綾波から告白を受けてからすぐ、新学期が始まった。
 
 

教室のドアの前。

中から聞こえてくるのはクラスメート達の話し声、笑い声。
 
 

僕はドアを開けるのに躊躇っていた。
 
 

何を話せば良い?

どんな顔をしていれば良い?
 
 

迷ううちに、時間だけが過ぎていく。
 
 
 

『・・・・・とにかく入るしかない、か・・・・・・』
 
 
 

考えがまとまらぬまま、ドアの部に手を伸ばしかけたその時。
 
 
 

「・・・・・おはよう、碇君。」
 

「・・・・え?」
 
 
 

聞き慣れた声に、驚いて振り向く。

そこには、うっすらと頬を染めながら微笑している綾波の姿があった。
 
 
 

「綾波・・・・・・・」
 

「・・・・・・元気だった?」
 

「あ・・・・・・・うん・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・」
 
 
 

僕達はお互い真っ赤な顔をしながら、向かい合ったまま立ち尽くしていた。
 
 

そんなふたりの頭上にあるスピーカーから、始業のチャイムが軽やかに流れ出した。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 

Je te veux  〜6〜

written by map_s

 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

無事2年生に進級した僕達。

新入生の勧誘や授業、バイトなどで忙しい日々が続いた。
 
 

そんな中、僕は綾波とふたりで過ごす時間が多くなった。

惣流さんとはあのまんまだし、マヤさんも就職活動やら何やらで忙しかったし。
 
 

だからといって、ふたりの関係が変わったわけじゃない。

授業の合い間に話をしたり、昼食を一緒に食べたり、帰宅の時に並んで歩いたり・・・・・それだけ。

他愛のない事を話しているだけでも、僕にとっては十分楽しい時間。

きっと、彼女も同じだったと思う。
 
 

手紙の事については、お互い避けていた。

僕は返事をしなかったし、彼女は返事を求めなかったから。
 
 

気が付くと、いつも彼女がそばにいる。

気付かぬうちに、視線が彼女を追っている。
 
 
 

『このまま、綾波と付き合う事になるのかな・・・・・』
 
 
 

そんな風に思い始めた頃の事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

「おう、シンジ!こっちや、こっち!!」
 
 
 

久し振りに飲まへんか、とトウジからの誘いに乗った僕。

居酒屋の暖簾をくぐった途端、奥座敷のほうから声が聞こえた。

その方向を見ると、いつものジャージ姿で手を振るトウジ。

周りの視線に気恥ずかしさを感じながら、僕はトウジの元へと歩み寄った。
 
 
 

「すまんなぁ、いきなり呼び出してしもて・・・」
 

「コンバンワ、碇君。」
 

「あれ?洞木さん・・・・いたんだ?」
 

「いたんだ、って・・・・・・・ちょっと鈴原?説明してないの?」
 

「いや、驚かせたろ思てやな・・・・」
 

「???」
 
 

向かい合わせに座ったまま、顔を寄せて小声で話し始めたふたり。

訳がわからない僕は、ただそこに突っ立っているだけだった。
 
 

・・・・あれ?

なんでこのふたりが向かい合わせに座ってるんだ?

いつもなら、僕の向かいに並んで座ってる筈なのに・・・・・
 
 

6人掛けの座卓に、グラスが4つ。

そのうちの使われていないひとつが、きっと僕の分だろう。

と、すると・・・・・・・
 
 
 

「・・・・・ちょっと、なんでコイツがいンのよっ!?」
 

「・・・・・え?」
 
 
 

背後から聞こえた、金切り声。

華奢な肩が、固く握られた拳がわなわなと震えている。

僕の全てを射抜くかのように向けられた、蒼い瞳。
 
 
 

「・・・・・・くっ・・・・!!!」
 
 
 

次の瞬間、金色の風が僕の横を吹き抜けていった。

僕は唐突の展開に、ただ呆けていただけ。
 
 
 

「碇君!」
 
 
 

洞木さんの声で、ハっと気を取り戻す。

振り向いた先に見えたのは、店を飛び出していく彼女の後ろ姿。
 
 

考える間もなく、僕は駆け出していた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

「アブねぇなぁ、気ぃ付けろっ!」
 

「すいませんっ!」
 
 
 

人込みの中を縫うように駆け抜けて行く彼女の後ろ姿。

時折通行人にぶつかりながらも、僕は彼女を見失うまいと必死に追いかける。
 
 

・・・・・・・・・・速い。

本当に追いつけるのか?

追いついてどうする?

何か意味があるのか?
 
 

自問を繰り返しながらも、足は彼女を追う事を止めない。
 
 

今、ここで彼女を見失ったら。

2度と、会う事は出来ない。
 
 

何故か、そう思ったから。
 
 

通行人の数が減っていく。

次第に速度が上がる。
 
 

そして。
 
 

繁華街の外れにある公園の一角で、僕はようやく彼女に追いついた。

必死になって掴んだ彼女の手首は、力を入れたら折れてしまうかのように細かった。
 
 
 

「離して!」
 

「なんで逃げるのさ!?」
 

「逃げてなんかいないわよっ!」
 

「・・・・とにかく、戻ろうよ。
ふたりだって驚いてるはずだしさ・・・・・」
 

「アンタひとりで行けば良いでしょ?」
 

「そんな訳にはいかないよ・・・・・僕の顔を見た途端、飛び出したんだし。」
 

「関係ないわよ・・・ちょっと風に当たりたいだけだったの!」
 

「それだったら、こんなとこまで来る必要はないだろ?」
 

「別に良いじゃないっ!放っといてよ、もぉっ!!!」
 

「放っておくなんて・・・・・出来ないよ。」
 

「・・・・・・・」
 

「あの・・・・噂、だろ?」
 

「・・・・・・」
 

「噂を聞いたから・・・・・だから、僕を避けてるんじゃないの?
あれは・・・・・確かに僕は女性と待ち合わせていたけど、それはそういう意味じゃなくって・・・・」
 

「黙ってよ・・・・」
 

「聞いてよ・・・・あれは誤解なんだ。」
 

「誤解だろうがなんだろうが、アンタが密会してたのは事実でしょ!?」
 

「密会なんて言い方ないだろ?」
 

「とにかくっ!アタシに構うな!!」
 

「何だよ・・・・・・どうして何も聞いてくれないのさ!?」
 

「アンタと話す事なんて何もないからよっ!」
 

「訳わかんないよ!!
あれは誤解だって言ってるじゃないか!!」
 

「どうだって良いでしょぉ!?
構わないでよぉ!
せっかく・・・・・・忘れようとしてるのに・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・忘れる?」
 

「ウルサイ、ウルサイ、ウルサぁいっ!!!
これ以上入ってこないでよっ!!!
アタシの心の中に入ってこないでよぉっ!!」
 

「惣流・・・・・・」
 

「アタシはアンタなんかのそばにいたくないのっ!
何も聞きたくない、言う事もない、何もかもイヤなのっ!!」
 

「・・・・・・・・・・」
 

「キライ、キライ、キライっ!!!
アンタなんか大っキライよぉっ!!!」
 

「・・・・・・・・・!!!」
 
 
 

彼女の言葉に、僕は息を呑んだ。
 
 

振り解こうとする腕の力が、次第に弱くなっていく。

彼女は僕のほうを見ようともしない。

肩が、小刻みに震えていた。
 
 

風が二人の間を吹き抜けていく。
 
 

街の喧騒が、どこか遠くに聞こえるような気がする。
 
 

聞こえてくるのは、必死になって噛み殺そうとしている彼女の鳴咽。
 
 

僕は、腕を掴む手をゆっくりと離した。
 
 
 

「わかったよ・・・・・・君が僕を嫌ってるって事は、良くわかった。
でも・・・・・・これだけは聞いて欲しいんだ。」
 

「・・・・・・・・・・」
 

「僕が何故あそこにいたのか・・・・・それはトウジに呼び出されたからだよ。
君にとっては騙まし討ちみたいなモノだよね・・・・・・勿論、僕にとってもだけど。
でも、あのふたりを責めないで欲しい。
トウジと洞木さんは、君の事・・・・そして僕の事を心配しているからこそ、こんな行動をとったんだと思うから。
だから・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・」
 
 
 

彼女は何も言わない。

少し俯き加減で、僕に背を向けたまま。
 
 

彼女に届くかどうかは解らない。

けれど、僕は言葉を続けた。
 
 
 

「とにかく・・・・・ふたりのところへ帰ってあげてよ。
荷物だって置きっぱなしなんだろ?
この辺は物騒だから、店の前まで送る・・・・・行こう?」
 

「・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
 

彼女は無言のまま、ゆっくりと歩き出した。

元来た道へと。
 
 

2歩遅れて、彼女の後を追う。

近づき過ぎないように、離れ過ぎないように。
 
 

押し黙ったまま、ふたりは歩く。
 
 

そして、一言も口を開く事なく店の前へと戻ってきた。
 
 
 

「ちょっと・・・・待っててくれる?」
 

「・・・・・・・」
 
 
 

返事をしない彼女を置いて、僕はひとりで店へと入った。

僕の姿を見つけたのか、トウジと洞木さんが揃って立ち上がった。

心配そうな表情を隠そうともせず。
 
 
 

「シンジ・・・・・」
 

「・・・・・ゴメン、僕・・・・・帰るよ。」
 

「え・・・・でも・・・・・・」
 

「・・・・惣流さんなら外にいるよ。
彼女、僕とは顔を合わせたくないって・・・・・・だから・・・・・・・
ははっ、何だか情けないよね・・・・・」
 
 
 

僕は笑おうとした。

けど、顔が引き攣るような感じで・・・・・・・笑えなかった。

そんな僕を見て、トウジは深く頭を下げた。
 
 
 

「スマンっ、シンジ!!
ワイらが余計な事考えなんだら・・・・・」
 

「別にトウジが謝る事はないよ・・・・・心配してくれただけなんだろ?」
 

「せやけど・・・・・・」
 

「・・・・・彼女、待たせると悪いから・・・・・・・またね。」
 

「シンジっ!」
 
 
 

僕は踵を返すと、手をヒラヒラと振りながら外へと出た。

惣流さんは俯いたまま、そこに立っていた。
 
 

小さな溜息と共に、最後の言葉を吐き出す僕。
 
 
 

「・・・・・・もう、声を掛けたりしないから。
僕の事は無視してくれて良いよ。
それじゃ・・・・・・・・・・・・・・・さよなら。」
 

「・・・・・え?」
 
 
 

その言葉を聞いて、彼女は振り返った。
 
 

けれど、僕はその事を知らない。

僕は彼女に背を向けていたから。

その場から早く立ち去るように、足が前を向いていたから。
 
 

歩きながら、僕はタバコを咥えた。

ライターから火を移し、深く吸い込む。

いつも以上に、苦く感じた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

それから。
 
 

惣流さんはサークルを休みがちになり、顔を合わせる事は全然なく。
 
 

彼女がサークルを辞める、という噂を聞いたのは、それから2週間後の事だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


後書き、または悪足掻き
 

なおさんへ、第6話です。
 

アヤナミスト(隠れだっけ?^^;;)でありLASにんでもあるなおさんには、ちと痛い展開かにゃ(^^;;;;;;
 

いよいよ次回は最終回・・・・・・だろうな、多分(汗)
 

Mさん萌へ(はあと)と公言しているなおさんの為にも、もう一度登場してもらいますか・・・・・・うふ♪
 
 

さぁ!次回もサァビスサァビスうっ♪(爆)
 
 

<未了>

 


 ふぐおぅ!

 こうきましたか!
 痛くは……ないっすよ。大丈夫。(^^;
 いや、こういう展開……実は好きなんですよぉ。
 なんてゆーか…若かりし頃をおもいだしますなぁ……
 って、そんなに年は食ってない(はず)ですけど(^^;;;
 
 そうそう。僕は「隠れ」アヤナミストでう。
 いちお。
 って、もう全然「隠れ」ていないようですけど。(^^;
 いや、一度「隠れ」と公言してしまっている以上、撤回するのは男らしくないゾと。(^^;
 
 Mさん萌え……そういえば、あまり言ってませんね。
 や、あるサイトの紹介でそう書いてもらったんですけど。
 そのうち、MさんのSSを書かねばならぬと思いつつも、近々に予定はありませんなぁ。(^^;
 あ、ちなみにMさんとは、マヤさんでも、マナちゃんでも、マユミさんでもありません。
 って、言えばわかるよね?(^^;
 
 って、またお話しとはでんでん関係のないことを書いてしまいました(^^;
 
 いよいよ、次回が最終回。
 いったい結末はどうなってしまうのでしょうか?
 や、map_sさんのことだから、すぐに送ってきてくれるだろう。(^^;


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