「・・・・・・あ。」
 

「ん?どしたの?」
 

「あそこに立ってるの・・・・碇君じゃない?」
 

「へ?どこどこ?」
 

「ホラ・・・・・・そこの本屋の前。」
 

「・・・・あ、ホントだ・・・・・」
 

「なんであんなとこに立ってるんだろ?」
 

「誰かと待ち合わせ・・・・・とか?」
 

「あぁ・・・・例の?」
 

「例のって・・・・どれよ?」
 

「さぁ・・・・・」
 

「でもさぁ、なんか変じゃない?
この土砂降りの中、傘も持ってないなんて・・・・・」
 

「アンタ良く見てるわねぇ。」
 

「そりゃ、まぁ・・・・・・普通、あれだけのイイオトコを見てないわけないじゃん。」
 

「そうねぇ・・・・ま、あの3人には敵わない、ってのも自覚してるみたいだけど♪」
 

「そんなのわかんないでしょぉ?
大ドンデン返しだって有り得ない訳・・・・・・・・あれ?」
 

「ん?どしたの・・・・・・・って、あぁぁぁぁ!?」
 

「すっごい美人・・・・・・」
 

「うん・・・・・・でもさ、随分年上なんじゃない?
贔屓目で見たって、30は越えてるでしょ・・・・・・」
 

「そうだけど・・・・・なんか仲良さそう・・・・・・碇君のあんな笑顔、はじめて見たような気がする。」
 

「あ、そうかも・・・・・あらら?」
 

「え?腕、組んで・・・・・」
 

「行っちゃった・・・・・・車に乗って・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・これって、事件よね・・・・・・」
 

「・・・・・・・・・・・・・・うん・・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 

Je te veux   〜5〜

written by map_s

 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

・・・・・・なんだか、最近変だ。

何が、ってハッキリしてるわけじゃないんだけど・・・・・変だ。

いつも誰かに見られてるし。

僕のほうを見ながら、クスクス笑われたりもして。

自意識過剰なのかな?なんて思ったりもしたけど、そうじゃないらしい。

ケンスケに聞いても、『さぁね・・・・・・本人が一番わかることなんじゃないのか?』なんて言われるし。

トウジ達に聞いても、知らぬ存ぜぬと言うばかりでまるで要領を得ない。
 
 

特に変わったのは、3人の態度だろう。
 
 

綾波は僕を見掛けると、顔を伏せて逃げるように去っていってしまう。
 
 

マヤさんは声を掛ければ一応は答えを返してくれる。

けど、なんとなく他所他所しい。
 
 

一番酷いのは惣流さんだろう。

視線が合うと、いつも睨んでくるんだ。

まるで、親の敵とも言わんばかりに。

当然、口なんてきいてくれる訳もない。
 
 

一体、僕が何をしたっていうのさ・・・・・・・
 
 

そんなギクシャクした雰囲気を引きずったまま時は過ぎ、いつしか季節は冬になっていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

「お疲れ様、シンジ君。」
 
 
 

ここはCafe Citrullus vulgaris 

僕のバイト先だ。

今日は夕方から降りだした雨のためか、客の入りはさほど多くはなかった。

だからといって仕事の量が減るわけでもない。

閉店間際の時間、全てのテーブルを掃除し終えた後にカウンターへ戻った直後だった。

マスターは人好きのする笑顔を見せながら、僕の前にコーヒーを置いた。
 
 
 

「マスター・・・・まだ営業終了じゃないですよ?」
 

「ん?まぁ、気にするなって。
どうせ客はいないし、後は照明を落として終わり・・・・だろ?」
 

「それはそうですけど・・・・」
 

「俺が良いって言ってるんだから。
さ、暖かいうちに飲みなよ。」
 

「・・・・すいません、頂きます。」
 
 
 

僕はカップを持ち上げると、その豊かな香りを楽しみながらコーヒーを口にした。

・・・・・やっぱり、美味しい。

僕が何度試してみても、マスターのように美味しく淹れる事はできない。
 
 

マスターは笑みを深めると、ポケットからヨレヨレのパッケージを取り出した。

オイルの微かな香り、そして紫煙。

僅かに目を細めながら煙草をふかす横顔を、僕はじっと見つめていた。
 
 

いつも鷹揚としていて、笑顔を絶やす事のないマスター。

父の知り合いという事もあり、かれこれ10年以上の付き合いがある。

これまでに相談事を持ち掛けたのは数知れぬほどに多い。

逆に、悩み事を見抜かれることもしばしばあった。

そして、いつでも親身になって話を聴いてくれ、的確な答えを出してくれる。

一人っ子の僕にとっては兄のような、また憧れの人でもあった。
 
 
 

「・・・・・で、何を悩んでるんだ?」
 

「・・・え?」
 

「顔に書いてあるぞ・・・・『僕は今、悩んでます』、ってな。」
 

「やっぱり・・・わかります?」
 

「そりゃな・・・・伊達に付き合いが長いわけじゃないさ。
で?今回は何なんだ?」
 

「・・・・・僕にも理由がわからないんですよ。」
 

「多少長くなっても構わんよ。
もう営業は終わり・・・・つまり、この時間からはマスターと従業員の関係じゃない。
弟の悩みを兄が聞く・・・・それだけの事だよ。
取り敢えず、経過だけでも良いから話してくれないか?」
 

「ん・・・・実は・・・・・」
 
 

僕は事の顛末をマスターに話した。

彼は2本目の煙草に火を点けると、フー・・・・っと長く煙を吐いた。
 
 
 

「・・・・原因がわからない事にはなぁ・・・・・・
何か思い当たる事はないのか?どんな些細な事でも良いよ。
ま、考えられる事と言えば異性関係だろうがな。」
 

「・・・・・何もしてないと思うけど・・・・・」
 

「いや、シンジ君本人が意識してなくても、誤解が生じる事は有り得るだろ?
例えば誰かと一緒にいるところを見られた、とかな。」
 

「そんな事言われても・・・・・・夏休みが終わってからはずっと忙しくて、誰かとふたりで出掛けたとか、そう言う事はないと思うんですけど。」
 

「良く考えてごらん。
原因がなければ誤解が生じる事もない。
街中でたまたま誰かと出会ったとか、そういう事で良いんだ。」
 

「うーん・・・・・・・」
 
 
 

僕は思考を過去へと巡らせる。

先輩、友人、サークルの仲間、そして・・・・あの3人。

学内で顔を合わせるならまだしも、それ以外では思いつかない。

では、学外。

自分の周りの女性といえば・・・・・・・・・あ。
 
 
 

「・・・・・・・もしかして・・・・・」
 

「何か思い出したかい?」
 

「ええ・・・・・・9月に入ってから、一度夕方に通り雨が酷い日があったでしょう?
あの日、傘持ってなくって・・・・・ミサトさんに迎えに来てもらった事があったじゃないですか。」
 

「ミサトに・・・・・そう言えば、そうだな。」
 

「それ以外に思いつかないですよ。」
 

「そうか・・・・・・なら、原因はそれだろう。
いくらアイツが若作りしてるからって、シンジ君と並んでたらなぁ・・・・・・」
 

「・・・・・・ダぁレが若作りですってぇ〜〜〜?」
 

「「・・・・・・え?」」
 
 
 

突如、背後から聞こえた声。

僕は振り向く事が出来なかった。

マスターの表情が一変したのと、その声の主が誰かなんてのは瞬時に理解できたのだから。

これから吹き荒れる台風から逃れるべく、カップとソーサーを持ってそそくさと立ち上がる。
 
 

・・・・・・ゴメンね、加持さん(^^;;;;
 
 

背後で落ちまくっている雷を聞き流しながら、窓際に近い席へ移動した僕。

何気なく窓の外に視線を移した時、ぽつんと立っている女性に気付いた。
 
 

大きめなグリーンの傘。

真っ白なダウン・ジャケット。

ストーン・ウォッシュのスリムジーンズ。

ハイカットのバスケット・シューズ。
 
 

いつもとは全く違う格好。

でも、一目で彼女だと気付いた。
 
 

くるっ、と傘が回り、彼女は店から離れようとした。

僕は慌てて立ち上がると、一目散にドアへと向かった。
 
 
 

「綾波!」
 
 
 

降りしきる雨に躊躇する事なく店を飛び出した僕。

グリーンの傘が、ビクっ、という動きと共に止まる。
 
 
 

「綾波・・・・・・どうしたのさ、こんな時間に?」
 

「・・・・・・・・・」
 

「僕に・・・・・会いに来てくれたの?」
 

「・・・・・・・・・」
 

「綾波・・・・・・」
 
 
 

何も言わず、振り向きもしない彼女。

傘も差さず、雨に身体を濡らしつづける僕。

沈黙が、心に刺さっているような気がした。
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 

僕が店を飛び出してから、間もなく。

僕は頭にタオルを掛けたまま、綾波と向かい合いになって座っていた。
 
 
 

コトン、という音と共に置かれたマグカップがふたつ。

中には暖かな湯気を立てたホットミルク。

お盆を胸に抱えたミサトさんが、呆れたような口調で僕達に問い掛けてきた。
 
 
 

「まったくぅ・・・・・・シンちゃん無茶し過ぎよ!
こんな寒い日に、カゼでも引いたらどうするつもり?」
 

「・・・・・すいません。」
 

「ま、いいけどね・・・・・・・・で、このコ紹介してくれないの?」
 

「あ、えっと・・・・・・」
 

「ミサト!」
 
 
 

振り返ると、加持さんが顎で「こっちへ来い」とミサトさんに告げていた。

渋々ながらも、それに従う彼女。
 
 
 

「・・・・・あとでちゃんと紹介すンのよ?」
 
 
 

・・・という、捨て台詞を忘れずに。
 
 

僕は綾波を見た。

結局、彼女は一言も発していない。

ただずっと、俯いているだけ。
 
 

取り敢えず、僕はさっきの加持さんとの会話について触れてみた。
 
 
 

「・・・・あのさ、綾波・・・・・・・もしかして、噂かなんか・・・・・聞いたの?」
 

「・・・・・・・・・・・」
 

「・・・・・えっと、僕は噂の内容を知らないんだ。
けど、思い当たることと言ったら・・・・・さっきのミサトさんと一緒にいた事だけなんだ。
合ってる・・・・・のかな?」
 
 
 

暫しの間の後、小さく頷く彼女。

僕はやっぱり、と思い溜息を吐く。
 
 
 

「・・・・・あのさ、誤解なんだと思う。
確かに僕は彼女と待ち合わせたけど・・・・・その、あの日は突然夕立が降ったじゃない?
僕は傘を持ってなくて、でもバイトに行かなきゃならなくって・・・・・それで、彼女に迎えに来てもらったんだよ。
僕とミサトさんの間にはやましい関係なんてないよ。
ミサトさんは古い知り合いで、僕にとっては姉みたいなもので・・・・・それに、ここのマスターの奥さんなんだ。」
 
 
 

一気に言い切った瞬間、綾波の肩がピクっ、と動いた。

そして、重い口がゆっくりと開く。
 
 
 

「・・・・・・それ、本当・・・・・なの・・・・・?」
 

「嘘なんかじゃないよ、本当だよ。
何ならミサトさん本人にも聞いてみると良いさ。」
 

「ううん・・・・・・いい・・・・・・」
 
 
 

おずおずと少しだけ顔を上げる綾波。

微かに頬を染め、上目遣いに僕を見る仕草に、思わずドキっ、となってしまう。

けど、内心を誤魔化すようにできるだけ穏やかな口調で話し掛けた。
 
 
 

「信じてくれる?」
 

「・・・・・うん・・・・・・あの・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・・・」
 

「綾波が謝る必要なんてないよ。
誤解が解けたなら、それで十分だから。」
 

「でも・・・・・」
 

「良いってば。
綾波は何も悪くないよ・・・・・・むしろ変な噂を立てられる原因を作った僕が悪いんだから。」
 

「ううん・・・・噂を鵜呑みにしてしまって、碇君を避けていたの・・・・・・本人に確かめもせずに・・・・・・
碇君は悪くない、悪いのは・・・・・私・・・・・・・」
 

「・・・・もう、止めよう?
こうして会いに来てくれただけでも嬉しいんだからさ。
それに、こうして話もできるわけだしね。」
 
 
 

僕は、嬉しかった。

こんな雨の中、わざわざバイト先にまで来てくれた綾波に。

誤解が解け、また元のように話ができるようになったから。

だから、嬉しい心をそのまま笑顔に乗せた。
 
 

それを見た綾波は、何故か顔を真っ赤にして俯いてしまったけれど。
 
 

その後、僕は久し振りに綾波との会話を楽しんだ。

我慢しきれなくなったミサトさんが、途中から会話に乱入してきたけど。
 
 

でも、久々に楽しい一時を過ごせた。
 
 
 
 
 
 
 
 



 
 
 
 
 
 
 
 
 

噂の原因がわかった以上、それを解くのは容易い事だった。

マヤさんはミサトさん達と面識があったから、たった一言で済んだし。

クラスメートや友人、サークルの人達も僕の説明をすんなりと受け入れてくれた。
 
 

たったひとりだけ、誤解を解く事は出来なかったけれど。
 
 
 
 
 
 

そして、更に時は過ぎ。

暖かさの戻ってきた、とある日。

僕は一通の封書を受け取った。

宛先は、間違いなく僕。

差出人は書かれていなかった。

自分の部屋でベッドに腰掛けながら、ペーパーナイフで慎重に封を切る。

薄いブルーの便箋が一枚、中に入っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


碇 シンジ様
 

突然のお便りをお許しください。
どうしても、あなたに伝えたい事があるのです。

あなたと出会ってから1年。
私はずっとあなたを見ていました。

サークルの入会案内を受け取った時、初めてあなたに会って。
その時同じクラスだという事を知って。

入学早々の入院。
あなたが病室に来てくれるたび、あなたの優しさを感じるたびに私の心臓は早鐘を打つかのようにドキドキしていました。
退院する日に迎えに来てくれた車の中で、私がどんな想いをしていたか・・・・・あなたは気付かなかったでしょうね。

でも、あなたは心無い噂を耳にして、私との距離を置いてしまった。
夏休みに入るまで、ずっとあなたに逢えない日々。

寂しかった。
哀しかった。

思い切ってメールを出して良かったと思います。
でなければ、ずっとあなたと・・・・・・

そして、夏の合宿。
あなたがアスカさんと共に迎えに来てくれた時の不安。
私が怪我をした時、すぐに手当てしてくれた優しさ。
そして、あなたと共に演奏する喜び。
忘れられないと思います・・・・・・ずっと。

秋から冬に掛けては、最悪な状態でした。
あなたは「もう良い」と言ってくれたけれど・・・・・やっぱり私は自分を許す事は出来ません。
ごめんなさい。
あなたを信じることが出来なくて・・・・・・本当にごめんなさい。
誤解だとわかった時の嬉しさは、言葉では表せません。

そして、あの日。
あの時。

私はハッキリと気付きました。
自分の心に。
自分の想いに。

私は、あなたが好きです。
自分ではどうしようもないくらい。

付き合って欲しい、とか言うつもりはありません。
あなたが誰を見ているのか、私にはわからないから・・・・・

でも、どうしても伝えたかった。
この抑えきれない気持ちを。
この想いを。
あなたに伝えたかったんです。

あなたの笑顔が
優しさが
暖かさが

好きです。
 

迷惑ならハッキリと言って下さい。
二度と言わないし、誰にも伝える事はしないから。
 

休み明けに、また逢える事を楽しみにしています。
 
 

綾波 レイ

 
 
 
 
 
 
 

「・・・・・参ったな・・・・・・・」
 
 
 

僕は便箋を読み終えた後、ベッドに身体を横たえた。
 
 

力の抜けた右腕が、ベッドの縁へ落ちていく。

手の中の便箋が、床の上へひらひらと落ちていく。
 
 
 

封の切られた封筒が、テーブルの上から僕をじっと見つめているような気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

<未了>
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 



 

後書き、または悪足掻き
 

なおさんへ、第5話です。
 

予想通り(っていうか、バレバレ)マスターは「アノヒト」でした。
 

Mさんも登場させました。(ただし、これ以降は出てこないと思ふ^^;;;;;)
 

A嬢にトンビに油揚げ状態だったのも、なんとか盛り返しました(笑)
 

これでアヤナミストなおさんも溜飲を下げられたかな?(笑)
 

次回は最終回!・・・・・・・・・・の予定でしたけど、例によって例の如く長引きそうッス(A^^ゞ;;;;;;
 

1話くらいは延長になりますので、覚悟決めといてください(謎)
 
 
 

であであ。

 


 うおおおっ!
 レイちゃんからの手紙……
 僕も、欲しい!(爆)
 
 なんてことゆーから、アヤナミストだと言われるんですよね(フッ)
 でも欲しい……(爆)
 
 第壱話、冒頭のシーンがここにつながるわけですね。
 この手紙の主は誰なのかといろいろと予想しましたが、やはりレイちゃんでしたか。
 シンジ君はいったいどうするつもりでしょう?
 
 そして、たった一人だけ誤解を解くことができなかったあの人の行方も心配です。
 
 でも……
 ましゃか、でていらっしゃるとわ思いませんでした。(^^;
 某M嬢(嬢じゃないか(爆))
 でも、シンちゃんとのカラミはなしなのね。
 くすん。(TT)
 や、僕、一本も書いてないですが、
 ミサトさん萌え〜〜〜!

 だったりするんです(^^;;;;;
 と、本編に関係の無いことばかり書いてすみません(^^;
 
 というわけで、次、最終回ではないのですね?
 もう一波乱ありそうな予感を秘めて期待の次回へ!


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