定と、愛情と、全ての気持ちを込めて

僕は彼女の唇に唇を重ねた。
 
 







end?



















 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「・・・・でもさ、僕がミサトさんに連絡したのは金曜日なんだよね。
手続きとかがあるから、今週中に来る、って聞いてたんだけど・・・・・・
でも、ミサトさんがアスカに言うとは思えないんだよなぁ・・・・・・
だってさ、ヒトをからかうのが生き甲斐の、あのミサトさんだよ!?
ねぇアスカ、何があったの?」
 

「あ、あははははははは・・・・・(汗)」
 

「・・・・・・まさか、とんでもない事したんじゃないだろうね?」
 

「え・・・・・や、やぁねぇ・・・・・・アタシが変なコトするとでも思ってるの?」
 

「(じーーーーーーーーーっ)」
 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)」
 

「・・・・・・・・・・・・・・・・アスカ?」
 

「・・・・・・・・ンもう!言えばイイんでしょ、言えばぁ!
ちょっと簀巻きにしてベランダからぶら下げて、目の前でえびちゅのタブを空けて、だーーーーーっと・・・・・・・・
 

「・・・・・・・・・(−−;;」
 
 









                そういうところは変わってないね、アスカ(滝汗)



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

ホントにend

 

 3年間離れ離れだった、シンジとアスカ。
 決断するには、ほんの少しの勇気だったのかもしれません。
 でも、それにはきっと時間が必要だったですね。
 時を飛び越え、再びお互いを必要と想う。
 唇に万感の思いを込めて。
 
 8th Other Version 完結です。
 
 最近、お仕事の方もお忙しくなった、との事だったのですが、ご自分のサイトが大変なときに、お話を頂いてしまって恐縮です。
 map_sさん、本当にありがとうございました。
 
 


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